user-driven のお手本は Apple にあり

2013 年最初のコラムということで、当社が創業当初からキーワードに掲げ、その実践がますます重要視されてきている“user-driven”について、この場を借りて改めて、その意義を再考察させてください。

“user-driven”ということば自体は、当社が独自に言っているものであり一般用語ではありません。その示すところは、

情報システムのユーザーである企業自身が自らのビジネスに資する情報システムをデザインし、ベンダーに丸投げすることなく主導的に開発導入して、システムを使いこなすという、ひとつの「あるべき姿」

です。ときどき聞かれる「ユーザー主体開発」と似たような意味合いではありますが、わたしは経営レベルでのビジョンやミッションを「仕組み」としてデザインする分野まで見据えて言っています。

当社は多数の事例分析と実践経験を通じて、強い企業は総じて user-driven であることを見出しています(その一端は、こちらで紹介しています)。そうしたことから、広くこの事実を知っていただき、その実践方法を伝えていきたいと考えているのです。

そんな中、過日日経ビジネスオンラインで目にした、Apple の製品開発に関する記事で興味深い記述を見つけました。

Apple といえばご存知のように、iPhone や iPad など、革新的なコンセプトの製品で世界中を席巻しました。今でも、その勢いはとどまるところを知りません。

その競争力の源泉にはさまざまなものがあると指摘されていますが、この記事ではそのうちのひとつである、製品設計の取り組みと戦略がくわしく分析されています。

Apple は自社で製造工場を持たず、台湾企業や日本の中小部品メーカーなど大小のパートナーに実際の製品製造を委託しているのは周知のとおりです。

これは最近の製造業界では、珍しいことではありません。委託元は企画設計に専念し、委託先は製造組立に専念する。そのことで委託元は製造技術力の獲得、コスト低減、スピード確保などを狙うわけです。

しかし、業界がこぞってマネできるのがまた、この戦術です。同じことをしていて、差がつくはずもありません。企業は、競争するのが宿命です。競争力の源泉は、差別化にあります。

では Apple はどうするか。記事では iPhone 5 の内部構造を細かく分析しています。その分析から得た結論として、こんな一節があります。

「表示や操作をつかさどるディスプレイや、処理性能および電池持ちに影響するプロセサのように、製品の競争力に直結する部品は細部まで自社で設計し、部品メーカーを製造請負の立場に追いやる。その一方で、複数のメーカーが同等の性能を実現できる部品はこれまで通り部品メーカーに設計・製造を任せる――。iPhone 5の詳細な分析から見えてきたのは、アップルのこうした戦略だった。」

(日経ビジネスオンライン:「CPU内部も独自設計、半導体専業メーカー並みになったアップル」より引用

従来は、Apple は製品企画に専念、部品設計と製造は部品メーカー、製品組立は EMS 企業、という分担で製品開発を進めてきました。それがここへ来て、部品設計の分野にまで足を踏み入れているというのです。

何が目的かと言えば、デザインのコントロールによる差別化です。詳細は記事をご覧いただければと思いますが、Apple は競争力の源泉となるデザインを見極め、そこに自らの意思を自ら反映しようとしているのです。

この考え方とアプローチはまさに、user-driven です。

上記は製造業の話ですが、差別化を図るに当たって業種は関係ありません。事業において差別化しようと思ったら、自らのこだわりを仕組みとしてデザインし、それを主体的にビジネスシステムとして具体化する。

特に現在の情報システムは、企業のビジネスの仕組みそのものを体現したものとなっています。その意味で、事業の差別化要素の多くは情報システムに組み込まれることになるし、それができると強力なのです。強い企業が総じて user-driven なのは、この点にひとつの理由があります。

むしろ、自然とそうなるのではないでしょうか。

見方を変えれば、情報システムがイケてなければ、その企業のビジョンや戦略がどんなに立派でも、ビジネス自体はイケてない結果になってしまう。そこにリーダーが気づいて、システムにこだわるかどうかなのです。

では、どうやって経営の意思やビジネスの差別化要素をデザインし反映するのか。それが問題です。そしてこの問題の背景が上記のとおり理解されるならば、その解決は情報システム部門に投げればよいものでないことは明白です。当社としては引き続き、ユーザー企業の経営者や経営幹部の方々がこの問題を解決することを支援したいと考えています。

企業が新しい IT を乗りこなすための 3 つの視点

ご承知の通り、IT の世界は進化が早く、次から次へと新しい技術や新しい概念が登場してきます。

最近では、コンシューマー系の技術やサービスが大きな影響を与える傾向がありますね。スマホ、タブレット、ソーシャルメディア、BYOD、無料通話アプリ、等々。

こうした進化に対して、企業とそのリーダーはどのように向き合えばよいでしょうか。私見を 3 つのポイントにして、以下にまとめてみます。

まずやりたいことは、「そのトレンドが、IT 業者のマーケティングの域を出ているか否かの判別」です。

どんな新技術・新サービスも、最初は多かれ少なかれ、IT 業者のマーケティングによって世間に出てきます。これは、別に非難されるものではなく、ビジネスとして当然のことです。

問題は、それが業者の売り込みを越えて、世の中に浸透し、確実に根付きつつあると見るかどうかという、ユーザー側の目利きだと思います。

その判断には、積極的かつ多面的な情報収集が欠かせません。中立的な専門家の見極め、ポジティブな人の意見、ネガティブな人の意見、偏りなく集めて考察すべきでしょう。そのうえで、「マーケティングの域を出た本物のトレンドだ、またはそうなりそうだ」と感じたら、次のステップに進みます。

次に考えることは、「自社に役立つか、役立たないか」です。

その新しい技術やサービスが、自社のビジネスを加速する可能性を持つものなら、積極的に取り入れればよいですし、その可能性を感じないものなら静観すればよい。こんな判断になるでしょう。

そんなこと当たり前じゃないか、と思われるかもしれません。しかし、実践できているかというと、多くの企業で意外とそうでもありません。

どういうことかというと、「役立つか、役立たないか」と考えずに、「それをどう使うか」と考えてしまっている向きも結構あるのです。

前者で考える人には、常に最初に大局的な「目的」や「ゴール」があります。目的やゴールに照らして「役立つか、役立たないか」と考えるわけです。一方、後者で考える人にある目的やゴールは、「その新しい技術やサービスをうまく使うこと」になっているのです。つまり、いわゆる「IT ありき」の発想です。

トレンドなのだから自分も使わなければならない、とは必ずしもなりません。きっと後者の発想の人は「乗り遅れたくない」と思っているのでしょうが、乗り遅れることによる差別化のリスクの大小と、導入したために出てくる労力やコストの大小については、一度考察してみる価値があるでしょう。

安易に流れに乗っかって、成熟していないものにムダな投資と労力を費やし、振り回された上に最後に成果は得られないリスクは高いということも、よく念頭に置くべきです。

たびたびこのコラムでも指摘していますが、IT ありきの発想は大きな間違いにつながります。ぜひ、改めて意識しておきたいものです。

そういえば先日、ガートナーの小西氏によるコラムを拝読しましたが、同氏は顧客からしばしば、「テクノロジーが進化するのに応じて IT 戦略を変化させたいので、中期的なテクノロジ・トレンドを教えてほしい」と聞かれるのだそうです。

ガートナーと言えば大企業の CIO へのコンサルティングで知られていますが、大企業の CIO でもまだそんなふうに考える人がいるのかと、ちょっと驚きました。

さて、本論に戻します。次が、3 つ目に考えることです。

ひとしきり考えた結果、その新しい技術やサービスが「役立つ」と判断したなら、本気で適用の仕方を考えていきます。しかしながら、新しいだけに、すぐに使えるとはなかなかならないことが多くあります。

そんな時に大事になるであろうことが、「時期尚早なものはそのように判断して熟成させる」姿勢です。

本物のトレンドである場合、その技術やサービスは、一度下火になったように見えても必ず進化を続けていきます。現時点で「なんだかしっくりこないな」と感じる部分は、のちにすっきり解消される可能性が、かなり高いです。

ですから、ピンとこないなら躊躇なく「時期尚早」と判断する。ただし、そう判断して捨ててしまうのではなく、ウォッチは続けて「熟成」させる。そのうち進化が問題を解決し、リーズナブルなコストになるのを待って、晴れて採用する。こんなスタンスなら、うまく行くのではないでしょうか。

もちろん、その分野で自社が技術を先導し、他社にノウハウで先んじようと志すのなら、時期尚早なことを承知で採用し、試行錯誤してノウハウを獲得する。その技術が使いやすいものになった暁には、自社が他社に差をつけている。そんなシナリオを目指すこともあり得ます。そのあたりは、やはり「目的」や「ゴール」の持ちかたに帰結するでしょう。

いま起こっているトレンドにも、こんな視点で対応してみてはいかがでしょうか。

「なりすまし事件」が、自分の会社で起こったら

先月、マルウェアやフィッシングを悪用した遠隔操作によって脅迫文などがなりすましで送りつけられ、複数の無関係の人が誤認逮捕される事件がありました。

その後の分析や犯行声明などから、マルウェアやフィッシングのリンクは犯人が自作したもので、誤認逮捕された人が自分の PC にダウンロードしたり、悪意のあるリンクをクリックするなどしたことにより、犯人による操作が可能になったことがわかっています。

今回の事件は不特定の個人を狙ったもののようでしたが、この手口は企業に対して行われる可能性も十分にあるケースで、大きな脅威です。企業の方々は、決して他人事と思ってはならないと思います。

どの辺が「大きな脅威」だというのでしょうか。簡単におさらいしておきましょう。

まず、自作のマルウェアというのは、ウイルス対策ソフトなどで検知するのがかなり困難です。特に今回のもののように、既存のソフトウェアの脆弱性を突いたものでない場合は、網にかけるきっかけがないために検知の難易度が格段に上がります。

また企業が狙われた場合、今回の事件のような自己顕示目的よりも、情報の盗用や金銭目的であることが多く、被害側がいつまでも気づかずに発覚しない恐れもあります。

仮に発見できたとしても、犯人を特定することはまた困難であるのが、残念ながら現状です。

今回の事件でもそうですし、話題になっている中国のハッカーやアノニマスが不正アクセスや改ざん行為を繰り返しているにもかかわらずなかなか逮捕されないのも、その証左です。なぜ難しいかといえば、犯人は自分の端末から直接ターゲットを狙うことはしないために足がつきにくいことや、犯人がアクセスの痕跡を巧みに消すことなどが原因です。

このような状況の中で、企業にとって重要になるプロアクティブな対策がいくつかあると思います。

まず、「出口を監視する」対策です。つまり、企業の内部から出ていくトラフィックを監視して、普段使っている状況ではあり得ない異常を見つけるのです。

こうした対策を行うツールやソリューションがすでに販売されてはいます。ただし重要なのは、それらを導入することよりも、「ユーザー企業が常に監視を続ける」ということです。

異常というものは、正常な状態とはどういうものかがわかっていて初めて、理解できます。普段監視をしていない企業には、正常がどういうものかわかりません。だからそういう企業に、異常は発見できないのです。

監視など素人には難しいのではないかと思うかもしれませんが、普段と違うかどうか判定することは、どちらかというと経験の問題です。スキルはそれなりに必要ではありますが、この場合はすこし勉強すればすぐ克服できる程度のレベルだと思います。

もうひとつ重要な対策は、「証拠の保全ができるようにしておく」ことです。

ただでさえ犯人は痕跡を消そうとしますから、証拠になるものはあまり残されていないのが常です。さらに不都合なことに、実は、証拠になるような情報はすぐに消えてしまいやすい傾向にあるのです。例えば、再起動したり、電源のオフをしてしまったり、ウイルスのスキャンを実行したりすると、消えてしまうような証拠情報もあるのです。

その意味で証拠保全は、あらかじめ一定の手順なり方法なりを確立しておかないと、有事にミスを犯して消してしまう可能性が高くなります。

こうした取り組み、どれも以前から言われていることで、すぐに思いつくような話なのですが、きちんと実践できている企業は本当に少ないです。

これはまさに、マネジメントの話だと感じずにはいられません。

運用作業全般に言えることなのですが、こうした取り組みには目に見える成果が普段から現れるわけではなく、何も起こらなければ目立たない特徴があります。その分、マネジメントサイドが気に留めない、評価しない傾向があるのが問題ではないでしょうか。

こうした取り組みの重要性に気づいている担当者が社内にいたとしても、マネジメントが気にしないために「正式な、やるべき仕事」として取り扱われない環境が生まれている場合もあります。わたし個人も経験がありますが、担当レベルで一生懸命頑張っていてもマネジメントレベルが聞き流すような「仕事」は、結果として良い取り組みになりません。

情報セキュリティ対策について、わたしは常々「トップマネジメントの見識の高さが出る」と考えています。こうした社会的事件を他山の石と捉えて、意識を新たにするきっかけにしていただきたいと、こんな話が発生するたびに願う次第です。

user-driven な企業は「マネジメント・イニシアティブ」

IT 活用に関連して、企業の講演を聴講する機会が多くあります。

先日、わたしが参加している研究会にて、ある企業の CIO によるケース発表が終わった後、同会の会長が「すごい企業は、マネジメント・イニシアティブですね」ということをコメントされました。

これは、登壇した CIO の方が所属する企業がなぜそこまですごいのかを紐解く中で、同社の社長のこだわり様が半端ではないということが分かったことを受けてのコメントだったのですが、ほんとうに仰るとおりだと思いました。

というのも、わたし自身、これまでいろいろな「強い IT ユーザー企業」の事例を聴き、必ずと言っていいほど、その企業のトップが IT に対して並々ならぬイニシアティブをとっていることを、まさに実感していたからです。

最近聴いた中で言えば、例えばある小売業の企業。

講演ではこの企業の社長が自ら、自社のデータ活用について語ったのですが、その内容に驚きました。いわく、過去の購買履歴だけ見ていても売れ筋など分からない。「売れているそれぞれの品目にはヘビーユーザーが例外なくついていて、彼らが来店するかどうかで売れ行きは激変する」。その来店がいつになるのかは「過去の履歴からは読めるはずもない」。顧客は「欲しいものを、欲しいタイミングで、欲しい価格で買いたい」。だから、折込チラシには「効果がない」し、「特売は粗利には直結しない」。

こうしたことを、社長自身が語るのです。まるでデータ分析の専門家であるかのような洞察でした。そしてこの企業は、こうした分析を社内で自由に実践できる情報基盤を、社内に整備しています。

他にも、例えばある金融系のネット企業。

この企業は、起業以来スクラッチでシステムを作り上げてきました。しかも内製で。なぜ内製かというと、内製だと固定費になるからだと言います。損益分岐を超えれば、あとは利益になる。特に金融系は、スケールメリットを出して収益を上げる業界。情報システムもそうしたほうがよい。

この企業、現時点のシステムの運用状況や構成情報などを、すべて「数字」で公開しています。それだけでなく、顧客のクレームや満足度など、あらゆる管理事項を「数字」にしています。それらをベースに、客観的に施策の判断をしているのだそうです。この「数字」を社外にも公開すれば、社員の意識はおのずと上がり、「数字」が改善されれば顧客の信頼につながると言います。

こうしたことを、社長自身が語るのです。この企業、社長自身もアイデアパーソンとなって、どんどんシステムを改善して新しいサービスを創出し続けています。それができるシステム基盤を、天塩をかけて育ててきているのです。

ほかにもたくさん例はあります。ただ、これが日本企業で一般的かというと、現状では残念ながらそうではありません。

わたしがこうした事例に触れる中で感じるのは、システムが生み出す成果のシナリオと結果にトップ自身がこだわるだけで、こんなにもアウトプットがすごくなる、ということです。

一方、IT リーダーや IT 担当者のモチベーションは高いけれど、経営層があまりシステムにこだわっていない企業があります。こうした企業の中にも時々、興味深い成功事例を創出するケースがあります。

しかし、アウトプットの鮮烈さを考えた時、わたしが感じる限りではやはり、前者と後者では前者のアウトプットがよりビジネスに直結しているし、ダイレクトに顧客の役に立っているのです。なにより、その会社の顧客が得している様子が見えるようで、聴いていて爽快な気さえするのです。

何とか、そんな「マネジメント・イニシアティブ」な会社をもっと増やしたい。思いを新たにする今日この頃です。

 

ユーザー企業に「ジョブズ」は要らない

ビジネスにおいて IT や情報システムの力を借りるのが当然となった昨今、企業に求められている IT プロフェッショナルの像は、もはや「情報システムを管理する人」ではないことは明白です。

依然、情報システムを管理する以上の役割を担えていない情報システム部門も、残念ながら存在しています。しかしおそらくその場合、その部門は、経営者をはじめ企業内からあまり高い評価を受けていないのではないでしょうか。

今要求されている IT プロフェッショナルの姿、それは端的にいえば「ビジネスの仕組みをデザインする人」ではないかと思います。もう少し言えば、ビジネスの価値創造をデザインする人、ということです。

一方、こうした人材(一般的には「企画人材」と表現されています)は、あらゆる企業で不足している、と評されているのが実態です。さまざまな調査で、それが示されています。そしてこの不足傾向は、何年も変わっていません。

こうした傾向を見て、企業の経営者は、「そうした素材の人物は世の中にほとんどいない」と考えてはいけないと思います。

「企画人材」と聞いて、なにか iPhone のようなイノベーティブなアイデアを生み出す人材をイメージして、それは稀有な存在だと思ってしまっていないでしょうか。稀有な存在だから、いないのは当然だと。企画人材不在の傾向が何年も続いているのは、そうした意識が背景にないかと心配してしまいます。

ユーザー企業で求められている企画人材とは、わたしが考えるに、ゼロから奇抜な発想をする人材ではありません。誤解を恐れずに言えば、「組み合わせるのがうまい人材」です。

ユーザー企業自身が先端的な技術を単独で生み出すのは、かなりの無理難題です。それは、ベンダーや専門企業に任せればいい話です。実際、IT ソリューションは世の中に無数に存在していますし、生まれています。

ただし、ユーザー企業はそれを単に採用するだけでは差別化は図れません。差別化を図りたい領域に市販パッケージなど当てはめても、他社が同じパッケージを導入すれば差別化にならないのは当然です。

しかし、組み合わせとなると、個性が出ます。そもそも選ぶ側がソリューションを知らなければ、組み合わせることはできません。知っていたとしても、組み合わせかたによるシナジーがわからなければ、採用もできません。

これが「組み合わせの妙」であり、企画能力すなわちデザインセンスなのです。そしてこうしたセンスは、鍛えることができます。

経営者や CIO がやるべきことは、先ほどのような、企画人材がどの企業でも不足しているという調査結果を見て、「これはチャンス」と捉え、社内に「技術を試す環境」を整備することです。

実はほとんどの技術者は、試行錯誤を通してベストプラクティスを見出すプロセスが大好きです。試す環境が整備されれば、嬉々として取り組むはずです。その中で、ビジネスに価値をもたらすソリューションの創出を「結果」として求めてください。その過程で、「ビジネスの仕組みをデザインする人」が育ちます。

その人たちこそが、世の中で不足している「企画人材」なのです。

IT のトレンドはものすごい速度で移り変わります。5 年したら、iPhone や iPad も時代遅れになっているかもしれません。また、移り変わるだけでなく、選択肢が激増していきます。

こうした環境において、企業内での「ビジネス・デザイナー」の役割はどんどん大きくなっていくだろうと、わたしは見ています。

人材の育成には時間がかかることは、言わずもがなです。早く取り組み始めた会社が、とてつもないアドバンテージを獲得するでしょう。

「IT がわかる経営者」の意味を考える(2012年5月)

先月、日経ビジネスで、情報システムと経営に関する特集記事が掲載されました。それに呼応する形で、同誌のウェブサイト版である NBonline でも、経営者と情報システムに関わる提言が掲載されています。

経営者やビジネスリーダーが愛読する、日本で No.1 の読者数を誇るビジネス誌が、情報システムについて特集するというのは大変意義のあることだと感じます。システムをビジネスに活かす支援を生業とするわたしとしては、この特集記事は喜ばしい出来事でした。

ただ、わたし個人は、特集やウェブサイトの提言の根底にあると思われる、『経営者は IT をもっと理解すべきだ、関与すべきだ』という意見には、もろ手を挙げて賛成はしません。

なぜか。

まず第一に、「わたしは IT を理解しようとしていません、関わろうとしていません」と正面切って宣言するような経営者は、世の中にほとんどいないと思うからです。そういう経営者があまり世の中にいないところで、「もっと関われ」と訴えても、「わたしはそこそこ関わってるよ」と受け流されるだけだと思います。

第二に、「IT をもっと理解、関与」するだけでは、経営者またはリーダーの役割は果たせないと思うからです。

わたしが考えるに、こと IT に関する経営者やリーダーの役割は「IT をいかに使いこなすかをデザインする」ことです。自らが展開するビジネスに、IT をどう役立てられるのか、どういうビジネスの仕組みの中で IT が使えればもっとビジネスを発展させられるのか、他社と差別化できるのか。そういうことを(他人に支援してもらってでも)考えるのが、役割だと考えます。

情報システムを設計することの困難さ、開発することのむずかしさ、安定的に運用することの重要さを理解することは、もちろん大事です。しかし、それを「理解するだけ」では、彼らは役割を果たせないのです。それらの重要性を知ったうえで、経営に資する情報システムをどのように整備するのかポリシーを打ち立てることが、立場として求められるのです。

ですから、多少極論気味に例えるなら、経営者が自社のビジネスにとって情報システム運用はあまり価値をもたらさない、むしろベンダーに任せた方が安定してよい、と考えるのなら、経営者は運用をアウトソースすればよいのです。

アウトソースして、サービスレベル面で結果を出していることだけに関心を払い、運用業務そのものの大変さにはあまり関心を払わなくてよいのです。そのアウトソースに筋の通る考えがあるかどうか、それを経営者自身が語れるかどうかが問題です。

つい先日もこんなニュースがありました。食品メーカーの味の素が、情報システム子会社の株式を、野村総合研究所に譲渡したというものです。

記事によれば、同社の伊藤社長は次のように述べたそうです。「国内もそうだし、グローバルに新しい IT 技術を取り込んで仕事をしていくなかでは自社だけでは限界があった」「我々の事業、つまり機能分野として(システム子会社の株式を)100%は持つ必要はない」

100%子会社でなくなれば、事業拡大などによる収益の確保が要求され、必ずしも親会社の開発ばかりに目は行かなくなります。収益確保がうまく行かなくなれば、ゆくゆく野村総研に吸収、結果的にベンダーロックインというシナリオもあり得ます。そうでなくても、「外の会社」になるわけですから、システム開発のスピード感も当然落ちます。そうしたリスクやシナリオも踏まえて「いらない」と判断するのが、役割なのです。

職業柄、経営者やビジネスリーダーの方々と、情報システムに関してお話をうかがったり議論をしたりする機会に恵まれてきました。わたしがそれを通して感じるのは、多くの経営者やビジネスリーダーは情報システムに関与したくないとは決して思っていないということです。むしろ、なんとか自分のコントロールを強めたいと思っています。

しかし、思うままにはならない。その根本にある要因は、経営者やリーダーの「IT に対する自信のなさ」だと、わたしは感じています。知識がなく、経験がないから、担当者の気持ちがわからないし、セオリーがわからない。自信がないから、結果としてあきらめ、話を理解したつもりが鵜呑みにし、任せたつもりが放任し、行動を起こさない人が多いのだと考えています。

何とかできるのなら何とかしたい、と考えている経営者もいるのですから、そういう方に入れ知恵して自信をつけてもらえるような情報発信を、力のある専門誌やサイトが展開したらどうでしょうか。わたしなどは微力なものですが、細々と「入れ知恵する取組み」を始めようとしています。

「IT がわかる経営者」が理想像であることに、だれも異論はないと思います。ただし、このフレーズの「わかる」ということばは、「知識がある、経験がある」という意味ではないはずです。経営者が「わかってる」ってどういうことなのか。それは、「ポリシーをもって行動している」ということではないでしょうか。

わたしは少なくともそうした「行動できるインプット」ができるように、心がけたいと考えています。

「経営者はITを熟知するべきか」は愚問(2011年10月)

「経営者はITを熟知するべきか」という命題は、さまざまなところで議論されています。先日のみずほ銀行での大規模障害の際にメディアが主張していたように、たいていは「理解すべき」という答えが導かれます。しかし、それならプログラマーのように知るべきなのかというと、これはだれもが否定するでしょう。

結局、どこまで知っておけばよいのでしょうか。実はその答えは、経営者の置かれた状況や行っている事業によって異なるのです。極論すれば、プログラマー上がりの経営者が「あなたは理解不足」と言われてしまうことだってあり得ます。

ですからわたしは、この問いは建設的に答えることができない愚問だと思います。

経営者がこの問いに対処するなら、その表面的な部分に囚われるのではなく、「考え方」を覚えておくことをお勧めしたいと思います。その「考え方」とは、「ITは、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時にどのように回答して相手に感心してもらうか、という視点です。

少し掘り下げて考えてみます。事業とは、経営者のアイデアや構想に、資金を投じて仕組みをつくり、組織が実行することだ、といえるでしょう。式にするなら、「事業=構想×資金×仕組み×組織」です。どれかがゼロになれば、事業もゼロ、ということです。

ITはこの要素のうちで、構想の実現に直結する「仕組み」に貢献します。おおよそは、次のような形で貢献しています。

  • 「儲けの仕組みそのもの」。例えば、銀行の業務やネット企業の事業は、ITなしでは成立しません。
  • 「仕組みを圧倒的に実現するもの」。圧倒的な量をこなす、圧倒的なスピードを出す、圧倒的な範囲をカバーする、圧倒的な効率を出す、というように、ITを用いることで圧倒できるケースです。
  • 「仕組みのリスクヘッジをするもの」。ITがあることで人的エラーが防止できる、重要な情報が容易に保管保存できる、他の場所に簡単に移設できる、などの効果をもたらします。

経営者のアイデアは、時に独創的です。それは、経営者の頭の中にしかありません。

当然、単に頭の中にあるだけでは儲かりません。だから「仕組み」、すなわちシステムにしなければなりません。システムにして初めて、アイデアの実行ができるわけです。

アイデアを、想像した通りに、または想像以上に実現するには、まともなシステムが必要です。そのシステムに、たいていは IT が援用されます。

ですから、もしまともなシステムの実現にこだわっているなら、「IT は、儲けに貢献しているのか」と聞かれた時に「待ってました」と思えるはずです。なにしろ、システムがまともでなければ、単なるアイデアで終わってしまうどころか、足を引っ張られるかもしれないのですから。

そして結局のところ、「IT は、儲けに貢献しているのか」に嬉々として回答する経営者に、「IT の理解不足」というレッテルが張られることはありません。

さまざまな IT の成功事例で、ほぼ例外なくその背景にトップマネジメントの強いリーダーシップがあるのは、実はその企業の経営者がアイデアの実現(execution) にこだわっているからです。

経営者のかたはぜひ一度、すぐに答えが言えるか試してみてください。あなたの会社の IT は、どのように儲けに貢献していますか?

サムスンの強さを感じ取るなら、この切り口で見たい(2011年9月)

先日、ITmedia でサムスン電子の IT 活用に関する事例が紹介されて いました。

ITmedia エグゼクティブ:『韓国企業の強さの秘密は「情報」重視の経営』

サムスン電子の決断の速さは情報活用にある、という内容で、ぜひ一読 いただきたいところです。

ただし、「どういう IT を導入しているか」という視点で読んでほしくは ありません。実はこの記事は、私のようなシステムデザインの専門家の目 から見ると、あまり目新しい内容ではありません。

例えば、同社の IT 活用の具体的施策として、サプライチェーンにおける キー情報を集約したダッシュボードの導入、それに伴う全社レベルでの チェンジ・マネジメントの実行などが取り上げられています。 これらの施策は、日本の大手製造業でもすでに取り組まれていることです。 一例を挙げれば、シャープで経営層向けに導入されている経営コックピット ・システムは、直感的な操作で最新データを簡単にドリルダウン分析できる 手法を取り入れていることで有名です。

しかし一点、一般的な日本企業にはあまりない部分を私は感じました。 それは、「経営によるトップダウンに対するこだわりの高さ」です。

いかに厳しく対応しているかは記事を参照していただくとして、それほど まで行うあたり、経営陣がどれほど情報集約を重要視しているかの表れ でしょう。

私自身これまで経営者から直接さまざまなお話をうかがってきた中で、 日本の経営者は“良くも悪くも”担当者を信頼し任せる傾向があると感じて います。信頼するのは大事ですが、「任せる」と「放任する」の区別は つけなければなりません。その区別をつけるカギとなるのが「ファクト・ ベース」という視点です。

時に、非凡とは平凡な事柄を他人ができない領域まで行うことである、 と言われます。私にはサムスンの経営陣が、「ファクトがなければ判断 できない」という、言葉にしてしまえば当たり前のことを、忠実にかつ 徹底的に実践しようとしているように見えます。

この事例からサムスン電子の勢いの秘訣を吸い取るなら、この「ファクト・ ベース」という視点で捉えると、良い学びがあるのではないでしょうか。