最近では中小規模の企業でも、クラウドサービスやアプリ開発ツールなどを積極的に活用するケースが増えてきたと実感しています。
ITを道具としてどんどん試してみようという機運が盛り上がっていること自体は、歓迎すべきことです。ただ一方で、それに伴って厄介な相談を受ける機会も増えてきたような気がしてなりません。
困ったことになっている企業の傾向として、大きく2つの特徴があると思います。
ひとつは、次々とアプリやサービスを使い始めたけれど、いろいろなものがありすぎる状態になってしまい、会社での管理が行き詰まっているという状態です。ひとつひとつのアプリは相応に便利だとは思っているものの、「こんな使い方でいいのだろうか」と薄々感じ始めています。
もうひとつは、あるひとつのプラットフォーム上で、便利だからといって次々と新しい機能を追加し続けているうちに、「なんだか使いにくくなってきた」「違和感を持ち始めた」という状態です。始めのうちは新しい機能がすぐに追加出来てよかったものの、そのうちに、何かをしようとすると別のことを考える必要が増えてきたり、追加した後に不具合が出てきたりなど、いろいろと問題を感じるようになってきます。
いずれのケースにも共通するのは、一言で言えば「カオス状態」とでも呼べるでしょうか。要するに、アプリやサービスを「使う」ことしか考えていなかった結果、複雑で分かりにくい状態になってしまった、というものです。
デジタル化というのは、「最新のITを使いこなすこと」ではありません。以前からこのコラムでも、企業にとっての IT というのは電気屋でモノを買ってきて使うこととは違う、と述べてきましたが、同じ趣旨のことがこの場面でも当てはまります。
始めにしなければならないのは、デジタルを前提に仕事のしかたを設計することです。このことへの意識が乏しいゆえに、設計を怠ってまず何かを買ってしまう、使い始めてしまう、ということなのでしょう。会社の中のシステムやデータの構成を設計できる人がいないと、だいたいこうした事態になります。
例えば、近年ではロボットや自動運転技術を導入しやすくなっており、モノによっては10万円台で買えるような製品があります。それを受けて、うちにもロボットを入れようと言って購入し使い始めたのはいいけれど、導入後に保守できない、トラブルが出ても対応できない、定期的なメンテナンスに苦労する、という事態になりがちです。
始めのうちは自動で動いてくれて便利だったけれど、周辺の配置が変わったり現場環境が変わったりしたことでロボットが上手く動かなくなり、よく考えてみたらその修正ができる人がいなかった、などという事態も聞かれます。
ロボットの他にも、例えばAIカメラによる画像判定などでは、現場の光加減や陰が少し変わっただけで、判定がうまく行かなくなることも実際にあります。
ITを導入するのは、案外簡単です。知識がなくても買うことはできます。ワクワクするような便利ツールを買うのは楽しいものです。しかし問題は、買った後の運用なのです。その技術の癖や特性を踏まえて、会社の中での運用が的確に設計され、中長期的にどう維持発展させていくかのシナリオができていることが重要なのです。
そして、設計するというアクションは、単にアプリやサービスの組合せや利用する技術を選べる、決められる、というだけでは用事が済みません。会社の戦略や方針を踏まえて、業務の将来像を設計することでもあります。現有の人材と今後の人材獲得の方針を見極めて、使いこなせるものを判断することでもあります。最新であればよいわけでもなければ、流行に乗ればよいわけでもありません。設計するというアクションができる人は、かなりハイレベルで広範な知見が要求されるわけです。
たちが悪いのは、聞きかじった程度の知識や経験で「自分は知っている」と思い込んでいるけれど、実際には知見が足りないので、設計や方針の判断を誤る人です。先月のコラムで述べたような「知らないを知る」ことに取り組んでほしいと切に願いたくなるような人です。こういう人が周囲の期待を集めて裁量を与えられてしまうと、ITに疎い人でも見てわかるほどに派手にコケるまで突き進んでしまいます。そうなってから取り返すのは、なかなか難しいのです。
最終的には、経営者に問いが突き付けられます。「ビジネスのしくみが設計できる人材を育てて、確保する努力をしていますか?」と。会社としてデジタルを使いこなそうと思うのなら、持たざる組織能力を得る努力もしないで丸投げしているのでは、いつまで経っても状況は変わらないし変えられないのです。