「日本の経営者は IT に無関心」に異議あり

日本の企業経営者はITに弱い、ITを理解しようとしない、とよく言われます。

この意見、外れているとは思いませんが、ズバリ当たってもいないと、わたしは考えています。

たしかにITには関心が低い傾向が強いだろうと思いますが、それよりもむしろ、ビジョンやアイデアを描いて試す必要性への関心のほうが低いように思えてなりません。

経営者は経営の仕事で多忙であり、現場レベルのことにかまっている暇はない、という認識が典型的にあります。経営の仕事は、その判断や指示が会社の行く末を左右するタフな仕事であることは確かです。しかしそうだとしても、現場が自社のビジネスをどのように動かしてくれているか、さらにそのパフォーマンスを高める余地はないか、ということに、かなり無頓着な経営者や経営幹部が多いように感じています。ある意味、売上や他社しか見ていないところがないでしょうか。

経営者が自らビジネスを構想し、「こういうものを世の中に提供したい」「顧客にこういう体験をしてほしい」と強く思っているのなら、実務を社員という他人に委任する以上、思い描いたものを実際に提供できているか、もっとよくできないか、ということが、気になって仕方がないはずです。そういう経営者は、思い描いたビジネスが実際に可能になる業務のしくみを整備しようとし、そのうえでKPIなどの指標を用意しながらモニタリングして課題の発見と解決を素早く図ることができるしくみを整備しようとするものです。

しかし、そのような「しくみ」の意識が高い企業は多くないのが現実です。無頓着であるとすれば、それはつまり、推進したいビジネスを自ら構想し具体化するというプロセスをそもそも経ていないことを意味するのではないでしょうか。

世の中をリードする企業はおよそ、アイデアをカタチにして世の中に提示しつづける企業です。

最近の自動車業界では「自動運転」の技術がさかんに取りざたされるようになりましたが、話題の先鞭をつけたのは自動車会社ではないグーグルです。彼らは自動車業界に参入したくてそうしているのではありません。これを使って効率的に人とつながるビジネスを加速したいわけです。自動運転する車ができるなら、配送業者に頼らず自らで配送を手掛けることが可能になります。顧客と直接つながるきっかけを増やすことができれば、彼らが最も欲しい「情報」をつかむきっかけもまた、増えることになるのです。

アマゾンは最近、顧客の家庭や生活の中にまで潜りこもうとする傾向が顕著です。Kindleは有名ですが、それ以外にも、口頭で音声入力したりバーコードを読み込ませたりするだけで注文できるDashという端末を発売したり、家庭用ロボットのようなechoという商品の販売も始めました。彼らは「必要なものは何でもアマゾンで買ってほしい」ということだけを考えているように見えます。その目的につながることをどんどん発想するから、結果的に小売業とは見紛うような分野にまで足を踏み入れるし、それをためらわないのだと感じます。

もちろん、こうした発想は、グーグルやアマゾンの経営者がすべて自分で発想したものではないでしょう。しかし少なくとも、しくみの新たなアイデアの発想を奨励し、それが自然にできる環境を整え、アイデアは実際に試すことをとおしてよりレベルの高いビジネスを実現しようという強い意欲が、経営者にあることは間違いありません。わたしは経営者の最大のシゴトは「しくみづくり」だと考えています。経営者にその意欲なくして、勝手に社員がすばらしいモノゴトを生み出してくれることはないのです。

そして実は、経営者がITに強いと、こうした発想がいろいろと出てきやすいのもまた、事実なのです。IT技術の進化は、これまで不可能だったことを可能にしてくれます。それが、アイデア発想の源泉になるのです。「アイデアを描くこと」と「IT」は、ここでつながります。

ITに関心のない経営者がいたとしたら、それはもっと深刻な問題かもしれない。これが、わたしの仮説です。

やりすぎない農業ITのススメ

最近、農業へのIT活用が草の根的に広がっている事例を取り上げたニュースを、よく見かけるようになりました。

センサーネットワークを構築して運用したり、小型ロボットを活用して作業を効率化したり、天気予測データを取り込んだ作業適正化の仕組みをつくったりなど、興味深い取り組みが多く見られます。

特筆すべきは、こうした工夫を農家の方々が自身で行い、さらには機器を調達するなどしたうえで、自作をして取り組んでいる例があることです。そしてそれを、互助会やコンソーシアムといったグループを組みながら運営を推進しているとのこと。まさに user-driven な発想であり、自らであるべき姿を構想してデザインし、それにフィットした仕組みや情報システムを実装していくという、成功率が高まる取り組みのしかたです。

この分野では、大手ベンダーが農業ITソリューションをサービス化してクラウド展開する試みが、盛んに進められてきました。これはもちろん、農家をサービスで囲い込むのが最終的な目標なわけですが、ぜひそれに負けない強いシステムを実現していただいて、クラウドを使うよりも独自性のある、より良い成果を挙げていただきたいと思います。

ただし、注意が必要だと感じるのは、こうした user-driven な発想で自ら構築したシステムを、対外的に販売しようとする動きです。

互助会またはコンソーシアムとして運営するにあたり「運営費」もしくは「会費」を取るというのなら、特に問題には感じません。一方、これが「販売」ということになると、位置づけはかなり変わります。

つまり、その農家の団体は、自分のサービスを売り出したその瞬間に「ベンダー」になるわけです。

ベンダーであるということはつまり、サービスを購入してくれた農家は「顧客」ということになり、システム品質に小さくない責任を負うことになります。片手間ではなくきちんと顧客専用窓口を設けて、問い合わせに対するサポートをする必要が出てきます。その顧客がサービスに依存すればするほど、システムを止めた場合に大きな損害を「顧客」に及ぼすことになります。当然、システムが止まらない保証はどこにもありません。顧客が増えてきた場合、その対応にどのくらいの人員を割けるでしょうか。

システムを止めることがなかったとしても、例えばシステム変更や更新を実施したくなった場合でも、「顧客」への説明や措置が必要になります。互助会であれば、会員のみなさんに集まってもらって方針決定、といった程度で十分ですが、「顧客」となれば安易にはいきません。

そうしたことを、本業である農業に加えて、責任をもって実行する覚悟が、「販売」には必要なのです。

しかも、この分野の技術発展は、しばらくは相当なスピードで進むだろうと思われます。一度システムを構築しただけで安心していると、数年後には技術的に陳腐化している可能性が高いわけです。「ベンダー」ならば、顧客によりよいサービスを提供すべく、それをキャッチアップし続けることも要求されます。

うまく構築できて、マスコミに取材してもらった程度で満足せず、じっくりと農業ITの運営ノウハウ改善を進め、よい技術は積極的に取り込みながら、自らの仕組みの最適化に注力するのが得策でしょう。システム運営とサービス提供のレベルの違いを、甘く見てはいけません。

ITを使いたおす組織のしくみに、通すべきスジ

たまたまなのかもしれませんが、ここ最近「組織のありかた」に関する記事や論考をよく目にしています。

ビジネス分野でいえば、「イノベーションを創出する組織とはどういうものか」「人材育成とは」「リーダーシップとは」 といった類のもの、IT の分野では 「ビジネスに貢献する IT 部門のありかた」「業務部門との人材交流の方法論」 といった類のものです。

わたしの関心分野は 「ビジネスの仕組み」 であり、そのなかには組織の仕組みも含まれますので、とても興味のある話です。こと IT 部門のありかたに関しては、さまざまな取り組み事例があって興味深いものがあります。

同業種であっても、企業ごとに社内環境も文化も異なります。そうなれば、組織づくりのアプローチにしても採用する手法にしても、それぞれの企業で独自に工夫が必要です。組織づくりの方法に、マニュアルや教科書のようなベストプラクティスがないのは、ある意味当然だと思います。

しかし、さまざまな事例を見ていると、うまく組織設計できている企業は、ビジネスとの連動を主眼に組織を最適化させるというポリシーが明確だと感じます。いくらベストプラクティスがないとは言っても、組織デザインの工夫の根底にある思想については、どのような環境や条件であれ、いかにビジネスをうまくオペレートするか、いかに顧客にうまく価値提供をするか、という筋が通っていることが重要です。

IT 部門のありかたに関する論調を読んでいると、次のように考える向きも見かけます。

従来の IT 部門は、汎用業務を支える業務システムを管轄してきました。一方で、ここ最近要求が高くなっている「ビジネスに役立つ情報システム」は、顧客へのサービスを提供するシステムです。汎用業務の情報システムとは毛色が異なるし、既存のシステム運用だけで IT 部門の手はいっぱいです。だから、別の部門を設置し、サービスをつかさどるシステムを運用すべきだ、というものです。

これはこれで、間違った考えだとは思いません。ただし、勘違いしてはならないのは、汎用業務を担う既存の情報システムもまた、本来は 「サービス提供のためのシステム」 であることです。上記でいう 「ビジネスに役立つ情報システム」 との違いは利用者の差、つまり、社外の顧客が使うのか、社内の従業員が使うのか、の差です。

どちらのシステムにしても、それぞれを使う利用者へ何らかの価値提供を行う必要がある。また社内の従業員が仕事をする目的は、直接か間接かの違いはあれど、社外の顧客への価値提供のためであるはず。そう考えたとき、管掌は別々にするとしても、どこか根底でつながっている部分があるはずなのです。

グランドデザインを描いて、そこを見出さない限り、サービス系システムと汎用業務系システムは、まったくの別物として社内に認識され、一貫した思想がなく運用されることになります。それは必ず、ビジネスの全体的なパフォーマンスの非効率につながります。

「IT はビジネスに貢献するべきだ」という議論に合わせて、「ビジネスアナリストが必要だ」ともよく言われます。

この指摘をする人の意見を掘り下げて聞いてみると、およそその人材が満たそうとする領域は  「対象とする個別業務の分析ニーズ」 のように、わたしには聞こえています。

それよりもむしろ重要なのは、その企業が手掛けるビジネスのグランドデザインが描け、そこから個別業務までブレークダウンしていけるビジネスアナリストなのではないかと、わたしは考えています。

組織設計、IT 部門のありかた、必要な人材。一見するとスジの異なる分野に思えて、実際は同じスジが通っている。そんなふうに見るべきではないでしょうか。

「昭和な会社」と、経営者の「コミット」

先日の日経ビジネス誌で、「昭和な会社」と題して、一見では時代に逆行しているかに見える、ユニークなIT活用をしている企業を取り上げた特集が掲載されていました

例えば、こんな企業が紹介されていました。

  • スマホを使わない社員に奨励金を支給する会社
  • 社員からパソコンを取り上げた会社
  • 朝にパソコンの電源が入らないようにした会社

情報システムにかかわる仕事をしているわたしが申し上げると奇異に聞こえるのかわかりませんが、わたしはこれらの事例を見て、大変よい取り組みをされている企業だと感じました。実はわたし自身も、5年ほど前に、あるサイトへの連載で、このような取り組みをしている企業を取り上げたコラムを書いたことがあります。

大変よいと感じる理由には、いくつかあります。

まずひとつ目に、IT活用を考えるうえでの検討の流れが正しいことです。つまり、「業務のありかた」が先に来て、そのあとにITの使いどころを考えようとしている、ということです。取り組みを紹介されたどの企業においても、変えるきっかけは「業務のありかた」でした。この順番で考えられているなら、いわゆる「ITありき」にはまずなりません。これらの事例のように、「そこはITじゃないね」という結論も、自然に出せるわけです。

ふたつ目に、「なぜその取り組みなのか」ということに対して、ポリシーが明確であることです。なんとなくで目的はあまりない、単にコストを削減したい、などということがありません。あるべき姿を明確にイメージしたうえで行動を起こしている点は、成功に必須な要素を踏まえていると見えます。

最後に、事例に出てきたどの企業においても、そうした取り組みを経営者自身が主導し、その対応についてコミットしていることです。

事例に出ている企業の経営者の姿を見ていると、IT活用において経営者が持つべきマインドセットは何かが、垣間見えると思います。ITに詳しい必要などありません。IT技術者をいいように操れるだけの論陣を張れる必要もありません。必要なのは、顧客に対する価値提供のありかたや、そのためにあるべき業務環境のイメージ、価値を提供するためのしくみの理想像、そういったものなのです。

経営者がコミットする、とはよく言いますが、これらの事例ではまさに、それぞれの経営者が「コミットしている」姿を体現していると感じます。そこに、この事例から読み取るべき本質があるのではないかと思います。

 

パーソナルデータ問題に見る、企業サービスの新たな局面

ビッグデータが経営のトレンドとして取り上げられるなかで、パーソナルデータの取り扱いに注目が集まるようになっています。

パーソナルデータとは、個人にかかわる情報ではありながら、それだけでは個人の特定はできないので「個人識別情報」とは呼べない類の情報のことです。例えば、店舗での販売履歴、位置情報、ネットのアクセスログなどが該当します。

個人情報から個人の識別性をなくすこと(匿名化)で、その情報は「非個人情報」になり、個人情報保護の対象からは外れます。しかし、どこまで処理すれば匿名化したと言えるのかが定義しづらいことが、まず問題です。さらに問題なのは、個別のパーソナルデータのみで個人を識別できなくても、ほかのパーソナルデータなどと組み合わせることで、容易に個人を識別できてしまうという事実です。最近では、Suicaの利用履歴をJR東日本が日立製作所に販売したとして、その適切性について論議を呼んだのが記憶に新しいところです。

こうしたなか、国内でもパーソナルデータの取り扱いに関するルールづくりが進められています。データの入手如何が企業経営に大いに影響することが注目されているいま、その取り扱いに当たってルールが必要であることは衆目の一致するところです。

ルールに関する議論は、有識者や企業関係者を交えて、大いに行うべきだろうと思います。対立軸は「保護」か「活用」かであり、さまざまなユースケースを踏まえてグレーゾーンができるだけ残らないような線の引き方をすべきです。一部の知識人に、新しいことを試すのにグレーはつきものであるといったような発言をされている方を見かけますが、グレーに無頓着で決めるべきことを決めないから後で問題が発生するのです。世に問うことといい加減なこととは、質の違う話だと思います。

一方、どのようなかたちでルールが決まったとしても、顧客や利用者には一定のリスクが伴うことは、間違いありません。実際、有識者の間でも、汎用的にパーソナルデータを匿名化することは、技術的に不可能という結論が出されています。つまり、データを活用したい企業には顧客や利用者に対して一定の説明が必要になりますし、顧客や利用者はそれを承諾して情報提供をすることになるわけです。

その時点で顧客に「気持ち悪い」と思われたら、その企業のサービスは使われません。

最近、Google Glassは画期的な広告提供手段であるといわれるようになっています。Glassをかけているユーザーの趣味嗜好、位置情報、検索履歴などを参照することで、そのユーザーの現在地において顧客の嗜好に合致した広告主の商品やサービスがヒットするなら、そのタイミングでGlass上にレコメンドやクーポンを出せる仕組みが考えられるからです。

これを聞いて、「ジャストタイミングでお得な情報が得られるなんて便利だ」と思う人もいるでしょう。一方で、「なんだか監視されているようで気持ち悪いし、必要な情報なら自分で探しに行くから要らない」と思う人もいるでしょう。

企業がパーソナルデータを含めたビッグデータを活用するうえで大事なのは、「情報提供リスクをかぶっても余りある価値をもたらすサービスだ」と顧客に認めてもらえるかどうか。そう考える必要があると思います。企業視点でデータを使い倒し売上を上げることに傾倒せず、データを活用して顧客が喜ぶ価値提供の仕組みを考えられるかどうかが、企業に要求される課題なのです。

こうしたことが世間の話題に上れば上るほど、利用する側は賢くセンシティブになっていきます。ルールなんていい加減なレベルにしておいてほしい、自由度が高ければあとから何でもできる、などと考えている企業は、そのうち顧客に、利用リスクの高さを見抜かれて敬遠されてしまうでしょう。リスクを正しく理解してもらったうえで顧客に選ばれるサービスを提供する公明正大な企業なのかどうかが、今後問われるだろうと考えています。

「詳しいことはわからない」CEOは、正しいのか

先日読んだ、日経ビジネスオンライン(NBonline)のコラムのなかで、おもしろいものがありました。

デジタル化に乗り遅れたという架空の企業を題材に、立て直しに奮闘するCEO、CIO、CMOの姿を描いた連載なのですが、登場人物のやり取りがいわゆる「経営トップへのインタビュー」の特徴をよくとらえていて、思わず笑ってしまいます。わたしの経験上でも、本当にこんな感じになることが少なくありません(残念なことですが)。

このコラムで描かれているようなマインドセットを持つユーザー企業は、「弱いシステムユーザー」の典型例にも見えます。強いユーザー企業なら決して取らない態度が、このコラムでは3つほどあるのに気付きました。

ひとつ目は、システム導入のきっかけがベンダーで、ベンダーの言われるがままにシステムを導入する、という点です。そういう場合、たいていは結果としてまともに動かないか使いこなせず、「こんなはずではなかった」ということになります。しかしそれは、ベンダーが悪いのではありません。

強いユーザー企業では例外なく、経営者や責任者に、システムに対する強い当事者意識があります。そういう方々は、概してシステムを厳しく査定しようとします。NBonline のコラムでは、CEOがある意味失敗を放置していて、外部から招聘したCIOにまたしても、委任という名の丸投げをしようとしている意識を感じてしまいます。

ふたつ目は、システムをつくるのにもかかわらず、ビジネスの仕組みが極めてアバウトである点です。強いユーザー企業では、ビジネスの仕組みにかなりのこだわりがあります。それがアバウトであることはあり得ません。

例えば、自動車をつくろうと思ったら、ふつうはまず設計図を描くものだと思います。しかし、ことITとなると、ビジネスの仕組みを明らかにすることなくシステムを導入してしまうわけです。コラムでは「とりあえず売ってみようと思った」「できるだけ利用してもらおうと思った」といった、こだわりはかけらもないような言葉が出てきます。これらは、ビジネスの仕組みの意識の不在を象徴していると思います。

そして三つ目は、「詳しいことはわからない」ことにまったく平気でいられる点です。

新しいことだから広告代理店に頼んだ!?というのは千歩譲ってよしとしても、その広告代理店が検討する「ビジネスの仕組み」に首を突っ込まないどころかフォローも一切しないのは、その会社のビジネスを預かる経営者としてやはりまずいと思うのは、わたしだけでしょうか。

くどいようですが、強いユーザー企業は、ビジネスの仕組みと、そのアウトプットに強いこだわりを見せます。システムとは話が違うようでいて本質的には同じ例として、大手コンビニ各社のトップが、おにぎりなど新しく開発した商品を必ず試食して合否を出すことなどは、非常に端的ですがアウトプットへのこだわりの表れだと思います。「オレが納得していないものを、お客様に提供するな」ということです。

ITの細かい技術までは知らなくてもいいと思います。しかし、システムのあるべき姿のデザインについて、ビジネスの仕組みの構築について、他人に任せたそれらのことは本当にわからなくていいことなのか。このCEO殿にも、今後の連載のなかでぜひご理解いただきたいと念じてやみません。

 

(追記)
つい先日、元ソニーCEOとCIOの両氏による対談記事を読みました。

こんなCEOのもとで働けるCIOは幸せだろうなと、感銘を受けました。上記と合わせて参考にしていただきたい内容です。

 

Want to の目標と、Hope to の目標

システムの構築とはつまり、ビジネスを実行するうえで「実現したい」と思っていることを実際にカタチにすることだと思います。

これは、多くの人にとって容易なことではありません。例えば、他人から「あなたの考えを文章にしてください」と言われたり、「あなたの頭に思い浮かんでいることを絵にしてください」と言われたりすると面食らう人が多いと思いますが、それと本質は似ていると思います。

それほどに大きなエネルギーをもって推進する必要がある取組みなだけに、その実現を本気で追求する意思と環境が必要になります。このとき重要なカギを握るのが、経営トップの「本気度」です。

経営トップになれるような頭のいい人や経験値の高い人は、「目標は何か」「何がしたいか」と聞かれると、大変きれいな回答をします。ただし、皮肉を言うつもりはありませんが、それらの回答の「本気度」には、多くの場合温度差があるものです。

コーチングなどにも応用されている行動心理の世界では、人間が持つ目標には3種類あると言われているようです。

ひとつは、Hope to の目標。「~したいな」「できたらいいな」というレベルの目標です。この目標は、確かに本人の望みではあるものの、その本気度はあまり高くありません。「できたらいいな」は「できなくてもまあいいや」ということでもあるのです。ですので、困難に立ち向かってでも、少々痛い投資をしてでも、とにかく実現したいかというと、否というのがホンネです。

ふたつ目は、Have to の目標。これは、自ら望んでいるわけではなく、環境や制約の要因から「~しなければならない」という必要に迫られた目標です。つまり、単なる義務感で目指している目標なのであって、本心では気が進んでいません。コミットメントのレベルは実はあまり高くないのですが、しかたなく力を入れて実行します。そのため、終わってしまえばそれまで。それ以上の改善や発展は望めません。

最後が、Want to の目標。自分はこうなりたい、これを実現したい、と積極的に望んでいる、最も意識の高いレベルの目標です。この目標を持つ人は、それを実現するために日々考え、困難を乗り越えて実行しようとします。放っておいても勝手にコトを進めていきますし、実現した後は別の課題を見つけてさらに発展させようともします。

こうして見比べてみると一目瞭然だと思います。本気の目標なのは、Want to の目標だけなのです。

システム整備の推進、または情報セキュリティマネジメントの整備を推進していくうえで、経営トップがその課題に対して Want to の目標を見据えて部下に指示をしているのであれば、これほど推進しやすい環境はありません。部下のみなさんがきちんと力を発揮するのみです。

一方、経営トップがその課題の克服を Hope to の目標として捉えているとすれば、システムの具体化が進むにつれてどんどん熱が冷めていき、推進力が萎えていきます。もうすこし率直に言えば、丸投げ状態になっていきます。

ビジネスを発展させるシナリオを描き実行を指示するはずの経営トップがこのような状態でシステム化を推進しても、ビジネスに資するよいシステムにはおよそなりません。特に一旦トラブルに陥ると、「誰が決めるんだ」というような話になりやすく、抱えなくてもよい困難を抱えやすくもなるのです。

その意味でも、経営トップは、本気の目標は熱を持って、その実現に向けたストーリーを語らなければなりません。一方で CIO や情報システムの技術者には、経営側の「本気度」を見極める能力が要求されることになります。

本気かどうかがわからないときは、経営側のアクションや判断が必要になる話を、具体的に掘り下げてどんどんしてみることです。本気でない場合は考えが浅いですから、だんだんとその話をすることに気が向かない雰囲気になっていきます。「そんなのおまえが提案しろ」と言い出したら、アヤシイと思ってください。

 

業務変革・イノベーションを阻む最大のカベ

業務変革やイノベーションを組織的に実践していくうえで、一番のカベとなるものは何だと思いますか?

推進する人材、資金、ノウハウ、いろいろ要素はありますが、一番の障害になりやすいのは、その企業の社風や企業文化ではないかとわたしは思います。

以前、業務変革とシステム改善の相談を受けて、ある中堅企業に面会にうかがったことがあります。その企業はフランチャイズ形式で店舗を全国に展開している企業でした。

その席でわたしは、業務の見直しと改善を図るなら全社レベルで業務プロセスを一度整理するのがよいと、助言しました。そうすると、先方の役員はこのような趣旨のことを述べました。「店舗の業務に問題があることは把握している。調べる必要はない。それに本社には店舗サイドを管理できるほど人数がいないので、店舗のことは考えなくともよい。本社の業務だけを改善したい。」

本社の業務にすでにいろいろな課題が表面化している状態であったため、目の前の課題を解決したい気持ちはよくわかりました。しかしこの考え方のままで改善を進めても、本当の問題が現場(つまり店舗)にあると、問題は本当の意味で解決しません。

本社にしか目を向けなければ店舗の問題は見えず、本社だけを治すことで店舗側に別の支障が出る可能性もあります。そして店舗の業務に支障が出れば、ビジネスにマイナスの影響が出るわけです。

したがって、社内的な都合だけでフォーカスを絞るような考え方では、問題の核心を押さえてビジネスに好影響を与えるような業務改善は困難です。

問題がある場合、その問題は表面に見えているよりも、その奥に隠れていることのほうが多いものです。簡単に解決策が見出せない問題ほど、解決のカギは、その企業の常識や習慣に根差したところにある可能性が高くなります。そうした当たり前と思い込んでいる部分に目を向けて自らを変えられる意思が、特に経営層にない場合、業務変革やイノベーションはかなり困難になってしまうのです。

わたしのようなコンサルタントでも、こうした潜在意識を変えていただくように働きかけるのは、企業に入り込む前のご相談の段階ではほとんどファクトを握っていないために、大変困難なのが実情です。ただ、丁寧に説明することで、逆に「とても勉強になった」と感謝していただけるケースもありますので、ひとまずトライするようにはしています。

user-driven のお手本は Apple にあり

2013 年最初のコラムということで、当社が創業当初からキーワードに掲げ、その実践がますます重要視されてきている“user-driven”について、この場を借りて改めて、その意義を再考察させてください。

“user-driven”ということば自体は、当社が独自に言っているものであり一般用語ではありません。その示すところは、

情報システムのユーザーである企業自身が自らのビジネスに資する情報システムをデザインし、ベンダーに丸投げすることなく主導的に開発導入して、システムを使いこなすという、ひとつの「あるべき姿」

です。ときどき聞かれる「ユーザー主体開発」と似たような意味合いではありますが、わたしは経営レベルでのビジョンやミッションを「仕組み」としてデザインする分野まで見据えて言っています。

当社は多数の事例分析と実践経験を通じて、強い企業は総じて user-driven であることを見出しています(その一端は、こちらで紹介しています)。そうしたことから、広くこの事実を知っていただき、その実践方法を伝えていきたいと考えているのです。

そんな中、過日日経ビジネスオンラインで目にした、Apple の製品開発に関する記事で興味深い記述を見つけました。

Apple といえばご存知のように、iPhone や iPad など、革新的なコンセプトの製品で世界中を席巻しました。今でも、その勢いはとどまるところを知りません。

その競争力の源泉にはさまざまなものがあると指摘されていますが、この記事ではそのうちのひとつである、製品設計の取り組みと戦略がくわしく分析されています。

Apple は自社で製造工場を持たず、台湾企業や日本の中小部品メーカーなど大小のパートナーに実際の製品製造を委託しているのは周知のとおりです。

これは最近の製造業界では、珍しいことではありません。委託元は企画設計に専念し、委託先は製造組立に専念する。そのことで委託元は製造技術力の獲得、コスト低減、スピード確保などを狙うわけです。

しかし、業界がこぞってマネできるのがまた、この戦術です。同じことをしていて、差がつくはずもありません。企業は、競争するのが宿命です。競争力の源泉は、差別化にあります。

では Apple はどうするか。記事では iPhone 5 の内部構造を細かく分析しています。その分析から得た結論として、こんな一節があります。

「表示や操作をつかさどるディスプレイや、処理性能および電池持ちに影響するプロセサのように、製品の競争力に直結する部品は細部まで自社で設計し、部品メーカーを製造請負の立場に追いやる。その一方で、複数のメーカーが同等の性能を実現できる部品はこれまで通り部品メーカーに設計・製造を任せる――。iPhone 5の詳細な分析から見えてきたのは、アップルのこうした戦略だった。」

(日経ビジネスオンライン:「CPU内部も独自設計、半導体専業メーカー並みになったアップル」より引用

従来は、Apple は製品企画に専念、部品設計と製造は部品メーカー、製品組立は EMS 企業、という分担で製品開発を進めてきました。それがここへ来て、部品設計の分野にまで足を踏み入れているというのです。

何が目的かと言えば、デザインのコントロールによる差別化です。詳細は記事をご覧いただければと思いますが、Apple は競争力の源泉となるデザインを見極め、そこに自らの意思を自ら反映しようとしているのです。

この考え方とアプローチはまさに、user-driven です。

上記は製造業の話ですが、差別化を図るに当たって業種は関係ありません。事業において差別化しようと思ったら、自らのこだわりを仕組みとしてデザインし、それを主体的にビジネスシステムとして具体化する。

特に現在の情報システムは、企業のビジネスの仕組みそのものを体現したものとなっています。その意味で、事業の差別化要素の多くは情報システムに組み込まれることになるし、それができると強力なのです。強い企業が総じて user-driven なのは、この点にひとつの理由があります。

むしろ、自然とそうなるのではないでしょうか。

見方を変えれば、情報システムがイケてなければ、その企業のビジョンや戦略がどんなに立派でも、ビジネス自体はイケてない結果になってしまう。そこにリーダーが気づいて、システムにこだわるかどうかなのです。

では、どうやって経営の意思やビジネスの差別化要素をデザインし反映するのか。それが問題です。そしてこの問題の背景が上記のとおり理解されるならば、その解決は情報システム部門に投げればよいものでないことは明白です。当社としては引き続き、ユーザー企業の経営者や経営幹部の方々がこの問題を解決することを支援したいと考えています。

企業が新しい IT を乗りこなすための 3 つの視点

ご承知の通り、IT の世界は進化が早く、次から次へと新しい技術や新しい概念が登場してきます。

最近では、コンシューマー系の技術やサービスが大きな影響を与える傾向がありますね。スマホ、タブレット、ソーシャルメディア、BYOD、無料通話アプリ、等々。

こうした進化に対して、企業とそのリーダーはどのように向き合えばよいでしょうか。私見を 3 つのポイントにして、以下にまとめてみます。

まずやりたいことは、「そのトレンドが、IT 業者のマーケティングの域を出ているか否かの判別」です。

どんな新技術・新サービスも、最初は多かれ少なかれ、IT 業者のマーケティングによって世間に出てきます。これは、別に非難されるものではなく、ビジネスとして当然のことです。

問題は、それが業者の売り込みを越えて、世の中に浸透し、確実に根付きつつあると見るかどうかという、ユーザー側の目利きだと思います。

その判断には、積極的かつ多面的な情報収集が欠かせません。中立的な専門家の見極め、ポジティブな人の意見、ネガティブな人の意見、偏りなく集めて考察すべきでしょう。そのうえで、「マーケティングの域を出た本物のトレンドだ、またはそうなりそうだ」と感じたら、次のステップに進みます。

次に考えることは、「自社に役立つか、役立たないか」です。

その新しい技術やサービスが、自社のビジネスを加速する可能性を持つものなら、積極的に取り入れればよいですし、その可能性を感じないものなら静観すればよい。こんな判断になるでしょう。

そんなこと当たり前じゃないか、と思われるかもしれません。しかし、実践できているかというと、多くの企業で意外とそうでもありません。

どういうことかというと、「役立つか、役立たないか」と考えずに、「それをどう使うか」と考えてしまっている向きも結構あるのです。

前者で考える人には、常に最初に大局的な「目的」や「ゴール」があります。目的やゴールに照らして「役立つか、役立たないか」と考えるわけです。一方、後者で考える人にある目的やゴールは、「その新しい技術やサービスをうまく使うこと」になっているのです。つまり、いわゆる「IT ありき」の発想です。

トレンドなのだから自分も使わなければならない、とは必ずしもなりません。きっと後者の発想の人は「乗り遅れたくない」と思っているのでしょうが、乗り遅れることによる差別化のリスクの大小と、導入したために出てくる労力やコストの大小については、一度考察してみる価値があるでしょう。

安易に流れに乗っかって、成熟していないものにムダな投資と労力を費やし、振り回された上に最後に成果は得られないリスクは高いということも、よく念頭に置くべきです。

たびたびこのコラムでも指摘していますが、IT ありきの発想は大きな間違いにつながります。ぜひ、改めて意識しておきたいものです。

そういえば先日、ガートナーの小西氏によるコラムを拝読しましたが、同氏は顧客からしばしば、「テクノロジーが進化するのに応じて IT 戦略を変化させたいので、中期的なテクノロジ・トレンドを教えてほしい」と聞かれるのだそうです。

ガートナーと言えば大企業の CIO へのコンサルティングで知られていますが、大企業の CIO でもまだそんなふうに考える人がいるのかと、ちょっと驚きました。

さて、本論に戻します。次が、3 つ目に考えることです。

ひとしきり考えた結果、その新しい技術やサービスが「役立つ」と判断したなら、本気で適用の仕方を考えていきます。しかしながら、新しいだけに、すぐに使えるとはなかなかならないことが多くあります。

そんな時に大事になるであろうことが、「時期尚早なものはそのように判断して熟成させる」姿勢です。

本物のトレンドである場合、その技術やサービスは、一度下火になったように見えても必ず進化を続けていきます。現時点で「なんだかしっくりこないな」と感じる部分は、のちにすっきり解消される可能性が、かなり高いです。

ですから、ピンとこないなら躊躇なく「時期尚早」と判断する。ただし、そう判断して捨ててしまうのではなく、ウォッチは続けて「熟成」させる。そのうち進化が問題を解決し、リーズナブルなコストになるのを待って、晴れて採用する。こんなスタンスなら、うまく行くのではないでしょうか。

もちろん、その分野で自社が技術を先導し、他社にノウハウで先んじようと志すのなら、時期尚早なことを承知で採用し、試行錯誤してノウハウを獲得する。その技術が使いやすいものになった暁には、自社が他社に差をつけている。そんなシナリオを目指すこともあり得ます。そのあたりは、やはり「目的」や「ゴール」の持ちかたに帰結するでしょう。

いま起こっているトレンドにも、こんな視点で対応してみてはいかがでしょうか。