「提供する価値を見直す」ことの先にあるもの

当社の支援ポリシーについて説明をする時、必ず強調することがあります。それは、「顧客に対する価値の提供を軸にしてビジネスを考える」ということです。自社を使ってもらいたい顧客は誰なのか、その顧客にどのように価値を感じてもらいたいのか。そして実際そういう業務になっているのか。ビジネスのしくみは価値提供のありかたで決まるし、そこに信念がないのでは競争力のあるしくみにはならない。こういうことを申し上げています。

そういう話をすると、既存事業に課題意識をもって話を聞いてくださっている経営者の中から、「それは考える必要がある」という反応をいただくことがあります。

お察しするに、自社のビジネスが提供する価値を問い直すという試みは、場合によっては現状の否定につながるかもしれない、という想像が浮かんでくるからなのかもしれません。自信があるのなら問い直しても何の問題もないはずですが、寝た子を起こすような怖さや混乱を感じる向きもあるのでしょう。

価値を見直すことで必ずしも現状が否定されるわけではありませんが、そのようなケースも実際に経験があります。ただし、それが起こったのは必然とも思えます。

そもそも競争力とは何でしょうか。端的には、ライバル企業が存在してもなお自社が選ばれる力のことです。競争障壁については経営学的にテクニカルに語られるものもありますが、結局のところ、何らかの理由によって顧客に選ばれる会社が強いと言われる、ということです。

ただし、すべての顧客に好まれる商品やサービスを生み出すことは不可能と言ってよいと思います。そうだとすれば、買ってもらいたい顧客は提供する側が「特定」しなければなりません。特定の人たちに向けて作り込まなければ、好きになってもらいにくいからです。価値の提供スタイルがはっきりしている会社は、顧客のペルソナが実に明快です。

一方で、求められるサービスを何でも提供しようとする会社があります。表向きは、顧客に応える充実したサービスを幅広く提供したいと考えての行動なのでしょうが、実は深層心理で、顧客を特定して絞ってしまうことを怖がっているのだと思います。

企業規模に比例して、投下できるリソースは決まります。資本力のある大企業ならいざ知らず、限定された能力であれば、何でもやりますと商品やサービスを展開して、そのすべてにおいて他社より優れたものにするのは無理があります。結果として、どの商品やサービスも他社並みかそれ以下になり、顧客はそれに価値を感じないのです。価値を感じなければ、顧客は買いません。

何でも提供しようとする企業ほど、価値を見なおすことに恐怖を感じることでしょう。しかし、見直しをかけたその先にあるものを見据えて敢えて火中の栗を拾うだけの価値は、十分にあると考えます。

そうして、会社が提供すべき価値のありかたを見直すことで競争力を高め、成長軌道に乗った事例は、いくらでもあります。というより、わたしはそれしか知りません。顧客に強く支持されている企業はみな「提供する価値」にこだわっているから、分析結果としてそのようにお伝えしているわけです。

最近も、こんな中小企業の事例を知りました。自社はどうありたいのかを見直し、苦労しながらその仕組みを構築して、ブームにも乗って売上は約6倍、今では会社訪問されるような会社になったそうです。

競争力とは価値提供のありかたで決まると、わたしは考えています。小難しい戦略の話の前にまずはそこにこだわり、顧客のことを徹底的に考え抜きましょう。

CxO人材が欲しい会社が、考えるべきこと

最近、あるスタートアップ企業が躍進しているという話を聞きました。

その企業は、当初は事業の拡大にいろいろと苦労していたそうですが、あるとき大手企業の幹部OBを紹介され、その人物に経営に参画してもらうことになりました。それをきっかけに、その人物が培った人脈をフル活用して次々と人が人を呼び、最近では大手企業との提携話が面白いように決まっていく状態になっているようです。

経営者ご自身の人徳もあろうかと思いますが、こうしたパターンは、スタートアップがいわゆる「1→10」に成長していくシナリオとして典型的かつ有力なものだと思います。

こうした事例もあるためか、多くの企業で経営者が幹部人材を探すとき、およそ重視するのが「前職での地位」や「持っている人脈」です。

それはそれで、特に営業面では重要な経歴だろうと思いますが、ことCOO、CIO、CTO、CDOのような幹部であれば、ステータスだけで善し悪しを判断するのは慎重であるべきではないかと思います。

業務構造の変革、システムの適用、それに伴う技術の採用、というのは、素晴らしい経歴があればできるというものではありません。経営者のツルの一声で始めたIT導入がおよそすごい成果にはならない例が多いことからも、これは明らかです。

このコラムでも何度も申し上げていますが、ビジネスを強くするには、慎重かつ緻密に、ビジネスのしくみをデザインすることが必要です。こうしたデザインを実行するには、社外の競争環境のみならず、社内の業務環境や企業文化を熟知していることが求められるのは、言うまでもありません。

ですから、外部から来た人材は、まず社内を知ることから始める必要があります。わたしなども、初めて関わるお客さまのところでまずすることは、社内の各部門を回って話を聞き、情報を集めて現状を知ることです。

結構地道で泥臭い作業ですが、欠かすことはできません。なぜなら、自分の目で現場の現実を見ないかぎり、真の課題は理解できないからです。誤解を恐れずに言えば、現場で働く方たちの「ことば」さえ信じないこともあります。時に、言っていることと実際にやっていることが異なる場合もあるからです。

業務やシステムを管轄する幹部に求められる力とは、こうした実地での情報収集、状況把握、現状分析、技術への知見などを総合し、その企業が目指す方針を実現できるビジネスのしくみをデザインする能力、さらにそれを実現まで持っていける能力ではないでしょうか。

この能力は、前職の地位や人脈が保証してくれるものではありません。かりに実績があるとしても、その実績を挙げるに至った経緯をよく聞いてみる必要があるだろうと思います。単に誰かの言うとおりにしただけかもしれません。

また、特に技術、ITといった分野は、デザインの意識が低い人ほど技術的な「理想」を追い求めてしまいがちであることも、よく念頭に置くべきだと思います。

最近ですと、「ビッグデータ」とか「AI」の経験を持つ専門人材が欲しい、という話を小耳にはさむことがありますが、危険な例です。ITはある意味、その道に明るい人間にとってはわりに手柄を立てやすい分野とも考えられます。そのようにして採用した外部招へいの幹部は、その分野だけで自分の存在価値を示そうと動くでしょう。しかし、技術にフォーカスするのみでビジネスのしくみを緻密にデザインしようとはしないときに、または全体俯瞰でしくみを考えている人が会社に誰もいないときに、それはその企業にとって、どこか歯車のずれた取り組みになっていくことが往々にしてあります。あるITを導入してはみたけれど、現場が使いこなせずに結局お荷物になったというような話、聞いたことがないでしょうか。

そして、その問題に最初のうちは誰も気づきません。

くどいようですが、業務改革やシステム導入では、あらゆる観点から理想と現実をうまく埋める「デザイン」が、最も大切です。CxOを探すのなら、そういうことを重視し、偏りのない知見を発揮できる人物かどうかを、ぜひ見抜いてください。

ビジネスのしくみがダメだとこうなる、格好の事例

日経ビジネスが、去る5月29日発行の特集で、ヤマト運輸のビジネスの実情について取材した記事を掲載しました。

タイトルは「ヤマトの誤算 本当に人手不足のせいなのか」。世間では、アマゾンをはじめとしたECビジネスの急速な拡大に応じてきた宅配業界の人手不足が深刻化したことで、同業界の企業の勤務環境が悪化した、という同情的な向きで報じられていました。日経ビジネスの記事は、こうした風潮が本当なのか考察しよう、という趣旨でした。

実はわたしは、再配達が問題になっているなどの話が出始めた段階から、「本当に人手不足のせいなのか」と考えていました。それだけに、これまでのマスコミの報道には違和感をもっていたので、日経ビジネスの同特集は大変興味深く拝見しました。

わたしの考えていたことは、単純なことです。大変僭越ですが、これは経営の方針選択の誤りだと考えていました。

いかなる事業でも、その目的の中心は「顧客に対する価値の提供」です。提供したい価値を具体的に据えたなら、その価値をいかにして顧客に体験してもらい、実際に価値を感じてもらうかをデザインします。それに合わせて、顧客から自然なかたちで利益を回収するしくみを織り込みます。

わたしはこれらの仕組みをそれぞれ、サービス・プレゼンテーションと利益ロジックと呼んでいますが、この2つは表裏一体で作り込むべき仕組みです。

これらがうまくデザインできている事業は、価値を評価してくれる顧客が増えれば増えるほど、利益を上げていくことになります。当然ですが、顧客が増加の一途をたどれば、それを受け入れる組織も規模を拡大させる必要があります。それもまた、デザインの一部(組織体制のデザイン)です。

ではヤマト運輸はどうでしょうか。同社の宅配便取扱個数は、ここ何十年もの間、右肩上がりで増加してきました。一方で、同社の営業利益は2005年頃から頭打ちになっています。

よく聞いてみると、アマゾンなどの大口顧客に対して割引を適用していたそうです。そもそも大口割引というのは、まとめて取り扱えば業務面で効率化できるから割引が可能という、利益ロジックのからくりがあります。例えば製造業なら、ある製品をまとめて発注してくれれば、生産ラインを切り替えずにまとめて製造できるから、作る側が楽できる、部材もまとめて購入できるからコストが下がる、だから価格を下げますよ、という話です。

では宅配便はどうか。ちょっと想像しただけでも、そのような業務ではないと思いつきます。小口業者なら、まとめて同じ配送先に出してくれれば効率化になるかもしれません。当然、ヤマトはそれに当てはまらないほどの大企業です。一定の取り扱い規模以上になると、荷物が増えただけ面倒が増えるシナリオにしかならないはずです。それなのに大口割引とは、まともなビジネスのしくみが成立するとは思えません。

わたしはこんなことを考えて、ビジネスのしくみが破たんしていることをほぼ確信していました。

業界の事情、競争環境など、わたしが知らないいろいろな内情はあるのだろうと推察します。しかし、いかなる理由があっても、ビジネスのしくみがまともでない状態では、独自の価値は提供できません。経営が追うべきは、シェアでも取扱数量でもなく、顧客への提供価値だと思います。そこから外れた途端、ビジネスのしくみが崩れ、事業が崩れるという事例になってしまったように、わたしは感じています。

顧客への提供価値を追おうとすれば、ビジネスのしかたに「譲れない一線」が生まれるものです。一方、売上・利益・シェアを追おうとすると、およそそのビジネスには偏りが生まれ、結果として疲弊する方向に進むものだと、わたしは考えています。業界トップでなく、価値を認めてくれるコアな顧客を追い求めようとするのは、経営として甘いでしょうか。

経営者が考える「ITの使いどころ」を疑う

IDC Japanが去る5月8日に発表した、経営層を対象にした調査の結果から、感じたことを述べたいと思います。

具体的な調査の内容は、ITを購入する側のユーザー企業の経営層と情報システム部門をそれぞれ対象にして、経営課題の共有やテクノロジーの活用に関する認識などを調べた、というものです。

これによれば、経営層が示した「最優先の経営課題」の上位3つは、「新規ビジネスの創出」「営業力の強化」「ビジネスモデル変革」で、特に「新規ビジネスの創出」が突出して高いという結果でした。一方で、経営層が「ITによって解決したい経営課題」はというと、「業務プロセスの改善/再構築」の突出が目立ち、以下「新規ビジネスの創出」「リアルタイム経営」とのことです。

データを見る限り、多くの経営層はITの使いどころとして「業務プロセスの改善」を発想しやすいが、それ以外の課題に対する期待度はそれほど高くはない、そしてそれは経営の優先課題と異なる、よってITに対する経営の期待は高くない、という傾向が読み取れます。

この傾向は長年にわたって指摘されてきたことですが、いまでもそれは変わらないことが示された、ということでしょうか。

しかしながら、これはよくわからない考え方です。

新規に企画するビジネス、強い営業、変革させたビジネスモデル。これらが、関心の高い経営上のお題目ということですが、これらはすべて、何によって成り立っているでしょうか?

まさしく、業務プロセスです。

新規に企画するビジネス、強い営業、変革させたビジネスモデル。これらはつまり、従来型ではない斬新な、または洗練さを増したビジネスのやり方を編み出す、ということであるはずです。それは、最終的には業務プロセスによって表現されます。

業務プロセスの改善がITでできると思うのであれば、こうした課題もすべて、ITをテコにして対応できるはずではないでしょうか。

ITを活用する、と言われると、多くの経営者のアタマには何となく「自動化」「効率化」というキーワードが浮かんでいるのではないかと推察されますが、自動化するにも効率化するにも、自動で効率的にコンピューターにやらせるためのロジックが必要です。これは人間が考えて授けてあげなければなりません。そのロジックは実際のところ業務プロセスの一部であって、それを人間からコンピューターに肩代わりさせるだけのことです。

業務プロセスの改善であっても、新規ビジネスの企画であっても、業務のやり方をデザインすることに変わりはないのです。

業務プロセスが美しくデザインできて、一方でITで何ができるのかを知る。そうして、合理的な組合せを発想できます。IT活用とは、そういうものです。

そう考えれば、業務プロセスが美しくデザインできるのなら、どんな経営課題であってもITのチカラで突破する発想はできるはずではないでしょうか。

ただし、実はこの「デザイン」が難しい。そういう認識をしている経営者であれば、おそらく上記の調査結果の傾向とは異なる回答をしたのではないか、と感じます。

あなたの会社に「欲しいデータ」は整っているか

近年盛んにIT活用が取り上げられている分野に、農業があります。農場や農機にセンサーやカメラなどを取り付け、データを取得することで、農作物の生産品質の向上や作業効率化を図る、という取り組みです。

さまざまな事例が出てくるようになっていますが、同時にさまざまな課題もあることが分かってきているようです。そうした事例を見ていると、ほかの業界でも例外ではない、ITを活用するうえでの重要な課題がいろいろと理解できます。

例えば、「欲しいデータを正しく取る」という課題です。これは、1つの課題に見えるかもしれませんが、2つの課題について述べています。

農業の事例においては、データの取得にセンサーやカメラを使っているというのは、先に述べた通りです。こう言うと、機器を設置すればあとは自動でデータを採ってくれるように感じられますが、実はそんなにシンプルなことではありません。設置するのはいいですが、「こちらが思っている通りにデータが取れる」ということが保証される必要があります。

つまり、機器を設置したところで、環境的な条件でうまく機能しないかもしれないのです。例えばカメラを農地に設置したところ、そのカメラにクモが巣を作ってしまって映像を撮るどころではなかったというエピソードがあるくらい、自然を相手にして根本的な問題に突き当たることがあるわけです。

なにもこれは、農業だけの問題とは限りません。センサーの感度、カメラの向きや解像度など、場合によってはそうした要素の微妙な違いが、自社が欲しいデータの条件に大きく影響してくることは十分考えられると思います。都市部においても、設置環境は大きな影響を与える要素になり得るでしょう。

そうした条件をクリアして、とりあえず物理的にデータは取れるようにできたとしても、今度は「そのデータは本当に欲しいデータなのか」も保証されなければなりません。

農地において気温や降水量などのセンサーデータを取得するのは、当たり前のことのように思えます。しかしそれらのデータは、例えば農作物の品質向上などの目的を果たすのには結果として役に立たないかもしれません。役に立たなければ、そのデータは取っていても無駄ということになります。

試行錯誤してさまざまなパラメーターを試した中から、ある特定のセットだけが役に立つデータであった、という結論になるわけです。それができてようやく、「欲しいデータ」にたどり着くことができたことになります。「欲しいデータ」とは、最初から何の苦労もなくわかっているとは限らないのです。

このあたり、事例の中には、初めから科学的に裏付けのある理論を背景にデータを取得し、検証するという取り組みもあります。そうした方向性なら、もしかすると結果は出しやすいかもしれません。

ただし農作物などは、収穫が年に1回などの場合は特に、成果が見えるのが年間で限定されてしまうケースが多々あります。試行錯誤するにも、相当な時間がかかるということです。しかも環境条件が一定せず、それによって結果が左右されます。

こうして見ていくと、センサーデータがいくら蓄積され分析できたとしても、それだけではまったくうれしくはない実態が理解できるのではないでしょうか。

こうした状況は、農業分野に限らないのではないかと思います。ITを活用するうえで、データの質と量はその根幹を成します。

ITの業界には、”Garbage in, garbage out”という言葉があります。ITの話ではその機能に注目が集まりやすいですが、実はデータこそ重要です。入力データがゴミならば、機能がどれだけ先進的でも、出力されるデータは間違いなくゴミなのです。それがゴミか否かを判定するのは、そのデータと、そのデータを使った活用シナリオによって生み出される、ビジネス上の成果にほかなりません。

勘のよい方はお気づきかもしれませんが、今はやりのAIもまた、同じような話が当てはまります。

経営者のみなさんには、ぜひ自社を振り返っていただきたいと思います。会社の成果につながる「欲しいデータ」とはなにか定義ができるか。欲しいデータがきちんと社内に整備され、維持されているか。そしてそのデータは、実は「ゴミ」になってはいないか。

 

スマホアプリのデジタルマーケ 「気が利く」か「気持ち悪い」か

スマートフォンをもつ人が世の中の主流となって以降、大手企業を中心に、スマホアプリを活用したマーケティング施策が盛んに取り組まれています。

スマホは、個人が毎日持ち歩き、朝起きてから夜寝るまで(しばしば寝ている間も)そばに置き、ことあるごとに画面を見るものです。何かを販売したい企業にとっては、顧客との接点を持つにあたってうってつけのチャネルです。そこにアプリを導入してもらうことで、相当に機動的に顧客とコンタクトをとることが可能になります。

顧客を「個客」として扱い、ひとりひとりが満足してくれるサービスや商品を提供しようという、善なる動機からこれに取り組むことには、大変意義があるでしょう。ただし、その心意気がサービスのしくみとして具体的に表れていなければ、単に個人情報を収集したいだけの押しつけがましい業者と区別が付きづらいものになるでしょう。

表面的には同じことをしているように見えても、それを提供することの意味が顧客へ提供する価値として意識的にデザインされていないものは、顧客に何となく伝わってしまうものです。

例えば、ECサイトではよく、顧客がサイトのページや商品を閲覧した履歴を分析して、その顧客の好みを割り出し、その結果を基に顧客に何らかの形でレコメンド情報を送り込む、ということを行っています。これも、そのやり方によってはありがたく役に立つと感じられますが、まったく逆に「どこまで自分のプライバシーを知られているんだろう」と気味悪く感じられることもあります。

他にも、ある商業エリアに顧客が入ったことを、アプリが顧客のスマホのGPS情報を吸上げて把握し、近辺の店のクーポンなどの情報をプッシュして送るというサービスも、よく行われています。これもまた同様です。やり方によっては、ありがたくも、気持ち悪くもなります。

こうしたコンタクトチャネルが顧客に喜ばれるかどうかは、顧客がその情報をその業者から欲しいと思っているかどうかに大きく依存すると思います。まず顧客自身がそれを要望していること。そのうえで、顧客の動線を考え抜き、顧客が欲しいと思うタイミングで欲しいと思っているモノだけを送ること。情報が送られてくるしくみや利用している個人情報を明確にして示すこと。

顧客のことを考えているようでいて、いつの間にかマーケターの都合が発想の中心になってしまうと、とたんに押しつけがましい情報提供になるはずです。

わたしがうまい取り組みだなと最近感じたのは、パルコが展開するWebマーケティングです。同社が展開するスマホアプリは、来店していない顧客に興味を持ってもらうためのシナリオを工夫しています。例えば、テナントのブログをお気に入り登録するなど、店舗が展開する情報等に対して顧客がなにかアクションをすると、それだけでポイントを付与しています。ポイントを付与すると貯まっていきますから、それを使いに店に行ってみようという意欲が徐々に高まるはずです。それで店に訪れると、ただ来店しただけでまたポイントが付与されます。購入するともちろんポイントを獲得できますが、そのあとにショッピング体験をアプリ上で評価すると、そこでまたポイントを得ることができるようになっています。

顧客のほうは、ポイントをインセンティブに感じて行動を起こし、企業側は顧客の行動に関する情報を得ることになります。ただし企業がメリットを得るのは、顧客が自ら意識してポイント獲得のアクションを起こした時だけであり、顧客がアプリを動かす裏で知らぬ間に情報を得ているわけではありません。

それでいて、うまく動線設計することで、まだ来店していない顧客が持っている興味を知り、顧客が店舗を訪れるまでの行動を可視化することができるようになっています。店舗内においても、モニターしたいスポットを設けて同様の取り組みをすれば、店舗内での動線も把握できるわけです。これもまた、アプリが顧客の気づかぬところで位置情報を端末から吸い出しているわけではありません。

顧客に価値を感じてもらうことを中心にしてサービスのシナリオを考え、顧客が欲しいと思っているときに、信頼してもらえる方法でメリットになるものを送る。その対価として信頼できるオープンな形で企業側もメリットになるものを得て、それを新しい価値提供につなげていく。こういうシナリオづくりのもとで、企業側の為ではなく顧客のために様々な体験をデザインすることが、正しい方向のデジタルマーケティングではないでしょうか。

経営者なら断然注目すべき「Netflix靴下」

昨年末にNetflixが発表した、「Netflix靴下」というものがあります。

Netflixは、月額制で映画やテレビ番組が見放題になるストリーミングサービスを提供している米国企業です。米国におけるストリーミング回数総計では、YouTubeを抑えた圧倒的首位、2015年時点で会員数は世界で5700万人以上とされているサービスです。

そのNetflixが発表した「靴下」ということなのですが、何ができるのでしょうか。Netflixが提供する映画や番組を見ながらソファで寝てしまった人がこの靴下を履いていれば、靴下に装着されたセンサーがその人が眠ったことを検知して、視聴画面を自動で停止してくれるというのです。そうすれば、目覚めたあとで眠ってしまった場面から続きが見られる、というわけです。

一見すると半分冗談の交じったアメリカっぽい話のように思えるかもしれませんが、冗談ではありません。本当に使える代物です。ただし、Netflixがこれを自分で売っているわけではありません。実はサイトには「つくりかた」が解説されており、材料や回路図などと共に製作のステップが細かく示されています。

このエピソード、おもしろいニュースネタとしてただやり過ごすにはもったいないほどに、ITをどうにかしたいと考えている経営者には重要な示唆があると、わたしには思えます。

近年、「もはやITを業務効率化にだけ利用する時代ではなく、事業の拡大や活性化に活用すべきだ」ということが言われています。企業は、デジタルビジネスをいかに推進できるかが問われている、というわけです。

そのために何が必要でしょうか。単にITに詳しい人材が自分の会社にいればよいというものではありません。ビジネスとITを双方ともバランスよく理解し操れる人材が必要であり、かつそうした人材のアイデアを取り込んで実行できる社内環境が必要になります。

デジタルビジネスの実現に必要になる要素を端的に挙げるとすれば、「事業につながるアイデアの発想」「ITでできることに関する豊富な知恵」「事業シナリオにITの知恵を織り交ぜてしくみをデザインする能力」「しくみを実際に検証する体制」というものが大きいでしょう。

先ほどのNetflix靴下は、これらがすべてできているわかりやすい好例なのです。だから、経営者に注目していただきたいのです。

もちろん、このエピソードを「事業」と称するにはおこがましいし単純すぎることは確かですが、顧客の困りごとを解決しようとする方向性は同じです。

Netflixを利用する顧客が抱えているちょっとした困りごとに着目し、こんなものがあったら喜んでくれるだろうなというアイデアを発想する。それを実現する機能はITがもたらしてくれることを知恵として自ら引き出し、それを実際に創り出すシナリオを描き出す。「本当にできる」シナリオを組み上げて、あとは実行するのみにする。こうしたことがきちんとできているのです。

ITをビジネスに取り込み、デジタルビジネスを推進したいなら、「Netflix靴下」に端的に表れているような仕組みのデザインがトータルで実行できる人材ないしチームを自社に置くこと、そして彼らが行う提言に経営者や会社が耐えうること。こうしたことが要求されるのです。

この体制を整備するためのアプローチは、それほど多くはありません。社内でポテンシャルのある人材を見出して粘り強く育てるか、そういうことができる人材を見つけ出して雇用するか、その能力のある外部パートナーに支援してもらうか。

いずれの方法をとるにしても、デジタルビジネスを実現するのだという確固たる信念を経営者自身が持ち、経営者が積極的に動かなければなりません。すべては、経営者の本気度の高さがカギになっていると言えます。

現在、日本企業の多くは、その企業規模が小さくなればなるほど、自社としてクラウドをどう利用すべきなのかという判断さえうまくできないのが実態です。部下に丸投げしてよきに計らえでは、状況は何も変えられないどころか、下手をするとおかしな方向へ進んでしまって、しかもそれに気づくことができないかもしれません。

格安SIMの百花繚乱にみる「企業の自前MVNO」

最近、携帯電話のMVNOによる格安SIMサービス事業に進出する企業が次々と現れています。

MVNOとは、大手キャリアが運営する携帯電話網を間借りする形で、携帯通信(Mobile)の仮想的な(Virtual)回線事業者(Network Operator)として、通信サービスを運営する事業者のことを指します。

インターネットプロバイダーを営む事業者が自社のサービスの拡大のために進出するケースが典型的ですが、小売業や機器製造メーカーなどまったく異業種の企業が進出するケースも目立っています。

大手キャリアと比べた場合に通信品質やサポートが劣ることや、初心者には端末設定が難しいなどの指摘もされていますが、なにより大手キャリアの通信プランに比べて段違いの安さで利用でき、契約も月単位、解約しても違約金などを取られることがないので乗換が容易です。この使い勝手の良さで、ここ最近人気を獲得し始めています。

MVNOにより、どんな企業でも通信サービスの事業化を目指すことができます。これまで、通信事業を自ら手掛けるという発想は、ネットワークを構築運用するための莫大なインフラコスト、通信事業にかかる法的な規制、大手キャリアによる参入障壁などを考えれば、ほとんどありえないことでした。ところが、MVNOは大手キャリアが整備する既設の回線を借りるだけでよく、通信ネットワークを維持管理する手間もノウハウも不要で、うまくいかなければ撤退も容易です。

MVNOは日本だけでなく、米国や欧州など海外にもMVNO事業が可能な国があります。そうした国でも同じ発想で、通信サービスを手掛けることが可能になるわけです。

このことで、企業のビジネス環境が変わりました。企業は、「自前の製品やサービスにモバイル通信を組み込む施策」を、容易に構想できるようになります。もちろん、単に通信ビジネスを始めようということではありません。つまり、いま提供している自前の事業に、通信を組み込んだら、顧客にもっと高い利便性を提供できないか、という発想ができるようになるということです。

これまででも、このようなかたちで通信を組み込んだサービスは、キャリアの力を借りて無理やり実現しようと思えば可能でした。しかし、コストや手間に見合った利便性や魅力を提供するものにはなりにくく、現実的ではありませんでした。この状況が変わったということです。BtoCなら特に、容易に利益ロジックを立てられる状況が生まれています。

企業には、発想の転換が必要になるでしょう。ITの進化がもたらすパラダイムシフトとパワーの一端が、ここにも見えるように感じています。

さすが銀行のビッグプロジェクトはすごい、と思ってはいけない

先日、みずほ銀行のシステム統合プロジェクトの工期が約1年延期されることが発表になりました

同行の勘定系システムは稼働からすでに25年以上が経過しているなど、かなり老朽化・複雑化しているとのことで、さまざまな事情とリスクを勘案した結果だろうと推察します。

マスコミは同行のシステム統合事例を「史上最大規模、世界でも類を見ないシステムプロジェクト」として取り上げるきらいがありますが、わたしはこの事例は、多くの企業が手本とすべきものではないと考えています。

この事例のような大規模システム全面刷新、いわゆる「ビッグバン導入」は、本来避けるべき方法です。莫大な労力と費用を投じた挙句に頓挫するリスクが非常に高いやりかたです。難易度が非常に高いぶん、成功すれば大々的に取り上げられて一様にほめられるでしょうが、正しい努力だとは思えません。同行にとっては、残念ながらこれしか選択肢がないのだろうと、わたしは見ています。

システム開発プロジェクトの理想の姿は、小さく実施することです。プロジェクトの最大の目標は、「つつがなく完了する」こと。そうだとしたら、もし元のシステム構想が大規模であれば、それをできるだけ小さく分割してコントロールを容易にし、リスクを下げて実行できるようにしたほうがよいのは当然です。さらには、開発規模が小さくなればパートナーに選定できるベンダーの幅も広がり、コスト削減の可能性も大きくなります。

大規模なものを大規模なまま実施するということはつまり、ユーザー企業が、いかに分割すればよいのかにアタマを使っていないということです。そして大規模にすればするほど、いわゆるITゼネコンでなければ受注できないようなシロモノになり、コストは半端な規模では済まなくなります。

ビッグバン導入は、百害あって、成功すれば一利に加えてマスコミに取り上げられてほめてもらえる特典くらいあり、失敗や頓挫をすれば百害に加えて会社が傾くほどの損害まで被るかもしれません。経営者はこのことを直感では感じていることが多いのですが、IT担当が出してくる計画にロジカルに反論する力がないのが実情でしょう。

そうした計画しか出せない諸悪の根源は、ビッグバン導入以外に選択肢がなくなってしまうほどに、企業内のリーダー層が、システムのつくりの問題に見て見ぬふりをしてきたことなのかもしれません。それは、経営者の責任でもあります。経営者にはこの点に、まずは目を向けていただきたいと感じています。

知るだけで、終わっていないか

最近、技術の進化を背景にしたトピックに、事欠かないような気がします。

例えば、電子書籍。リーダーやスマホで読書する人は珍しくなくなり、本はもはや紙で読むのが当たり前でもなくなってきました。ビッグデータにまつわる喧騒は、単なるバズワードでもない様相も感じさせます。JR東日本がSuicaの利用履歴データを利用者に十分な説明をせずに販売し、パーソナルデータの取り扱いについて論議を呼びました。そういえば最近、自動車業界では自動運転技術が盛り上がっています。日本でも、複数の企業がデモンストレーションを公開して技術を競っています。

こうした動向をメディアなどで目にしたときに、自分は何を考えるか。ビジネスの仕組みやシステムを企画するうえでとても重要なことだと、常々ボヤッとしているアタマをたたき起こしてリマインドするようにしています。

ともすれば、「電子書籍もいいけれど、やっぱり紙で読んだほうがいいなぁ」であったり、「自動運転の車が買えるようになるのはもうちょっと先だろうから、まだあまり関係ないかなぁ」などと、個人の視点で捉えて終わってしまいがちです。個人の趣味趣向であればそれでよいのですが、ビジネスの世界において同じことをしていると、たとえいま一流の会社でも、いつのまにか事業がピンチに追い込まれてしまうかもしれません。

これは、そんなに極端な話でもありません。ビジネスの世界には「企てる人」がいます。「企てる人」はいつでも考えていて、考えている人と考えていない人とでは圧倒的な差がついてしまうのです。

考えている人はこうした情報に触れたとき、その先のシナリオを想像します。

「電子書籍は、学校の教科書にも適用できる。シンクライアントの技術と組み合わせれば、生徒や学生は荷物を持たずに学校に行くようになるかもしれない。そうなると、ランドセルや通学バッグ、もしかすると毎日通学さえしなくなって制服も売れなくなる。」
「自動運転が当たり前になると、トラックにも適用できる。経路のプログラミングができるのなら、例えばアマゾンのような大規模な流通業者は、みずから自動運転トラックを配備したくなる可能性が高い。そうなると、付加価値の高い物流技術を持たない運送業者はピンチになる。」

本当にそうなるかはわかりません。しかし、こうした想像を今からしているバッグ業者や運送業者と、電子書籍なんて自動運転なんてウチの事業に関係ないからと何も考えていない業者では、年を経るにつれて明らかに差がつくと思うのです。

もっと高度な人たちは、自分の考えるシナリオを世の中のトレンドやスタンダードにしてしまおうと企てます。そんな人はひと握りの特殊な人物かと思いきや、意外とサラリーマンだったりするのです。要はそれが、組織的な取組みなのか、その会社が本気でカタチにしようとする取組みなのかどうかの問題です。

そんな「考えたもの勝ち」のような人たちが世の中を動かしているのだとしたら、みなさんの会社で何もできないことはないかもしれません。ガンホーだって、LINEだって、数年前は知らなかった方、多いのではないでしょうか?