「IT がわかる経営者」の意味を考える(2012年5月)

先月、日経ビジネスで、情報システムと経営に関する特集記事が掲載されました。それに呼応する形で、同誌のウェブサイト版である NBonline でも、経営者と情報システムに関わる提言が掲載されています。

経営者やビジネスリーダーが愛読する、日本で No.1 の読者数を誇るビジネス誌が、情報システムについて特集するというのは大変意義のあることだと感じます。システムをビジネスに活かす支援を生業とするわたしとしては、この特集記事は喜ばしい出来事でした。

ただ、わたし個人は、特集やウェブサイトの提言の根底にあると思われる、『経営者は IT をもっと理解すべきだ、関与すべきだ』という意見には、もろ手を挙げて賛成はしません。

なぜか。

まず第一に、「わたしは IT を理解しようとしていません、関わろうとしていません」と正面切って宣言するような経営者は、世の中にほとんどいないと思うからです。そういう経営者があまり世の中にいないところで、「もっと関われ」と訴えても、「わたしはそこそこ関わってるよ」と受け流されるだけだと思います。

第二に、「IT をもっと理解、関与」するだけでは、経営者またはリーダーの役割は果たせないと思うからです。

わたしが考えるに、こと IT に関する経営者やリーダーの役割は「IT をいかに使いこなすかをデザインする」ことです。自らが展開するビジネスに、IT をどう役立てられるのか、どういうビジネスの仕組みの中で IT が使えればもっとビジネスを発展させられるのか、他社と差別化できるのか。そういうことを(他人に支援してもらってでも)考えるのが、役割だと考えます。

情報システムを設計することの困難さ、開発することのむずかしさ、安定的に運用することの重要さを理解することは、もちろん大事です。しかし、それを「理解するだけ」では、彼らは役割を果たせないのです。それらの重要性を知ったうえで、経営に資する情報システムをどのように整備するのかポリシーを打ち立てることが、立場として求められるのです。

ですから、多少極論気味に例えるなら、経営者が自社のビジネスにとって情報システム運用はあまり価値をもたらさない、むしろベンダーに任せた方が安定してよい、と考えるのなら、経営者は運用をアウトソースすればよいのです。

アウトソースして、サービスレベル面で結果を出していることだけに関心を払い、運用業務そのものの大変さにはあまり関心を払わなくてよいのです。そのアウトソースに筋の通る考えがあるかどうか、それを経営者自身が語れるかどうかが問題です。

つい先日もこんなニュースがありました。食品メーカーの味の素が、情報システム子会社の株式を、野村総合研究所に譲渡したというものです。

記事によれば、同社の伊藤社長は次のように述べたそうです。「国内もそうだし、グローバルに新しい IT 技術を取り込んで仕事をしていくなかでは自社だけでは限界があった」「我々の事業、つまり機能分野として(システム子会社の株式を)100%は持つ必要はない」

100%子会社でなくなれば、事業拡大などによる収益の確保が要求され、必ずしも親会社の開発ばかりに目は行かなくなります。収益確保がうまく行かなくなれば、ゆくゆく野村総研に吸収、結果的にベンダーロックインというシナリオもあり得ます。そうでなくても、「外の会社」になるわけですから、システム開発のスピード感も当然落ちます。そうしたリスクやシナリオも踏まえて「いらない」と判断するのが、役割なのです。

職業柄、経営者やビジネスリーダーの方々と、情報システムに関してお話をうかがったり議論をしたりする機会に恵まれてきました。わたしがそれを通して感じるのは、多くの経営者やビジネスリーダーは情報システムに関与したくないとは決して思っていないということです。むしろ、なんとか自分のコントロールを強めたいと思っています。

しかし、思うままにはならない。その根本にある要因は、経営者やリーダーの「IT に対する自信のなさ」だと、わたしは感じています。知識がなく、経験がないから、担当者の気持ちがわからないし、セオリーがわからない。自信がないから、結果としてあきらめ、話を理解したつもりが鵜呑みにし、任せたつもりが放任し、行動を起こさない人が多いのだと考えています。

何とかできるのなら何とかしたい、と考えている経営者もいるのですから、そういう方に入れ知恵して自信をつけてもらえるような情報発信を、力のある専門誌やサイトが展開したらどうでしょうか。わたしなどは微力なものですが、細々と「入れ知恵する取組み」を始めようとしています。

「IT がわかる経営者」が理想像であることに、だれも異論はないと思います。ただし、このフレーズの「わかる」ということばは、「知識がある、経験がある」という意味ではないはずです。経営者が「わかってる」ってどういうことなのか。それは、「ポリシーをもって行動している」ということではないでしょうか。

わたしは少なくともそうした「行動できるインプット」ができるように、心がけたいと考えています。