トラブル事例で痛感する、「ガバナンス」の意味(2011年12月)

先日、わたしが参加しているある勉強会で、なかなか聞けない貴重なお話をうかがいました。システム委託開発でのトラブルが訴訟にまで発展したケースに関するもので、その経緯を当事者であった方が直接お話しされたのです。

この事例では、契約書に対する相互の認識が不明確であったがゆえにトラブルに収拾がつかず、最終的には互いに提訴しあう形で裁判になりました。いま係争中のスルガ銀行と日本 IBM との裁判と、かなり似ています。

わたしがこの話の中で気になったことのひとつに、「業界経験のないベンダーに任せてしまった」というものがありました。このユーザー企業は、委託ベンダー側に自社の業界でのシステム開発経験がないことを知っていたのに、結果的にはコスト重視で発注してしまったとのことでした。

なぜ経験のないベンダーを選定してしまったのかと聞くと、

「本当は開発せずに既存ソフトの移行だけで済まそうと計画していたところ、実はコストが予想以上にかかることがわかり、上層から開発に切り替えるよう言われてしまった」

「別に大規模プロジェクトが社内で並行しており、新たなプロジェクトが突然降って湧いても、そこに割ける社内の人員がいなかった」

「対象のシステムは保守期限が迫っており、時間がなかった」

との回答が返ってきました。

想定外の、やむにやまれぬ事情があったというわけです。ただ、わたしは一方で、この話を聞いて、意思決定プロセス設計の盲点と難しさを感じました。

このケースでは、もともとコストも時間もかけない「ソフト移行」という方法を採ろうとしていました。ところがそれでは予想外にコストがかかるということがわかり、計画は突如として「ソフト開発」に変更されたわけです。この際に、「上層が『開発』するよう判断」したということですが、この判断は結果的には誤りでした。

通常の意思決定のプロセスであれば、プロジェクト推進可否の決定は、戦略委員会や PMO のような合議制の組織を母体にして、コストパフォーマンスはもちろん、プロジェクトリスク、組織リソース、納期順守、ベンダー評価など、さまざまな視点から評価を行うものです。こうした評価を行っていれば、「大規模プロジェクトが並行しているからリソースが足りない」ことも、「保守期限に間に合わせる必要性」も、「ベンダーリスクの高さ」も、検討の俎上に載っていたはずです。

このプロセスが、「突然の計画変更」かつ「時間がない」という事情で、実施されませんでした。わたしが想像するに、「上層による開発の判断」というのは、おそらく特定の人物の(言い方は少々悪いですが)独断であったのではないでしょうか。

こうした課題は、いわゆる「ガバナンス」の問題です。「ガバナンス」を設ける意味は、「透明性の確保」「判断スピードの速さ」「判断の安定化」といったことにあると思います。

つまり、どんな課題に対しても関係者のだれもが同じ判断をスピード感を持って下せる、という状態をつくり出すのが「ガバナンス」を設ける目的だということです。

もちろん、場合によってはスピード重視で即決判断が必要な場面もあります。ただ、人間は合理性よりも面倒の回避を優先するところがあります。それを許すと判断が偏ったり不正確になるリスクがありますから、即決判断する場合も、その条件と責任の所在を仕組み化します。実際、CEO による即決のプロセスをガバナンスに組み込んでいる事例もあります。

ガバナンスというと何か堅苦しいものと考えてしまいがちですが、本来は、「組織にとって最も有効なオプションを迅速に選択するための手法」なのです。逆に、ガバナンスを「面倒なもの」と捉える環境ができてしまうと、判断を間違う確率は高まります。

このあたりは、J-SOX に対する考え方も同じです。J-SOX を会計監査上のルールとしてやむを得ない対応事項と捉えれば、面倒が先に立ちます。一方、J-SOX を「正確な財務集計をハイスピードに行うための仕組みづくり」と捉えれば、モチベーションが変わってこないでしょうか。

今回話をうかがった裁判のケースでも、いったんは通過した意思決定プロセスにもう一度乗せて判断していれば、訴訟によって膨大なエネルギーとリソースをそがれることは、そもそもなかったかもしれません。もちろん、結果論ではありますが。

「クラウド」に踊らされない冷静な消費者(2011年11月)

「クラウド」は、近年では久しぶりに「大ヒットした」と言ってよい IT ワードになりました。この言葉を知らないと答えるビジネスパーソンは、かなり少数派ではないでしょうか。

ここまで広まった理由と考えると、やはり「もう企業は、自分でコンピューターを買わなくてもよい」という、極めてわかりやすいメリットが提示されたことが、まず思いつきます。

コンピューターは、買おうとするとコストが大変かかるし、メンテナンスも結構面倒くさいものです。しかしクラウドなら買わなくてもよく、メンテナンスしなくてもよいばかりか、必要なら簡単な操作をするだけでパワーを付け足すこともできる。やめたくなったら、契約を解除してやめればよい。後には何も残らない。そんなふうに考えると、長年コンピューターに悩まされてきた経営者にとっては天の声に聞こえるかもしれません。

しかし残念ながら、いくらクラウドになっても、企業が IT を使いこなすうえでの要諦は、何も変わりません。むしろ、解くべき方程式の次元が増えて、答えを出すのがかえって難しくなったと考えたほうがよいのではないでしょうか。

クラウドはメリットがはっきりしていますが、一方でリスクもはっきりしています。セキュリティの問題、契約の問題、ネットワークの問題など、みなさんもいくらかお聞きになったことがあると思います。

クラウドを自社のビジネスに活かすのなら、そうしたリスクを踏まえてもなおクラウドを選択する「積極的理由」を持っていることが、ひとつの条件になるだろうと思います。

例えば、現在ファーストリテイリングが進めている「G1プロジェクト」というものがあります。同社はこのプロジェクトにおいて、事業基盤を全面的にクラウドにする方針のようです。

同社は現在、世界展開を積極的に推進しています。世界の店舗で同じ業務プロセスを適用し、データを共通化する目論見があるのでしょう。そのためには、共通化したシステム基盤上で店舗のオペレーションが実現される必要があるわけです。それを具体化する手法として、同社はクラウドを選択したということです。

このケースでクラウドが唯一絶対解とは言えませんが、そのなかで同社はクラウドを選択しました。そこには、事業形態や戦略方針の上で、クラウドを選択する積極的な理由があるわけです。

おおよそこういう企業は、クラウドを選択してもひとまずうまく行きます。

一方で、逆に「消極的理由」でクラウドを選択する企業は、おおよそ本来の恩恵を受けにくくなります。例えば、トラブルが起こると厄介だからシステムはあまり持ちたくない、という発想の場合です。

5 年程前ですが、MIT が実施した調査でこんな結果が出ています。自社のコア業務の IT 化に成功した企業とそうでない企業の間で比較すると、経営層の満足度は前者が 80% 高く、それでいて IT コストは前者が 25% 低かったのだそうです。

5 年前にはまだクラウドとは言いませんでしたが、すでに ASP はありました。そこで後者の企業群を想像したとき、上記のような「消極的」発想が浮かんでは来ないでしょうか。

そもそも IT への消極的発想は、IT を使うこと自体にリスクや負担を感じている証左です。そうであれば、クラウドを選択する以前に、まず「コンピューターってうちの会社のビジネスに必要なのか?」という疑問から、考えてみなければならないでしょう。

もし必要なのであれば、ビジネスのどこが IT だと都合がよいのか、明確に整理すべきです。そこが明確なら、発想は消極的になりません。もし IT が必要ないなら、面倒ですからなくしたほうが無難です。

「IT を使っておもしろいことをやろう」「IT で他社を圧倒できないだろうか」「IT がもたらすメリットを積極的に取り込みたい」と考えている企業にとっては、クラウドも数あるうちのひとつのオプションにしか見えないはずです。そういう企業こそが、「マーケティングに踊らされない冷静な消費者」になれるのです。

「経営者はITを熟知するべきか」は愚問(2011年10月)

「経営者はITを熟知するべきか」という命題は、さまざまなところで議論されています。先日のみずほ銀行での大規模障害の際にメディアが主張していたように、たいていは「理解すべき」という答えが導かれます。しかし、それならプログラマーのように知るべきなのかというと、これはだれもが否定するでしょう。

結局、どこまで知っておけばよいのでしょうか。実はその答えは、経営者の置かれた状況や行っている事業によって異なるのです。極論すれば、プログラマー上がりの経営者が「あなたは理解不足」と言われてしまうことだってあり得ます。

ですからわたしは、この問いは建設的に答えることができない愚問だと思います。

経営者がこの問いに対処するなら、その表面的な部分に囚われるのではなく、「考え方」を覚えておくことをお勧めしたいと思います。その「考え方」とは、「ITは、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時にどのように回答して相手に感心してもらうか、という視点です。

少し掘り下げて考えてみます。事業とは、経営者のアイデアや構想に、資金を投じて仕組みをつくり、組織が実行することだ、といえるでしょう。式にするなら、「事業=構想×資金×仕組み×組織」です。どれかがゼロになれば、事業もゼロ、ということです。

ITはこの要素のうちで、構想の実現に直結する「仕組み」に貢献します。おおよそは、次のような形で貢献しています。

  • 「儲けの仕組みそのもの」。例えば、銀行の業務やネット企業の事業は、ITなしでは成立しません。
  • 「仕組みを圧倒的に実現するもの」。圧倒的な量をこなす、圧倒的なスピードを出す、圧倒的な範囲をカバーする、圧倒的な効率を出す、というように、ITを用いることで圧倒できるケースです。
  • 「仕組みのリスクヘッジをするもの」。ITがあることで人的エラーが防止できる、重要な情報が容易に保管保存できる、他の場所に簡単に移設できる、などの効果をもたらします。

経営者のアイデアは、時に独創的です。それは、経営者の頭の中にしかありません。

当然、単に頭の中にあるだけでは儲かりません。だから「仕組み」、すなわちシステムにしなければなりません。システムにして初めて、アイデアの実行ができるわけです。

アイデアを、想像した通りに、または想像以上に実現するには、まともなシステムが必要です。そのシステムに、たいていは IT が援用されます。

ですから、もしまともなシステムの実現にこだわっているなら、「IT は、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時に「待ってました」と思えるはずです。なにしろ、システムがまともでなければ、単なるアイデアで終わってしまうどころか、足を引っ張られるかもしれないのですから。

そして結局のところ、「IT は、儲けに貢献しているのか」に嬉々として回答する経営者に、「IT の理解不足」というレッテルが張られることはありません。

さまざまな IT の成功事例で、ほぼ例外なくその背景にトップマネジメントの強いリーダーシップがあるのは、実はその企業の経営者がアイデアの実現(execution) にこだわっているからです。

経営者のかたはぜひ一度、すぐに答えが言えるか試してみてください。あなたの会社の IT は、どのように儲けに貢献していますか?

サムスンの強さを感じ取るなら、この切り口で見たい(2011年9月)

先日、ITmedia でサムスン電子の IT 活用に関する事例が紹介されて いました。

ITmedia エグゼクティブ:『韓国企業の強さの秘密は「情報」重視の経営』

サムスン電子の決断の速さは情報活用にある、という内容で、ぜひ一読 いただきたいところです。

ただし、「どういう IT を導入しているか」という視点で読んでほしくは ありません。実はこの記事は、私のようなシステムデザインの専門家の目 から見ると、あまり目新しい内容ではありません。

例えば、同社の IT 活用の具体的施策として、サプライチェーンにおける キー情報を集約したダッシュボードの導入、それに伴う全社レベルでの チェンジ・マネジメントの実行などが取り上げられています。 これらの施策は、日本の大手製造業でもすでに取り組まれていることです。 一例を挙げれば、シャープで経営層向けに導入されている経営コックピット ・システムは、直感的な操作で最新データを簡単にドリルダウン分析できる 手法を取り入れていることで有名です。

しかし一点、一般的な日本企業にはあまりない部分を私は感じました。 それは、「経営によるトップダウンに対するこだわりの高さ」です。

いかに厳しく対応しているかは記事を参照していただくとして、それほど まで行うあたり、経営陣がどれほど情報集約を重要視しているかの表れ でしょう。

私自身これまで経営者から直接さまざまなお話をうかがってきた中で、 日本の経営者は“良くも悪くも”担当者を信頼し任せる傾向があると感じて います。信頼するのは大事ですが、「任せる」と「放任する」の区別は つけなければなりません。その区別をつけるカギとなるのが「ファクト・ ベース」という視点です。

時に、非凡とは平凡な事柄を他人ができない領域まで行うことである、 と言われます。私にはサムスンの経営陣が、「ファクトがなければ判断 できない」という、言葉にしてしまえば当たり前のことを、忠実にかつ 徹底的に実践しようとしているように見えます。

この事例からサムスン電子の勢いの秘訣を吸い取るなら、この「ファクト・ ベース」という視点で捉えると、良い学びがあるのではないでしょうか。