納得感のある意見ほど、反論を探す

世間で急速に広まりつつあるアプローチや考え方には、反対の意見や異なる視点の意見があるものです。そしておよその場合、最適解はその間のどこかにバランスを取ったところにあると思われます。

経営者は、声の大小に左右されず、複数の角度からの意見をひととおり理解したうえで、自らが適切な筋と考えられる方向に判断を下していくべきではないでしょうか。

例えば、ITを活用したこれからの経営スタイルとして「バイモーダルIT」という概念を提唱する向きがあります。これは米国の大手調査会社であるガートナーが提唱するものです。

この概念をわたしなりに要約すると、こういうことです。

企業は従来型のITシステムを抱えながら従来型のビジネスを行っている。しかし、デジタルビジネスが台頭してきている現在、経営環境の変化はこれまでと比較にならないほどに速い。俊敏性やスピードを重視したビジネスの立ち上げ、それに伴うシステムの立ち上げ、それを実施する素早い意思決定が必要になるが、それを従来型ビジネスの手法で行うことは実質的に不可能だ。そうかといって、従来型のビジネスは収益の柱であって、一切を捨て去るわけにはいかない。だから、既存ビジネスの流儀はそのままに、それとは別で、デジタルビジネスに合った新たな流儀を実践するしくみを持つべきだ。

この概念、テクノロジーを積極的に取り入れ時代に乗り遅れないビジネスのあり方として、広く支持されています。日本国内においては、この意見以外にほぼ声が聞こえてこないこともあり、世間に出回る記事や主張などを読んでいると、この考え方で決まり、というような風潮さえ感じられます。

ところで、米国にはガートナーと双璧をなすような大手調査会社に、フォーレスターリサーチという企業があります。この企業はかつて日本においても活動していましたが、最近では国内でプレゼンスがほぼなく、日本語で声が聞こえてくることは、ここのところあまりありません。しかしそれは、日本では声が聞こえてこない、というだけで、米国では様々な発信をしています。

その中で彼らは、ガートナーとはまったく反対に、「バイモーダルITは危険だ」との意見を表明しています。

フォーレスターが提唱する概念をわたしなりに要約すると、こういうことです。

デジタル技術は、顧客に新しい価値を提供し競合との差別化を図るうえで不可欠なものであり、そもそも従来型のビジネスでは顧客の期待をもはや満たせない。顧客を中心に据え、デジタルビジネスに対応できる事業のしくみに再構成していくべきで、顧客体験を全体として円滑にするにはひとつの統合的なしくみであるべきだ。バイモーダルITは合理的な考え方に見えるが、そのことによって社内では、既存と新規の2つのグループの間に大きな分断が発生する。ビジネスとITの融合を図る必要があるなかで、システムはシンプルではなくなり、投資やリソースも二手に分かれ、目指す方向が異なることによる亀裂は組織の障害になる。既存側は総じて魅力がないグループに映り、優秀な人材は避けるようになるだろう。

いかがでしょうか。わたしはこれも、耳を傾けるに値する、理にかなった意見だと感じています。

適切な経営判断を行うにあたっては、その判断の前に論点がきちんと整理されていることが肝要です。複数のソースから多様な意見を収集し、情報源を偏らせないしくみをつくることが、カギになると思います。ある意見がどれだけもっともらしくても、それとは異なる視点の意見は探してでも知るべきではないでしょうか。

可能であれば、CIOや社内のIT担当に情報を依存せず、自らの配下に情報収集チームを置かれることをお勧めしたいところです。

「ビジネスにITは不可欠」を行動で示す

先日、トヨタ自動車とスズキが業務提携の検討を開始すると発表しました。背景には、自動運転技術をはじめとする情報通信技術の自動車への取り込みへの課題がある、と報じられています。

自動車業界ではITがビジネスのコアの領域にまで浸食しつつあり、これを持たないとすでに戦えないという状況にある、ということを如実にうかがわせるニュースではないでしょうか。

ただしこれは、業界の中でも一定のプレゼンスと実績を持つスズキだから、トヨタ自動車というこの領域で先頭を走る企業との業務提携が実現できるとみるべきだと思います。すでに自動車業界においては、相当に魅力的な能力を持たないかぎり、この段階から慌ててもよいITパートナーと巡り合うことさえ至難でしょう。

こうした出来事は、ほかの業界でも起こり得ることです。それがつまり、「すでにビジネスにITは不可欠」と言われる現実とつながっているわけです。おそらくこれに同意しないビジネスリーダーは皆無だろうと思っています。

そうであるなら、自社のビジネス領域でITがコアに昇格してしまうよりも早く、ITをよく理解し取り込みを図るように活動するのが得策ではないでしょうか。

カギになるのは、「ITの目利きになる」こと。さらに、ITを自社に本気で取り込むか否かにかかわらず、技術の目利きができる人材を自社に備えること。これらが重要ではないかと思います。

まずは、勃興している技術トレンドを知ることが重要です。そのうえで、それらの技術を活用してどのようなビジネス活用が出てきているのかを知ります。トレンドを追い、それぞれの技術の本質を理解することで、「もしかすると、こういう流れも起きうるのではないか」 「こんなこともできるようになるのではないか」という発想が生まれるようになります。

こうした発想は、特に先進的ではない、ちょっとした業務に対してでも適用できることです。

たとえば最近、人工知能(AI)の発展が盛んに取り上げられています。聞くと、学習データを与えることでコンピュータが自動的にパターンを覚え、それに従って柔軟に判断して処理を実行してくれるといいます。そういえば、ウチに郵送されてくる請求書。取引先が多くてフォーマットが多種多様、入力するのに相当な工数を取られている。これって、AIがフォーマットを学習して必要な入力項目を覚えて、勝手に会計ソフトに取り込んでくれるとか、できないのかな…

こうした機能を実現するシステムは実はすでに登場しているのですが、要するに発想のネタは身近なところにあるはずなのです。それを考えようとするかどうかの問題なのです。

そうして湧いてきた発想が自社にとって競争力につながる重要な内容だと判断できれば、今度は「試す」活動を進めます。小さな試験環境をつくって、そこで実際に動かして検証してみるのです。この時点で、そうした技術を有する専門企業をリサーチすることになります。すぐにはうまく見つからないかもしれませんが、継続しているうちにそうした企業を見る目も養われていきます。

こうした動きがすでにできている企業と、具体的な行動を起こさなかったためにできていない企業。いざ技術のメガトレンドが顕著になった時にうまく波に乗れるのはどちらなのかは、言うまでもないことでしょう。

ITをビジネスに活用してイノベーションを実現する経営?

標記のタイトルのようなことが盛んに言われていますが、この言い回しに憧憬を覚える経営者はイケてないと思います。

そもそもタイトルのような言葉を発している人物は、IT業界の関係者か、IT業界を取材しているマスコミ関係者のおよそいずれかであることに気付くべきだと思います。どちらでもないとしても、IT業界を社会的に引き上げたい思惑では一致している人物でしょう。もちろん、それ自体に害があるとは思っていませんが。

実は、いわゆるITを駆使する経営を実現している経営者と、そうでもない経営をしている経営者、それぞれからお話を聞くと、ごく表面的な部分においてはそれほど違いがないことに気が付きます。

というのも、あえて話を振らないかぎりは、どちらも自分からITや情報システムの話はしないのです。

ただし、そうする理由には大きな違いがあるのです。ITの話をこちらから振ってみると、その違いが分かります。

前者の場合、興味の中心はITそのものにはなくて、実現させたいプロセス、サービス、提供価値にあります。ITが駆使できている企業というのは、ビジネスとITの整合性が見事に取れています。そのため、ITとは「あるのが自然なもの」と見なされています。すでにシゴトの一部になってしまっているので、直接的な意識はITそのものにはなく、むしろITという技術をどのように自社のビジネスのしくみに取り込むかに関心があるわけです。

ですからITの話を振ると、「いや、ITを使うのなんて当たり前だから、特別なことはしていない」という態度を根底に持ちながらお話をされます。技術的なトレンドを把握しているのは当然、さらに自社で実験や検証もしているので、新聞より詳しいという方も珍しくはありません。

そうした経営者に、大きな成果を挙げている取り組みについて、「それはどうやって実現しているのですか」と問いかけると、そのとき初めて、その取り組みで活用している技術をくわしく(しかも、嬉しそうに)説明してくださるのが特徴です。

一方、後者の場合ですと、ほとんどにおいて「ITをもっと使いたい、使ってみたい」という話になります。「~したい」という言葉が出るのが特徴です。

会社として明確な設計意図をもってITを利用していないため、ITを使うことはある種特殊なことであるという意識がどこかにあると思われます。ですから、バズワードだけは新聞で読んで知っているけれど、自らにどう適用できるのかイメージがわかないし、自ら考えてみようとも思わないので、「利用希望」に留まるのです。

「ウチはビッグデータはどうなっているのか」「最近AIの話をよく聞くが、ウチでも検討してみろ」などとおっしゃる経営者は、およそこの部類に入ると思われます。こういう企業の場合は、ITを駆使することを考える前に、もっと根本的な考えかたを改変していただかないと、真の意味で「ITをビジネスに活用する企業」にはなれないと思います。

上記のことは、少なくともわたしのなかでは、その企業がイケてるITユーザー企業なのか否かを判断するのによい基準のひとつになっています。

AlphaGoにみる、ITという技術の位置づけ

先月、Googleが開発した人工知能囲碁ソフト “AlphaGo” が、現在世界最強と呼び声の高いプロ棋士と対戦して4勝1敗で圧勝し、大きな話題になりました。

全対戦が動画でネット中継されましたが、勝利を収めた4戦はいずれも、付け入るスキを一切見せない完ぺきな展開をAlphaGoが披露し、人間の棋士は接戦するも、なすすべがなかったという印象を残しました。

囲碁は、チェスや将棋と比べて複雑度が高く、コンピューターにとって難関と言われ続けてきました。2013年に将棋ソフトがトッププロ棋士との五番勝負で勝利を収めた際でも、しかし囲碁はしばらく無理だろうと言われていました。それだけに今回の圧勝には、専門家でさえも、これほどまでに早く勝てるようになったことに衝撃を覚えた出来事でした。

この出来事は、さまざまなことを物語っているように思います。その中から2つほど、わたしが注目したことをここで取り上げてみたいと思います。

まずひとつは、コンピューターがもつ能力の優位性です。

ここ最近、人間のシゴトの多くがコンピューターに取って代わられるという話題も注目されましたが、こと情報処理能力が問われる分野においては、いまでなくても必ずいつか、コンピューターが人間よりも能力的に優位になるということを改めて思い知らせる出来事だっただろうと思います。

実はAlphaGoは、囲碁のルールを一切知りません。過去の棋譜を単純かつ膨大に丸覚えし、かつコンピューター同士による数千万回もの膨大な数の対戦を繰り返してまた覚えることで、勝つパターンを身につけています。これまでの常識ではありえないことをやって見せているわけです。

自動翻訳ソフトのしくみも、似たようなからくりだと言われます。中国語が一切わからない開発チームが中国語を翻訳するソフトを作った、というエピソードもあるくらいです。

このことはつまり、高尚な戦略戦術など練らずとも、膨大なデータの存在と一定のゴール(正解)設定ができるものであれば、コンピューターはデータだけを用いて目的を達してしまうということです。必要なデータが何兆何京といった数字であったとしても、それが有限でありさえすれば、そのうちコンピューターはその量を克服してしまうでしょう。

ただ逆に言えば、データにならない(またはしない)領域はコンピューターが手を出せない領域ということにも、なるかもしれません。この点は、わたし個人がいわゆる「シンギュラリティ」という話に違和感を覚えていることにも通じています。

もうひとつ注目点を取り上げるなら、今回の出来事を通じて、ITの技術開発の最先端を行くリーダーの位置にネット企業がいるということが改めて示されたと感じます。

AlphaGoを開発したのはGoogleでしたが、1997年にチェスの世界最強プロを初めて破ったコンピューターを開発したのは、IBMでした。

IBMはいまでも、技術開発力では世界トップクラスの企業です。最近ではWatsonの開発でも話題を集めました。しかしそれにも増して、今回はGoogleのような、開発した技術を直接利益に換えようとはしないが圧倒的なコンピューティングパワーを擁する企業が、技術の限界を押し上げ、業界をリードしていることを印象付けたと言えます。

それだけ、ITの要素技術そのものはコモディティ化したということでしょう。もちろん人工知能の分野はいまだ発展途上ですが、企業にとって重要なのは、ITのさまざまな要素技術の特徴をとらえて、どれを組み合わせて使って何を実現するのか。このアイデアとセンスであると言えるのではないでしょうか。

 

格安SIMの百花繚乱にみる「企業の自前MVNO」

最近、携帯電話のMVNOによる格安SIMサービス事業に進出する企業が次々と現れています。

MVNOとは、大手キャリアが運営する携帯電話網を間借りする形で、携帯通信(Mobile)の仮想的な(Virtual)回線事業者(Network Operator)として、通信サービスを運営する事業者のことを指します。

インターネットプロバイダーを営む事業者が自社のサービスの拡大のために進出するケースが典型的ですが、小売業や機器製造メーカーなどまったく異業種の企業が進出するケースも目立っています。

大手キャリアと比べた場合に通信品質やサポートが劣ることや、初心者には端末設定が難しいなどの指摘もされていますが、なにより大手キャリアの通信プランに比べて段違いの安さで利用でき、契約も月単位、解約しても違約金などを取られることがないので乗換が容易です。この使い勝手の良さで、ここ最近人気を獲得し始めています。

MVNOにより、どんな企業でも通信サービスの事業化を目指すことができます。これまで、通信事業を自ら手掛けるという発想は、ネットワークを構築運用するための莫大なインフラコスト、通信事業にかかる法的な規制、大手キャリアによる参入障壁などを考えれば、ほとんどありえないことでした。ところが、MVNOは大手キャリアが整備する既設の回線を借りるだけでよく、通信ネットワークを維持管理する手間もノウハウも不要で、うまくいかなければ撤退も容易です。

MVNOは日本だけでなく、米国や欧州など海外にもMVNO事業が可能な国があります。そうした国でも同じ発想で、通信サービスを手掛けることが可能になるわけです。

このことで、企業のビジネス環境が変わりました。企業は、「自前の製品やサービスにモバイル通信を組み込む施策」を、容易に構想できるようになります。もちろん、単に通信ビジネスを始めようということではありません。つまり、いま提供している自前の事業に、通信を組み込んだら、顧客にもっと高い利便性を提供できないか、という発想ができるようになるということです。

これまででも、このようなかたちで通信を組み込んだサービスは、キャリアの力を借りて無理やり実現しようと思えば可能でした。しかし、コストや手間に見合った利便性や魅力を提供するものにはなりにくく、現実的ではありませんでした。この状況が変わったということです。BtoCなら特に、容易に利益ロジックを立てられる状況が生まれています。

企業には、発想の転換が必要になるでしょう。ITの進化がもたらすパラダイムシフトとパワーの一端が、ここにも見えるように感じています。

「攻めのIT投資」は、カンタンに認定できない

経済産業省と東京証券取引所は、2015年5月に「攻めのIT経営銘柄」を選定すると発表しました。情報システムやデータを駆使して好業績を上げている企業を業種業態別に選定し、経営陣や株主の関心を呼ぶことで、「攻めのIT投資」を企業に促す狙いです。

この取り組みを企画した経産省の担当者は、「株価を左右する可能性のある指標をつくれば、社長の関心度は高まる」と述べています。

なんとか日本の経営層にITの重要性を認知させたい、行動させたい、という思いが伝わってくる取り組みです。ぜひ、よい影響を日本の企業に及ぼしてほしいものだと期待したいのですが、記事を読んでいる限りのしくみで本当に適切な選定ができるのかどうか、心配になります。

当社では職業柄、お客さまに初めて関わる段階で必ず内部調査を行います。状況によってはお客さま自身が現状のレベルを把握したいとご希望になることもあり、組織行動の詳細まで網羅した調査を行うために診断パッケージも用意しています。その立案・設計をした経験から申し上げて、「攻めのIT投資」を的確に判断するのは間違いなく単純なことではないと断言できます。

記事によれば、選定対象はアンケート調査を基とするとされています。IT利活用の取り組みをさまざまな角度から質問するとのことですが、わたしの経験で申し上げれば、その回答と実態はかなり異なることが多いです。「やっていると言っているが実はやれてない」「やれてないと言っているが実は結構やれている」どちらもあります。これが、アンケート調査の限界です。

また、財務状況を加味するとされていますが、財務指標に反映される要因は必ずしもIT投資によるものではない点が厄介です。財務の領域だけを見ていると確実に判断を誤ります。極端な話をすれば、「IT投資はたいへん頑張ったのに、できたシステムはいまいちで、社員が人力でパフォーマンスを巻き返した結果、業績が上がった」というケースは、財務状況とIT投資状況だけを見ていると「攻めのIT投資」として高評価されることになります。

そもそもIT投資というのは、投資額が大きければ「攻めている」ことになるわけではありません。本来称賛されるべきなのは、最小限の投資でパフォーマンス向上を目論見どおりかそれ以上に果たし、成果を挙げるケースのはずです。高評価に値するIT投資の根源となるポイントは、「成果のありかたを自らデザインし、成果を自ら出しに行って、それに成功しているかどうか」だとわたしは考えます。これは、システム設計のみならず、組織体制、人材育成、インフラ整備、セキュリティ管理、すべてを通じて言えることです。

実際に自らビジネスのしくみをデザインし、そこに組み込む適切な情報システムを企画して、主体的に開発導入し、うまく運用して、結果としてパフォーマンスが向上したというストーリーを的確に見極めようとしたら、実際に現場をあたらなければ客観的には判断できないのが実態なのです。当社の診断パッケージでは、もちろんアンケート調査も行いますが、かならず現場に入って観察し、関係者から直接話をうかがい、あわせて物証を集めることも行ったうえで、診断を行っています。

経産省が想定する具体的な調査分析手法はくわしく存じませんが、「真に攻めている」企業を、うまく民間のパワーも使いながら的確に選定していただきたいものです。信頼できるホンモノの指標づくりを期待します。

また経営者の方々には、このような客観評価を、「ビジネスのパフォーマンス向上のための純粋な機会」としてとらえていただきたいと願っています。「IT活用を積極的に行うのは重要だ、なぜならウチの株価に影響するから」と言う社長は、見たくありません。

 

2014年、いよいよ淘汰の時代か

今年最初のコラムは、特にクラウドを中心とした展望について私見を述べさせていただくことにします。

昨年末に発表された IDC によるトレンド予測では、国内のIT市場は成長分野と縮小分野がはっきりする傾向にあるとされています。

その中で成長分野と位置付けられているのが、「第3のプラットフォーム」と呼ばれる、クラウド、モバイル、ビッグデータ、ソーシャルの分野です。

確かに業界的にはそのとおりだろうと感じますが、システムユーザー企業の立場でこれらを見たときには、分野ごとに印象が分かれるのではないでしょうか。

たとえば、ビッグデータは必要性を感じる企業とそうでない企業の温度差がより顕著になるでしょう。またソーシャルは、マーケティング用途で工夫を凝らす企業はさらに取り組みを深めるでしょうが、そうした企業の数が急激に増加することはもうないように感じます。

一方で、企業の IT インフラに組み込まれてきた感があるのが、クラウドとモバイルです。

実は、クラウドを利用する企業が急激に増えているかというと、そうでもありません。それでも業界は活性化し、結果的にクラウド業界は大手・中堅・ベンチャーが入り乱れてサービスが乱発されている、いわゆる「安定成長期」の傾向を見せています。

ただし、統計データをよく見ると、市場の売上高の大半を占めているのは「プライベートクラウド」です。プライベートクラウドの定義は相変わらず微妙で、ユーザー企業が自社システムをベンダーのDCに預けるという、これまでも存在した形態も「プライベートクラウド」と呼ばれているケースが往々にしてあります。それに比べ、「パブリック」と「SaaS」を合わせた市場規模は「プライベート」の半分以下、市場全体の3割程度しかありません。

そんな中で、最大手のアマゾンウェブサービスなどは頻繁に値下げを繰り返していますが、一方で値上げをする業者も出始めました。

たとえば、サイボウズがkintoneの料金体系を変更、一部を値上げを発表しました。現行は1ユーザー当たり月額880円(税抜き)でフル機能を使える料金体系のみでしたが、2014年4月以降は1ユーザー当たり月額780円で機能制限がある「Light」プランと、月額1500円でフル機能を使える「Standard」プランの2つの料金体系に改めるとしています。廉価版と高機能版に分けたと説明していますが、使い慣れたユーザーが今後より高機能なものを要求することを見据えた、実質的な値上げに映ることは否定できません。

また、クラウドストレージのSugarSyncは、無料プランを廃止し、2月8日から完全有料制に移行すると発表しています。声明では「すでに底堅い財務ポジションがある」と主張していますが、それなら無料プランを継続できるはずです。企業向けでも使えるプランも用意していますが、フリーミアムでは成り立たなくなってきたのではないでしょうか。

こうした傾向を見ると、そろそろクラウド業界も、安定成長期の後半に入り、業者の淘汰の時代が始まったのではないかと感じてなりません。

そうなると、ユーザーにはこれまで以上に「見る目」が要求されることになります。実際、突然にサービス停止を発表する業者も出てきています。

「見る目」を鍛えるには、まずユーザー企業みずからが、システムやITをいかに使いこなすのか、どのようなシナリオでビジネスの加速化につなげるのか、ポリシーを明確に持たなければなりません。そのポリシーが、目利きの軸になるのです。2014年はますます、user-driven な企業とそうでない企業の実力差が拡大する年になるのではないかと、わたしは感じています。

知るだけで、終わっていないか

最近、技術の進化を背景にしたトピックに、事欠かないような気がします。

例えば、電子書籍。リーダーやスマホで読書する人は珍しくなくなり、本はもはや紙で読むのが当たり前でもなくなってきました。ビッグデータにまつわる喧騒は、単なるバズワードでもない様相も感じさせます。JR東日本がSuicaの利用履歴データを利用者に十分な説明をせずに販売し、パーソナルデータの取り扱いについて論議を呼びました。そういえば最近、自動車業界では自動運転技術が盛り上がっています。日本でも、複数の企業がデモンストレーションを公開して技術を競っています。

こうした動向をメディアなどで目にしたときに、自分は何を考えるか。ビジネスの仕組みやシステムを企画するうえでとても重要なことだと、常々ボヤッとしているアタマをたたき起こしてリマインドするようにしています。

ともすれば、「電子書籍もいいけれど、やっぱり紙で読んだほうがいいなぁ」であったり、「自動運転の車が買えるようになるのはもうちょっと先だろうから、まだあまり関係ないかなぁ」などと、個人の視点で捉えて終わってしまいがちです。個人の趣味趣向であればそれでよいのですが、ビジネスの世界において同じことをしていると、たとえいま一流の会社でも、いつのまにか事業がピンチに追い込まれてしまうかもしれません。

これは、そんなに極端な話でもありません。ビジネスの世界には「企てる人」がいます。「企てる人」はいつでも考えていて、考えている人と考えていない人とでは圧倒的な差がついてしまうのです。

考えている人はこうした情報に触れたとき、その先のシナリオを想像します。

「電子書籍は、学校の教科書にも適用できる。シンクライアントの技術と組み合わせれば、生徒や学生は荷物を持たずに学校に行くようになるかもしれない。そうなると、ランドセルや通学バッグ、もしかすると毎日通学さえしなくなって制服も売れなくなる。」
「自動運転が当たり前になると、トラックにも適用できる。経路のプログラミングができるのなら、例えばアマゾンのような大規模な流通業者は、みずから自動運転トラックを配備したくなる可能性が高い。そうなると、付加価値の高い物流技術を持たない運送業者はピンチになる。」

本当にそうなるかはわかりません。しかし、こうした想像を今からしているバッグ業者や運送業者と、電子書籍なんて自動運転なんてウチの事業に関係ないからと何も考えていない業者では、年を経るにつれて明らかに差がつくと思うのです。

もっと高度な人たちは、自分の考えるシナリオを世の中のトレンドやスタンダードにしてしまおうと企てます。そんな人はひと握りの特殊な人物かと思いきや、意外とサラリーマンだったりするのです。要はそれが、組織的な取組みなのか、その会社が本気でカタチにしようとする取組みなのかどうかの問題です。

そんな「考えたもの勝ち」のような人たちが世の中を動かしているのだとしたら、みなさんの会社で何もできないことはないかもしれません。ガンホーだって、LINEだって、数年前は知らなかった方、多いのではないでしょうか?

 

イノベーションのヒントになりそうな、2つのサービスの仕組み

今回は、最近見つけた2つの興味深いプラットフォーム・サービスのモデルをご紹介しながら、ビジネスに資する仕組みの発想を巡らせてみたいと思います。システム企画のヒントになれば幸いです。

まずは、NikeのFuelBandのお話から。

ご存知の方も多いかと思いますが、最近健康や栄養に関連するライフログをベースにしたサービスや商品が次々登場してきています。NikeのFuelBandもそのひとつ。腕に装着するリストバンドになっており、常時身に着けていることで日常生活や運動による消費カロリーや歩数などを記録してくれるというシステムです。日々の運動の記録や推移をチャートで確認することもできるので、エクササイズを続けるモチベーションにもつながり、人気商品になっています。

この商品の仕組みも興味深いところですが、もうひとつ興味深いところがあります。それは、FuelBandが取得するデータを活用した連携アプリを、一般の開発者が開発できるようにしている点です。

例えば、FuelBandが取得する運動データを利用して、個人の目標に合わせた日々のトレーニングの提案をするアプリや、バランスの良い肉体を維持する食事のメニューを提案するアプリの可能性が考えられます。つまり、FuelBandを単なる商品としての枠に留めず、サービスプラットフォーム化を目指しているというわけです。

これは、顧客データを持っている、もしくは顧客データが取得できることを強みにしたサービス基盤の発想という点で、ひとつのヒントになる事例ではないかと思います。ビジネスにおけるプラットフォーム・モデルは Google や Apple の事例ですでに著名ですが、彼らは圧倒的人気のサービスまたは商品をもとにプラットフォーム化を狙いました。一方、FuelBandの例のようにデータそのものをプラットフォームの基盤にしようとする例は、まだそれほど多く世の中に出てきていないのではないでしょうか。

ただしこのモデルを成功させるには、そもそもその商品が爆発的に売れて、顧客がデータをどんどん提供してくれなければ成立しません。新たに仕掛けるなら、それが大きなハードルになります。大手企業であればまだ可能性がありますが、中堅以下ですと簡単にヒットを飛ばせるものではないかもしれません。

そこで、もうひとつヒントになる事例を。IFTTTというものです。

IFTTTとは、”If this, then that.”の略なのだそうです。その実態はWebサービスであり、モーションセンサーなどを搭載したハード、またはアプリを、IFTTTのサービスに接続して連携することで、さまざまなオートメーションが実現する、というものです。

例えば、朝ベッドから起きると自動的に部屋の照明が点灯する。外からショートメッセージを送るとエアコンが作動する。机の蛍光灯の電気をつけると、隣にあるパソコンが自動的に作動する。そんな「AならばB」のような連携を登録しておけるというサービスなのです。

こうしたサービスは、これまでの常識では、家電メーカーのブランドを統一しないと無理そうなイメージがありました。IFTTTはその常識を打ち破って、家電のネット化が簡単にできてしまう可能性を秘めていると言えるでしょう。

その点も興味深いのですが、プラットフォームの仕組みの面でも、学べる点があると思います。

IFTTTとFuelBandは、生活環境を便利にするツールという観点では方向性が似ていますが、FuelBandは自らの強みを活用するプラットフォームである一方、IFTTTは単に「つなぐ」ことに徹したプラットフォームになっています。自ら何らかの商品を持つことなく、単に世の中の不特定多数なものをつなごうとしているだけです。

IFTTTのプラットフォーム・モデルでも、多くの人にインタフェースを揃えてもらい、使ってもらわなければ発展しないのは同様です。しかし、事前に圧倒的な強みを所有している必要はないわけです。こうしたモデルであれば、大手でなくてもチャンスがあるかもしれません。

世の中、いろんなところに発想のタネが隠れています。コンスタントな情報収集が大事であることを折に触れて申し上げているのは、そうした理由からです。企業であれば、それを社内の個人に頼るよりも、組織的に行う方がより確実で効果的です。

 

クラウドに冷静なユーザー、食わず嫌いなユーザー

日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が、「企業IT動向調査2013」を発表しました。これは、同協会の会員企業を中心にユーザー企業のIT動向を調査したものです。

結果の全容を知るにはレポートを購入しなければならないのですが、一部の主要な結果については同協会のホームページで閲覧することができます。中堅企業以上の、ITに関しては比較的積極的な企業が調査対象の主体になっていますが、どのような規模のシステムユーザー企業にとっても参考になる結果です。一度ご覧になることをお薦めします。

わたしが見たうちで興味深い結果のひとつは、ユーザー企業のクラウドに対する見かたです。

クラウドの導入状況を聞いた結果によれば、基幹系をクラウド化した割合は調査企業のうちの 2~3%、情報系はメールシステムを中心に 20%程度になっています。基幹系と情報系の採用割合の差が顕著です。

情報系システムのクラウド化は、特に人材の乏しい中堅以下の企業には向いています。調査結果においても、売上高が 100億未満の中堅中小企業では比較的割合が高くなっているようです。

一方、IaaS および PaaS の導入に関しては、確かに導入は増加しているものの、調査が行われた 2012年時点では導入企業がいずれのサービスも 1割程度。ひとまず検討くらいは行う企業の割合は 4割強で、すでに頭打ちになっていることがうかがえます。

つまり、全般的にユーザー企業はクラウドを非常に冷静にとらえて判断していると見えます。マスコミやベンダーのなかには、「クラウドファースト」であるとか「これからのシステムはクラウドが当然」のような、“クラウド万歳”な論調を採り、これでもかというほどにクラウドを採用した企業を取り上げるケース(よく見ると、だいたいはメールやグループウェアの類を使っているのですが)もしばしば見受けられますが、当のユーザー側は、全般的にはそれに流されていないようです。

ただし、一般的な傾向がそうだからといって自社も同じ歩調を取ればよい、ということでは、もちろんありません。

こうした企業調査に対しておよそ言えることですが、これはあくまで「トレンド」を示しているだけのことであり、実際に採用する方針は、その企業の経営環境や今後の方向性によって、個別に判断すべきことです。極論すれば、クラウドをベースにしたシステムを考えたほうがよい企業ならば、仮に他の 99%の企業がその傾向でなくても、クラウドを採用すべきなのです。

むしろ、他が採用していない中で自社がいち早く採用すればチャンス、かもしれません。このあたりは、自社が置かれた環境に対する読みと論理的な状況判断、つまり「目利き」が要求されます。

このとき、正確な読みや判断をしていくためには、正しい情報を把握することがまず必要です。その意味で、わたしがよく申し上げることですが、「小さく試す」ことが重要になります。

「試す」ことを面倒がってやらないユーザー企業が大多数なのが現状ですが、どこかの大企業にならって「ビッグバン導入」などすれば、大金をはたいたうえに失敗する可能性は高くなります。ちょっと「試す」だけで、かなりの情報を獲得でき、目利き力が上がるのですから、やらない手などあるでしょうか?自分たちが納得のいくシステムを使いたいと思っている企業なら、どこでもやっていることです。要は、その習慣があるかどうかの問題です。

そんなことを考えると、先ほどの調査結果に対してうがった見方をすることもできます。

どういうことかといえば、データとして「流されていないユーザー」に見える中には、単に食わず嫌いで「試す」ことなど考えてもいないユーザーも、含まれているのかもしれないということです。結果を疑いなく、額面通りに受け止めてはいけない、こうした調査を見るうえでのひとつの側面です。

そういうユーザー企業の後を追わないほうがよいのは、言うまでもありません。