「クラウド」に踊らされない冷静な消費者(2011年11月)

「クラウド」は、近年では久しぶりに「大ヒットした」と言ってよい IT ワードになりました。この言葉を知らないと答えるビジネスパーソンは、かなり少数派ではないでしょうか。

ここまで広まった理由と考えると、やはり「もう企業は、自分でコンピューターを買わなくてもよい」という、極めてわかりやすいメリットが提示されたことが、まず思いつきます。

コンピューターは、買おうとするとコストが大変かかるし、メンテナンスも結構面倒くさいものです。しかしクラウドなら買わなくてもよく、メンテナンスしなくてもよいばかりか、必要なら簡単な操作をするだけでパワーを付け足すこともできる。やめたくなったら、契約を解除してやめればよい。後には何も残らない。そんなふうに考えると、長年コンピューターに悩まされてきた経営者にとっては天の声に聞こえるかもしれません。

しかし残念ながら、いくらクラウドになっても、企業が IT を使いこなすうえでの要諦は、何も変わりません。むしろ、解くべき方程式の次元が増えて、答えを出すのがかえって難しくなったと考えたほうがよいのではないでしょうか。

クラウドはメリットがはっきりしていますが、一方でリスクもはっきりしています。セキュリティの問題、契約の問題、ネットワークの問題など、みなさんもいくらかお聞きになったことがあると思います。

クラウドを自社のビジネスに活かすのなら、そうしたリスクを踏まえてもなおクラウドを選択する「積極的理由」を持っていることが、ひとつの条件になるだろうと思います。

例えば、現在ファーストリテイリングが進めている「G1プロジェクト」というものがあります。同社はこのプロジェクトにおいて、事業基盤を全面的にクラウドにする方針のようです。

同社は現在、世界展開を積極的に推進しています。世界の店舗で同じ業務プロセスを適用し、データを共通化する目論見があるのでしょう。そのためには、共通化したシステム基盤上で店舗のオペレーションが実現される必要があるわけです。それを具体化する手法として、同社はクラウドを選択したということです。

このケースでクラウドが唯一絶対解とは言えませんが、そのなかで同社はクラウドを選択しました。そこには、事業形態や戦略方針の上で、クラウドを選択する積極的な理由があるわけです。

おおよそこういう企業は、クラウドを選択してもひとまずうまく行きます。

一方で、逆に「消極的理由」でクラウドを選択する企業は、おおよそ本来の恩恵を受けにくくなります。例えば、トラブルが起こると厄介だからシステムはあまり持ちたくない、という発想の場合です。

5 年程前ですが、MIT が実施した調査でこんな結果が出ています。自社のコア業務の IT 化に成功した企業とそうでない企業の間で比較すると、経営層の満足度は前者が 80% 高く、それでいて IT コストは前者が 25% 低かったのだそうです。

5 年前にはまだクラウドとは言いませんでしたが、すでに ASP はありました。そこで後者の企業群を想像したとき、上記のような「消極的」発想が浮かんでは来ないでしょうか。

そもそも IT への消極的発想は、IT を使うこと自体にリスクや負担を感じている証左です。そうであれば、クラウドを選択する以前に、まず「コンピューターってうちの会社のビジネスに必要なのか?」という疑問から、考えてみなければならないでしょう。

もし必要なのであれば、ビジネスのどこが IT だと都合がよいのか、明確に整理すべきです。そこが明確なら、発想は消極的になりません。もし IT が必要ないなら、面倒ですからなくしたほうが無難です。

「IT を使っておもしろいことをやろう」「IT で他社を圧倒できないだろうか」「IT がもたらすメリットを積極的に取り込みたい」と考えている企業にとっては、クラウドも数あるうちのひとつのオプションにしか見えないはずです。そういう企業こそが、「マーケティングに踊らされない冷静な消費者」になれるのです。