日経ビジネスが、去る5月29日発行の特集で、ヤマト運輸のビジネスの実情について取材した記事を掲載しました。
タイトルは「ヤマトの誤算 本当に人手不足のせいなのか」。世間では、アマゾンをはじめとしたECビジネスの急速な拡大に応じてきた宅配業界の人手不足が深刻化したことで、同業界の企業の勤務環境が悪化した、という同情的な向きで報じられていました。日経ビジネスの記事は、こうした風潮が本当なのか考察しよう、という趣旨でした。
実はわたしは、再配達が問題になっているなどの話が出始めた段階から、「本当に人手不足のせいなのか」と考えていました。それだけに、これまでのマスコミの報道には違和感をもっていたので、日経ビジネスの同特集は大変興味深く拝見しました。
わたしの考えていたことは、単純なことです。大変僭越ですが、これは経営の方針選択の誤りだと考えていました。
いかなる事業でも、その目的の中心は「顧客に対する価値の提供」です。提供したい価値を具体的に据えたなら、その価値をいかにして顧客に体験してもらい、実際に価値を感じてもらうかをデザインします。それに合わせて、顧客から自然なかたちで利益を回収するしくみを織り込みます。
わたしはこれらの仕組みをそれぞれ、サービス・プレゼンテーションと利益ロジックと呼んでいますが、この2つは表裏一体で作り込むべき仕組みです。
これらがうまくデザインできている事業は、価値を評価してくれる顧客が増えれば増えるほど、利益を上げていくことになります。当然ですが、顧客が増加の一途をたどれば、それを受け入れる組織も規模を拡大させる必要があります。それもまた、デザインの一部(組織体制のデザイン)です。
ではヤマト運輸はどうでしょうか。同社の宅配便取扱個数は、ここ何十年もの間、右肩上がりで増加してきました。一方で、同社の営業利益は2005年頃から頭打ちになっています。
よく聞いてみると、アマゾンなどの大口顧客に対して割引を適用していたそうです。そもそも大口割引というのは、まとめて取り扱えば業務面で効率化できるから割引が可能という、利益ロジックのからくりがあります。例えば製造業なら、ある製品をまとめて発注してくれれば、生産ラインを切り替えずにまとめて製造できるから、作る側が楽できる、部材もまとめて購入できるからコストが下がる、だから価格を下げますよ、という話です。
では宅配便はどうか。ちょっと想像しただけでも、そのような業務ではないと思いつきます。小口業者なら、まとめて同じ配送先に出してくれれば効率化になるかもしれません。当然、ヤマトはそれに当てはまらないほどの大企業です。一定の取り扱い規模以上になると、荷物が増えただけ面倒が増えるシナリオにしかならないはずです。それなのに大口割引とは、まともなビジネスのしくみが成立するとは思えません。
わたしはこんなことを考えて、ビジネスのしくみが破たんしていることをほぼ確信していました。
業界の事情、競争環境など、わたしが知らないいろいろな内情はあるのだろうと推察します。しかし、いかなる理由があっても、ビジネスのしくみがまともでない状態では、独自の価値は提供できません。経営が追うべきは、シェアでも取扱数量でもなく、顧客への提供価値だと思います。そこから外れた途端、ビジネスのしくみが崩れ、事業が崩れるという事例になってしまったように、わたしは感じています。
顧客への提供価値を追おうとすれば、ビジネスのしかたに「譲れない一線」が生まれるものです。一方、売上・利益・シェアを追おうとすると、およそそのビジネスには偏りが生まれ、結果として疲弊する方向に進むものだと、わたしは考えています。業界トップでなく、価値を認めてくれるコアな顧客を追い求めようとするのは、経営として甘いでしょうか。