「事例」の見かた、使いかた

職業柄、「いい事例があったら教えてください」と頼まれることがあります。

当社ではすでに業界横断で2500を超えるシステム活用事例を調査分析し、エッセンスを蓄積しています。事例の数は、いまでも増えています。そのことを知っている方々から頼まれるわけです。

もちろん口頭で概要をお話しすることもありますが、場合によっては本格的なセミナー形式で紹介する提案をすることもあります。しかし時々、「教えるのは逆に、この会社にとって害になるかもしれないな」とちゅうちょしたくなる場面も、実はあるのです。

そう感じるかどうかの境目は、その人または企業の「事例に対する認識」にあります。

およそ「事例」というと、ある企業が「何をしたか」「どうやって実現したか」が説明されたものとイメージされるかたが多いと思います。そういう説明はそれで参考になりますが、本当に学ぶべきなのはそこではありません。

何でもそうだと思いますが、あることを実現し達成するに当たり、まずはそのことを計画しているはずです。そのときに、その人や企業が何を考えてどういう「発想」をしたのか。これが、まず大事な目のつけ所のひとつです。その「発想」が行動の起点になっているわけで、実現される解決策はほとんど、その発想からの自然な流れで出てきています。

さらに、その「発想」が出てくる大元の根源には、その人や企業の「マインドセット」、大仰に言えば信念のようなものがあります。これも、大事な目のつけ所です。

例えばビジネスインテリジェンスや事業継続など、表面的には同じ内容を実現しているように見えて、実は得られた効果や活用のされかたが意外にも異なる事例があります。なぜそんなことが起こるかといえば、そもそも根本的に目的意識やマインドセットが異なっていて、目指した方向が違っていたからです。しかし、違っているけれど、それらはどちらも正解に思えます。なぜかといえば、マインドセットがいずれの場合も明確で、それに沿った結果を実現しているからです。

つまり、事例から学ぶべきは、ひとことでいえば考え方なのです。

あることに対するマインドセットが固まっていない人や企業は、事例に含まれているWhatやHowにすぐに飛びつこうとします。それをそのままマネしようとし、なんとなく実現するけれど、結果としてはたいした効果を得られず、想像以上にコストがかかるなどして、「思っていたことと違う」などという感想を持つのです。

自らの「マインドセット」がなく、自ら「発想」もしないまま、いきなりITに飛びつくから、そんな結果になるのではないでしょうか。

「マインドセット」が整っている人や企業は、事例で紹介されているソリューションそのものよりも、そこから、考え方や発想といったエッセンスを抽出しようとします。だから彼らは常に、同業他社に限らず幅広く事例を知ろうとします。どんな業界のどんな会社の事例でも参考になりえるのです。

事例に対する認識は、こんなふうに態度や行動に現れます。同業他社が何をやっているか、何がやれているか、そんなことばかりが気になるケースは、推して知るべしです。まずは自らの(ITに対する)信念を固めるところから始めるべきでしょう。