最近、自動車のビッグメーカーが競って、「テレマティクス」と呼ばれる分野で自動車と通信の連携を加速させようとしています。
日本のメーカーで言えば、まずトヨタ自動車は「トヨタスマートセンター」と呼ぶシステムを構築し、次世代自動車向けの情報配信やバッテリー状態監視などをサービスとして提供しようとしています。合わせて、ソーシャルメディアと連携してドライバーのコミュニティ・サービスを構築し若者にアピールする取組み「トヨタフレンド」も、近頃発表しました。
日産自動車の場合は、電気自動車「リーフ」に対する走行支援システムを整備しています。このシステムにより、リーフを iPhone アプリで遠隔操作することができるようにしました。それに関連して、自動車に搭載する車載機と機能連携するための XML 仕様を公開しています。外部のプロバイダーや開発業者との連携を容易にし、自社のサービスに取り込む狙いです。
ホンダでは、2011 年 3 月、カーナビ向けの情報配信システムの通信料金を無料化しました。これには、システム装着車からの情報収集の頻度を上げ、最適ルート計算の精度を高め、情報配信の付加価値を向上させる狙いがあります。この取組みで、2011 年末の情報収集回数を 2010 年末の 10 倍に伸ばし、さらに会員数と対応カーナビ台数を増やそうとしています。
取組みの具体策は異なりますが、どの企業も考えていることはほぼ同じで、車に搭載するカーナビを軸にした情報配信をキーに、顧客に対する付加価値を高めながら、各社の販売店への送客を促したり、純正カーナビ販売数の向上につなげようという目論見です。
しかしわたしは、今の取り組みは従来どおりの「自動車中心の発想」で、とてももったいないことだと感じています。この取組みを起爆剤にして自動車が売れることは、残念ながらおそらくないと考えています。
ご存じのように、最近は若者の自動車離れが指摘されています。各社はこれを食い止めようと策を繰り出しているようですが、ところで自動車から離れていっているのは本当に若者だけなのでしょうか。
先進国では、人口の都市部集中の傾向がすでに表れています。都市部に人が集まり、そこに商圏が展開されれば、移動手段が車である必要性は大きく減少します。必要な時だけ乗れればよい、という考えのもと、最近ではカーシェアリングがビジネスとして発展する兆しも見え始めています。高齢化が進んでいる国ではさらに、自ら運転するのは安全ではない人たちが増えていきます。
そんな状況では、百万円以上するようなぜいたく品である乗用車がわざわざ購入されなくなるのは、自然なことです。
つまり、いま見られている現象は、若者だけが自動車から離れていっているのではなく、趣味でもない限り一般の人々にとって自動車は必需品ではない社会にシフトして行っているということのではないでしょうか。そうだとすれば、自動車中心で発想していたのでは、将来は明るくありません。
今のうちから発想を転換し、「自動車会社」からは中長期的に脱皮していくことを考えたらいかがかと思います。その意味で、いま迎えている「自動車と通信との連携」の機運は、ひとつのチャンスに見えます。
わたしが提示したいひとつの考え方は、自動車会社は今後自動車を「端末」として扱い、ケータイなどの「端末」と同列化しながら、それらをつないでサービスを展開する「プラットフォーム事業者」を目指したらどうか、というものです。
例えば自動車を使っていない間は、電源プラグ経由で有線ネットワークと接続して「家庭内ルーター」として使用し、自動車を使っている間は 3G/WiFi/WiMAX など最適な無線回線を自動的につかんで通信する「モバイルルーター」として使用する。自動車自身が運行情報を得るだけでなく、同乗者に社内の WiFi 経由で通信させれば、利用者の通信コスト節約になると同時に通信事業者にとってはオフロード対策にもなります。
現在のカーナビは「ケータイ」にしてしまい、ケータイと自動車を一体として「端末販売」すれば、自動車を家に置いて出かける際にも顧客に同じ通信サービスを使わせることもできます。
こうして、自動車だけを売るのではなく、プラットフォーム事業者として通信サービスを基軸にモノを売れば、安定的に顧客と購買の接点が持てるわけです。現状では、顧客が車から離れてしまえば、接点はなくなります。
ビッグメーカーには長年の実績があり、世界で自社の自動車がすでに何千万台と走っています。この立場を活かしてうまく立ち回れば、全世界規模で顧客を囲い込むプラットフォーム・プロバイダーになれるリソースとポテンシャルがすでにあるわけです。
この立場を実現できているプレーヤーは、今のところ世界に存在しません。Google や Apple が、前者は検索エンジンを軸に、後者は斬新なモバイル端末を軸に、それを狙っているところですが、まだその領域には届いていません。中国の通信事業者は億単位の加入者を抱えていますが、これは一国内の利用者に留まります。
特にトヨタ自動車は、KDDI と資本関係にあります。日産やホンダ、または海外のビッグメーカーと比べても、その気になればどの企業よりも短期間に、通信サービス事業者としての基礎的リソースを獲得できる位置にあります。
にもかかわらず、サービス施策を見ている限り、プラットフォーム化の発想はまったくないように思えます。
前述の「トヨタスマートセンター」の基盤には KDDI のインフラではなく Windows Azure を採用しました。百歩譲って、迅速に世界展開を図りたい意図を理解するとしても、顧客向けのソーシャルメディア・サービスのほうには Salesforce.com の Chatter という、なんと SaaS を採用してしまいました。
SaaS での事業展開では、トヨタにはほぼコントロール権はありません。障害が発生しても、情報漏えいが発生しても、業者に「どうなっているんだ」と問合せする以外に何もできません。
このサービスはコアではない(つまり、いつ止めてもよい)と思っているのなら別ですが、そうでないなら非常に「軽いサービス」となってしまいます。もったいない話です。
自動車は先端技術の結晶であり、それを「端末」というのはいかがなものか、という向きもあるでしょう。しかし一方で、かつての衛星携帯電話「イリジウム」がそうであったように、技術の粋を尽くしても売れないときは売れません。この事実からは目をそらすことはできません。