クラウドは、ユーザー企業をラクにはしない(2012年3月)

今回は、クラウドが企業社会に浸透することで、ユーザー企業が得るのはメリットだけではないかもしれない、ということについて触れたいと思います。

クラウドはいまや、ビジネスにおいてはフツウに使用される言葉になりました。「流行るかどうか」という論点はすでに過ぎて、「どう使うのか」という議論になっています。

企業が情報システムを活用するうえで、クラウドは多くのメリットをもたらすものです。もちろん、丸投げ感覚で利用すれば、ベンダー・ロックインならぬ「クラウド・ロックイン」になりかねませんが、正しく選択すればユーザーには十分なゲインが見込めます。

ただしこの流れは、ユーザー企業に今後新たな課題をもたらすだろうと、わたしは感じています。それは例えば、以下のようなことです。

ベンダー各社は、挙ってクラウド化の動きを加速しています。これに伴って業界も、ここ数年は合従連衡を含めて激しく動きましたし、幅広くマーケティングすることが要求される中でブランド力が低い中小系のソフト開発企業などは危機にさらされています。

もちろんこれは、流行に乗り遅れまいという動きの結果ではあります。ただし内実は、ベンダーにしてみればクラウドで儲かるならその方がよいはずなのです。

これまでベンダーの仕事は、受託開発を中心に顧客の要望に沿ってオーダーメイドでシステム開発、または適切なパッケージソフトを選定し、インテグレーションすることが主流でした。しかしながら、これには何かと失敗のリスクが伴うことは、ご承知のとおりです。ベンダーの開発能力に問題があるケースもありますが、一方で、顧客にシステム開発に対する主体性がないという要因も大きいのが実情です。ベンダーには、常に後者に対する不満や不安が、暗に存在するのです。

それが、クラウドになると解消されます。クラウドなら、ベンダーの自己都合で決めた仕様でシステムを開発し運営ができます。ユーザーは、ベンダーが決めたサービスメニューの中からオプションを選ぶだけです。サービス範囲を超えたユーザー個別の要望には、ベンダーは原則応じる必要がありません。開発しやすく、管理もしやすく、しかも提供価格どおりに売り上げが上がる。ビジネスとしてリスクがより少ないわけです。

だから、クラウドで儲かるなら、ベンダーはその方がよいはずです。そしてもし、クラウドだけで売り上げのほとんどを挙げられるような状況が実現した暁には、要員の多くをクラウド事業にシフトするようになるはずです。

ここに、ユーザー企業に生まれる懸念があります。

これは何を意味するかというと、これまで受託開発に従事していた要員がクラウドの開発保守に移行していくということです。こうしたことが業界全体で起これば、個別のシステム開発に携わる人員は、当然減少します。

つまりユーザーから見れば、システム開発の委託を行う上でのオプションがなくなっていくことを意味するわけです。

ユーザー企業にとって、ビジネスにおける競争力のカギは「差別化」です。ビジネスモデルで「差別化」し、ビジネスの仕組みで「差別化」し、結果として他社に勝る収益を上げてシェアを獲得します。情報システムがビジネスの仕組みの一部であるならば当然、情報システムにも差別化の要素が要求されます。

しかし、クラウドはサービスの一律提供の仕組みです。多くの顧客が同じ条件で同じサービスを利用します。そうなると、差がつくとすればサービス選択の部分だけです。選ぶ側に目利き力が求められるとはいえ、一律サービスの選択だけでは決定的な差別化にはなりにくいでしょう。

こうしたことから、クラウドが進展すればするほど、ユーザー企業にとってはビジネスの仕組みで差別化をしにくくなるリスクが想定できるのです。

先に述べたとおり、顧客が増える限り、ベンダーはクラウド化の動きを加速していきます。現在ではまだクラウドだけで儲かる状況にはなっていませんが、この先そうなる可能性は、十分あるでしょう。

そのシナリオが見えている以上、ユーザー企業は今のうちから、クラウドを的確に選択する能力、一方でいざという時に自らつくり込める機動力、クラウドのサービスと自社開発のシステムをうまく組み合わせる実践力を、蓄積しておく必要があるのではないでしょうか。

これからはますます、user-driven なユーザー企業であるかどうかが問われる時代になる気がしてなりません。