スマホアプリのデジタルマーケ 「気が利く」か「気持ち悪い」か

スマートフォンをもつ人が世の中の主流となって以降、大手企業を中心に、スマホアプリを活用したマーケティング施策が盛んに取り組まれています。

スマホは、個人が毎日持ち歩き、朝起きてから夜寝るまで(しばしば寝ている間も)そばに置き、ことあるごとに画面を見るものです。何かを販売したい企業にとっては、顧客との接点を持つにあたってうってつけのチャネルです。そこにアプリを導入してもらうことで、相当に機動的に顧客とコンタクトをとることが可能になります。

顧客を「個客」として扱い、ひとりひとりが満足してくれるサービスや商品を提供しようという、善なる動機からこれに取り組むことには、大変意義があるでしょう。ただし、その心意気がサービスのしくみとして具体的に表れていなければ、単に個人情報を収集したいだけの押しつけがましい業者と区別が付きづらいものになるでしょう。

表面的には同じことをしているように見えても、それを提供することの意味が顧客へ提供する価値として意識的にデザインされていないものは、顧客に何となく伝わってしまうものです。

例えば、ECサイトではよく、顧客がサイトのページや商品を閲覧した履歴を分析して、その顧客の好みを割り出し、その結果を基に顧客に何らかの形でレコメンド情報を送り込む、ということを行っています。これも、そのやり方によってはありがたく役に立つと感じられますが、まったく逆に「どこまで自分のプライバシーを知られているんだろう」と気味悪く感じられることもあります。

他にも、ある商業エリアに顧客が入ったことを、アプリが顧客のスマホのGPS情報を吸上げて把握し、近辺の店のクーポンなどの情報をプッシュして送るというサービスも、よく行われています。これもまた同様です。やり方によっては、ありがたくも、気持ち悪くもなります。

こうしたコンタクトチャネルが顧客に喜ばれるかどうかは、顧客がその情報をその業者から欲しいと思っているかどうかに大きく依存すると思います。まず顧客自身がそれを要望していること。そのうえで、顧客の動線を考え抜き、顧客が欲しいと思うタイミングで欲しいと思っているモノだけを送ること。情報が送られてくるしくみや利用している個人情報を明確にして示すこと。

顧客のことを考えているようでいて、いつの間にかマーケターの都合が発想の中心になってしまうと、とたんに押しつけがましい情報提供になるはずです。

わたしがうまい取り組みだなと最近感じたのは、パルコが展開するWebマーケティングです。同社が展開するスマホアプリは、来店していない顧客に興味を持ってもらうためのシナリオを工夫しています。例えば、テナントのブログをお気に入り登録するなど、店舗が展開する情報等に対して顧客がなにかアクションをすると、それだけでポイントを付与しています。ポイントを付与すると貯まっていきますから、それを使いに店に行ってみようという意欲が徐々に高まるはずです。それで店に訪れると、ただ来店しただけでまたポイントが付与されます。購入するともちろんポイントを獲得できますが、そのあとにショッピング体験をアプリ上で評価すると、そこでまたポイントを得ることができるようになっています。

顧客のほうは、ポイントをインセンティブに感じて行動を起こし、企業側は顧客の行動に関する情報を得ることになります。ただし企業がメリットを得るのは、顧客が自ら意識してポイント獲得のアクションを起こした時だけであり、顧客がアプリを動かす裏で知らぬ間に情報を得ているわけではありません。

それでいて、うまく動線設計することで、まだ来店していない顧客が持っている興味を知り、顧客が店舗を訪れるまでの行動を可視化することができるようになっています。店舗内においても、モニターしたいスポットを設けて同様の取り組みをすれば、店舗内での動線も把握できるわけです。これもまた、アプリが顧客の気づかぬところで位置情報を端末から吸い出しているわけではありません。

顧客に価値を感じてもらうことを中心にしてサービスのシナリオを考え、顧客が欲しいと思っているときに、信頼してもらえる方法でメリットになるものを送る。その対価として信頼できるオープンな形で企業側もメリットになるものを得て、それを新しい価値提供につなげていく。こういうシナリオづくりのもとで、企業側の為ではなく顧客のために様々な体験をデザインすることが、正しい方向のデジタルマーケティングではないでしょうか。

BYOD、やるならこう考える(2012年8月)

BYOD とは、Bring Your Own Device の略です。ご存知の方も多いことでしょう。

企業では最近、ケータイをはじめとしてモバイル端末の業務利用がかなり浸透しています。そうした企業の社員は多くの場合、企業が貸与した法人端末と、自らが所有する私有端末の 2 台を常時持ち歩いています。そうした「2 台持ち」は結構煩わしい、ということで、企業が私有端末を業務用途に使うことを容認する、という動きが BYOD です。iPhone や iPad がリリースされて以来、随分盛んに言われるようになった気がします。

モバイル端末を業務に使えば、一般的に、業務に関する情報が端末に格納されます。これまでは法人端末でさえ企業側でコントロールがしにくく、ましてや私有端末を業務利用するなど現実的ではありませんでした。ところがスマートフォンの登場でアプリの機能レベルが向上し、遠隔操作で端末のデータを消去できるなど、かなりきめ細かな端末のコントロールが可能になっています。こうしたことも、BYOD が現実味をもって言われ出した背景にあります。

ただし、そもそも BYOD を盛んに取り上げているのはマスコミです。「先進企業はもう始めている」とか「現場は求めている」とか「無視できない」とか「アメリカはもうやっている」とか、いろいろ囃し立てていますが、現実は賛否両論です。アメリカでもそうです。あまり惑わされないほうがよいでしょう。

要は、「自社で必要なのか」「それで生産性が上がるのかどうか」です。逆に管理が増えて工数が上がるのなら、やらなければよい話です。

しかし一方で、必要に迫られる企業があることも事実です。例えば中堅や中小企業で、モバイル端末が業務上必須だが資金的に会社では端末を配布できない、といったケースが実際にあります。

さまざまな事情がある中で、企業は BYOD にどのように向き合えばよいでしょうか。少し考察してみます。

モバイル端末の最大の懸念は、データのセキュリティです。無策で放置すれば、簡単に情報漏えいにつながります。

これに対するスマホやタブレット向けのソリューションとして、MDM (モバイル・デバイス・マネジメント)と呼ばれるツールが充実してきています。SaaS で使えるサービスもあり、選択の余地があります。

しかし BYOD となると、MDM をそのまま適用しにくい事情があります。なぜなら、私有端末に対して企業が完全なコントロールを行うのは、現実的ではないからです。

もし端末を社員が紛失したとき、リモートワイプ機能を使ってデータ消去を遠隔で行えば、業務データのみならず社員個人のデータも消去されます。また MDM では、位置情報から社員の行動履歴も取ることができますが、BYOD では個人的な行動まで記録されることになります。さらに、社員はたびたび端末を乗り換えます。それらをすべて申告させて、管理しなければなりません。社員が申告を忘れて業務に使用した場合、未然に取り締まれるでしょうか。

こうした事情を想定すると、やはり現時点での BYOD は時期尚早と感じざるを得ません。

では、いつ現実味を帯びるか。それは、モバイル端末にクライアント仮想化を実装できるようになった時点、と思われます。

クライアント仮想化ができれば、モバイル端末上で法人用のゲストOSを起動させることで、個人利用と完全に峻別することができます。データはゲストOS上での利用に限定ができますし、ゲストOSがなければ業務利用できないようにすることも可能です。

また、モバイル・シンクライアントも可能性があります。シンクライアントが使えるなら、そもそもデータは端末に一切格納させない使いかたは容易です。

ここまでできると、上記のような諸問題はかなり解決が可能です。

スマートフォンに仮想化ミドルウェアを実装する技術は、試作品レベルではすでに出てきています。初期の実用性はともかくとして、それほど時間がかからずに市場に出てくるのではないでしょうか。

ですから、ひとまず BYOD は、シンクライアントや仮想化ソリューションが現状でも使えるラップトップ PC のレベルに留め、スマホのクライアント仮想化ソリューションが市場に浸透してきたときに本格導入を考える、というのが無難だろうと思います。

こうして見ていくとわかるのは、BYOD の現状の諸問題はおよそ技術的なものだということです。そのうち解消されていく方向でしょう。

では少し話を進めて、BYOD を実現する前提となったら何を考えればよいでしょうか。

やはり、BYOD での利用範囲を限定する必要があると思います。いくらデータセキュリティが担保されるとしても、何でもかんでもスマホでできますというのではハイリスクです。

実際、マスコミがさかんに先進事例として取り上げている企業の取り組みを見ていると、利用範囲はメールだけ、インターネット接続だけ、などと限定されています。米国での事例も、例外ではありません。

そもそも、スマホやタブレットでどうしてもやるべき業務というのは、それほど多くないはずです。そのほとんどは閲覧ベースの業務であるはずで、ファイル作成や計算処理の実施などはラップトップのほうが便利なはずです。また、単純な業務に利用を限定すれば、それだけ接続環境もシンプルになり、追加投資が異常にかさむこともありません。

また、もし何でも社外で業務ができるとなれば、それは在宅勤務が可能ということと等価です。在宅勤務がその企業にとって必要かどうかは、BYOD とは別の議論が必要でしょう。

BYOD に向き合う際の視点を、いくつか挙げてみました。やはり肝は、ビジネスの仕組みに対する自社のスタンスです。モバイルをどう使いこなしてビジネスの仕組みを補完するのか、うまいシナリオを練って使いこなしてください。

スマホやタブレットに心動かされている経営者のみなさんへ(2012年2月)

最近売れているスマートフォン(スマホ)やタブレットを、企業でも利用すべきだという論調やマーケティングが盛んです。

iPhone と iPad の登場により、スマホやタブレットは社会を席巻し続けています。その利便性と使用感の良さを企業利用でも活かせるだろう、活かしたい、というのは、自然な発想です。

スマホやタブレットが特に威力を発揮する領域は、ひとことで言えば「見る用事」の領域だと思います。

例えば、レストランなどでのメニュー選択やオーダー、衣料品店での商品閲覧や選択など、顧客対応のある場所での活用は、非常にわかりやすい例だと思います。おしゃれなお店で iPad が出てくると、ちょっと格好がよいですね。

それ以外でも、工場内で生産状況や業務手順の確認をしたい場合などでは、モバイル PC は入力操作がしづらく使いにくいところです。こんな時にも、持ち運びが便利で起動が素早く、状況確認はもちろんちょっとした入力も立ったまま簡単にできるスマホやタブレットは、大変重宝するはずです。

巷でのスマホやタブレットの大人気ぶり、そして続々出てくる企業での活用事例。いろいろよい話を聞いていると、自分の会社でも使ってみたくなるでしょう。こういう話に、経営者の方は弱いところがあります。

スマホやタブレットに心を動かされている(または、動かされかけている)経営者、または経営幹部の方に、「自分はこうした話に素直に反応してもよい体質なのか」をテストできる質問があります。よろしければ、ちょっと試してみてください。

次のフレーズを聞いて、どう感じますか?

「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高めることができる」

部下からこの提案が上がってきたら、同感ですか?

同感する方、その同感の度合いが高いほど(膝をたたいて同感する、など)、ご自分の体質を疑ってください。逆に、多少なりとも違和感を感じる方は、正常です。ご自分の直感を信じて行動してください。

なにが問題なのでしょうか?

例えば、社長のツルの一声でタブレットを導入した会社が、けっこうたくさんあるようです。役員会議は基本的にタブレット持参、紙配布はなしにしてペーパーレス化、生産性も高いうえに環境にも配慮している、といった具合です。

これで生産性が上がっている会社も、確かにあるでしょう。しかし、どんな会社でも上がるのでしょうか。端末の特性から言って、少々疑問を感じます。

タブレットにしてもモバイル PC にしても、電子ファイルベースでの閲覧性や視認性は最近ずいぶん向上しました。しかし、まだ苦手なことはあります。

例えば、こんな場面はどうでしょうか。ある資料の 8 ページと 14 ページを見比べたいという場合、電子ファイルの閲覧ではどうしてもやりにくいという問題があります。紙なら、まったく問題ありません。

またプレゼンテーションでは、プレゼンターが「見せる設計」を行ってプレゼンを進行することで、理解を深める演出を行うことがありますが(レベルの高いプレゼンターなら、たいていそうしたことをします)、全員が前方のスクリーンではなくタブレットを見てしまうと、その設計も水泡と化します。プレゼン専用ツールでも使って制御しない限り、参加者が好き勝手に自分が見たいスライドを見られるからです。

また、会議中に画面を眺めることの弊害もよく指摘されています。米国の企業では会議でのコンピューターの使用を禁止するケースがあるそうで、それを意味する “topless meeting” という言葉は、なんと IT 企業が集積するシリコンバレー発祥と言われています。また大学などでは、授業中のコンピューター利用を禁止しているケースが多数あります。

企業と大学では事情は異なるでしょうが、根本的な課題意識は両者とも同じで、コミュニケーションに弊害があることが大きな理由です。アイコンタクトを重視する文化であるからこそと思われます。

そして、こうした「モバイル環境」を一旦つくると、人間どうしても慣れてくるものです。スマホもタブレットも、資料閲覧以外のことがなんでもできます。仕事中にゲームをやる人間はいないとしても、メールチェックや気になるニュースの閲覧など、会議と関係ないことに精を出す参加者が出てくることは防げないでしょう。それでは、生産性は逆に下がっていくかもしれません。

大抵の場合、なんらかの技術が先に立って事業や業務にメリットをもたらす、ということはあまりありません。そうではなく、事業や業務にメリットをもたらす「仕組み」がまず描かれ、そこに使える技術を、使う側が見出して取り込むものなのです。

ですから、先に挙げた「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高められる」というフレーズは主客転倒になっていて、本来は「社内の生産性を高めるに当たり、スマホ・タブレットはオプションになり得るか」と考えるのが正解です。

生産性を高めるシナリオをまず立てて、そこにスマホやタブレットがぴったり当てはまるなら、ぜひフル活用してください。使える新技術は、早く取り込んだほうが間違いなく有利です。逆に当てはまらないなら、導入は控えることをお勧めします。ムダ遣いに終わる可能性が高いです。どうしても社員にプレゼントしたいとおっしゃるなら、その限りではありませんが…