ROA、ROE、ROIという数字遊び

財務指標を経営目標として重視している企業は珍しくありません。特に、上場企業に多いような気がします。

それらを評価の「ひとつ」として参照するのであれば役に立つだろうと思いますが、それ「しか」見ないのであれば、大局的な方針判断はしにくいのではないかと思います。

財務指標は、ひとつだけを取って見るのでは、極めて一面的です。そして、本来その財務指標が意味する本質を離れ、(言いかたはよくありませんが)数字遊びをすればどうにでもよく見せられる側面があります。

例えばROA(総資産利益率)。本来この指標は、持っている資産をいかに有効活用して利益につなげたのかを見る指標です。ただし、この指標において、利益と資産以外のものは評価対象に入ってきません。この指標だけ見て評価するのなら、利益を増やす努力や工夫はしなくても資産を減らすだけでROAは改善します。

以前、ある著名企業のCIOが、自社の情報システムをすべてクラウドに移行することを発表していました。その企業は経営指標としてROAを重視しているといい、「これで当社のROAが改善する」と誇らしげに語っているのを見たとき、そんな目的で移行すると知ったらきっと株主は怒るだろうなと思ったものです。

最近では、ROE(株主資本利益率)もよくトピックに挙がる指標です。本来は、株主が投資してくれたおカネをいかに効率よく利益につなげたのかを評価する指標です。ただしこれもまた、株主資本(自己資本)を減らして借り入れを増やせば、向上します。もしこの分野の評価をするのなら、その企業が資本を活用するロジックを明確にして、その効率性を評価するようにしないと、本当のところは判断できません。

財務指標とは少々離れるかもしれませんが、ROI(投資対効果)は、よく情報システム関連の投資をする場合に出てくる指標です。いい加減でムダな投資をしないようにするため、という評価目的は真っ当だと思いますが、多くのシステム投資案件ではリターンを明確にすることが困難です。ネットワーク環境やシステム基盤刷新などのITインフラ整備、情報セキュリティ、情報分析環境整備などは、典型的な「リターンを明確にしにくい投資」でしょう。

それでも一律にROIを要求すると、意味が薄い、単なる数字遊びが始まることになります。部下が頭をひねってムリヤリ考案した、一見美しいシナリオは、これまで経営にどれほどの意味があったでしょうか。

情報システムは、ビジネスのしくみを支援するためのものです。見かたを変えて言えば、ビジネスのしくみのないところに情報システム導入は原則としてあり得ません。ビジネスのしくみが明確になっているのなら、情報システムに投資することそのものに迷うという話は基本的にあり得ず、迷うとすれば「その案で、想定しているしくみが本当に効果的に実現できるのか」という視点になるはずです。

指標は参照するのには便利ですが、その指標の裏側にあるロジックが具体的であればこそ意味を持ち、活きてくるものではないでしょうか。ロジックの裏付けなく指標だけを見て判断しようとすれば、芽を育てるべき無骨な案件は迷うことなく却下され、本当のところを隠されて文章や数字でお化粧された素敵な案件は承認されるという、本末転倒な事態を招きやすくなり、かつそれに気づかない。こうした成り行きになるではないでしょうか。

もし好ましくない評価値が出るのなら、その要因をロジックを辿ることで理解し、改善または再検討を図る。このようにして、指標は利用すべきだと思います。

ゴルフトーナメントに見た、技術イノベーションの一例

先日に目にして、大変すばらしいと感じた記事を紹介しておきたいと思います。

日経BP社の情報サイト「ITpro」に掲載された、スポーツとIT技術の融合によるイノベーションを取材した記事です(全文閲覧には会員登録が必要)。

紹介されているのは、女子ゴルフトーナメント「富士通レディース」にて実験的に提供されたネットサービスで、

  • 特定のいくつかのホールや練習場の様子をリアルタイムでネット中継
  • 試合翌日以降、指定条件にヒットするプレーシーンだけを一気見できるショット検索
  • アーカイブ映像中の選手のウエアやギアをクリックすると当該商品の詳細がすぐ見られる、インタラクションVOD

を提供したというものです。

わたしの拙いことばだけではイマイチ良さが伝わらないと思いますが、記事を参照いただくと写真付きで説明されていますのでご覧いただければと思います。ゴルフファンには大変好評だったそうなのですが、実はわたしはゴルフをしませんので、その興奮度はいまいちわかりません。それよりもわたしが感心したのは、このサービスの開発経緯です。

実は上記の3つのサービスのうち、「ショット検索」サービスの原型は、プロ野球パ・リーグで提供されている「対戦検索サービス」だとのこと。パ・リーグ6球団の各種権利をとりまとめるパシフィックリーグマーケティングが、新しいサービスのヒントを求めて富士通を訪問し、さまざまな技術を紹介してもらう中で、ある技術を見てピンときたのだそうです。

その技術とは、「河川監視システム」。

一体なんのことやらと思いますが、河川監視システムに活用されている、映像認識と関連データのタグ付け技術を見学して、野球の試合映像で誰の打席かを認識させることを思いついたのだということです。

この話を聞いて、これこそまさに、技術を活用したイノベーションのお手本だと感じました。

ビジネスリーダーは多くの場合、技術をよく知りません。そういうビジネスリーダーが、よく知らなくても技術に対する可能性に関心を持ち、自ら情報収集しに行っていることが、まず素晴らしいと思います。

こうした情報収集や調査活動は、結果としては空振りに終わることがほとんどだろうと思います。しかし、新しい芽を見つける活動とはそんなものです。そう理解したうえで、知見の蓄積は当然行うものの半ば楽しんでこうした活動を続けていると、このケースのように「ピンとくる」瞬間が訪れるのではないでしょうか。

一方、技術者も多くの場合、ビジネスで要求されている事項をよく知りません。業種が異なればなおさらです。そういう技術者が、技術を開発するだけで満足しそうなところを抑えて、ビジネスに何とか使えないかと常々模索する姿勢もまた、素晴らしいと思います。特に、上記の3つ目のサービス「インタラクションVOD」では、富士通は社内で相当に議論して、技術活用とマネタイズの両立のアイデアを練ったそうです。

こういう取り組みも、一般的には多くの場合、空振りに終わります。しかし、そういうものなのです。それを前提として、組織として継続的に追求できるかどうかが問われるのです。

技術活用に限らないでしょうが、世の中にインパクトを与えられるアイデアを獲得できる確率はそれほど高くはありません。取り組んでいるわりに成果の出ない日々が続くものです。しかし、アイデアを獲得しようと努力することがない組織にアイデアが降りてくることは決してないのも、また事実だと思います。他社のおもしろいアイデアを後から真似すれば楽ですが、それで得られる充実感はないでしょう。

このような取り組みは、基本的に好奇心にあふれた環境で行われるべきだろうと思います。この事例のように、互いに努力を重ねるビジネスサイドの関係者と技術サイドの関係者が交流の機会を持ち、それぞれのアイデアや構想を披露し合い、そのなかから興味深いアイデアが浮かぶ。こうした環境を持てると大きな強みになるだろうと感じました。

一流の企業と「あいまい」

わたしは、企業が「ビジネスのしくみ」を構築し洗練化する取り組みを、当社が持つノウハウを駆使して支援しています。

こうした取り組みは、往々にして面倒な作業を伴うことが多いものです。時に、コンサルタントという存在に対して即効性のある処方箋だけを求める企業もあります。そうした対策が一時的には重要であることは否定しませんが、それしか要求しない企業と当社は、ほとんど水と油のような関係ですので、残念ながらご縁がありません。

「自分の会社の仕事は、自分たちがよくわかっている」と言う企業の関係者は、多くいらっしゃいます。しかしながら、わたしの個人的経験から申し上げれば、会社のビジネスのしくみをあぶりだそうと取り組んでいくにつれ、実はあいまいな基準のまま処理していたこと、なぜそのような処理をするのか理由をだれも知らなかったこと、ある人と別の人では実は基準が異なる判断をしていたこと等々、さまざまな「知らなかった」が浮かび上がってくるものです。

そして実は、ビジネス上の問題が発生する要因の多くは、こうした奥底に隠れた「あいまい」な部分にあることが多いものです。

見かたを変えて言えば、ビジネス上の問題が発生した場合、表面的な手続きや担当者の問題を追うだけでは、本質をつかめない可能性が高いということにもなります。問題というものは、なんらかのメカニズムに基づいて発生しています。ビジネスのしくみに切り込み、業務構造のすべてを大局的かつ詳細に把握できない限り、問題要因の構造は見えてこないものなのです。

最近、VW社による排ガス試験の不正問題が大きく報道されています。この要因について、ただ表面だけを見れば、不正なソフトウェアを導入した担当部門と、その管理責任者がクローズアップされるだけでしょう。

おそらく問題の本質は、もっと奥深く、幅広い部分にあるのかもしれません。本気で是正しようと取り組むなら、その企業のビジネスのしくみがそもそもどうだったのか、という問題に及んでいかなければなりません。本質に迫らなければ、似たような問題が別の形でまた起こってしまうでしょう。

どんな分野においても、一流と呼ばれる人や組織は、所作が洗練されています。その所作についてなぜそうなのかと質問すると、どんなことを問いかけても明確な回答が即座にかえってくるものです。考え尽くされた動きには、あいまいさがないのです。

一流が常に根拠を求めるのは、人間とは弱い存在であるということをよく認識しているからではないかと思います。根拠のないあいまいさは、甘えを生みます。その場の気分に流され、「このくらい別にいいだろう」「なんとかなるだろう」という甘えが生じるのは、常に根拠が希薄な部分です。だからこそ、一流は所作に根拠を求め、根拠を基に自らを制約するルールを課し、それを厳格に守るのだろうと思います。

どんなビジネスにおいても、顧客は二流や三流ではなく、一流のものを購入したいと思うはずです。面倒がらずにビジネスのしくみを磨くことで、どんな企業にも一流を目指していただきたいものです。

最近気になる、CIOの二極化

大きな企業のCIOが、講演やインタビューなどさまざまなところで発言しています。これまでわたしも、たびたび参考にさせていただいてきました。

最近、そうしたCIOの発言を聞いていて、気になり始めたことがあります。CIOの根底にある志向が、どうも二極化しているように感じられるのです。

この傾向は、クラウドが流行り始めてから顕著になってきたような気がしています。

わたしが気になっている2つの極、そのうちのひとつは、ビジネスのあり方を起点に施策を決めようとする志向です。

この志向を持つCIOの話は、必ずと言っていいほど、自社のビジネス展開が基軸になっています。ビジネスはこれからどうなっていくべきなのか。どんなビジネスをしたいのか。そのために必要な業務のあり方は。いまの業務プロセスは理想とどのくらい離れているのか。こうしたことがまず念頭にあって、そこからシステムの話が出てきます。

このようなCIOに、あなたの会社のコア・ノンコアは何か?と問いかければ、自社のビジネスモデルを踏まえたコア業務・ノンコア業務を回答します。

一方、もうひとつの極。それは、IT部門や情報システムを起点に施策を決めようとする志向です。

この志向を持つCIOの話には、必ずと言っていいほど、早い段階でコストの話が出てきます。次に多いのが、システムの柔軟性の話。もちろん「柔軟性がない」という話なのですが。システムが複雑になってきた、という話も多くあります。

そこから展開されて、いま取り組んでいるなかで “ちょっと自慢できる” システムの話が出てきます。最近で言えば、「クラウドに全面移行した」「BIツールを採用して使っている」といったようなことです。

このようなCIOに、あなたの会社のコア・ノンコアは何か?と問いかければ、IT部門のなかの業務や既存システムのノード(”○○システム”と名がつくようなもの)から、コア・ノンコアを分類しようとします。ビジネスモデルの話は、この志向を持つCIOの話にはまず出てきません。

推察するに、これは「普段の関心がどこにあるのか」に左右されているところが大きいのでしょう。

CEOや、自ら以外の幹部役員とどのような会話をし、周囲からどのような期待とプレッシャーを感じ、自らの活動領域はどこで、どのようなアウトプットが重要と考えているのか。こうした意識が、取材などにおいても出てくるものと想像されます。

昨今では「ビジネスにいかにITを貢献させるか」が、CIOクラスの一大テーマになっているのは、多くの方がご承知のとおりです。この問いかけに対し、CIOがどの志向をもっているかで、取り組む方向性はまったく異なる気がしてなりません。

「ビジネスへの貢献」を要求されて、ビジネスモデルのさらなるアップグレードを目指すのか。または、さらなるコスト削減と効率化の余地を探すのか。「ビジネスへの貢献」と聞いて、顧客を思い浮かべるのか、情報システムを思い浮かべるのか。

その結果は、短期的にはどちらも好ましいものにはなるかもしれません。しかし、会社が必要とするCIOとは、本来どうあるべきなのでしょうか。経営者の方々には、どちらの志向を持つCIOがよいのか、一度思いを巡らせていただくことをお奨めしたいと思います。

その答えによっては、CIOに対する接しかたを変えなければならないかもしれません。

東芝の不正会計問題に見る、「まともな目標設定」

世界にも名が知れ渡り、過去に経団連会長を何名も輩出してきた名門ともいえる東芝で発覚した不正会計問題は、世間に大きな衝撃を与えました。

企業ガバナンスや証券業界などの有識者の間では、同社の経営に対して相当に手厳しい批判が出ているようです。同社の体制の立て直しには、今後相当なコミットメント、労力、時間がかかるでしょう。

専門的な意見は他に譲るとして、今回はわたしが気になった同社の「チャレンジ」について述べたいと思います。

同社では「チャレンジ」と称する目標設定制度があったと報じられています。これが、利益目標必達の職場環境形成のきっかけとなり、結果として現場での会計数値の操作につながったとの指摘があります。

この制度に関して(当時の)社長は会見で、「目標を立てること自体に問題があるとは思わない、むしろ良いことだ」という趣旨の発言をしていました。

わたしには、この発言が大変気になりました。

目標を設定する意味は、到達点を明確にし、そこを見据えて適切な行動を進めることにある、というのがわたしの考えです。つまり、ゴール設定するだけでなく、そこに至るルートもまた、デザインする必要があります。この2つのことは、目標設定という活動の中ではセットで考えるべきことです。

簡単にクリアできる目標なら、ルート設定は不要でしょう。プレイヤーの感覚か感性のようなものだけで到達できてしまうだろうと思います。しかし通常、目標はそう簡単には達成できません。クリアすることが難しい目標ほど、その途中のルートをデザインし、中間指標を設けてモニタを行い、行動しながらルートのデザインが正しかったのか検証を行い、間違っていれば修正する。こうした取り組みを繰り返すことが要求されます。

論理的な視点、時には科学的な視点までも取り入れてこのような活動をするから、困難な目標をクリアできるのです。目標に到達できない人に向かって「根性が足りない」「気合を入れろ」「もっとがんばれ」などと言ったところで、達成は覚束ないのです。

つまり、単に目標だけを設定し、それをどのような行動によって実行するかは考えないとしたら、目標設定の意味はほとんどありません。

もし同社が、まともな目標設定を行う環境を整えて「チャレンジ」と称していたのなら、目標に到達するのが困難と分かった時点で、プロセスのどこが問題なのかを謙虚に検証するはずです。言うまでもありませんが、担当者個人の責任論に終始することなどありえません。

そうした組織風土があるのなら、「目標を設定することに何の問題があるのか」といったような、制度設計に対する反省の色のない発言は出ないのではないか。わたしはそのように考えました。

たびたび申し上げることですが、「経営者のシゴトはしくみづくりである」とわたしは考えています。目標だけを下達し、その方法には一切関心を示さず、達成できなければ一方的に批判するようなリーダーは、無責任であるとさえ思います。

もし今回の件で、利益だけを目標として部下に投げかけ、そのためのプロセスをどうするかは関知せず、それは部下の仕事であるから自分で考えろとしていたのであれば、この問題は起こるべくして起こってしまったのかもしれません。

年金情報漏えい事件で、経営が考えるべき2つのこと

6月の初めに日本年金機構による年金情報漏えい事件が明らかにされて以降、公共団体、自治体、教育機関など多数から、堰を切ったように標的型攻撃被害の公表がありました。

企業にとっても、ひとごとではない事態です。マイナンバーの施行を控え、同様の事態が自社に発生した場合の影響をよく想像しておくべきだと思います。

標的型攻撃の特徴、情報が漏えいする仕組み、各種の対策などは、さまざまな方面から識者が十分な情報をすでに紹介しています。詳しいノウハウはそちらを参照いただくとして、このコラムでは、幸いにも被害が及んでいない企業の経営者に向けて2つの点をリマインドしたいと思います。

ひとつは、攻撃を受けたことが自社で検知できるようにしくみを整備しておくべきである、ということです。

具体的には、検知に必要なログを取得し、問題に対しては警告が挙がるように設定し、かつそうした機能の稼働状況を普段から監視することです。普段から様子を見ていなければ、普段と違うことに気付くはずがありません。

言ってしまえば当たり前のことですが、おそらく多くの企業・団体で、こうした「運用」をまともに行っていないと思われます。

そのせいか、ここまで多くの攻撃被害の公表で、その発見のきっかけは「外部からの指摘」になっています。最近では、情報の漏えいを外部から指摘されるまで半年以上気づかなかった、という事例もありました。

こうした例があまりに多すぎて「社外から指摘されるのがフツウ」という風潮になりはしないかと、大変危惧しています。本来は、自ら気づくべき問題です。結果的に外部の指摘が早かったとしても、少なくとも自ら検知できるようにする努力と、必要な投資はすべきです。

もうひとつは、こうした攻撃が発覚した場合の行動原則を明確に定め、組織内で共有しておくべきである、ということです。

メールや個人情報の取扱いについて厳格化するなどセキュリティ保護のルールを固めることも必要ですが、一定レベルを超えて厳しくすると現実的ではなくなります。ルールの厳格化と業務の効率性は、トレードオフの関係です。顧客に提供するサービスの質を考慮して、両者の適切なバランスを取ることが、セキュリティ対策の前提条件であり現実といえます。

ただしそうなると、外部からの攻撃リスクは無視できるほどに軽減されることはありません。まして、攻撃手法は日々、巧妙さの度合いを増しています。企業側が現実的な対策を維持したとしても、リスクはおそらく今後も上がっていく傾向になるでしょう。

このことを踏まえて、保護対策を継続して取りつつ、万一攻撃が発覚した場合に自社内ではどうふるまうのか、平時のうちに決めておくことが重要になります。

「自社では対応しきれないから外部の専門家に依頼する」でもよいですが、それでも自らで行うべきことや留意すべきことはたくさんあります。下手な動きをすると、攻撃を防いだつもりが拡大させてしまったり、そのつもりがないうちに攻撃された痕跡を消してしまい証拠がなくなってしまうこともあるのです。

専門的な知識が無ければないほど、平時のうちに正しい行動とは何かをきちんと精査し、行動原則を決めておいて、有事に迷わず、対応を間違えないようにしておくべきです。

また、日本年金機構の公表の遅さが批判された結果、後続の被害案件では、被害状況が不明なうちに即座に公表する組織が続出していましたが、即時公表が必ずしも正しいとは限りません。

社会的影響が大きい漏えい問題ほど、公表すれば外部からの問い合わせが殺到します。そのときにスタッフがそれをさばける体制が予め整っていなければ、社内が火を噴き、対応が後手に回ることで、余計に信頼を失うことになりかねません。日本年金機構の場合は事実確認から公表までが1か月とあまりに遅すぎたのが批判されていることに、留意すべきでしょう。

経営者の方々には、情報セキュリティ関連の事件のときはいつでもそうなのですが、一連の事件を他山の石として、自社の対策に活かすべく具体的行動をとることをお勧めします。少なくとも上記のような検討をきちんと済ませていれば、今回の件に対して「そんなメールを開くとは注意が足りない」などという、聞く人が聞けば底の浅さがわかってしまう発言をすることもなくなるでしょう。

「クラウド移行で業務改革」に見るカンちがい

各種の調査を見ていると、企業のクラウド利用はそれほど大きく進んでいるようには見えません。グループウェアなどのSaaSは活発に使われるようになっている反面、開発基盤を提供するPaaSやシステムインフラを提供するIaaSはまだ下火、という結果になっていることが多いようです。

一方でここ最近よく目に留まる気がするのは、比較的規模が大きい企業が自社のシステムをクラウドへ移すというケースです。

ちなみにですが、わたしがここでお話しする「クラウド」には、いわゆるプライベートクラウドは含みませんので、あらかじめお断りしておきます。

企業のシステムをクラウドへ移すべきなのか、移すとしてそれを一部にしておくべきか全部にするのか。このトピックについてはさまざまな論点があります。

判断は各社各様でしょうし、ひとつひとつに対してとやかく申し上げるつもりはありませんが、事例を拝見していると、成功したとする企業が掲げる「クラウド移行の効果」のなかに「業務改革の達成」というものが含まれているのを、時々見かけては気になっています。

例えば、「クラウドにすべてシステムを移行することで、システム導入や開発の柔軟性がオンプレ(自社運用)とは比べものにならないほどに増す。IT部門はシステムの『お守り』から解放され、より企業の戦略や企画へ業務をシフトできる。」 これをもって「業務改革の達成」としているような話です。

それは、「IT部門の業務改革」であって「企業やビジネスの業務改革」ではありません。

IT部門が思い描いたように経営を説得してクラウドへ移行を行えたとしたら、そこから真価が問われることになります。本当にビジネスに資する戦略立案に一役買えるのか。業務部門と連携してデジタルの面からリーダーシップを取るべく企画アイデアを出せるのか。業務部門が「これを実現したい」という要望を持ったときに本当にそれを迅速に実現させられるのか。

それができて初めて「業務改革が達成された」と呼べるのではないかと思いますし、逆にできなければ「クラウド移行でトクしたのはIT部門だけではないか」という話になるかもしれません。

気になることは、ほかにもあります。

クラウドというと、とかく移行のリスクをどう考えるかが話題になります。成功したとする企業の担当者はそれに対して、クラウド事業者が数々の国際認証や国際標準に準拠していることを根拠に「自社でやるより任せるほうがよほどマシ」と結論付ける傾向があるようです。

そうかもしれませんが、重要なのは、任せるクラウド事業者がISOに準拠しているかどうかではありません。

委託することで自社は「何のコントロールができなくなるのか」または「コントロールしにくくなるのか」を見極めることであり、それについて経営層と認識を共有することです。

一例を挙げれば、自社の基幹システムをクラウドに全面移行することに決めた企業のトップならば、ひとたびクラウド側で障害が発生した場合、自社は復旧にあたって何の手も下せずにクラウド事業者にすべてを委ねるしかないこと、それでも顧客に対しては自らの責任として状況説明を行う必要があることを、十分了解しているか、というようなことです。

ほかにも、セキュリティ、責任分界、採用技術など、さまざまな論点がありますが、「移行のリスクを考える」とはつまりこういうことではないでしょうか。

まだ気になることはあります。クラウド化によって「システムの運用から解放される」というメリットを述べる向きもときどき見かけますが、これは大きな勘違いです。

クラウド化することにより、従来型の運用から解放される代わりに、「クラウド対応の運用」に変えていく必要が出てくるからです。

クラウドは「サービス」であり、これに移行するということは、自社の情報システム運用はクラウド事業者の「サービス」に合わせる形で提供されることになります。クラウド事業者のサービスが変更されたり、別のサービスの利用を自ら追加したり、事業者側がサービスを停止したりすれば、そのたびに運用は何らかのアクションが必要になるのです。そのアクションは、自社のシステムユーザーの利用動向や、自社が提供すべきサービスのポートフォリオを考えながら、調整を行わなければなりません。

また、クラウドサービスは通常は従量課金制です。使えば使うほど料金は増加します。利用開始当初から利用状況が変われば、それに気づいて利用のしかたを見直さないと想定以上にコストがかかってしまうリスクが否定できません。しかも、事業者側は頻繁に料金改定を行います。その情報をしっかりキャッチアップし、使い方を見直していかないと、いつの間にか損している状況に陥りかねません。

つまり、クラウド対応のシステム運用では、「クラウド事業者のサービス提供の都合」という、従来型の運用にはなかったパラメーターを踏まえた運用を要求されるようになるということです。解放感に浸っていては、この「パズル」を適切にコントロールすることはできないでしょう。

クラウドは、うまく使えば企業の大きなパワーになりえます。いまクラウド利用を検討している企業の経営層の方々には、上記のような点を念頭にきちんと理論武装したうえで検討をいただきたいと思いますし、社内説明でうまく説得された経営層の方々には、上記のような目で今後の成り行きをウォッチいただければよろしいのではないかと思います。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(後)

前々回、および前回のコラムで、企業がデータ分析活用を成功させたケースやうまく行っていないケースを概観し、そのパターンやポイントの考察を簡単に紹介してきました。今回は、まとめとして、結局企業は、データ分析に対してどのように対応していくべきかについて、わたしの現時点での見解を述べたいと思います。

実はこのことは、いま企業に要求されているITへの関わりかたが、大いに関係していると見ています。

一般にデータ分析というと、社内外のデータをいわば「拾ってきて、集めて、よく見てみる」という感覚で捉えられている雰囲気を、個人的には感じています。しかし、成功している企業には、そういう態度はありません。

実際に少しでもデータ分析を試してみるとわかることですが、社内外にデータはそこそこあるかもしれないものの、「有用なデータ」となると、思ったほど存在しないものなのです。

では、成功している企業は「有用なデータ」をどう調達しているかというと、「自分でつくって」います。

アンケート調査を自ら実施する、現場に行って測定する、持っているデータに2次属性を付けたり簡易計算したりして加工する、など、さまざまなテクニックや工夫をして、専門的知見を取り入れながら自分たちでデータを考えだし、生み出しているのです。

データ分析活用において、かなりアートな感覚も要求されるこうした創意工夫の態度、そしてその取り組みを長い目で支援する組織の存在は、非常に重要と言えます。

前々回に紹介した統計調査結果を見て推察できるように、「ビッグデータは自分たちには関係ない」と思っている企業は、少なくないようです。ビッグなデータを持っているとも思わないし、持っていてもコストをかけて分析する価値を感じない、と考えているように見受けられます。

しかし実際のところ、データを分析する価値は、自然にわいてくるものではありません。自らアクションを起こして、ビジネスの視点で活用シナリオを描かなければ、価値は見えません。

また、データがビッグかスモールかは、あまり問題ではありません。最新版の Excel で実行可能な範囲の分析で、要求が十分満たせることも少なくないのです。

消極的な企業の中には、そのうち誰かが方法論をまとめてくれたら真似してみようと思っているところもあるのかもしれません。しかし、成功企業はいずれも、自ら試行錯誤したうえで、自らにとって有効な方法を独自に見出しています。これは自らの努力で勝ち取るノウハウです。誰でも成功できるような便利な方法論は、いつまでも出てくることはないでしょう。

そして重要なのは、「過去とは違って、いまは簡単にデータを取り扱うことができるようになった」ということです。過去においては相当に高価で手が出なかったBIツールが安価に手に入るようになり、なかにはフリーのものまであります。バイト当たりのハードディスク単価は劇的に低下し、分散処理技術も充実、大規模でデータを扱いたいならクラウドも使えます。その気になれば、特殊能力がない一般企業でも相当なレベルまでできてしまう手軽さに落ちてきているのです。

世の中でバズワード化した「ビッグデータ」の本質とは、実はこれであると、わたしは考えています。だからこそ、データを操れる企業とそうでない企業との間では「突出した差ができつつある」のです。結果として、本気でやって成功した企業には、将来も継続して強みとなり得る能力が身につくことになります。

データ分析活用におけるITは、従来にあったような「導入するかどうかのIT」ではありません。いまの時代に企業に要求されているのと同じく、「どう使うかを考えるIT」と見るべきでしょう。データ分析活用もまた、「IT活用はあらゆる面ですでにそういうフェーズになっている」ことを示す、ひとつの例なのです。

もちろん、本気で取り組むかどうかを検討した結果として、企業によっては「やらない、必要ない」という選択もありえるだろうと思います。いずれの選択をするにしても「確信をもって」判断する必要があるでしょう。「やらない」判断をして誤った場合の代償は、大変大きなものになると想像できます。

一方で、「やる」という判断をしたとしても、「判断したから、あとはよろしく」とは行きません。

データ分析のビジネスへの活用レベルは、経営層が持つビジネスの視点と、経営層による具体的行動、データ分析能力へのリソースの投下と、それが創り出す体制や仕組みに大きく左右されます。データ分析のチカラを企業が取り込もうと思うなら、現場が成果を挙げるのを経営層が『黙って待っている』のでは成功確率がかなり低いことは、事例が示しているところです。やるのなら片手間ではなく、本気で、息長くやる覚悟が求められるものと理解したいところです。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(中)

前回のコラムで、ほとんどの企業は、ビジネスをドライブするうえでデータ分析をそれほど重要とは見ていない、または少なくとも過去においては重要と見ていなかった企業であり、その中でデータ分析に取り組んで成功したと言える企業にはパターンが2つある、と述べました。今回は引き続いて、その2つのパターンのお話から始めます。

成功例といえるパターンのうちのひとつは、ビジネスが停滞または危機に瀕するような状態に陥った結果、改革の活路として徹底した品質管理・事業管理を目指すことになり、その原動力としてデータを活用したケース。もうひとつは、現場で始めたデータ分析の具体的な効果を経営層が高く評価する結果となって組織に定着したケースです。

前者のケースの場合は、結果としてトップダウンになり、組織を横断した取り組みとなるので、英知をうまく結集できれば成功に至ります。経営層に危機感が強い、またはデータを適用しようとする分野に経営層がもともと明るい、といった場合は、成功率が高まるように見受けられます。

後者のケースの場合ですが、実際にこのカタチで成功する企業は、なかなか数は多くありません。たいていの場合、データ活用をやってみようとしつつも、ボトムアップになるため社内でなかなか盛り上がらずに苦労しています。

ボトムアップで成功している企業で特徴的なのは、データ活用を試そうとするチームが、IT部門に近いところにあることだと見ています。IT部門が全社横断でデータを閲覧できるという強みをうまく生かし、業務部門をうまく巻き込んで、分析のみならずその成果を使ってもらえる仕組みをつくり上げられると、成功につながっているようです。

一方で、データ活用を試そうとするチームがマーケティング部門に近いところにあると、Web や EC 以外では顕著な成功例がなかなかありません。マーケティング部門が孤軍奮闘するも、他部門はあまり乗ってこないか受け身である様子が見受けられます。

データ分析は、分析力が重要であることは言うまでもありませんが、むしろ、その分析結果を踏まえて業務に埋め込み仕組み化する能力が、さらに重要になります。この能力の確立には、業務を横断してデータ活用の意義を共有し協力しあう体制が不可欠で、取り組みに対して相互に責任を持つ意識も重要です。

それができていない組織ではデータ分析をドライブする力に欠けてしまい、投下できる組織リソースにも欠けるため、まずは小さく始めて小さく成功しようとアプローチするのはいいけれどなかなか大きく広がらない、という印象です。スモールスタートが、スモールなままで成長しないのです。Web や EC でうまくいくのは、取り組みがITの領域でほぼ閉じるからと言えるでしょう。

興味深いのは、同じ業種で似たようなものを売っている企業間で比較しても、データ重視とそうでない企業があり、社内でのデータ分析に対する取り組みかたが見事なまでに異なることがある点です。例えば、同じ業種の企業のマスマーケティングにおいて、かたや華々しい成果を挙げてマスコミに大々的に取り上げられる一方、かたや「小さく始めて広げていくしかない」と頑張ってトライするけれど盛り上がらず、街に出て話題をつくろうと思っても理解してもらえず、顧客データの獲得どころか逆に街の人に「何やっているんですか?」と聞かれてしまう、といった具合です。

くり返しになりますが、ビジネスにおけるデータ活用は、統計的スキルや分析ツールの運用能力があることが必要十分なのではなく、分析した結果を現場が活用できる仕組みに昇華させる取り組みがさらに重要です。つまり、組織横断で行動できるかどうかがカギになっているわけです。関心のある人材のみで推進するボトムアップでは、データ分析活用の場合、すぐに限界が来ます。

このようなことが、データ分析活用の成功ケース・停滞ケースを総合的に概観してみると分かってきました。情報システム活用も同様なところがありますが、データ分析活用はその傾向がよりセンシティブであると思われます。

では、結局のところ、データ分析を企業にとって有用な施策とするにはどう対応すべきのか、次回のコラムでまとめてみたいと思います。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(前)

最近、集中的に、データ分析のビジネスへの活用について事例研究を行っています。今回と次回のコラムでは、現段階での理解から少しだけ紹介してみようと思います。

データ分析というテーマは、昨今の「ビッグデータ」ブームに乗ってホットなトピックになっています。しかし、現時点では大多数の企業がこれに取り組んでいるという状況でもないことが、各種の統計調査から見えています。例えば、日本情報システムユーザー会(JUAS)が昨年発表した調査結果によれば、ビッグデータ活用を「導入済み」とした企業は、割合にして 4.8% しかいません。一方で、ニーズなしとした企業は 52.9% となっています。

JUASのアンケート調査に回答する企業は、およそIT活用にそれなりの意識を持つ大企業と中堅企業です。それでこの結果ですから、この件に関する日本企業全体のトレンドは推して測れるでしょう。

しかしながら、データ分析活用の事例を探っていくと、相当先進的なものが出てきます。成果はもちろんですが、それを導く分析能力の秀逸さがずば抜けているのです。つまり、データを操れる企業とそうでない企業との間では 「突出した差ができつつある」 ということになります。

データ分析に先進的な企業の特徴は、そもそもデータというものを、ビジネスを発展させるうえでトップ・プライオリティと認識している業種業態であるということです。ほぼこれに尽きる、と考えています。そしてそのほとんどのケースは、金融取引系か、マーケティング重視の企業です。

少々補足しておきますが、もちろん、在庫評価・財務分析などの分野で、従来からデータ分析手法は利用されてきました。しかしながら、この分野で使われる手法はすでにパターンが固まっており、どの企業でも同じことを行っているため、「やっていて当然」のデータ分析です。分析に試行錯誤の必要がない分野での活用は、今回の事例研究の対象から除いて考えています。

マーケティングを重視する企業は、経営層がそれを重視しており、マーケティングをうまくドライブできるような組織を形成しようとしています。結果としてそれが、データを活かしデータを重視する企業文化につながっているようです。結果として、分析に長けた人材が集まり、マーケターと組んで試行錯誤を繰り返す取り組みが、日常の業務として当たり前に行われています。そしてそこに、リソースの投資が行われているということです。

ただし、こういう企業の絶対数は、とても少ないのが現状です。

一方、ほとんどの企業は、データ分析をビジネスをドライブするうえでそれほど重要とは見ていない、または少なくとも過去においては重要と見ていなかった企業です。

その中で成功例と言える企業には、パターンが2つあります。(後篇に続く)