「ソーシャルをやらない」、大いに結構!(2012年4月)

今月は、「企業がソーシャルメディアとどう付き合うか」について、考えを少し書いてみたいと思います。

ここでは、わたしがこれまで観察したり、自ら使ってみたりした結果として、考えたことや気づいたことを書き留めておきたいと考えています。世間に逆行するようなタイトルではありますが、案外すでにいろいろなところで言われていることと重なる指摘もあるかもしれません。それも含めて、ご参考になれば幸いです。

さて、Facebook や Twitter、mixi など、ソーシャルメディアと呼ばれるネットサービスは、すでに多くの人が触れるものになりました。

ニールセン・ネットレイティングスによる、2011 年 10 月のインターネット視聴率の調査結果によれば、国内利用者数は Facebook:約 1100 万人、Twitter:約 1400 万人、mixi:約 800 万人、などとなっています。ただしこの数字は、携帯利用者は含んでいないということですから、実態はもっと多いと思われます。

このような状況を目の当たりにして、多くの企業が Facebook ページや Twitter アカウントを開設するようになっていますが、その対応に迷う企業もあるようです。

そのような迷える企業に対して、いくつかの方面からはネガティブな論調も聞かれます。「いまどきやらないなんて、考えが古い」「やらないことで、やっている企業と差がつく」「ある企業は、それでかなり集客している」「やらない方がリスク」等々。

だからといって、ソーシャルに取り組もうと社内調整を始めると、「それでどんな効果があるのか」「炎上したらどうするのか」などと言う人が現れ、苦労するという構図も見え隠れします。

さまざまな意見がある中、企業はソーシャルメディアをどう捉えれば、うまく立ち回れるようになるでしょうか。

わたしは、ソーシャルメディアにより「顧客とのコミュニケーション手段が増えた」と考えて対応するのがよいのではないか、と感じています。

例えば、小売業の方でもそうでない方でも、お店に行くとよく「顧客の声カード」という類のメモ用紙が置いてあって、そこに意見を書き込むと店の人に読んでもらえるようになっているのをご存じでしょう。また、たいていの企業には「コールセンター」や「コンタクトセンター」と呼ばれる窓口が開かれており、そこに電話をかけると企業に話を聞いてもらえるようになっています。

お店の中では人が集まることでコミュニケーションが発生します。電話は人と人と結んでコミュニケーションを行う手段です。ソーシャルメディアもまた、サイト上に人が集まってコミュニケーションが行われます。状況こそ違いますが、人が集まる「場所」であることに変わりはありません。

ですから、店舗やコールセンターと同類項で、ソーシャルメディアを捉えればよいのではないでしょうか。「そこにお客さまが大勢いるのだから、企業としてコンタクトを取れるようにしよう」ということです。

その意味では、前記したような「やらないなんて…」という論調は、必ずしも的を射ているとは思いません。これは、自社の顧客とこれまでと違った手段で意思疎通を図りたいかどうかという企業の意思の問題であり、それを顧客が喜ぶかどうかという問題です。

そう捉えれば、ソーシャルメディアに取り組むに当たって企業が考慮すべきことは、その企業が「顧客とどうコミュニケーションを取りたいのか」になります。

この問いへの答えが、ソーシャル対応の仕組みづくりの土台です。

例えば、顧客とやり取りしながら商品のアイデアを発掘したい、という目的が考えられます。顧客の困りごとにすぐに応えたい、というものもあるでしょう。一方で、悪評が表面化する前にすぐ対応して消したい、という動機もあり得ます。あまり深く考えず、ただ楽しいことを伝えたいというのも、立派な目的です。

その企業が顧客と相対するスタイルに応じて、それがソーシャルメディアを使うことで具現化されるなら大いに活用すればよいし、あまり合わないのなら活用しなければよい。それだけのことだと、わたしは考えています。

ところで、ソーシャルメディアを集客の仕組みの一部とするという向きも中にはあるようですが、わたしは必ずしも集客を中心に考えるべきではないと思います。

確かに、ソーシャルの取り組みが集客にうまくつながっている企業の例は多くあります。ただし、それらの企業を見ていると、自社のサービスなり製品なりを、あまり前面に出していないケースが多いようです。どちらかといえば、「喜んでもらえること」を教えたりやってあげたりすることでファンを増やし、それが結果として集客に結び付いている構図に見えるのです。

企業でコールセンターを設置するに当たって、「それはどれだけ集客に貢献するのか」と問う人は、おそらくいないのではないでしょうか。それと同類項で考えればよいのです。

ただし、対応すれば何らかの形でコストはかかりますから、効果のモニターは不必要というわけではありません。各ソーシャルメディアの特性をよく見極めて選択し、目指す効果を創出する必要があるでしょう。

その際、なにも無理してすべてのメディアに対応する必要はありません。

例えば Facebook は友人間の交流が主で炎上はしにくいが少々本音は隠しがちなコミュニケーション・スタイル、Twitter はユーザーがわりと本音を出しやすく人となりが出やすい、mixi は趣味趣向を一致させた若者や学生同士の交流の傾向が強く滞在時間も長い、という特性があるように思われます。

また、プラットフォームのスタイルにも特性があります。Facebook ページはホームページに近く、Twitter よりも一対一のコミュニケーションがしづらい面があります。一方で Twitter は、顧客と対話はしやすいものの、顧客ごとに個別対応が必要な面も併せ持ちます。こうした特性も、企業のコミュニケーションのしかたに影響を与えます。

こうした、各メディアの機能的な特性やユーザーの行動特性を見極めて、自社が採りたいコミュニケーション・スタイルに合ったメディアを選択すればよいと思います。

例えばもし、一番スタイルに合っているのがメルマガなのであれば、わたしはそれでよいと思います。メルマガは、読者に継続的にじっくり読んでもらうには適したツールです。決して時代遅れであるとは思いません。

もちろん、一度始めたなら継続することが重要です。少人数でもしっかりした実行体制が要求されます。特にソーシャルメディアを利用する場合、メディアは自己都合でプラットフォームの仕様を変更することがあり、その対応があることに注意が必要です。

つい先日ですが、3 月 30 日から Facebook は「タイムライン」という新機能を実装しました。これにより、Facebook ページには企業と顧客とのやり取りが時系列に表示されるようになるのですが、一方で顧客とのやり取りがあまり頻繁ではないと時系列が更新されず、活動が少ないページの印象になりかねません。

これまでホームページのようなデザインを前提にして Facebook ページを設計をしていた企業にとっては、ページデザインもコミュニケーションのあり方も、変更を迫られることになるわけです。このような追加・修正・変更・削除は、Facebook に限らず他のメディアでも起こるはずです。

ソーシャルメディアを利用する企業は、こうした変更に即時に追従し、対応していかなければなりません。そして、それを息の長いかたちで取り組むことになります。その程度の覚悟はもって、仕組みをつくるべきでしょう。

ここまで述べたように、顧客とのコミュニケーションの取り方を改めて見据え、それに合うメディアがあるなら積極的に活用して顧客とのやり取りを深める、という考えの下、仕組みをデザインしてみてはいかがでしょうか。肩ひじ張らない、気持ちの良い関わり方をぜひ目指してください。

クラウドは、ユーザー企業をラクにはしない(2012年3月)

今回は、クラウドが企業社会に浸透することで、ユーザー企業が得るのはメリットだけではないかもしれない、ということについて触れたいと思います。

クラウドはいまや、ビジネスにおいてはフツウに使用される言葉になりました。「流行るかどうか」という論点はすでに過ぎて、「どう使うのか」という議論になっています。

企業が情報システムを活用するうえで、クラウドは多くのメリットをもたらすものです。もちろん、丸投げ感覚で利用すれば、ベンダー・ロックインならぬ「クラウド・ロックイン」になりかねませんが、正しく選択すればユーザーには十分なゲインが見込めます。

ただしこの流れは、ユーザー企業に今後新たな課題をもたらすだろうと、わたしは感じています。それは例えば、以下のようなことです。

ベンダー各社は、挙ってクラウド化の動きを加速しています。これに伴って業界も、ここ数年は合従連衡を含めて激しく動きましたし、幅広くマーケティングすることが要求される中でブランド力が低い中小系のソフト開発企業などは危機にさらされています。

もちろんこれは、流行に乗り遅れまいという動きの結果ではあります。ただし内実は、ベンダーにしてみればクラウドで儲かるならその方がよいはずなのです。

これまでベンダーの仕事は、受託開発を中心に顧客の要望に沿ってオーダーメイドでシステム開発、または適切なパッケージソフトを選定し、インテグレーションすることが主流でした。しかしながら、これには何かと失敗のリスクが伴うことは、ご承知のとおりです。ベンダーの開発能力に問題があるケースもありますが、一方で、顧客にシステム開発に対する主体性がないという要因も大きいのが実情です。ベンダーには、常に後者に対する不満や不安が、暗に存在するのです。

それが、クラウドになると解消されます。クラウドなら、ベンダーの自己都合で決めた仕様でシステムを開発し運営ができます。ユーザーは、ベンダーが決めたサービスメニューの中からオプションを選ぶだけです。サービス範囲を超えたユーザー個別の要望には、ベンダーは原則応じる必要がありません。開発しやすく、管理もしやすく、しかも提供価格どおりに売り上げが上がる。ビジネスとしてリスクがより少ないわけです。

だから、クラウドで儲かるなら、ベンダーはその方がよいはずです。そしてもし、クラウドだけで売り上げのほとんどを挙げられるような状況が実現した暁には、要員の多くをクラウド事業にシフトするようになるはずです。

ここに、ユーザー企業に生まれる懸念があります。

これは何を意味するかというと、これまで受託開発に従事していた要員がクラウドの開発保守に移行していくということです。こうしたことが業界全体で起これば、個別のシステム開発に携わる人員は、当然減少します。

つまりユーザーから見れば、システム開発の委託を行う上でのオプションがなくなっていくことを意味するわけです。

ユーザー企業にとって、ビジネスにおける競争力のカギは「差別化」です。ビジネスモデルで「差別化」し、ビジネスの仕組みで「差別化」し、結果として他社に勝る収益を上げてシェアを獲得します。情報システムがビジネスの仕組みの一部であるならば当然、情報システムにも差別化の要素が要求されます。

しかし、クラウドはサービスの一律提供の仕組みです。多くの顧客が同じ条件で同じサービスを利用します。そうなると、差がつくとすればサービス選択の部分だけです。選ぶ側に目利き力が求められるとはいえ、一律サービスの選択だけでは決定的な差別化にはなりにくいでしょう。

こうしたことから、クラウドが進展すればするほど、ユーザー企業にとってはビジネスの仕組みで差別化をしにくくなるリスクが想定できるのです。

先に述べたとおり、顧客が増える限り、ベンダーはクラウド化の動きを加速していきます。現在ではまだクラウドだけで儲かる状況にはなっていませんが、この先そうなる可能性は、十分あるでしょう。

そのシナリオが見えている以上、ユーザー企業は今のうちから、クラウドを的確に選択する能力、一方でいざという時に自らつくり込める機動力、クラウドのサービスと自社開発のシステムをうまく組み合わせる実践力を、蓄積しておく必要があるのではないでしょうか。

これからはますます、user-driven なユーザー企業であるかどうかが問われる時代になる気がしてなりません。

スマホやタブレットに心動かされている経営者のみなさんへ(2012年2月)

最近売れているスマートフォン(スマホ)やタブレットを、企業でも利用すべきだという論調やマーケティングが盛んです。

iPhone と iPad の登場により、スマホやタブレットは社会を席巻し続けています。その利便性と使用感の良さを企業利用でも活かせるだろう、活かしたい、というのは、自然な発想です。

スマホやタブレットが特に威力を発揮する領域は、ひとことで言えば「見る用事」の領域だと思います。

例えば、レストランなどでのメニュー選択やオーダー、衣料品店での商品閲覧や選択など、顧客対応のある場所での活用は、非常にわかりやすい例だと思います。おしゃれなお店で iPad が出てくると、ちょっと格好がよいですね。

それ以外でも、工場内で生産状況や業務手順の確認をしたい場合などでは、モバイル PC は入力操作がしづらく使いにくいところです。こんな時にも、持ち運びが便利で起動が素早く、状況確認はもちろんちょっとした入力も立ったまま簡単にできるスマホやタブレットは、大変重宝するはずです。

巷でのスマホやタブレットの大人気ぶり、そして続々出てくる企業での活用事例。いろいろよい話を聞いていると、自分の会社でも使ってみたくなるでしょう。こういう話に、経営者の方は弱いところがあります。

スマホやタブレットに心を動かされている(または、動かされかけている)経営者、または経営幹部の方に、「自分はこうした話に素直に反応してもよい体質なのか」をテストできる質問があります。よろしければ、ちょっと試してみてください。

次のフレーズを聞いて、どう感じますか?

「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高めることができる」

部下からこの提案が上がってきたら、同感ですか?

同感する方、その同感の度合いが高いほど(膝をたたいて同感する、など)、ご自分の体質を疑ってください。逆に、多少なりとも違和感を感じる方は、正常です。ご自分の直感を信じて行動してください。

なにが問題なのでしょうか?

例えば、社長のツルの一声でタブレットを導入した会社が、けっこうたくさんあるようです。役員会議は基本的にタブレット持参、紙配布はなしにしてペーパーレス化、生産性も高いうえに環境にも配慮している、といった具合です。

これで生産性が上がっている会社も、確かにあるでしょう。しかし、どんな会社でも上がるのでしょうか。端末の特性から言って、少々疑問を感じます。

タブレットにしてもモバイル PC にしても、電子ファイルベースでの閲覧性や視認性は最近ずいぶん向上しました。しかし、まだ苦手なことはあります。

例えば、こんな場面はどうでしょうか。ある資料の 8 ページと 14 ページを見比べたいという場合、電子ファイルの閲覧ではどうしてもやりにくいという問題があります。紙なら、まったく問題ありません。

またプレゼンテーションでは、プレゼンターが「見せる設計」を行ってプレゼンを進行することで、理解を深める演出を行うことがありますが(レベルの高いプレゼンターなら、たいていそうしたことをします)、全員が前方のスクリーンではなくタブレットを見てしまうと、その設計も水泡と化します。プレゼン専用ツールでも使って制御しない限り、参加者が好き勝手に自分が見たいスライドを見られるからです。

また、会議中に画面を眺めることの弊害もよく指摘されています。米国の企業では会議でのコンピューターの使用を禁止するケースがあるそうで、それを意味する “topless meeting” という言葉は、なんと IT 企業が集積するシリコンバレー発祥と言われています。また大学などでは、授業中のコンピューター利用を禁止しているケースが多数あります。

企業と大学では事情は異なるでしょうが、根本的な課題意識は両者とも同じで、コミュニケーションに弊害があることが大きな理由です。アイコンタクトを重視する文化であるからこそと思われます。

そして、こうした「モバイル環境」を一旦つくると、人間どうしても慣れてくるものです。スマホもタブレットも、資料閲覧以外のことがなんでもできます。仕事中にゲームをやる人間はいないとしても、メールチェックや気になるニュースの閲覧など、会議と関係ないことに精を出す参加者が出てくることは防げないでしょう。それでは、生産性は逆に下がっていくかもしれません。

大抵の場合、なんらかの技術が先に立って事業や業務にメリットをもたらす、ということはあまりありません。そうではなく、事業や業務にメリットをもたらす「仕組み」がまず描かれ、そこに使える技術を、使う側が見出して取り込むものなのです。

ですから、先に挙げた「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高められる」というフレーズは主客転倒になっていて、本来は「社内の生産性を高めるに当たり、スマホ・タブレットはオプションになり得るか」と考えるのが正解です。

生産性を高めるシナリオをまず立てて、そこにスマホやタブレットがぴったり当てはまるなら、ぜひフル活用してください。使える新技術は、早く取り込んだほうが間違いなく有利です。逆に当てはまらないなら、導入は控えることをお勧めします。ムダ遣いに終わる可能性が高いです。どうしても社員にプレゼントしたいとおっしゃるなら、その限りではありませんが…

「自動車クラウド」が残念な理由(2012年1月)

最近、自動車のビッグメーカーが競って、「テレマティクス」と呼ばれる分野で自動車と通信の連携を加速させようとしています。

日本のメーカーで言えば、まずトヨタ自動車は「トヨタスマートセンター」と呼ぶシステムを構築し、次世代自動車向けの情報配信やバッテリー状態監視などをサービスとして提供しようとしています。合わせて、ソーシャルメディアと連携してドライバーのコミュニティ・サービスを構築し若者にアピールする取組み「トヨタフレンド」も、近頃発表しました。

日産自動車の場合は、電気自動車「リーフ」に対する走行支援システムを整備しています。このシステムにより、リーフを iPhone アプリで遠隔操作することができるようにしました。それに関連して、自動車に搭載する車載機と機能連携するための XML 仕様を公開しています。外部のプロバイダーや開発業者との連携を容易にし、自社のサービスに取り込む狙いです。

ホンダでは、2011 年 3 月、カーナビ向けの情報配信システムの通信料金を無料化しました。これには、システム装着車からの情報収集の頻度を上げ、最適ルート計算の精度を高め、情報配信の付加価値を向上させる狙いがあります。この取組みで、2011 年末の情報収集回数を 2010 年末の 10 倍に伸ばし、さらに会員数と対応カーナビ台数を増やそうとしています。

取組みの具体策は異なりますが、どの企業も考えていることはほぼ同じで、車に搭載するカーナビを軸にした情報配信をキーに、顧客に対する付加価値を高めながら、各社の販売店への送客を促したり、純正カーナビ販売数の向上につなげようという目論見です。

しかしわたしは、今の取り組みは従来どおりの「自動車中心の発想」で、とてももったいないことだと感じています。この取組みを起爆剤にして自動車が売れることは、残念ながらおそらくないと考えています。

ご存じのように、最近は若者の自動車離れが指摘されています。各社はこれを食い止めようと策を繰り出しているようですが、ところで自動車から離れていっているのは本当に若者だけなのでしょうか。

先進国では、人口の都市部集中の傾向がすでに表れています。都市部に人が集まり、そこに商圏が展開されれば、移動手段が車である必要性は大きく減少します。必要な時だけ乗れればよい、という考えのもと、最近ではカーシェアリングがビジネスとして発展する兆しも見え始めています。高齢化が進んでいる国ではさらに、自ら運転するのは安全ではない人たちが増えていきます。

そんな状況では、百万円以上するようなぜいたく品である乗用車がわざわざ購入されなくなるのは、自然なことです。

つまり、いま見られている現象は、若者だけが自動車から離れていっているのではなく、趣味でもない限り一般の人々にとって自動車は必需品ではない社会にシフトして行っているということのではないでしょうか。そうだとすれば、自動車中心で発想していたのでは、将来は明るくありません。

今のうちから発想を転換し、「自動車会社」からは中長期的に脱皮していくことを考えたらいかがかと思います。その意味で、いま迎えている「自動車と通信との連携」の機運は、ひとつのチャンスに見えます。

わたしが提示したいひとつの考え方は、自動車会社は今後自動車を「端末」として扱い、ケータイなどの「端末」と同列化しながら、それらをつないでサービスを展開する「プラットフォーム事業者」を目指したらどうか、というものです。

例えば自動車を使っていない間は、電源プラグ経由で有線ネットワークと接続して「家庭内ルーター」として使用し、自動車を使っている間は 3G/WiFi/WiMAX など最適な無線回線を自動的につかんで通信する「モバイルルーター」として使用する。自動車自身が運行情報を得るだけでなく、同乗者に社内の WiFi 経由で通信させれば、利用者の通信コスト節約になると同時に通信事業者にとってはオフロード対策にもなります。

現在のカーナビは「ケータイ」にしてしまい、ケータイと自動車を一体として「端末販売」すれば、自動車を家に置いて出かける際にも顧客に同じ通信サービスを使わせることもできます。

こうして、自動車だけを売るのではなく、プラットフォーム事業者として通信サービスを基軸にモノを売れば、安定的に顧客と購買の接点が持てるわけです。現状では、顧客が車から離れてしまえば、接点はなくなります。

ビッグメーカーには長年の実績があり、世界で自社の自動車がすでに何千万台と走っています。この立場を活かしてうまく立ち回れば、全世界規模で顧客を囲い込むプラットフォーム・プロバイダーになれるリソースとポテンシャルがすでにあるわけです。

この立場を実現できているプレーヤーは、今のところ世界に存在しません。Google や Apple が、前者は検索エンジンを軸に、後者は斬新なモバイル端末を軸に、それを狙っているところですが、まだその領域には届いていません。中国の通信事業者は億単位の加入者を抱えていますが、これは一国内の利用者に留まります。

特にトヨタ自動車は、KDDI と資本関係にあります。日産やホンダ、または海外のビッグメーカーと比べても、その気になればどの企業よりも短期間に、通信サービス事業者としての基礎的リソースを獲得できる位置にあります。

にもかかわらず、サービス施策を見ている限り、プラットフォーム化の発想はまったくないように思えます。

前述の「トヨタスマートセンター」の基盤には KDDI のインフラではなく Windows Azure を採用しました。百歩譲って、迅速に世界展開を図りたい意図を理解するとしても、顧客向けのソーシャルメディア・サービスのほうには Salesforce.com の Chatter という、なんと SaaS を採用してしまいました。

SaaS での事業展開では、トヨタにはほぼコントロール権はありません。障害が発生しても、情報漏えいが発生しても、業者に「どうなっているんだ」と問合せする以外に何もできません。

このサービスはコアではない(つまり、いつ止めてもよい)と思っているのなら別ですが、そうでないなら非常に「軽いサービス」となってしまいます。もったいない話です。

自動車は先端技術の結晶であり、それを「端末」というのはいかがなものか、という向きもあるでしょう。しかし一方で、かつての衛星携帯電話「イリジウム」がそうであったように、技術の粋を尽くしても売れないときは売れません。この事実からは目をそらすことはできません。

トラブル事例で痛感する、「ガバナンス」の意味(2011年12月)

先日、わたしが参加しているある勉強会で、なかなか聞けない貴重なお話をうかがいました。システム委託開発でのトラブルが訴訟にまで発展したケースに関するもので、その経緯を当事者であった方が直接お話しされたのです。

この事例では、契約書に対する相互の認識が不明確であったがゆえにトラブルに収拾がつかず、最終的には互いに提訴しあう形で裁判になりました。いま係争中のスルガ銀行と日本 IBM との裁判と、かなり似ています。

わたしがこの話の中で気になったことのひとつに、「業界経験のないベンダーに任せてしまった」というものがありました。このユーザー企業は、委託ベンダー側に自社の業界でのシステム開発経験がないことを知っていたのに、結果的にはコスト重視で発注してしまったとのことでした。

なぜ経験のないベンダーを選定してしまったのかと聞くと、

「本当は開発せずに既存ソフトの移行だけで済まそうと計画していたところ、実はコストが予想以上にかかることがわかり、上層から開発に切り替えるよう言われてしまった」

「別に大規模プロジェクトが社内で並行しており、新たなプロジェクトが突然降って湧いても、そこに割ける社内の人員がいなかった」

「対象のシステムは保守期限が迫っており、時間がなかった」

との回答が返ってきました。

想定外の、やむにやまれぬ事情があったというわけです。ただ、わたしは一方で、この話を聞いて、意思決定プロセス設計の盲点と難しさを感じました。

このケースでは、もともとコストも時間もかけない「ソフト移行」という方法を採ろうとしていました。ところがそれでは予想外にコストがかかるということがわかり、計画は突如として「ソフト開発」に変更されたわけです。この際に、「上層が『開発』するよう判断」したということですが、この判断は結果的には誤りでした。

通常の意思決定のプロセスであれば、プロジェクト推進可否の決定は、戦略委員会や PMO のような合議制の組織を母体にして、コストパフォーマンスはもちろん、プロジェクトリスク、組織リソース、納期順守、ベンダー評価など、さまざまな視点から評価を行うものです。こうした評価を行っていれば、「大規模プロジェクトが並行しているからリソースが足りない」ことも、「保守期限に間に合わせる必要性」も、「ベンダーリスクの高さ」も、検討の俎上に載っていたはずです。

このプロセスが、「突然の計画変更」かつ「時間がない」という事情で、実施されませんでした。わたしが想像するに、「上層による開発の判断」というのは、おそらく特定の人物の(言い方は少々悪いですが)独断であったのではないでしょうか。

こうした課題は、いわゆる「ガバナンス」の問題です。「ガバナンス」を設ける意味は、「透明性の確保」「判断スピードの速さ」「判断の安定化」といったことにあると思います。

つまり、どんな課題に対しても関係者のだれもが同じ判断をスピード感を持って下せる、という状態をつくり出すのが「ガバナンス」を設ける目的だということです。

もちろん、場合によってはスピード重視で即決判断が必要な場面もあります。ただ、人間は合理性よりも面倒の回避を優先するところがあります。それを許すと判断が偏ったり不正確になるリスクがありますから、即決判断する場合も、その条件と責任の所在を仕組み化します。実際、CEO による即決のプロセスをガバナンスに組み込んでいる事例もあります。

ガバナンスというと何か堅苦しいものと考えてしまいがちですが、本来は、「組織にとって最も有効なオプションを迅速に選択するための手法」なのです。逆に、ガバナンスを「面倒なもの」と捉える環境ができてしまうと、判断を間違う確率は高まります。

このあたりは、J-SOX に対する考え方も同じです。J-SOX を会計監査上のルールとしてやむを得ない対応事項と捉えれば、面倒が先に立ちます。一方、J-SOX を「正確な財務集計をハイスピードに行うための仕組みづくり」と捉えれば、モチベーションが変わってこないでしょうか。

今回話をうかがった裁判のケースでも、いったんは通過した意思決定プロセスにもう一度乗せて判断していれば、訴訟によって膨大なエネルギーとリソースをそがれることは、そもそもなかったかもしれません。もちろん、結果論ではありますが。

「クラウド」に踊らされない冷静な消費者(2011年11月)

「クラウド」は、近年では久しぶりに「大ヒットした」と言ってよい IT ワードになりました。この言葉を知らないと答えるビジネスパーソンは、かなり少数派ではないでしょうか。

ここまで広まった理由と考えると、やはり「もう企業は、自分でコンピューターを買わなくてもよい」という、極めてわかりやすいメリットが提示されたことが、まず思いつきます。

コンピューターは、買おうとするとコストが大変かかるし、メンテナンスも結構面倒くさいものです。しかしクラウドなら買わなくてもよく、メンテナンスしなくてもよいばかりか、必要なら簡単な操作をするだけでパワーを付け足すこともできる。やめたくなったら、契約を解除してやめればよい。後には何も残らない。そんなふうに考えると、長年コンピューターに悩まされてきた経営者にとっては天の声に聞こえるかもしれません。

しかし残念ながら、いくらクラウドになっても、企業が IT を使いこなすうえでの要諦は、何も変わりません。むしろ、解くべき方程式の次元が増えて、答えを出すのがかえって難しくなったと考えたほうがよいのではないでしょうか。

クラウドはメリットがはっきりしていますが、一方でリスクもはっきりしています。セキュリティの問題、契約の問題、ネットワークの問題など、みなさんもいくらかお聞きになったことがあると思います。

クラウドを自社のビジネスに活かすのなら、そうしたリスクを踏まえてもなおクラウドを選択する「積極的理由」を持っていることが、ひとつの条件になるだろうと思います。

例えば、現在ファーストリテイリングが進めている「G1プロジェクト」というものがあります。同社はこのプロジェクトにおいて、事業基盤を全面的にクラウドにする方針のようです。

同社は現在、世界展開を積極的に推進しています。世界の店舗で同じ業務プロセスを適用し、データを共通化する目論見があるのでしょう。そのためには、共通化したシステム基盤上で店舗のオペレーションが実現される必要があるわけです。それを具体化する手法として、同社はクラウドを選択したということです。

このケースでクラウドが唯一絶対解とは言えませんが、そのなかで同社はクラウドを選択しました。そこには、事業形態や戦略方針の上で、クラウドを選択する積極的な理由があるわけです。

おおよそこういう企業は、クラウドを選択してもひとまずうまく行きます。

一方で、逆に「消極的理由」でクラウドを選択する企業は、おおよそ本来の恩恵を受けにくくなります。例えば、トラブルが起こると厄介だからシステムはあまり持ちたくない、という発想の場合です。

5 年程前ですが、MIT が実施した調査でこんな結果が出ています。自社のコア業務の IT 化に成功した企業とそうでない企業の間で比較すると、経営層の満足度は前者が 80% 高く、それでいて IT コストは前者が 25% 低かったのだそうです。

5 年前にはまだクラウドとは言いませんでしたが、すでに ASP はありました。そこで後者の企業群を想像したとき、上記のような「消極的」発想が浮かんでは来ないでしょうか。

そもそも IT への消極的発想は、IT を使うこと自体にリスクや負担を感じている証左です。そうであれば、クラウドを選択する以前に、まず「コンピューターってうちの会社のビジネスに必要なのか?」という疑問から、考えてみなければならないでしょう。

もし必要なのであれば、ビジネスのどこが IT だと都合がよいのか、明確に整理すべきです。そこが明確なら、発想は消極的になりません。もし IT が必要ないなら、面倒ですからなくしたほうが無難です。

「IT を使っておもしろいことをやろう」「IT で他社を圧倒できないだろうか」「IT がもたらすメリットを積極的に取り込みたい」と考えている企業にとっては、クラウドも数あるうちのひとつのオプションにしか見えないはずです。そういう企業こそが、「マーケティングに踊らされない冷静な消費者」になれるのです。

「経営者はITを熟知するべきか」は愚問(2011年10月)

「経営者はITを熟知するべきか」という命題は、さまざまなところで議論されています。先日のみずほ銀行での大規模障害の際にメディアが主張していたように、たいていは「理解すべき」という答えが導かれます。しかし、それならプログラマーのように知るべきなのかというと、これはだれもが否定するでしょう。

結局、どこまで知っておけばよいのでしょうか。実はその答えは、経営者の置かれた状況や行っている事業によって異なるのです。極論すれば、プログラマー上がりの経営者が「あなたは理解不足」と言われてしまうことだってあり得ます。

ですからわたしは、この問いは建設的に答えることができない愚問だと思います。

経営者がこの問いに対処するなら、その表面的な部分に囚われるのではなく、「考え方」を覚えておくことをお勧めしたいと思います。その「考え方」とは、「ITは、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時にどのように回答して相手に感心してもらうか、という視点です。

少し掘り下げて考えてみます。事業とは、経営者のアイデアや構想に、資金を投じて仕組みをつくり、組織が実行することだ、といえるでしょう。式にするなら、「事業=構想×資金×仕組み×組織」です。どれかがゼロになれば、事業もゼロ、ということです。

ITはこの要素のうちで、構想の実現に直結する「仕組み」に貢献します。おおよそは、次のような形で貢献しています。

  • 「儲けの仕組みそのもの」。例えば、銀行の業務やネット企業の事業は、ITなしでは成立しません。
  • 「仕組みを圧倒的に実現するもの」。圧倒的な量をこなす、圧倒的なスピードを出す、圧倒的な範囲をカバーする、圧倒的な効率を出す、というように、ITを用いることで圧倒できるケースです。
  • 「仕組みのリスクヘッジをするもの」。ITがあることで人的エラーが防止できる、重要な情報が容易に保管保存できる、他の場所に簡単に移設できる、などの効果をもたらします。

経営者のアイデアは、時に独創的です。それは、経営者の頭の中にしかありません。

当然、単に頭の中にあるだけでは儲かりません。だから「仕組み」、すなわちシステムにしなければなりません。システムにして初めて、アイデアの実行ができるわけです。

アイデアを、想像した通りに、または想像以上に実現するには、まともなシステムが必要です。そのシステムに、たいていは IT が援用されます。

ですから、もしまともなシステムの実現にこだわっているなら、「IT は、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時に「待ってました」と思えるはずです。なにしろ、システムがまともでなければ、単なるアイデアで終わってしまうどころか、足を引っ張られるかもしれないのですから。

そして結局のところ、「IT は、儲けに貢献しているのか」に嬉々として回答する経営者に、「IT の理解不足」というレッテルが張られることはありません。

さまざまな IT の成功事例で、ほぼ例外なくその背景にトップマネジメントの強いリーダーシップがあるのは、実はその企業の経営者がアイデアの実現(execution) にこだわっているからです。

経営者のかたはぜひ一度、すぐに答えが言えるか試してみてください。あなたの会社の IT は、どのように儲けに貢献していますか?

サムスンの強さを感じ取るなら、この切り口で見たい(2011年9月)

先日、ITmedia でサムスン電子の IT 活用に関する事例が紹介されて いました。

ITmedia エグゼクティブ:『韓国企業の強さの秘密は「情報」重視の経営』

サムスン電子の決断の速さは情報活用にある、という内容で、ぜひ一読 いただきたいところです。

ただし、「どういう IT を導入しているか」という視点で読んでほしくは ありません。実はこの記事は、私のようなシステムデザインの専門家の目 から見ると、あまり目新しい内容ではありません。

例えば、同社の IT 活用の具体的施策として、サプライチェーンにおける キー情報を集約したダッシュボードの導入、それに伴う全社レベルでの チェンジ・マネジメントの実行などが取り上げられています。 これらの施策は、日本の大手製造業でもすでに取り組まれていることです。 一例を挙げれば、シャープで経営層向けに導入されている経営コックピット ・システムは、直感的な操作で最新データを簡単にドリルダウン分析できる 手法を取り入れていることで有名です。

しかし一点、一般的な日本企業にはあまりない部分を私は感じました。 それは、「経営によるトップダウンに対するこだわりの高さ」です。

いかに厳しく対応しているかは記事を参照していただくとして、それほど まで行うあたり、経営陣がどれほど情報集約を重要視しているかの表れ でしょう。

私自身これまで経営者から直接さまざまなお話をうかがってきた中で、 日本の経営者は“良くも悪くも”担当者を信頼し任せる傾向があると感じて います。信頼するのは大事ですが、「任せる」と「放任する」の区別は つけなければなりません。その区別をつけるカギとなるのが「ファクト・ ベース」という視点です。

時に、非凡とは平凡な事柄を他人ができない領域まで行うことである、 と言われます。私にはサムスンの経営陣が、「ファクトがなければ判断 できない」という、言葉にしてしまえば当たり前のことを、忠実にかつ 徹底的に実践しようとしているように見えます。

この事例からサムスン電子の勢いの秘訣を吸い取るなら、この「ファクト・ ベース」という視点で捉えると、良い学びがあるのではないでしょうか。