有価証券報告書は、ロボットに作らせる?

日産自動車前会長による有価証券報告書の虚偽申告の事件は、世間に大きな衝撃を与えました。報酬を過少に見せるという、経営者として、組織のトップとして、決してしてはいけないことを常態化させていたようだと伝えられています。日本を代表する自動車メーカーのひとつである同社の大変な危機を救い、ブランドを守った功績のあるカリスマ経営者であることはいささかも疑いの余地がありませんが、欲望を端に発するような不祥事は栄光も善行も帳消しにしてしまいます。

非難されるべきこと以外のことまで持ち出して一緒くたにする、こういう時のマスコミの批判のしかたのイヤらしさはともかく、わたしは報道を見ながら「こういうものこそロボットにやらせればいいのに」と考えていました。

ロボットによる自動化の使いどころには、いくつかの考え方があると思います。それを考えるのも、しくみのデザインです。その切り口のひとつが、人間による不正や犯行の抑止です。

機械には、感情がありません。意志がありません。空気も読めません。この特性は、人間の気持ちに配慮するような対応を実現しようとする場合にはマイナスに働きますが、不正の抑止という側面ではプラスに働きます。機械が自らの欲望に負けて不正を行うことはありません。

以前、アマゾンの物流センターの話を聞いたことがあります。そこで使われているオレンジ色をした箱形の搬送ロボットの話は有名ですが、実はこのロボットが動作する商品棚のエリアには、人間が立ち入ることはできないのだそうです。なぜなら、商品棚のある場所に人間が自由に立ち入れるようになっていると、商品を盗む作業員が出てくるリスクがあるから。また、配送する段ボール箱に出荷ラベルを貼る作業も、ロボットが自動で行い、人間の介入は許さないのだそうです。なぜなら、そのラベルに書いてある宛先は個人情報であり、プライバシー情報を持ち出す作業員が出てくるリスクがあるから。

人間による不正が行われるリスクがある業務プロセスを見極めるという考え方は、欧米ではよくあるアプローチとはいえ、さすがアマゾン、よく考えていると感じました。

そんなことを思い出しながら、有価証券報告書もロボットがつくればいいのにと思いつつ、同時に、たぶん誰もやろうとしないだろうなとも考えました。ロボットに仕事を奪われる経理部門の人たちが拒絶反応を示して、購入を許容しないかもしれません。自ら積極的に導入を考える経営者がいるかといえば、そんなふうにリスクヘッジをしようとする経営者はそもそも、不正を働こうなどという欲求は持ちえないでしょう。

そのデジタル化、動機は何か

わたしがかつて勤めていた会社は稲盛和夫氏と深いかかわりがあり、社内では稲盛氏の哲学を語る言葉が多く交わされていました。もう何十年も前の話なので内容はほとんど忘れてしまっていますが、そのなかでなぜか、「動機善なりや 私心なかりしか」という言葉だけ、いまでもよく思い起こされます。

私見ですが、エンジニアというのは典型的に、技術的にやれること、技術的に可能なこと、技術的にやりたいことは、やってみたいと考えるものだと思っています。およそそのときに念頭を占めるのは「技術」、すなわち「私心」です。顧客がほしいものは何なのかという視点が抜けがちなのです。顧客はドリルが欲しいのではなく、穴が欲しい。わたしもエンジニア上がりですので、「動機善なりや 私心なかりしか」という言葉を自戒をもって心に留めようとしていたのかもしれません。

最近、決済を完全キャッシュレス化する店舗をオープンすると、某外食企業が発表しました。注文をセルフ式にし、決済で現金を取り扱わないことによって、従業員の間接業務を軽減するとしています。また取り組みが成功すれば、ほかの店舗にも広げるとしています。

人手不足が深刻など事情はあるでしょう。しかし、少額の場合は特に現金決済するケースが現在では主流である日本において、現金決済を一切断るレストランというのは果たして「動機善なりや」なのか、わたしには疑問です。

こういう取り組みではほとんどの場合、浮いた労働力を顧客満足度向上につながる作業に充てる、などと企業は主張するのですが、本当にそのシナリオまで描いて取り組んでいるのでしょうか。

わたしが先日不意に入ったある食堂は、テーブルにタブレット端末が置いてありセルフ注文する形式でした。これもまた従業員の間接業務の軽減策なのでしょうが、その従業員たちが店内で何をしていたかといえば、フロアで接客するでもなく、全員が厨房近くにただ立っているような状態でした。客に呼ばれないので、あまりやることがないのでしょう。

わたしはキャッシュレス決済に反対しているわけではありません。「動機善なる」取り組みとしては、スポーツの公式試合を行うスタジアムの例があります。先進的なスタジアムの取り組みで、チケットからグッズ販売、飲食店での購買など、あらゆる体験を電子化しようという構想が進められています。

スタジアムでの観戦は、人気の高い試合である場合は特に、売店での行列は時に集中して激しくなることがあります。この状況で現金決済していれば、行列に拍車をかける可能性が高くなります。もし電子決済できればレジでの混雑緩和に大きく貢献し、顧客は確実に喜びます。

また、スタジアムはたいてい広いので、どの店で何を売っているかをきちんと把握するのは顧客にとってなかなか面倒です。席を立てる時間に限りがある状況であるほど、座席の近くで用事を済ませるのが普通でしょう。そこでもし、利用者の属性と顧客の決済情報を結び付けて商品や売店のレコメンドなどができれば、店を探す時間の短縮につながって顧客はうれしいはずです。

同じキャッシュレス決済の話ですが、どちらのほうが期待を持てるビジネスに感じられるかは、言うまでもないと思います。

デジタル化という取り組みは、エンジニア的発想に取りつかれるほどに、つまりデジタルそのものが目的になるほどに、「私心」満載になりやすくなると感じます。これは、顧客に関連したデータ取得や分析などでも同じです。そういう「先進」事例を、マスコミがあたり構わず好事例であるかのように報道していることが少なくないように見えるのが、個人的に最近気になっているところです。

話題の技術に踊らされる会社 踊らされない会社

AI(人工知能)が巷で話題になると、「ウチも AI を使ってなにかやれ」と部下に指示する経営者。

信じたくはありませんが、本当にいるのだそうです。

「ウチの商品・サービスにAIを適用したら、○○が●●になって、これまでにない新しい価値が出せるのではないか」というような話をするのなら、ひとまず許容範囲です。そうではなく、「なにかやれ」とだけ言うということは、どう使うとよいと思っているのかについてはノーアイデア・ノープランであるのは明らかです。

経営者がそんな技術的なことに専門家並みに詳しいなど無理だ。こんな反論がすぐに返ってきそうですが、うまく技術を取り込む会社では、そんな言い訳は聞かれません。それでいて、経営者は技術の専門家では必ずしもありませんし、目指してもいません。ただ一点、的確に方向性を伝えなければ「まずいシナリオ」に嵌ることだけは、熟知しています。

まずいシナリオとはどういうことか。冒頭のようなかたちで指示すると、技術にフォーカスが置かれ、その検討がうまく行ったとしても、結果はビジネスに対してあまりインパクトをもたらさない「小粒なもの」になりやすい、ということです。

つまり、こういうシナリオです。特定の技術を自社に適用することが目的になると、およそ発想の方向は「その技術はウチの業務のどこに使えるだろうか」となっていきます。そしてその検討の結論は、「~の業務のうちの…の部分に適用できるかもしれない」となります。そして実際に実証試験を行って、たしかにうまくハマりそうだ、となるわけですが、それは所詮「ある業務のいち部分」でしかありません。

たしかにその業務だけで見れば、自動化なり効率化なりを実現しますから、現場としてはうれしいかもしれません。それがマスコミにおいて話題になっている技術だと、先進事例だとして取材に来られて世間に知られることになり、担当者は得意な気分になるかもしれません。

しかし、経営レベルから見れば、そのインパクトは「ある業務のいち部分」でしかありません。通常、「ある業務のいち部分」がビジネス全体に及ぼす影響は、大したことがありません。従って改善のインパクトも、大したことはないことになります。おそらくその会社の経営者は内心、「新聞で言われるほどすごくはないな」「まあそんな程度のものか」というような感想を持つでしょう。

そのような感想を持ってしまうのは、このシナリオを辿るなら、厳しい言い方ですが自業自得です。なるべくして「まあそんな程度」になっています。

ただし、このシナリオにおいて注意すべき例外があります。こと IT の場合、ある技術の採用が会社の業務基盤を根底から変えてしまう影響力を持っているケースが、時としてあります。その技術を採用することで、仕事のしかたがごっそり替わる、問題発生時に解決の仕方がこれまでと変わる、業務のやり方が縛られる、などということが起こりえます。

経営者が、技術の採用によりこうしたインパクトがあることに疎い(そういう類の技術に限って、そのインパクトが素人には分かりにくいのです)と、以前と違う状況になっているとはっきり気づいたときに、小さくないショックを受けることになるでしょう。そして、そこから元に戻すことは、もうできなくなっています。

マスコミはほとんど取り上げませんが、新しい技術を使ってポジティブな成果を挙げる企業は、その技術の適用を考える前に、自社のビジネスのグランドデザインがきちんとできています。事例を「きちんと」分析すれば、その会社がきちんとグランドデザインを描き、それを下敷きにして技術適用の検討を進めてきたのかどうかは、感じ取れることが多いものです。

グランドデザインがあるということは、その会社が実現したいことが明確に決まっている、ということです。ですから、新しい技術がその役に立つ可能性について、容易に判断がつくのです。

そういう会社の経営者は、「ウチも AI を使ってなにかやれ」などとは決して言わないでしょう。そんなこと言わずとも、社内で勝手に検討が進んでいるはずです。それが、グランドデザインを考えている会社とそうでない会社の差です。

次世代通信規格「5G」は、他力本願で寝て待て

先日の日本経済新聞では、次世代通信規格「5G」の商用化の動きについて、大きく報じられていました。

それによれば、去る2月26日に開幕した、世界最大のモバイル機器見本市「モバイル・ワールド・コングレス」において、世界各国の関連企業や事業者が、相次いで5Gの商用化計画の前倒しを明らかにしたとのことです。早いところでは2019年、日本では東京五輪に合わせた2020年の商用化が計画されています。

5Gには、理論速度で10Gbps以上(実行速度で1Gbps)、4Gに対して1000倍以上の通信大容量化、無線区間の遅延を1ミリ秒以下に抑える低遅延化、同時接続端末数が今の100倍に拡大、といった特徴があると言われています。この通信技術が実現すれば、これまで体感できなかったコンテンツの配信や通信システムの構築が可能となり、例えば4K映像配信、自動運転の隊列走行、遠隔診療や遠隔手術、複数の機器の遠隔操作、などが現実のものとなります。

このような感じで、マスコミも業界も盛り上げにかかっている感があります。ただし、5Gは4Gまでとは異なり、事業としてこれまでのようにスムーズに移行していくかどうか、多くの課題があるのも指摘されているところです。

その理由として、まずビジネスモデルの大いなるシフトが事業者に求められる可能性が高いことが挙げられます。これまでの携帯通信事業は、多くの割合をBtoCで稼いできました。しかし、5Gがどうしても必要となるような、インパクトのある一般顧客向けのサービスケースというのが、現状ではだれも思いついていないという問題があるのです。

4K動画配信とは言っていますが、多くの人々は、いまの4Gの通信でYouTubeを見る程度で満足しています。4K動画でなければ困ると思っている一般の人は、あまりいないのです。万一4Gより5Gのほうが通信料金が高いとなれば、ほとんどの人々は4Gのままでよいと考えるでしょう。ゲームコンテンツなどは通信容量が大きくなることで進化するでしょうが、そのユーザー層は大勢を占めるには至りません。

実は、5Gの技術的インパクトがより大きいのは、高速・大容量であることよりも、低遅延・同時接続数拡大のほうなのです。そしてこれらの要件は、対法人のサービスケースにおいてより有効です。現在取り上げられている5Gの応用例をよくよく眺めると、ほとんどが法人利用に絡んだものであるのは、それを端的に示しています。

つまり、事業者は5Gをビジネスとして軌道に乗せようとするなら、これまでのようにBtoCで稼ぐのではなく、BtoBで大きく稼ぐ仕組みを作り上げなければならないわけです。

それなのに、実は法人向けの目玉技術ともいえる低遅延・同時接続数拡大は、2022年以降での対応と言われています。これは主に、端末から基地局までのアクセスネットワークだけでなく、通信網のコアネットワークまで含めて設備増強する必要があるためです。

しかも、5Gは4Gよりも高い周波数帯を利用することになるということで、その場合、電波が遠くまで飛びません。したがって基地局をより多く配置する運用となり、通信網を構築する投資額は必然的に増加することになります。これを回収すべくビジネスを成立させることが要求されるわけです。

稼げない限り投資が続かない。でも稼ぐキモであるBtoBは時間がかかる。そうかといってBtoCのサービスアイデアがない。過去の延長線ではなく5Gとしてビジネスが成立していかない限り、5Gへの進化はままならないという状況なのです。

そんな事情もあって、国内の事業者は、アイデアコンテストを開いたり、ベンチャー企業と連携したりと、他人のアタマも使いながら、なんとかBtoCのサービスアイデアをひねり出そうと格闘しているという状況です。

こうした課題に対して解決策不在のままなら、速くなるだけの ”4Gダッシュ” のようなサービスに留まるか、場合によっては、都内でしか使えない高価な通信サービスになってしまう可能性さえ考えられます。

何らかのブレークスルーがない限り、一般の企業としては、実証実験などは大企業にお任せするとして、少なくとも2022年までは傍目から様子を窺っておくほうがよろしいように、個人的には感じているところです。この件において、利用が後発になって損をすることはおそらくないでしょう。

それ、本当に「試す」のか

先月、「試す組織」の重要性について述べましたが、実はひとつ注意すべき点があります。1か月間もったいぶっていたわけではないのですが、ここで取り上げておきたいと思います。

結論から申し上げれば、いくらラクに試せるからといって、なんでも自由に試せばよいというものではない、ということです。

もちろん、新技術というものは、その黎明期においては実用レベルの安定感がなく、信頼性の面で問題があることがしばしばあります。単なるバズワードで終わってしまう技術、有望だが流動的なため取り組むには時期尚早な技術、などもあります。そうそうすぐに飛びつけばよいものではありません。

ここで申し上げたいのはそういうことではありません。仮に、トレンドとして本物だと確信できる技術だったとしても、敢えてやらない選択がありえます。

その取捨選択の基準となるものは何か。それは、これまで自社がビジネスの基礎としてきたはずである、顧客に対する価値提供のシナリオです。

ビジネスを遂行するあらゆる取り組みは、自社が顧客に提供したい価値のもとで、すべてにおいて一貫性が保たれていることが重要です。しくみがうまく動いている企業はどこでも、一貫したスジが通っているものです。まるで人体のメカニズムのごとく精密かつ無駄がない。そういうオペレーションが実践されている会社を目指すべきだと思います。

従って、新しく取り込む概念もまた、自社の一貫した価値提供のシナリオを補強するようなものでなければいけません。補強し得ないものなのであれば、どれだけマスコミが持ち上げていようが、競合他社が取り組んで成功していようが、自らはやらない判断をすべきでしょう。スジが通っているなら、その判断は容易であるはずです。

このような判断は、組織が一貫したポリシーのもとで下す必要があります。「試す」前に、その判断のゲートを通すようにする仕組みをつくり、判断を行う権限を誰かに与え、判断が実行されるようにします。判断の権限者は社長自身かもしれませんし、会社として大事にしたい価値提供のありかたを熟知した専任者(最低限、会社幹部でしょう)に任せるのかもしれません。

やり方はともかく、これを無策で放置すれば、会社が堅持すべき価値提供の一貫性は簡単に崩れていきます。同じ会社の人間であっても、よほど経営者が価値観の社内への浸透を日々意識して励行していないかぎり、社員のほとんどはそんなシナリオなどあまり意識せずに、目の前の業務だけを見て遂行するはずです。こと技術者は、新規性のある技術には興味津々、特に話題性の高い技術にはいち早く触ってみたいと考えます。それが会社のカネでできるのなら、こんなに幸せなことはないと思うでしょう。

試すのか試さないのか、誰かが一定の基準で客観的に判断しない限り、会社がよりどころとするシナリオは、経営者の知らないところから少しずつ崩れていってしまうということです。これは社内にいるとわかりにくいですが、顧客など外部の人間にはとてもよく見えるものです。

気軽に様々なものを試せる時代だからこそ、スジに合わないものは明確に排除する。それが的確に判断されるような組織上のしくみを用意しておく。それができていれば、会社が出したい価値提供のありかたを常に考えて行動する、有効な「試す組織」となるに違いありません。

今年こそ「試す組織」を

新しい年を迎え、来る新年度の取り組みについて具体的に固めていくような時期である企業が、多いかもしれません。

ここ最近、”PoC”ということばがよく聞かれるようになっています。これは ”Proof of Concept” の略で、端的に言えば、新規の技術や仕組みの実証実験のことです。新たな取り組みを進める場合、まず小さく始めるのは基本ですが、それを最近では PoC と称しています。大手企業・ベンチャー企業といった大小を問わず、また業種業態を問わず、様々な PoC が行われているようです。

その要因として、IT関連の技術について気軽に実験できる環境が充実してきたという側面があるだろうと思います。

かつては、新しい技術が出てきたとしても、それを「試しに使う」というのは現実的ではありませんでした。気軽に試すことができなければ、新技術は敷居の高いものというイメージになりやすいものです。そのうち自らとは遠いものと認識するようになってしまうのも無理はなかったかもしれません。

ところが今では、相当にハードル低く、新しい技術を試すことができるようになっています。機械学習、ブロックチェーン、IoT、BI、認識技術 … かなりの種類の技術要素が、安価な料金か、場合によっては無料で、条件はあることが多いものの利用できるようになっています。最近では、量子コンピュータまでがクラウドで一般利用可能になるとのニュースも報じられました。

わたしは8年ほど前から「試す組織」の重要性を指摘してきました。「試す組織」とは、ビジネスを遂行する業務とは別に、企業が価値提供するうえで近い将来役立つと思われる概念や技術を探知し、他社より早く業務へ実用化する目的で活動する、企画チーム体制のことです。そのために、変化する外部環境や新技術の動向などを自ら学習し、トレンドやソリューションを見極める目利き力を養いながら、様々なことを「試す」取り組みを行います。

わたしが指摘し始めた頃に、こうした取り組みを実際に推進している日本の企業の事例は、一部の大企業における小規模なものだけでした。資金力がなせる業という側面も否めなかったと思います。しかし今では、中小規模でも技術にフォーカスを置く企業ではかなり自然に行われています。すでに、もの珍しい取り組みではないのです。

このような状況においてはすでに、いかに「技術」という食材をうまく選択し料理するのかというアイデア勝負の時代にあると言えます。技術そのものではなく、選び組み合わせるアイデアの妙で競っていく時代なのです。それにもかかわらず、アイデアを出すどころか、試すこともしない企業は、提供価値の特色も出せず競争力が低下するだけでしょう。

「試す」仕組みがまだない企業の経営者の方々におかれては、ぜひ今年は「試す組織」を真剣に考える年にしていただきたいと思います。

ネット利用の実態に見る、ITとのうまい向き合いかた

先日、MMD研究所が発表した「女性のスマートフォン利用実態調査」の調査結果を見て、興味深く感じました。

調査では、スマホを所有する15歳から49歳までの女性約1500名に、スマホの利用状況について回答してもらっています。

特に興味をひかれたのは、FacebookとTwitterの利用についてです。

調査によれば、Facebookは若年層になるほど使われていない傾向で、1割程度しか利用率がないということです。独身女性では45%の利用率ですが、既婚になると27%程度と利用率が下がります。逆にTwitterは、若年層ほど使われ、年齢層が上がるにつれて利用率が下がり、既婚女性では2割を切っています。ちなみに現在の主流は、どの年代でも圧倒的にLINEです。

若年男子だとFacebookを多用しているというのも、想像するに考えにくいと思います。もしこの想像が正しいなら、今後Facebook自体の利用はあまり活発にならないことも想像できる結果です。

またTwitterに関しても、別の調査結果によれば、44%がツイート経験がないとされています。これと併せて想像すると、Twitterに関しては見ているだけでまず始めてみるが飽きてきて、年を重ねるにつれ見なくなる、ということかもしれません。

FacebookやTwitterが盛り上がるようになってから10年程度でしょうか。その程度の期間で主流が入れ替わってしまうあたり、ネットの世界の移り変わりの激しさを改めて感じざるを得ません。

またLINEに代表されるメッセンジャーアプリは、いまとなっては単なる無料の通信手段というだけでなく、コマースの入り口としての機能も有してきています。LINEをやっていたら企業からお得なクーポンが流れてきて、店の人とチャットして、気に入ったらそのまま買う。こんな購買体験が若年層にとって当たり前になってくれば、それが、これからの買い物の「当たり前」になるかもしれません。

もっと考えれば、LINEではないまったく新しいものがこれから登場して、FacebookやTwitterやLINEのように爆発的に広がり、いまのメッセンジャーアプリでないものが主流になっていく可能性も、否定できません。

ITとは、そんな代物です。このような特質のものに対して、なにかひとつだけに意思決定し固執するのは、かえってリスクです。出てきたものには何でも対応して、廃れてきたら辞めて、別のものにいく、というような柔軟性をもつことが望ましいと思われます。コストは重要ですが、コスト判断をあまり厳密に求めるとそこで立ち往生し、乗り遅れ、追従するころにはまた変わる、ということになるでしょう。

すべてのITに対してこの対応、というのはもちろん現実的ではありませんし、その必要もありません。しかし、少なくとも自社がこだわって先駆者になりたい分野、またはコストを賄いやすいライトな分野に関しては、こうした柔軟性のある組織でありたいものです。

ITに時代を変えられてしまう前に、ITを取り入れるコツ

新年を迎え、明るい可能性の話を少しできないかと考えました。

昨年中もまた、さまざまなIT関連のキーワードが飛び交いました。AI、IoT、ブロックチェーン、VR、MA、等々。一般には難解に感じられるのでここでは挙げませんが、IT業界内ではさらにいろいろなキーワードが聞かれました。

こうしたキーワードは、「バズワード」と揶揄されることも多くあります。実際、一時話題になりながら、知らぬ間に誰も取り上げなくなったものも少なくありません。それだけにビジネスの場面においては、こんな人が多いのではないでしょうか。つまり、はやり言葉に踊らされまいと少し慎重に構えてホンモノなのかどうか観察し、周囲が使い始めてうまく行った話をよく耳にするようになってから動き出す、というような。

今のところはそれでよいかもしれませんが、もうそろそろ、その方法では先行者を後からとらえるのはかなり難しくなるかもしれません。自動車業界などは典型的でしょう。ITの塊ともいえる自動運転技術や、コネクティッドカーという言葉に代表されるネットワーク通信機能など、そのノウハウがない企業はいつの間にか取り残されるような状況になり、気づけばIT企業など異業種・新種のプレイヤーが業界に当たり前に存在する事態にもなっています。

周囲に成功者が現れる頃に、その成功者たちが業界にもたらすインパクトがこれまでよりも小さくなることは、少なくともないでしょう。それほどに、ITによってできるようになることのインパクトと、その活用ノウハウの蓄積は、マインドシフトを余儀なくされるほどに大きな影響を与えるものになっていると思います。

マインドシフトが発生するタイミングにうまく乗っていく、または自らそれを起こす側に立つようにするには、技術の目利きが必要になります。これには見方のちょっとしたコツがあると思います。わたしが持つものの中から、専門家でなくても使えるものをひとつ、ここで紹介しましょう。

ITの分野においてよく見られることなのですが、ある技術がITのフィールドで目立ってくるとき、起ち上がりから文句のつけようがなくいきなり普及したものは、少なくともわたしの記憶にはこれまでありません。インターネットでさえもそうです。わたしが大学で電子メールを使えていたころ、日本の企業で仕事に電子メールを使っているところは皆無でした。「ブラウザー」もそのころすでにありましたが、ほぼ誰も知りませんでした。おおよそ勃興してきたばかりの技術には、利用において多くの欠点があるのです。

この欠点を、多くの技術者が寄ってたかって解決しようとしているか、そして実際に解決していっているか。もしこの答えにイエスと言えるような技術であれば、多くはその後使われるようになっていきます。

一方で、コンセプトは有効なのだけれど欠点がなかなか解消されて行かない、使われるうえで決定的に問題のある部分がずっと残ったままになっている、などの場合、多くはそのあと勢いもしぼんでいきます。

それぞれの技術についてこうした動向を見ていると、自社に価値や影響をもたらすかどうかはわりと見通しやすくなると思います。ぜひ新年の始めから、そうした視点で世の中のキーワードを見極め、自社に取り込むべきものを関心をもって探る方策を確立していただきたいですし、そういう役割分担に技術の分かる人を置いていただきたいと思います。

「ビジネスにITは不可欠」を行動で示す

先日、トヨタ自動車とスズキが業務提携の検討を開始すると発表しました。背景には、自動運転技術をはじめとする情報通信技術の自動車への取り込みへの課題がある、と報じられています。

自動車業界ではITがビジネスのコアの領域にまで浸食しつつあり、これを持たないとすでに戦えないという状況にある、ということを如実にうかがわせるニュースではないでしょうか。

ただしこれは、業界の中でも一定のプレゼンスと実績を持つスズキだから、トヨタ自動車というこの領域で先頭を走る企業との業務提携が実現できるとみるべきだと思います。すでに自動車業界においては、相当に魅力的な能力を持たないかぎり、この段階から慌ててもよいITパートナーと巡り合うことさえ至難でしょう。

こうした出来事は、ほかの業界でも起こり得ることです。それがつまり、「すでにビジネスにITは不可欠」と言われる現実とつながっているわけです。おそらくこれに同意しないビジネスリーダーは皆無だろうと思っています。

そうであるなら、自社のビジネス領域でITがコアに昇格してしまうよりも早く、ITをよく理解し取り込みを図るように活動するのが得策ではないでしょうか。

カギになるのは、「ITの目利きになる」こと。さらに、ITを自社に本気で取り込むか否かにかかわらず、技術の目利きができる人材を自社に備えること。これらが重要ではないかと思います。

まずは、勃興している技術トレンドを知ることが重要です。そのうえで、それらの技術を活用してどのようなビジネス活用が出てきているのかを知ります。トレンドを追い、それぞれの技術の本質を理解することで、「もしかすると、こういう流れも起きうるのではないか」 「こんなこともできるようになるのではないか」という発想が生まれるようになります。

こうした発想は、特に先進的ではない、ちょっとした業務に対してでも適用できることです。

たとえば最近、人工知能(AI)の発展が盛んに取り上げられています。聞くと、学習データを与えることでコンピュータが自動的にパターンを覚え、それに従って柔軟に判断して処理を実行してくれるといいます。そういえば、ウチに郵送されてくる請求書。取引先が多くてフォーマットが多種多様、入力するのに相当な工数を取られている。これって、AIがフォーマットを学習して必要な入力項目を覚えて、勝手に会計ソフトに取り込んでくれるとか、できないのかな…

こうした機能を実現するシステムは実はすでに登場しているのですが、要するに発想のネタは身近なところにあるはずなのです。それを考えようとするかどうかの問題なのです。

そうして湧いてきた発想が自社にとって競争力につながる重要な内容だと判断できれば、今度は「試す」活動を進めます。小さな試験環境をつくって、そこで実際に動かして検証してみるのです。この時点で、そうした技術を有する専門企業をリサーチすることになります。すぐにはうまく見つからないかもしれませんが、継続しているうちにそうした企業を見る目も養われていきます。

こうした動きがすでにできている企業と、具体的な行動を起こさなかったためにできていない企業。いざ技術のメガトレンドが顕著になった時にうまく波に乗れるのはどちらなのかは、言うまでもないことでしょう。

AlphaGoにみる、ITという技術の位置づけ

先月、Googleが開発した人工知能囲碁ソフト “AlphaGo” が、現在世界最強と呼び声の高いプロ棋士と対戦して4勝1敗で圧勝し、大きな話題になりました。

全対戦が動画でネット中継されましたが、勝利を収めた4戦はいずれも、付け入るスキを一切見せない完ぺきな展開をAlphaGoが披露し、人間の棋士は接戦するも、なすすべがなかったという印象を残しました。

囲碁は、チェスや将棋と比べて複雑度が高く、コンピューターにとって難関と言われ続けてきました。2013年に将棋ソフトがトッププロ棋士との五番勝負で勝利を収めた際でも、しかし囲碁はしばらく無理だろうと言われていました。それだけに今回の圧勝には、専門家でさえも、これほどまでに早く勝てるようになったことに衝撃を覚えた出来事でした。

この出来事は、さまざまなことを物語っているように思います。その中から2つほど、わたしが注目したことをここで取り上げてみたいと思います。

まずひとつは、コンピューターがもつ能力の優位性です。

ここ最近、人間のシゴトの多くがコンピューターに取って代わられるという話題も注目されましたが、こと情報処理能力が問われる分野においては、いまでなくても必ずいつか、コンピューターが人間よりも能力的に優位になるということを改めて思い知らせる出来事だっただろうと思います。

実はAlphaGoは、囲碁のルールを一切知りません。過去の棋譜を単純かつ膨大に丸覚えし、かつコンピューター同士による数千万回もの膨大な数の対戦を繰り返してまた覚えることで、勝つパターンを身につけています。これまでの常識ではありえないことをやって見せているわけです。

自動翻訳ソフトのしくみも、似たようなからくりだと言われます。中国語が一切わからない開発チームが中国語を翻訳するソフトを作った、というエピソードもあるくらいです。

このことはつまり、高尚な戦略戦術など練らずとも、膨大なデータの存在と一定のゴール(正解)設定ができるものであれば、コンピューターはデータだけを用いて目的を達してしまうということです。必要なデータが何兆何京といった数字であったとしても、それが有限でありさえすれば、そのうちコンピューターはその量を克服してしまうでしょう。

ただ逆に言えば、データにならない(またはしない)領域はコンピューターが手を出せない領域ということにも、なるかもしれません。この点は、わたし個人がいわゆる「シンギュラリティ」という話に違和感を覚えていることにも通じています。

もうひとつ注目点を取り上げるなら、今回の出来事を通じて、ITの技術開発の最先端を行くリーダーの位置にネット企業がいるということが改めて示されたと感じます。

AlphaGoを開発したのはGoogleでしたが、1997年にチェスの世界最強プロを初めて破ったコンピューターを開発したのは、IBMでした。

IBMはいまでも、技術開発力では世界トップクラスの企業です。最近ではWatsonの開発でも話題を集めました。しかしそれにも増して、今回はGoogleのような、開発した技術を直接利益に換えようとはしないが圧倒的なコンピューティングパワーを擁する企業が、技術の限界を押し上げ、業界をリードしていることを印象付けたと言えます。

それだけ、ITの要素技術そのものはコモディティ化したということでしょう。もちろん人工知能の分野はいまだ発展途上ですが、企業にとって重要なのは、ITのさまざまな要素技術の特徴をとらえて、どれを組み合わせて使って何を実現するのか。このアイデアとセンスであると言えるのではないでしょうか。