経営者なら断然注目すべき「Netflix靴下」

昨年末にNetflixが発表した、「Netflix靴下」というものがあります。

Netflixは、月額制で映画やテレビ番組が見放題になるストリーミングサービスを提供している米国企業です。米国におけるストリーミング回数総計では、YouTubeを抑えた圧倒的首位、2015年時点で会員数は世界で5700万人以上とされているサービスです。

そのNetflixが発表した「靴下」ということなのですが、何ができるのでしょうか。Netflixが提供する映画や番組を見ながらソファで寝てしまった人がこの靴下を履いていれば、靴下に装着されたセンサーがその人が眠ったことを検知して、視聴画面を自動で停止してくれるというのです。そうすれば、目覚めたあとで眠ってしまった場面から続きが見られる、というわけです。

一見すると半分冗談の交じったアメリカっぽい話のように思えるかもしれませんが、冗談ではありません。本当に使える代物です。ただし、Netflixがこれを自分で売っているわけではありません。実はサイトには「つくりかた」が解説されており、材料や回路図などと共に製作のステップが細かく示されています。

このエピソード、おもしろいニュースネタとしてただやり過ごすにはもったいないほどに、ITをどうにかしたいと考えている経営者には重要な示唆があると、わたしには思えます。

近年、「もはやITを業務効率化にだけ利用する時代ではなく、事業の拡大や活性化に活用すべきだ」ということが言われています。企業は、デジタルビジネスをいかに推進できるかが問われている、というわけです。

そのために何が必要でしょうか。単にITに詳しい人材が自分の会社にいればよいというものではありません。ビジネスとITを双方ともバランスよく理解し操れる人材が必要であり、かつそうした人材のアイデアを取り込んで実行できる社内環境が必要になります。

デジタルビジネスの実現に必要になる要素を端的に挙げるとすれば、「事業につながるアイデアの発想」「ITでできることに関する豊富な知恵」「事業シナリオにITの知恵を織り交ぜてしくみをデザインする能力」「しくみを実際に検証する体制」というものが大きいでしょう。

先ほどのNetflix靴下は、これらがすべてできているわかりやすい好例なのです。だから、経営者に注目していただきたいのです。

もちろん、このエピソードを「事業」と称するにはおこがましいし単純すぎることは確かですが、顧客の困りごとを解決しようとする方向性は同じです。

Netflixを利用する顧客が抱えているちょっとした困りごとに着目し、こんなものがあったら喜んでくれるだろうなというアイデアを発想する。それを実現する機能はITがもたらしてくれることを知恵として自ら引き出し、それを実際に創り出すシナリオを描き出す。「本当にできる」シナリオを組み上げて、あとは実行するのみにする。こうしたことがきちんとできているのです。

ITをビジネスに取り込み、デジタルビジネスを推進したいなら、「Netflix靴下」に端的に表れているような仕組みのデザインがトータルで実行できる人材ないしチームを自社に置くこと、そして彼らが行う提言に経営者や会社が耐えうること。こうしたことが要求されるのです。

この体制を整備するためのアプローチは、それほど多くはありません。社内でポテンシャルのある人材を見出して粘り強く育てるか、そういうことができる人材を見つけ出して雇用するか、その能力のある外部パートナーに支援してもらうか。

いずれの方法をとるにしても、デジタルビジネスを実現するのだという確固たる信念を経営者自身が持ち、経営者が積極的に動かなければなりません。すべては、経営者の本気度の高さがカギになっていると言えます。

現在、日本企業の多くは、その企業規模が小さくなればなるほど、自社としてクラウドをどう利用すべきなのかという判断さえうまくできないのが実態です。部下に丸投げしてよきに計らえでは、状況は何も変えられないどころか、下手をするとおかしな方向へ進んでしまって、しかもそれに気づくことができないかもしれません。

一流の企業と「あいまい」

わたしは、企業が「ビジネスのしくみ」を構築し洗練化する取り組みを、当社が持つノウハウを駆使して支援しています。

こうした取り組みは、往々にして面倒な作業を伴うことが多いものです。時に、コンサルタントという存在に対して即効性のある処方箋だけを求める企業もあります。そうした対策が一時的には重要であることは否定しませんが、それしか要求しない企業と当社は、ほとんど水と油のような関係ですので、残念ながらご縁がありません。

「自分の会社の仕事は、自分たちがよくわかっている」と言う企業の関係者は、多くいらっしゃいます。しかしながら、わたしの個人的経験から申し上げれば、会社のビジネスのしくみをあぶりだそうと取り組んでいくにつれ、実はあいまいな基準のまま処理していたこと、なぜそのような処理をするのか理由をだれも知らなかったこと、ある人と別の人では実は基準が異なる判断をしていたこと等々、さまざまな「知らなかった」が浮かび上がってくるものです。

そして実は、ビジネス上の問題が発生する要因の多くは、こうした奥底に隠れた「あいまい」な部分にあることが多いものです。

見かたを変えて言えば、ビジネス上の問題が発生した場合、表面的な手続きや担当者の問題を追うだけでは、本質をつかめない可能性が高いということにもなります。問題というものは、なんらかのメカニズムに基づいて発生しています。ビジネスのしくみに切り込み、業務構造のすべてを大局的かつ詳細に把握できない限り、問題要因の構造は見えてこないものなのです。

最近、VW社による排ガス試験の不正問題が大きく報道されています。この要因について、ただ表面だけを見れば、不正なソフトウェアを導入した担当部門と、その管理責任者がクローズアップされるだけでしょう。

おそらく問題の本質は、もっと奥深く、幅広い部分にあるのかもしれません。本気で是正しようと取り組むなら、その企業のビジネスのしくみがそもそもどうだったのか、という問題に及んでいかなければなりません。本質に迫らなければ、似たような問題が別の形でまた起こってしまうでしょう。

どんな分野においても、一流と呼ばれる人や組織は、所作が洗練されています。その所作についてなぜそうなのかと質問すると、どんなことを問いかけても明確な回答が即座にかえってくるものです。考え尽くされた動きには、あいまいさがないのです。

一流が常に根拠を求めるのは、人間とは弱い存在であるということをよく認識しているからではないかと思います。根拠のないあいまいさは、甘えを生みます。その場の気分に流され、「このくらい別にいいだろう」「なんとかなるだろう」という甘えが生じるのは、常に根拠が希薄な部分です。だからこそ、一流は所作に根拠を求め、根拠を基に自らを制約するルールを課し、それを厳格に守るのだろうと思います。

どんなビジネスにおいても、顧客は二流や三流ではなく、一流のものを購入したいと思うはずです。面倒がらずにビジネスのしくみを磨くことで、どんな企業にも一流を目指していただきたいものです。

「昭和な会社」と、経営者の「コミット」

先日の日経ビジネス誌で、「昭和な会社」と題して、一見では時代に逆行しているかに見える、ユニークなIT活用をしている企業を取り上げた特集が掲載されていました

例えば、こんな企業が紹介されていました。

  • スマホを使わない社員に奨励金を支給する会社
  • 社員からパソコンを取り上げた会社
  • 朝にパソコンの電源が入らないようにした会社

情報システムにかかわる仕事をしているわたしが申し上げると奇異に聞こえるのかわかりませんが、わたしはこれらの事例を見て、大変よい取り組みをされている企業だと感じました。実はわたし自身も、5年ほど前に、あるサイトへの連載で、このような取り組みをしている企業を取り上げたコラムを書いたことがあります。

大変よいと感じる理由には、いくつかあります。

まずひとつ目に、IT活用を考えるうえでの検討の流れが正しいことです。つまり、「業務のありかた」が先に来て、そのあとにITの使いどころを考えようとしている、ということです。取り組みを紹介されたどの企業においても、変えるきっかけは「業務のありかた」でした。この順番で考えられているなら、いわゆる「ITありき」にはまずなりません。これらの事例のように、「そこはITじゃないね」という結論も、自然に出せるわけです。

ふたつ目に、「なぜその取り組みなのか」ということに対して、ポリシーが明確であることです。なんとなくで目的はあまりない、単にコストを削減したい、などということがありません。あるべき姿を明確にイメージしたうえで行動を起こしている点は、成功に必須な要素を踏まえていると見えます。

最後に、事例に出てきたどの企業においても、そうした取り組みを経営者自身が主導し、その対応についてコミットしていることです。

事例に出ている企業の経営者の姿を見ていると、IT活用において経営者が持つべきマインドセットは何かが、垣間見えると思います。ITに詳しい必要などありません。IT技術者をいいように操れるだけの論陣を張れる必要もありません。必要なのは、顧客に対する価値提供のありかたや、そのためにあるべき業務環境のイメージ、価値を提供するためのしくみの理想像、そういったものなのです。

経営者がコミットする、とはよく言いますが、これらの事例ではまさに、それぞれの経営者が「コミットしている」姿を体現していると感じます。そこに、この事例から読み取るべき本質があるのではないかと思います。

 

2014年、いよいよ淘汰の時代か

今年最初のコラムは、特にクラウドを中心とした展望について私見を述べさせていただくことにします。

昨年末に発表された IDC によるトレンド予測では、国内のIT市場は成長分野と縮小分野がはっきりする傾向にあるとされています。

その中で成長分野と位置付けられているのが、「第3のプラットフォーム」と呼ばれる、クラウド、モバイル、ビッグデータ、ソーシャルの分野です。

確かに業界的にはそのとおりだろうと感じますが、システムユーザー企業の立場でこれらを見たときには、分野ごとに印象が分かれるのではないでしょうか。

たとえば、ビッグデータは必要性を感じる企業とそうでない企業の温度差がより顕著になるでしょう。またソーシャルは、マーケティング用途で工夫を凝らす企業はさらに取り組みを深めるでしょうが、そうした企業の数が急激に増加することはもうないように感じます。

一方で、企業の IT インフラに組み込まれてきた感があるのが、クラウドとモバイルです。

実は、クラウドを利用する企業が急激に増えているかというと、そうでもありません。それでも業界は活性化し、結果的にクラウド業界は大手・中堅・ベンチャーが入り乱れてサービスが乱発されている、いわゆる「安定成長期」の傾向を見せています。

ただし、統計データをよく見ると、市場の売上高の大半を占めているのは「プライベートクラウド」です。プライベートクラウドの定義は相変わらず微妙で、ユーザー企業が自社システムをベンダーのDCに預けるという、これまでも存在した形態も「プライベートクラウド」と呼ばれているケースが往々にしてあります。それに比べ、「パブリック」と「SaaS」を合わせた市場規模は「プライベート」の半分以下、市場全体の3割程度しかありません。

そんな中で、最大手のアマゾンウェブサービスなどは頻繁に値下げを繰り返していますが、一方で値上げをする業者も出始めました。

たとえば、サイボウズがkintoneの料金体系を変更、一部を値上げを発表しました。現行は1ユーザー当たり月額880円(税抜き)でフル機能を使える料金体系のみでしたが、2014年4月以降は1ユーザー当たり月額780円で機能制限がある「Light」プランと、月額1500円でフル機能を使える「Standard」プランの2つの料金体系に改めるとしています。廉価版と高機能版に分けたと説明していますが、使い慣れたユーザーが今後より高機能なものを要求することを見据えた、実質的な値上げに映ることは否定できません。

また、クラウドストレージのSugarSyncは、無料プランを廃止し、2月8日から完全有料制に移行すると発表しています。声明では「すでに底堅い財務ポジションがある」と主張していますが、それなら無料プランを継続できるはずです。企業向けでも使えるプランも用意していますが、フリーミアムでは成り立たなくなってきたのではないでしょうか。

こうした傾向を見ると、そろそろクラウド業界も、安定成長期の後半に入り、業者の淘汰の時代が始まったのではないかと感じてなりません。

そうなると、ユーザーにはこれまで以上に「見る目」が要求されることになります。実際、突然にサービス停止を発表する業者も出てきています。

「見る目」を鍛えるには、まずユーザー企業みずからが、システムやITをいかに使いこなすのか、どのようなシナリオでビジネスの加速化につなげるのか、ポリシーを明確に持たなければなりません。そのポリシーが、目利きの軸になるのです。2014年はますます、user-driven な企業とそうでない企業の実力差が拡大する年になるのではないかと、わたしは感じています。

「事例」の見かた、使いかた

職業柄、「いい事例があったら教えてください」と頼まれることがあります。

当社ではすでに業界横断で2500を超えるシステム活用事例を調査分析し、エッセンスを蓄積しています。事例の数は、いまでも増えています。そのことを知っている方々から頼まれるわけです。

もちろん口頭で概要をお話しすることもありますが、場合によっては本格的なセミナー形式で紹介する提案をすることもあります。しかし時々、「教えるのは逆に、この会社にとって害になるかもしれないな」とちゅうちょしたくなる場面も、実はあるのです。

そう感じるかどうかの境目は、その人または企業の「事例に対する認識」にあります。

およそ「事例」というと、ある企業が「何をしたか」「どうやって実現したか」が説明されたものとイメージされるかたが多いと思います。そういう説明はそれで参考になりますが、本当に学ぶべきなのはそこではありません。

何でもそうだと思いますが、あることを実現し達成するに当たり、まずはそのことを計画しているはずです。そのときに、その人や企業が何を考えてどういう「発想」をしたのか。これが、まず大事な目のつけ所のひとつです。その「発想」が行動の起点になっているわけで、実現される解決策はほとんど、その発想からの自然な流れで出てきています。

さらに、その「発想」が出てくる大元の根源には、その人や企業の「マインドセット」、大仰に言えば信念のようなものがあります。これも、大事な目のつけ所です。

例えばビジネスインテリジェンスや事業継続など、表面的には同じ内容を実現しているように見えて、実は得られた効果や活用のされかたが意外にも異なる事例があります。なぜそんなことが起こるかといえば、そもそも根本的に目的意識やマインドセットが異なっていて、目指した方向が違っていたからです。しかし、違っているけれど、それらはどちらも正解に思えます。なぜかといえば、マインドセットがいずれの場合も明確で、それに沿った結果を実現しているからです。

つまり、事例から学ぶべきは、ひとことでいえば考え方なのです。

あることに対するマインドセットが固まっていない人や企業は、事例に含まれているWhatやHowにすぐに飛びつこうとします。それをそのままマネしようとし、なんとなく実現するけれど、結果としてはたいした効果を得られず、想像以上にコストがかかるなどして、「思っていたことと違う」などという感想を持つのです。

自らの「マインドセット」がなく、自ら「発想」もしないまま、いきなりITに飛びつくから、そんな結果になるのではないでしょうか。

「マインドセット」が整っている人や企業は、事例で紹介されているソリューションそのものよりも、そこから、考え方や発想といったエッセンスを抽出しようとします。だから彼らは常に、同業他社に限らず幅広く事例を知ろうとします。どんな業界のどんな会社の事例でも参考になりえるのです。

事例に対する認識は、こんなふうに態度や行動に現れます。同業他社が何をやっているか、何がやれているか、そんなことばかりが気になるケースは、推して知るべしです。まずは自らの(ITに対する)信念を固めるところから始めるべきでしょう。

 

Want to の目標と、Hope to の目標

システムの構築とはつまり、ビジネスを実行するうえで「実現したい」と思っていることを実際にカタチにすることだと思います。

これは、多くの人にとって容易なことではありません。例えば、他人から「あなたの考えを文章にしてください」と言われたり、「あなたの頭に思い浮かんでいることを絵にしてください」と言われたりすると面食らう人が多いと思いますが、それと本質は似ていると思います。

それほどに大きなエネルギーをもって推進する必要がある取組みなだけに、その実現を本気で追求する意思と環境が必要になります。このとき重要なカギを握るのが、経営トップの「本気度」です。

経営トップになれるような頭のいい人や経験値の高い人は、「目標は何か」「何がしたいか」と聞かれると、大変きれいな回答をします。ただし、皮肉を言うつもりはありませんが、それらの回答の「本気度」には、多くの場合温度差があるものです。

コーチングなどにも応用されている行動心理の世界では、人間が持つ目標には3種類あると言われているようです。

ひとつは、Hope to の目標。「~したいな」「できたらいいな」というレベルの目標です。この目標は、確かに本人の望みではあるものの、その本気度はあまり高くありません。「できたらいいな」は「できなくてもまあいいや」ということでもあるのです。ですので、困難に立ち向かってでも、少々痛い投資をしてでも、とにかく実現したいかというと、否というのがホンネです。

ふたつ目は、Have to の目標。これは、自ら望んでいるわけではなく、環境や制約の要因から「~しなければならない」という必要に迫られた目標です。つまり、単なる義務感で目指している目標なのであって、本心では気が進んでいません。コミットメントのレベルは実はあまり高くないのですが、しかたなく力を入れて実行します。そのため、終わってしまえばそれまで。それ以上の改善や発展は望めません。

最後が、Want to の目標。自分はこうなりたい、これを実現したい、と積極的に望んでいる、最も意識の高いレベルの目標です。この目標を持つ人は、それを実現するために日々考え、困難を乗り越えて実行しようとします。放っておいても勝手にコトを進めていきますし、実現した後は別の課題を見つけてさらに発展させようともします。

こうして見比べてみると一目瞭然だと思います。本気の目標なのは、Want to の目標だけなのです。

システム整備の推進、または情報セキュリティマネジメントの整備を推進していくうえで、経営トップがその課題に対して Want to の目標を見据えて部下に指示をしているのであれば、これほど推進しやすい環境はありません。部下のみなさんがきちんと力を発揮するのみです。

一方、経営トップがその課題の克服を Hope to の目標として捉えているとすれば、システムの具体化が進むにつれてどんどん熱が冷めていき、推進力が萎えていきます。もうすこし率直に言えば、丸投げ状態になっていきます。

ビジネスを発展させるシナリオを描き実行を指示するはずの経営トップがこのような状態でシステム化を推進しても、ビジネスに資するよいシステムにはおよそなりません。特に一旦トラブルに陥ると、「誰が決めるんだ」というような話になりやすく、抱えなくてもよい困難を抱えやすくもなるのです。

その意味でも、経営トップは、本気の目標は熱を持って、その実現に向けたストーリーを語らなければなりません。一方で CIO や情報システムの技術者には、経営側の「本気度」を見極める能力が要求されることになります。

本気かどうかがわからないときは、経営側のアクションや判断が必要になる話を、具体的に掘り下げてどんどんしてみることです。本気でない場合は考えが浅いですから、だんだんとその話をすることに気が向かない雰囲気になっていきます。「そんなのおまえが提案しろ」と言い出したら、アヤシイと思ってください。

 

user-driven のお手本は Apple にあり

2013 年最初のコラムということで、当社が創業当初からキーワードに掲げ、その実践がますます重要視されてきている“user-driven”について、この場を借りて改めて、その意義を再考察させてください。

“user-driven”ということば自体は、当社が独自に言っているものであり一般用語ではありません。その示すところは、

情報システムのユーザーである企業自身が自らのビジネスに資する情報システムをデザインし、ベンダーに丸投げすることなく主導的に開発導入して、システムを使いこなすという、ひとつの「あるべき姿」

です。ときどき聞かれる「ユーザー主体開発」と似たような意味合いではありますが、わたしは経営レベルでのビジョンやミッションを「仕組み」としてデザインする分野まで見据えて言っています。

当社は多数の事例分析と実践経験を通じて、強い企業は総じて user-driven であることを見出しています(その一端は、こちらで紹介しています)。そうしたことから、広くこの事実を知っていただき、その実践方法を伝えていきたいと考えているのです。

そんな中、過日日経ビジネスオンラインで目にした、Apple の製品開発に関する記事で興味深い記述を見つけました。

Apple といえばご存知のように、iPhone や iPad など、革新的なコンセプトの製品で世界中を席巻しました。今でも、その勢いはとどまるところを知りません。

その競争力の源泉にはさまざまなものがあると指摘されていますが、この記事ではそのうちのひとつである、製品設計の取り組みと戦略がくわしく分析されています。

Apple は自社で製造工場を持たず、台湾企業や日本の中小部品メーカーなど大小のパートナーに実際の製品製造を委託しているのは周知のとおりです。

これは最近の製造業界では、珍しいことではありません。委託元は企画設計に専念し、委託先は製造組立に専念する。そのことで委託元は製造技術力の獲得、コスト低減、スピード確保などを狙うわけです。

しかし、業界がこぞってマネできるのがまた、この戦術です。同じことをしていて、差がつくはずもありません。企業は、競争するのが宿命です。競争力の源泉は、差別化にあります。

では Apple はどうするか。記事では iPhone 5 の内部構造を細かく分析しています。その分析から得た結論として、こんな一節があります。

「表示や操作をつかさどるディスプレイや、処理性能および電池持ちに影響するプロセサのように、製品の競争力に直結する部品は細部まで自社で設計し、部品メーカーを製造請負の立場に追いやる。その一方で、複数のメーカーが同等の性能を実現できる部品はこれまで通り部品メーカーに設計・製造を任せる――。iPhone 5の詳細な分析から見えてきたのは、アップルのこうした戦略だった。」

(日経ビジネスオンライン:「CPU内部も独自設計、半導体専業メーカー並みになったアップル」より引用

従来は、Apple は製品企画に専念、部品設計と製造は部品メーカー、製品組立は EMS 企業、という分担で製品開発を進めてきました。それがここへ来て、部品設計の分野にまで足を踏み入れているというのです。

何が目的かと言えば、デザインのコントロールによる差別化です。詳細は記事をご覧いただければと思いますが、Apple は競争力の源泉となるデザインを見極め、そこに自らの意思を自ら反映しようとしているのです。

この考え方とアプローチはまさに、user-driven です。

上記は製造業の話ですが、差別化を図るに当たって業種は関係ありません。事業において差別化しようと思ったら、自らのこだわりを仕組みとしてデザインし、それを主体的にビジネスシステムとして具体化する。

特に現在の情報システムは、企業のビジネスの仕組みそのものを体現したものとなっています。その意味で、事業の差別化要素の多くは情報システムに組み込まれることになるし、それができると強力なのです。強い企業が総じて user-driven なのは、この点にひとつの理由があります。

むしろ、自然とそうなるのではないでしょうか。

見方を変えれば、情報システムがイケてなければ、その企業のビジョンや戦略がどんなに立派でも、ビジネス自体はイケてない結果になってしまう。そこにリーダーが気づいて、システムにこだわるかどうかなのです。

では、どうやって経営の意思やビジネスの差別化要素をデザインし反映するのか。それが問題です。そしてこの問題の背景が上記のとおり理解されるならば、その解決は情報システム部門に投げればよいものでないことは明白です。当社としては引き続き、ユーザー企業の経営者や経営幹部の方々がこの問題を解決することを支援したいと考えています。

user-driven な企業は「マネジメント・イニシアティブ」

IT 活用に関連して、企業の講演を聴講する機会が多くあります。

先日、わたしが参加している研究会にて、ある企業の CIO によるケース発表が終わった後、同会の会長が「すごい企業は、マネジメント・イニシアティブですね」ということをコメントされました。

これは、登壇した CIO の方が所属する企業がなぜそこまですごいのかを紐解く中で、同社の社長のこだわり様が半端ではないということが分かったことを受けてのコメントだったのですが、ほんとうに仰るとおりだと思いました。

というのも、わたし自身、これまでいろいろな「強い IT ユーザー企業」の事例を聴き、必ずと言っていいほど、その企業のトップが IT に対して並々ならぬイニシアティブをとっていることを、まさに実感していたからです。

最近聴いた中で言えば、例えばある小売業の企業。

講演ではこの企業の社長が自ら、自社のデータ活用について語ったのですが、その内容に驚きました。いわく、過去の購買履歴だけ見ていても売れ筋など分からない。「売れているそれぞれの品目にはヘビーユーザーが例外なくついていて、彼らが来店するかどうかで売れ行きは激変する」。その来店がいつになるのかは「過去の履歴からは読めるはずもない」。顧客は「欲しいものを、欲しいタイミングで、欲しい価格で買いたい」。だから、折込チラシには「効果がない」し、「特売は粗利には直結しない」。

こうしたことを、社長自身が語るのです。まるでデータ分析の専門家であるかのような洞察でした。そしてこの企業は、こうした分析を社内で自由に実践できる情報基盤を、社内に整備しています。

他にも、例えばある金融系のネット企業。

この企業は、起業以来スクラッチでシステムを作り上げてきました。しかも内製で。なぜ内製かというと、内製だと固定費になるからだと言います。損益分岐を超えれば、あとは利益になる。特に金融系は、スケールメリットを出して収益を上げる業界。情報システムもそうしたほうがよい。

この企業、現時点のシステムの運用状況や構成情報などを、すべて「数字」で公開しています。それだけでなく、顧客のクレームや満足度など、あらゆる管理事項を「数字」にしています。それらをベースに、客観的に施策の判断をしているのだそうです。この「数字」を社外にも公開すれば、社員の意識はおのずと上がり、「数字」が改善されれば顧客の信頼につながると言います。

こうしたことを、社長自身が語るのです。この企業、社長自身もアイデアパーソンとなって、どんどんシステムを改善して新しいサービスを創出し続けています。それができるシステム基盤を、天塩をかけて育ててきているのです。

ほかにもたくさん例はあります。ただ、これが日本企業で一般的かというと、現状では残念ながらそうではありません。

わたしがこうした事例に触れる中で感じるのは、システムが生み出す成果のシナリオと結果にトップ自身がこだわるだけで、こんなにもアウトプットがすごくなる、ということです。

一方、IT リーダーや IT 担当者のモチベーションは高いけれど、経営層があまりシステムにこだわっていない企業があります。こうした企業の中にも時々、興味深い成功事例を創出するケースがあります。

しかし、アウトプットの鮮烈さを考えた時、わたしが感じる限りではやはり、前者と後者では前者のアウトプットがよりビジネスに直結しているし、ダイレクトに顧客の役に立っているのです。なにより、その会社の顧客が得している様子が見えるようで、聴いていて爽快な気さえするのです。

何とか、そんな「マネジメント・イニシアティブ」な会社をもっと増やしたい。思いを新たにする今日この頃です。

 

ユーザー企業に「ジョブズ」は要らない

ビジネスにおいて IT や情報システムの力を借りるのが当然となった昨今、企業に求められている IT プロフェッショナルの像は、もはや「情報システムを管理する人」ではないことは明白です。

依然、情報システムを管理する以上の役割を担えていない情報システム部門も、残念ながら存在しています。しかしおそらくその場合、その部門は、経営者をはじめ企業内からあまり高い評価を受けていないのではないでしょうか。

今要求されている IT プロフェッショナルの姿、それは端的にいえば「ビジネスの仕組みをデザインする人」ではないかと思います。もう少し言えば、ビジネスの価値創造をデザインする人、ということです。

一方、こうした人材(一般的には「企画人材」と表現されています)は、あらゆる企業で不足している、と評されているのが実態です。さまざまな調査で、それが示されています。そしてこの不足傾向は、何年も変わっていません。

こうした傾向を見て、企業の経営者は、「そうした素材の人物は世の中にほとんどいない」と考えてはいけないと思います。

「企画人材」と聞いて、なにか iPhone のようなイノベーティブなアイデアを生み出す人材をイメージして、それは稀有な存在だと思ってしまっていないでしょうか。稀有な存在だから、いないのは当然だと。企画人材不在の傾向が何年も続いているのは、そうした意識が背景にないかと心配してしまいます。

ユーザー企業で求められている企画人材とは、わたしが考えるに、ゼロから奇抜な発想をする人材ではありません。誤解を恐れずに言えば、「組み合わせるのがうまい人材」です。

ユーザー企業自身が先端的な技術を単独で生み出すのは、かなりの無理難題です。それは、ベンダーや専門企業に任せればいい話です。実際、IT ソリューションは世の中に無数に存在していますし、生まれています。

ただし、ユーザー企業はそれを単に採用するだけでは差別化は図れません。差別化を図りたい領域に市販パッケージなど当てはめても、他社が同じパッケージを導入すれば差別化にならないのは当然です。

しかし、組み合わせとなると、個性が出ます。そもそも選ぶ側がソリューションを知らなければ、組み合わせることはできません。知っていたとしても、組み合わせかたによるシナジーがわからなければ、採用もできません。

これが「組み合わせの妙」であり、企画能力すなわちデザインセンスなのです。そしてこうしたセンスは、鍛えることができます。

経営者や CIO がやるべきことは、先ほどのような、企画人材がどの企業でも不足しているという調査結果を見て、「これはチャンス」と捉え、社内に「技術を試す環境」を整備することです。

実はほとんどの技術者は、試行錯誤を通してベストプラクティスを見出すプロセスが大好きです。試す環境が整備されれば、嬉々として取り組むはずです。その中で、ビジネスに価値をもたらすソリューションの創出を「結果」として求めてください。その過程で、「ビジネスの仕組みをデザインする人」が育ちます。

その人たちこそが、世の中で不足している「企画人材」なのです。

IT のトレンドはものすごい速度で移り変わります。5 年したら、iPhone や iPad も時代遅れになっているかもしれません。また、移り変わるだけでなく、選択肢が激増していきます。

こうした環境において、企業内での「ビジネス・デザイナー」の役割はどんどん大きくなっていくだろうと、わたしは見ています。

人材の育成には時間がかかることは、言わずもがなです。早く取り組み始めた会社が、とてつもないアドバンテージを獲得するでしょう。

クラウドは、ユーザー企業をラクにはしない(2012年3月)

今回は、クラウドが企業社会に浸透することで、ユーザー企業が得るのはメリットだけではないかもしれない、ということについて触れたいと思います。

クラウドはいまや、ビジネスにおいてはフツウに使用される言葉になりました。「流行るかどうか」という論点はすでに過ぎて、「どう使うのか」という議論になっています。

企業が情報システムを活用するうえで、クラウドは多くのメリットをもたらすものです。もちろん、丸投げ感覚で利用すれば、ベンダー・ロックインならぬ「クラウド・ロックイン」になりかねませんが、正しく選択すればユーザーには十分なゲインが見込めます。

ただしこの流れは、ユーザー企業に今後新たな課題をもたらすだろうと、わたしは感じています。それは例えば、以下のようなことです。

ベンダー各社は、挙ってクラウド化の動きを加速しています。これに伴って業界も、ここ数年は合従連衡を含めて激しく動きましたし、幅広くマーケティングすることが要求される中でブランド力が低い中小系のソフト開発企業などは危機にさらされています。

もちろんこれは、流行に乗り遅れまいという動きの結果ではあります。ただし内実は、ベンダーにしてみればクラウドで儲かるならその方がよいはずなのです。

これまでベンダーの仕事は、受託開発を中心に顧客の要望に沿ってオーダーメイドでシステム開発、または適切なパッケージソフトを選定し、インテグレーションすることが主流でした。しかしながら、これには何かと失敗のリスクが伴うことは、ご承知のとおりです。ベンダーの開発能力に問題があるケースもありますが、一方で、顧客にシステム開発に対する主体性がないという要因も大きいのが実情です。ベンダーには、常に後者に対する不満や不安が、暗に存在するのです。

それが、クラウドになると解消されます。クラウドなら、ベンダーの自己都合で決めた仕様でシステムを開発し運営ができます。ユーザーは、ベンダーが決めたサービスメニューの中からオプションを選ぶだけです。サービス範囲を超えたユーザー個別の要望には、ベンダーは原則応じる必要がありません。開発しやすく、管理もしやすく、しかも提供価格どおりに売り上げが上がる。ビジネスとしてリスクがより少ないわけです。

だから、クラウドで儲かるなら、ベンダーはその方がよいはずです。そしてもし、クラウドだけで売り上げのほとんどを挙げられるような状況が実現した暁には、要員の多くをクラウド事業にシフトするようになるはずです。

ここに、ユーザー企業に生まれる懸念があります。

これは何を意味するかというと、これまで受託開発に従事していた要員がクラウドの開発保守に移行していくということです。こうしたことが業界全体で起これば、個別のシステム開発に携わる人員は、当然減少します。

つまりユーザーから見れば、システム開発の委託を行う上でのオプションがなくなっていくことを意味するわけです。

ユーザー企業にとって、ビジネスにおける競争力のカギは「差別化」です。ビジネスモデルで「差別化」し、ビジネスの仕組みで「差別化」し、結果として他社に勝る収益を上げてシェアを獲得します。情報システムがビジネスの仕組みの一部であるならば当然、情報システムにも差別化の要素が要求されます。

しかし、クラウドはサービスの一律提供の仕組みです。多くの顧客が同じ条件で同じサービスを利用します。そうなると、差がつくとすればサービス選択の部分だけです。選ぶ側に目利き力が求められるとはいえ、一律サービスの選択だけでは決定的な差別化にはなりにくいでしょう。

こうしたことから、クラウドが進展すればするほど、ユーザー企業にとってはビジネスの仕組みで差別化をしにくくなるリスクが想定できるのです。

先に述べたとおり、顧客が増える限り、ベンダーはクラウド化の動きを加速していきます。現在ではまだクラウドだけで儲かる状況にはなっていませんが、この先そうなる可能性は、十分あるでしょう。

そのシナリオが見えている以上、ユーザー企業は今のうちから、クラウドを的確に選択する能力、一方でいざという時に自らつくり込める機動力、クラウドのサービスと自社開発のシステムをうまく組み合わせる実践力を、蓄積しておく必要があるのではないでしょうか。

これからはますます、user-driven なユーザー企業であるかどうかが問われる時代になる気がしてなりません。