先月、「試す組織」の重要性について述べましたが、実はひとつ注意すべき点があります。1か月間もったいぶっていたわけではないのですが、ここで取り上げておきたいと思います。
結論から申し上げれば、いくらラクに試せるからといって、なんでも自由に試せばよいというものではない、ということです。
もちろん、新技術というものは、その黎明期においては実用レベルの安定感がなく、信頼性の面で問題があることがしばしばあります。単なるバズワードで終わってしまう技術、有望だが流動的なため取り組むには時期尚早な技術、などもあります。そうそうすぐに飛びつけばよいものではありません。
ここで申し上げたいのはそういうことではありません。仮に、トレンドとして本物だと確信できる技術だったとしても、敢えてやらない選択がありえます。
その取捨選択の基準となるものは何か。それは、これまで自社がビジネスの基礎としてきたはずである、顧客に対する価値提供のシナリオです。
ビジネスを遂行するあらゆる取り組みは、自社が顧客に提供したい価値のもとで、すべてにおいて一貫性が保たれていることが重要です。しくみがうまく動いている企業はどこでも、一貫したスジが通っているものです。まるで人体のメカニズムのごとく精密かつ無駄がない。そういうオペレーションが実践されている会社を目指すべきだと思います。
従って、新しく取り込む概念もまた、自社の一貫した価値提供のシナリオを補強するようなものでなければいけません。補強し得ないものなのであれば、どれだけマスコミが持ち上げていようが、競合他社が取り組んで成功していようが、自らはやらない判断をすべきでしょう。スジが通っているなら、その判断は容易であるはずです。
このような判断は、組織が一貫したポリシーのもとで下す必要があります。「試す」前に、その判断のゲートを通すようにする仕組みをつくり、判断を行う権限を誰かに与え、判断が実行されるようにします。判断の権限者は社長自身かもしれませんし、会社として大事にしたい価値提供のありかたを熟知した専任者(最低限、会社幹部でしょう)に任せるのかもしれません。
やり方はともかく、これを無策で放置すれば、会社が堅持すべき価値提供の一貫性は簡単に崩れていきます。同じ会社の人間であっても、よほど経営者が価値観の社内への浸透を日々意識して励行していないかぎり、社員のほとんどはそんなシナリオなどあまり意識せずに、目の前の業務だけを見て遂行するはずです。こと技術者は、新規性のある技術には興味津々、特に話題性の高い技術にはいち早く触ってみたいと考えます。それが会社のカネでできるのなら、こんなに幸せなことはないと思うでしょう。
試すのか試さないのか、誰かが一定の基準で客観的に判断しない限り、会社がよりどころとするシナリオは、経営者の知らないところから少しずつ崩れていってしまうということです。これは社内にいるとわかりにくいですが、顧客など外部の人間にはとてもよく見えるものです。
気軽に様々なものを試せる時代だからこそ、スジに合わないものは明確に排除する。それが的確に判断されるような組織上のしくみを用意しておく。それができていれば、会社が出したい価値提供のありかたを常に考えて行動する、有効な「試す組織」となるに違いありません。