AlphaGoにみる、ITという技術の位置づけ

先月、Googleが開発した人工知能囲碁ソフト “AlphaGo” が、現在世界最強と呼び声の高いプロ棋士と対戦して4勝1敗で圧勝し、大きな話題になりました。

全対戦が動画でネット中継されましたが、勝利を収めた4戦はいずれも、付け入るスキを一切見せない完ぺきな展開をAlphaGoが披露し、人間の棋士は接戦するも、なすすべがなかったという印象を残しました。

囲碁は、チェスや将棋と比べて複雑度が高く、コンピューターにとって難関と言われ続けてきました。2013年に将棋ソフトがトッププロ棋士との五番勝負で勝利を収めた際でも、しかし囲碁はしばらく無理だろうと言われていました。それだけに今回の圧勝には、専門家でさえも、これほどまでに早く勝てるようになったことに衝撃を覚えた出来事でした。

この出来事は、さまざまなことを物語っているように思います。その中から2つほど、わたしが注目したことをここで取り上げてみたいと思います。

まずひとつは、コンピューターがもつ能力の優位性です。

ここ最近、人間のシゴトの多くがコンピューターに取って代わられるという話題も注目されましたが、こと情報処理能力が問われる分野においては、いまでなくても必ずいつか、コンピューターが人間よりも能力的に優位になるということを改めて思い知らせる出来事だっただろうと思います。

実はAlphaGoは、囲碁のルールを一切知りません。過去の棋譜を単純かつ膨大に丸覚えし、かつコンピューター同士による数千万回もの膨大な数の対戦を繰り返してまた覚えることで、勝つパターンを身につけています。これまでの常識ではありえないことをやって見せているわけです。

自動翻訳ソフトのしくみも、似たようなからくりだと言われます。中国語が一切わからない開発チームが中国語を翻訳するソフトを作った、というエピソードもあるくらいです。

このことはつまり、高尚な戦略戦術など練らずとも、膨大なデータの存在と一定のゴール(正解)設定ができるものであれば、コンピューターはデータだけを用いて目的を達してしまうということです。必要なデータが何兆何京といった数字であったとしても、それが有限でありさえすれば、そのうちコンピューターはその量を克服してしまうでしょう。

ただ逆に言えば、データにならない(またはしない)領域はコンピューターが手を出せない領域ということにも、なるかもしれません。この点は、わたし個人がいわゆる「シンギュラリティ」という話に違和感を覚えていることにも通じています。

もうひとつ注目点を取り上げるなら、今回の出来事を通じて、ITの技術開発の最先端を行くリーダーの位置にネット企業がいるということが改めて示されたと感じます。

AlphaGoを開発したのはGoogleでしたが、1997年にチェスの世界最強プロを初めて破ったコンピューターを開発したのは、IBMでした。

IBMはいまでも、技術開発力では世界トップクラスの企業です。最近ではWatsonの開発でも話題を集めました。しかしそれにも増して、今回はGoogleのような、開発した技術を直接利益に換えようとはしないが圧倒的なコンピューティングパワーを擁する企業が、技術の限界を押し上げ、業界をリードしていることを印象付けたと言えます。

それだけ、ITの要素技術そのものはコモディティ化したということでしょう。もちろん人工知能の分野はいまだ発展途上ですが、企業にとって重要なのは、ITのさまざまな要素技術の特徴をとらえて、どれを組み合わせて使って何を実現するのか。このアイデアとセンスであると言えるのではないでしょうか。

 

経営者なら断然注目すべき「Netflix靴下」

昨年末にNetflixが発表した、「Netflix靴下」というものがあります。

Netflixは、月額制で映画やテレビ番組が見放題になるストリーミングサービスを提供している米国企業です。米国におけるストリーミング回数総計では、YouTubeを抑えた圧倒的首位、2015年時点で会員数は世界で5700万人以上とされているサービスです。

そのNetflixが発表した「靴下」ということなのですが、何ができるのでしょうか。Netflixが提供する映画や番組を見ながらソファで寝てしまった人がこの靴下を履いていれば、靴下に装着されたセンサーがその人が眠ったことを検知して、視聴画面を自動で停止してくれるというのです。そうすれば、目覚めたあとで眠ってしまった場面から続きが見られる、というわけです。

一見すると半分冗談の交じったアメリカっぽい話のように思えるかもしれませんが、冗談ではありません。本当に使える代物です。ただし、Netflixがこれを自分で売っているわけではありません。実はサイトには「つくりかた」が解説されており、材料や回路図などと共に製作のステップが細かく示されています。

このエピソード、おもしろいニュースネタとしてただやり過ごすにはもったいないほどに、ITをどうにかしたいと考えている経営者には重要な示唆があると、わたしには思えます。

近年、「もはやITを業務効率化にだけ利用する時代ではなく、事業の拡大や活性化に活用すべきだ」ということが言われています。企業は、デジタルビジネスをいかに推進できるかが問われている、というわけです。

そのために何が必要でしょうか。単にITに詳しい人材が自分の会社にいればよいというものではありません。ビジネスとITを双方ともバランスよく理解し操れる人材が必要であり、かつそうした人材のアイデアを取り込んで実行できる社内環境が必要になります。

デジタルビジネスの実現に必要になる要素を端的に挙げるとすれば、「事業につながるアイデアの発想」「ITでできることに関する豊富な知恵」「事業シナリオにITの知恵を織り交ぜてしくみをデザインする能力」「しくみを実際に検証する体制」というものが大きいでしょう。

先ほどのNetflix靴下は、これらがすべてできているわかりやすい好例なのです。だから、経営者に注目していただきたいのです。

もちろん、このエピソードを「事業」と称するにはおこがましいし単純すぎることは確かですが、顧客の困りごとを解決しようとする方向性は同じです。

Netflixを利用する顧客が抱えているちょっとした困りごとに着目し、こんなものがあったら喜んでくれるだろうなというアイデアを発想する。それを実現する機能はITがもたらしてくれることを知恵として自ら引き出し、それを実際に創り出すシナリオを描き出す。「本当にできる」シナリオを組み上げて、あとは実行するのみにする。こうしたことがきちんとできているのです。

ITをビジネスに取り込み、デジタルビジネスを推進したいなら、「Netflix靴下」に端的に表れているような仕組みのデザインがトータルで実行できる人材ないしチームを自社に置くこと、そして彼らが行う提言に経営者や会社が耐えうること。こうしたことが要求されるのです。

この体制を整備するためのアプローチは、それほど多くはありません。社内でポテンシャルのある人材を見出して粘り強く育てるか、そういうことができる人材を見つけ出して雇用するか、その能力のある外部パートナーに支援してもらうか。

いずれの方法をとるにしても、デジタルビジネスを実現するのだという確固たる信念を経営者自身が持ち、経営者が積極的に動かなければなりません。すべては、経営者の本気度の高さがカギになっていると言えます。

現在、日本企業の多くは、その企業規模が小さくなればなるほど、自社としてクラウドをどう利用すべきなのかという判断さえうまくできないのが実態です。部下に丸投げしてよきに計らえでは、状況は何も変えられないどころか、下手をするとおかしな方向へ進んでしまって、しかもそれに気づくことができないかもしれません。

ゴルフトーナメントに見た、技術イノベーションの一例

先日に目にして、大変すばらしいと感じた記事を紹介しておきたいと思います。

日経BP社の情報サイト「ITpro」に掲載された、スポーツとIT技術の融合によるイノベーションを取材した記事です(全文閲覧には会員登録が必要)。

紹介されているのは、女子ゴルフトーナメント「富士通レディース」にて実験的に提供されたネットサービスで、

  • 特定のいくつかのホールや練習場の様子をリアルタイムでネット中継
  • 試合翌日以降、指定条件にヒットするプレーシーンだけを一気見できるショット検索
  • アーカイブ映像中の選手のウエアやギアをクリックすると当該商品の詳細がすぐ見られる、インタラクションVOD

を提供したというものです。

わたしの拙いことばだけではイマイチ良さが伝わらないと思いますが、記事を参照いただくと写真付きで説明されていますのでご覧いただければと思います。ゴルフファンには大変好評だったそうなのですが、実はわたしはゴルフをしませんので、その興奮度はいまいちわかりません。それよりもわたしが感心したのは、このサービスの開発経緯です。

実は上記の3つのサービスのうち、「ショット検索」サービスの原型は、プロ野球パ・リーグで提供されている「対戦検索サービス」だとのこと。パ・リーグ6球団の各種権利をとりまとめるパシフィックリーグマーケティングが、新しいサービスのヒントを求めて富士通を訪問し、さまざまな技術を紹介してもらう中で、ある技術を見てピンときたのだそうです。

その技術とは、「河川監視システム」。

一体なんのことやらと思いますが、河川監視システムに活用されている、映像認識と関連データのタグ付け技術を見学して、野球の試合映像で誰の打席かを認識させることを思いついたのだということです。

この話を聞いて、これこそまさに、技術を活用したイノベーションのお手本だと感じました。

ビジネスリーダーは多くの場合、技術をよく知りません。そういうビジネスリーダーが、よく知らなくても技術に対する可能性に関心を持ち、自ら情報収集しに行っていることが、まず素晴らしいと思います。

こうした情報収集や調査活動は、結果としては空振りに終わることがほとんどだろうと思います。しかし、新しい芽を見つける活動とはそんなものです。そう理解したうえで、知見の蓄積は当然行うものの半ば楽しんでこうした活動を続けていると、このケースのように「ピンとくる」瞬間が訪れるのではないでしょうか。

一方、技術者も多くの場合、ビジネスで要求されている事項をよく知りません。業種が異なればなおさらです。そういう技術者が、技術を開発するだけで満足しそうなところを抑えて、ビジネスに何とか使えないかと常々模索する姿勢もまた、素晴らしいと思います。特に、上記の3つ目のサービス「インタラクションVOD」では、富士通は社内で相当に議論して、技術活用とマネタイズの両立のアイデアを練ったそうです。

こういう取り組みも、一般的には多くの場合、空振りに終わります。しかし、そういうものなのです。それを前提として、組織として継続的に追求できるかどうかが問われるのです。

技術活用に限らないでしょうが、世の中にインパクトを与えられるアイデアを獲得できる確率はそれほど高くはありません。取り組んでいるわりに成果の出ない日々が続くものです。しかし、アイデアを獲得しようと努力することがない組織にアイデアが降りてくることは決してないのも、また事実だと思います。他社のおもしろいアイデアを後から真似すれば楽ですが、それで得られる充実感はないでしょう。

このような取り組みは、基本的に好奇心にあふれた環境で行われるべきだろうと思います。この事例のように、互いに努力を重ねるビジネスサイドの関係者と技術サイドの関係者が交流の機会を持ち、それぞれのアイデアや構想を披露し合い、そのなかから興味深いアイデアが浮かぶ。こうした環境を持てると大きな強みになるだろうと感じました。

格安SIMの百花繚乱にみる「企業の自前MVNO」

最近、携帯電話のMVNOによる格安SIMサービス事業に進出する企業が次々と現れています。

MVNOとは、大手キャリアが運営する携帯電話網を間借りする形で、携帯通信(Mobile)の仮想的な(Virtual)回線事業者(Network Operator)として、通信サービスを運営する事業者のことを指します。

インターネットプロバイダーを営む事業者が自社のサービスの拡大のために進出するケースが典型的ですが、小売業や機器製造メーカーなどまったく異業種の企業が進出するケースも目立っています。

大手キャリアと比べた場合に通信品質やサポートが劣ることや、初心者には端末設定が難しいなどの指摘もされていますが、なにより大手キャリアの通信プランに比べて段違いの安さで利用でき、契約も月単位、解約しても違約金などを取られることがないので乗換が容易です。この使い勝手の良さで、ここ最近人気を獲得し始めています。

MVNOにより、どんな企業でも通信サービスの事業化を目指すことができます。これまで、通信事業を自ら手掛けるという発想は、ネットワークを構築運用するための莫大なインフラコスト、通信事業にかかる法的な規制、大手キャリアによる参入障壁などを考えれば、ほとんどありえないことでした。ところが、MVNOは大手キャリアが整備する既設の回線を借りるだけでよく、通信ネットワークを維持管理する手間もノウハウも不要で、うまくいかなければ撤退も容易です。

MVNOは日本だけでなく、米国や欧州など海外にもMVNO事業が可能な国があります。そうした国でも同じ発想で、通信サービスを手掛けることが可能になるわけです。

このことで、企業のビジネス環境が変わりました。企業は、「自前の製品やサービスにモバイル通信を組み込む施策」を、容易に構想できるようになります。もちろん、単に通信ビジネスを始めようということではありません。つまり、いま提供している自前の事業に、通信を組み込んだら、顧客にもっと高い利便性を提供できないか、という発想ができるようになるということです。

これまででも、このようなかたちで通信を組み込んだサービスは、キャリアの力を借りて無理やり実現しようと思えば可能でした。しかし、コストや手間に見合った利便性や魅力を提供するものにはなりにくく、現実的ではありませんでした。この状況が変わったということです。BtoCなら特に、容易に利益ロジックを立てられる状況が生まれています。

企業には、発想の転換が必要になるでしょう。ITの進化がもたらすパラダイムシフトとパワーの一端が、ここにも見えるように感じています。

「日本の経営者は IT に無関心」に異議あり

日本の企業経営者はITに弱い、ITを理解しようとしない、とよく言われます。

この意見、外れているとは思いませんが、ズバリ当たってもいないと、わたしは考えています。

たしかにITには関心が低い傾向が強いだろうと思いますが、それよりもむしろ、ビジョンやアイデアを描いて試す必要性への関心のほうが低いように思えてなりません。

経営者は経営の仕事で多忙であり、現場レベルのことにかまっている暇はない、という認識が典型的にあります。経営の仕事は、その判断や指示が会社の行く末を左右するタフな仕事であることは確かです。しかしそうだとしても、現場が自社のビジネスをどのように動かしてくれているか、さらにそのパフォーマンスを高める余地はないか、ということに、かなり無頓着な経営者や経営幹部が多いように感じています。ある意味、売上や他社しか見ていないところがないでしょうか。

経営者が自らビジネスを構想し、「こういうものを世の中に提供したい」「顧客にこういう体験をしてほしい」と強く思っているのなら、実務を社員という他人に委任する以上、思い描いたものを実際に提供できているか、もっとよくできないか、ということが、気になって仕方がないはずです。そういう経営者は、思い描いたビジネスが実際に可能になる業務のしくみを整備しようとし、そのうえでKPIなどの指標を用意しながらモニタリングして課題の発見と解決を素早く図ることができるしくみを整備しようとするものです。

しかし、そのような「しくみ」の意識が高い企業は多くないのが現実です。無頓着であるとすれば、それはつまり、推進したいビジネスを自ら構想し具体化するというプロセスをそもそも経ていないことを意味するのではないでしょうか。

世の中をリードする企業はおよそ、アイデアをカタチにして世の中に提示しつづける企業です。

最近の自動車業界では「自動運転」の技術がさかんに取りざたされるようになりましたが、話題の先鞭をつけたのは自動車会社ではないグーグルです。彼らは自動車業界に参入したくてそうしているのではありません。これを使って効率的に人とつながるビジネスを加速したいわけです。自動運転する車ができるなら、配送業者に頼らず自らで配送を手掛けることが可能になります。顧客と直接つながるきっかけを増やすことができれば、彼らが最も欲しい「情報」をつかむきっかけもまた、増えることになるのです。

アマゾンは最近、顧客の家庭や生活の中にまで潜りこもうとする傾向が顕著です。Kindleは有名ですが、それ以外にも、口頭で音声入力したりバーコードを読み込ませたりするだけで注文できるDashという端末を発売したり、家庭用ロボットのようなechoという商品の販売も始めました。彼らは「必要なものは何でもアマゾンで買ってほしい」ということだけを考えているように見えます。その目的につながることをどんどん発想するから、結果的に小売業とは見紛うような分野にまで足を踏み入れるし、それをためらわないのだと感じます。

もちろん、こうした発想は、グーグルやアマゾンの経営者がすべて自分で発想したものではないでしょう。しかし少なくとも、しくみの新たなアイデアの発想を奨励し、それが自然にできる環境を整え、アイデアは実際に試すことをとおしてよりレベルの高いビジネスを実現しようという強い意欲が、経営者にあることは間違いありません。わたしは経営者の最大のシゴトは「しくみづくり」だと考えています。経営者にその意欲なくして、勝手に社員がすばらしいモノゴトを生み出してくれることはないのです。

そして実は、経営者がITに強いと、こうした発想がいろいろと出てきやすいのもまた、事実なのです。IT技術の進化は、これまで不可能だったことを可能にしてくれます。それが、アイデア発想の源泉になるのです。「アイデアを描くこと」と「IT」は、ここでつながります。

ITに関心のない経営者がいたとしたら、それはもっと深刻な問題かもしれない。これが、わたしの仮説です。

ビッグデータより、ビックリデータ

ときどき、ホテルやレストランなどで、ちょっと感動するサービスに遭遇することがあります。

例えば、宿泊先のホテルで。チェックインの際に、ホテル内のジムが何時から開いていてどんなサービスがあるのか、フロントの人に少しくわしく質問します。いろいろ教えてもらった後、部屋に入り、食事を済ませてからジムへ行ってみます。すると名前を告げるなり、受付からもインストラクターからも「お待ちしておりました」と言われます。こちらが使ってみようと思っていたサービスを、こちらが伝える前から紹介しはじめました。

例えば、日本料理の店で。来店の際、座敷に上がるため、靴を脱ぎます。居酒屋などでは、げた箱に入れてセルフでカギをかけたりしますが、ここではそういうものは見当たりません。大きなげた箱が玄関に置かれていたので、自分で靴をそこに入れ、店内に入ります。おいしい食事をいただき、満足しながら店を後にしようと出口に向かうと、玄関にはすでに、自分の靴が並べられて土間に置かれていました。

いかがでしょうか。似たような「おもてなし」体験をしたことがあるかたも、多いのではないかと思います。

これらの例を実現した秘密をひも解くなら、前者はフロントとジムで情報共有ができていた結果であり、後者はサービス担当が顧客の持ちものを記憶するように訓練されていたから、ということになります。

こうしたことから、よいサービスになるものの共通項は「自分のことを知っていてくれる、覚えていてくれる」ということだ、と理解できます。これをIT技術で実現しようとしているのが、最近話題の(特にマーケティング分野での)ビッグデータなわけです。

実際にこうしたデータ収集に取り組む人々がどういう思いでいるのかまでは存じませんが、顧客の情報を集めれば顧客を知ることになり覚えることになると、単純にそう思っているのだとしたら、わたしには、大事な気づきがひとつ抜けているように思えます。

それは、「自分のことを知っていてくれる、覚えていてくれる」ということばの前に、「思いがけず」が省略されている、ということです。

何かのサービスを受けて感動するとき、たいていその理由は、「そんなことをしてくれるなんて思いもしなかったから」ではないでしょうか。上記の例でいえば、もし顧客が「ホテルでは情報共有されていて当たり前、フロントに話したのだからジムの担当者は自分が来ることを当然知っている」と思っていたとしたら、どうだったでしょうか。もし顧客が「日本料理店の従業員は、客の持ちものを覚えているのは当然。店を出るときには当然靴が出されている」と思っていたとしたら、どうだったでしょうか。

つまり、サービスが感動を呼ぶには、顧客を「知っている」ことではなく、顧客が「思いがけない」「想像していなかった」ということがより重要と思えるのです。

もうひとつ挙げるなら、「その行為がリアルタイムに起こる」という点も、見逃せません。上記の例でいえば、ホテルのフロントも、日本料理店のサービス担当も、感動につながる行為を「その場で」実行しています。昔から顧客の興味や情報を知っていたわけではなく、その場で情報を入手し、その場で処理して、その場で行動しているのです。

こうして考えてみると、顧客からたくさんの個人情報を吸い上げ、それを分析し、そこから得た知見を活用するというような取り組みだけでは、たとえそれがワントゥワン・マーケティングだったとしても、感動は呼ばないだろうという考えに至ります。なぜなら、顧客はその企業にあらかじめ自分のことを教えているからです。「その情報を使って分析するんでしょ」と、もう思われてしまっているからです。

「いや、レコメンドするのは、お客様が便利になるからです」とおっしゃるのなら、そうかもしれませんね。それなら、「たったそれだけしか教えていないのに、なんでわかったの」と言われるくらい、少ない情報からレコメンドすれば、感動されると思いますよ。

知るだけで、終わっていないか

最近、技術の進化を背景にしたトピックに、事欠かないような気がします。

例えば、電子書籍。リーダーやスマホで読書する人は珍しくなくなり、本はもはや紙で読むのが当たり前でもなくなってきました。ビッグデータにまつわる喧騒は、単なるバズワードでもない様相も感じさせます。JR東日本がSuicaの利用履歴データを利用者に十分な説明をせずに販売し、パーソナルデータの取り扱いについて論議を呼びました。そういえば最近、自動車業界では自動運転技術が盛り上がっています。日本でも、複数の企業がデモンストレーションを公開して技術を競っています。

こうした動向をメディアなどで目にしたときに、自分は何を考えるか。ビジネスの仕組みやシステムを企画するうえでとても重要なことだと、常々ボヤッとしているアタマをたたき起こしてリマインドするようにしています。

ともすれば、「電子書籍もいいけれど、やっぱり紙で読んだほうがいいなぁ」であったり、「自動運転の車が買えるようになるのはもうちょっと先だろうから、まだあまり関係ないかなぁ」などと、個人の視点で捉えて終わってしまいがちです。個人の趣味趣向であればそれでよいのですが、ビジネスの世界において同じことをしていると、たとえいま一流の会社でも、いつのまにか事業がピンチに追い込まれてしまうかもしれません。

これは、そんなに極端な話でもありません。ビジネスの世界には「企てる人」がいます。「企てる人」はいつでも考えていて、考えている人と考えていない人とでは圧倒的な差がついてしまうのです。

考えている人はこうした情報に触れたとき、その先のシナリオを想像します。

「電子書籍は、学校の教科書にも適用できる。シンクライアントの技術と組み合わせれば、生徒や学生は荷物を持たずに学校に行くようになるかもしれない。そうなると、ランドセルや通学バッグ、もしかすると毎日通学さえしなくなって制服も売れなくなる。」
「自動運転が当たり前になると、トラックにも適用できる。経路のプログラミングができるのなら、例えばアマゾンのような大規模な流通業者は、みずから自動運転トラックを配備したくなる可能性が高い。そうなると、付加価値の高い物流技術を持たない運送業者はピンチになる。」

本当にそうなるかはわかりません。しかし、こうした想像を今からしているバッグ業者や運送業者と、電子書籍なんて自動運転なんてウチの事業に関係ないからと何も考えていない業者では、年を経るにつれて明らかに差がつくと思うのです。

もっと高度な人たちは、自分の考えるシナリオを世の中のトレンドやスタンダードにしてしまおうと企てます。そんな人はひと握りの特殊な人物かと思いきや、意外とサラリーマンだったりするのです。要はそれが、組織的な取組みなのか、その会社が本気でカタチにしようとする取組みなのかどうかの問題です。

そんな「考えたもの勝ち」のような人たちが世の中を動かしているのだとしたら、みなさんの会社で何もできないことはないかもしれません。ガンホーだって、LINEだって、数年前は知らなかった方、多いのではないでしょうか?

 

業務変革・イノベーションを阻む最大のカベ

業務変革やイノベーションを組織的に実践していくうえで、一番のカベとなるものは何だと思いますか?

推進する人材、資金、ノウハウ、いろいろ要素はありますが、一番の障害になりやすいのは、その企業の社風や企業文化ではないかとわたしは思います。

以前、業務変革とシステム改善の相談を受けて、ある中堅企業に面会にうかがったことがあります。その企業はフランチャイズ形式で店舗を全国に展開している企業でした。

その席でわたしは、業務の見直しと改善を図るなら全社レベルで業務プロセスを一度整理するのがよいと、助言しました。そうすると、先方の役員はこのような趣旨のことを述べました。「店舗の業務に問題があることは把握している。調べる必要はない。それに本社には店舗サイドを管理できるほど人数がいないので、店舗のことは考えなくともよい。本社の業務だけを改善したい。」

本社の業務にすでにいろいろな課題が表面化している状態であったため、目の前の課題を解決したい気持ちはよくわかりました。しかしこの考え方のままで改善を進めても、本当の問題が現場(つまり店舗)にあると、問題は本当の意味で解決しません。

本社にしか目を向けなければ店舗の問題は見えず、本社だけを治すことで店舗側に別の支障が出る可能性もあります。そして店舗の業務に支障が出れば、ビジネスにマイナスの影響が出るわけです。

したがって、社内的な都合だけでフォーカスを絞るような考え方では、問題の核心を押さえてビジネスに好影響を与えるような業務改善は困難です。

問題がある場合、その問題は表面に見えているよりも、その奥に隠れていることのほうが多いものです。簡単に解決策が見出せない問題ほど、解決のカギは、その企業の常識や習慣に根差したところにある可能性が高くなります。そうした当たり前と思い込んでいる部分に目を向けて自らを変えられる意思が、特に経営層にない場合、業務変革やイノベーションはかなり困難になってしまうのです。

わたしのようなコンサルタントでも、こうした潜在意識を変えていただくように働きかけるのは、企業に入り込む前のご相談の段階ではほとんどファクトを握っていないために、大変困難なのが実情です。ただ、丁寧に説明することで、逆に「とても勉強になった」と感謝していただけるケースもありますので、ひとまずトライするようにはしています。

イノベーションのヒントになりそうな、2つのサービスの仕組み

今回は、最近見つけた2つの興味深いプラットフォーム・サービスのモデルをご紹介しながら、ビジネスに資する仕組みの発想を巡らせてみたいと思います。システム企画のヒントになれば幸いです。

まずは、NikeのFuelBandのお話から。

ご存知の方も多いかと思いますが、最近健康や栄養に関連するライフログをベースにしたサービスや商品が次々登場してきています。NikeのFuelBandもそのひとつ。腕に装着するリストバンドになっており、常時身に着けていることで日常生活や運動による消費カロリーや歩数などを記録してくれるというシステムです。日々の運動の記録や推移をチャートで確認することもできるので、エクササイズを続けるモチベーションにもつながり、人気商品になっています。

この商品の仕組みも興味深いところですが、もうひとつ興味深いところがあります。それは、FuelBandが取得するデータを活用した連携アプリを、一般の開発者が開発できるようにしている点です。

例えば、FuelBandが取得する運動データを利用して、個人の目標に合わせた日々のトレーニングの提案をするアプリや、バランスの良い肉体を維持する食事のメニューを提案するアプリの可能性が考えられます。つまり、FuelBandを単なる商品としての枠に留めず、サービスプラットフォーム化を目指しているというわけです。

これは、顧客データを持っている、もしくは顧客データが取得できることを強みにしたサービス基盤の発想という点で、ひとつのヒントになる事例ではないかと思います。ビジネスにおけるプラットフォーム・モデルは Google や Apple の事例ですでに著名ですが、彼らは圧倒的人気のサービスまたは商品をもとにプラットフォーム化を狙いました。一方、FuelBandの例のようにデータそのものをプラットフォームの基盤にしようとする例は、まだそれほど多く世の中に出てきていないのではないでしょうか。

ただしこのモデルを成功させるには、そもそもその商品が爆発的に売れて、顧客がデータをどんどん提供してくれなければ成立しません。新たに仕掛けるなら、それが大きなハードルになります。大手企業であればまだ可能性がありますが、中堅以下ですと簡単にヒットを飛ばせるものではないかもしれません。

そこで、もうひとつヒントになる事例を。IFTTTというものです。

IFTTTとは、”If this, then that.”の略なのだそうです。その実態はWebサービスであり、モーションセンサーなどを搭載したハード、またはアプリを、IFTTTのサービスに接続して連携することで、さまざまなオートメーションが実現する、というものです。

例えば、朝ベッドから起きると自動的に部屋の照明が点灯する。外からショートメッセージを送るとエアコンが作動する。机の蛍光灯の電気をつけると、隣にあるパソコンが自動的に作動する。そんな「AならばB」のような連携を登録しておけるというサービスなのです。

こうしたサービスは、これまでの常識では、家電メーカーのブランドを統一しないと無理そうなイメージがありました。IFTTTはその常識を打ち破って、家電のネット化が簡単にできてしまう可能性を秘めていると言えるでしょう。

その点も興味深いのですが、プラットフォームの仕組みの面でも、学べる点があると思います。

IFTTTとFuelBandは、生活環境を便利にするツールという観点では方向性が似ていますが、FuelBandは自らの強みを活用するプラットフォームである一方、IFTTTは単に「つなぐ」ことに徹したプラットフォームになっています。自ら何らかの商品を持つことなく、単に世の中の不特定多数なものをつなごうとしているだけです。

IFTTTのプラットフォーム・モデルでも、多くの人にインタフェースを揃えてもらい、使ってもらわなければ発展しないのは同様です。しかし、事前に圧倒的な強みを所有している必要はないわけです。こうしたモデルであれば、大手でなくてもチャンスがあるかもしれません。

世の中、いろんなところに発想のタネが隠れています。コンスタントな情報収集が大事であることを折に触れて申し上げているのは、そうした理由からです。企業であれば、それを社内の個人に頼るよりも、組織的に行う方がより確実で効果的です。

 

ITで「イノベーション」を実現する秘策

「ITで業務効率化を実現するだけでは足りない。これからは、ITで新たな価値を生み出すイノベーションの取組みが必要だ。」

最近、このようなことがよく言われるようになっています。個人的には、ITを考えるうえで業務効率化とビジネス価値向上を分けて考える必要はないと感じていますが、上記のようにおっしゃる方の趣旨には同意します。わたしは、「ITの前に、顧客に価値を生み出すビジネスの仕組みをまず考えよう」と、何年も前から訴えてきました。

冒頭のスローガンは正しいかもしれませんが、実態はというと、あまり優れた事例を最近耳にしていません。例えば、建機メーカーのコマツがKOMTRAXという優れたビジネスモデルを成功させ、一時マスコミが盛んにこれを取り上げました。すると、同業のみならず異業種の企業までもがKOMTRAXのビジネスモデルを模倣したサービスを始め、これをまたマスコミが「イノベーション事例」として取り上げたりしています。

ビジネスの世界において、マネをすることは法律や倫理に則る限り許容されることですし、モノによっては歓迎されることでもあります。ですから否定はしませんが、ただし、組み合わせの工夫もない単なるマネは「イノベーション」ではありません。

成功した実績のあるものをマネすれば成功確率は高い、と考えてマネするのだろうと思いますが、残念ながらそういう発想の組織では、いわゆる「イノベーション」の果実を得ることはできないと思います。

なぜなら、イノベーションの取組みでは試行錯誤は必要不可欠で、それを組織が許容し、果実が得られるまである程度の時間がかかっても取組みを継続する必要があるからです。

イノベーションを実現する組織が必ずやっていることがいくつかあります。そのうちで一番重要なことは「試す環境をつくる」ことでしょう。

組織の中に「試すチーム」をつくり、彼らに情報収集をさせ、アイデア発想の環境を整備し、発想したアイデアの実現性を積極的に試す。試して可能性がありそうならスモールスタートで適用し、徐々に範囲を拡大、または新たな発想を付加して改善を図る。もちろんダメと分れば途中でもやめるが、小さいうちにやめるので傷口は小さい。やめることのダメージは小さいし、ダメだったからといって誰かが責められることはなく、それよりも傷口の小さい失敗の経験は有益と捉えられる。

こうしたことが実行できるようなリソースを経営側が用意し、属人的ではなく組織として実際に繰り返し「試す」ことが、イノベーションを生むうえで最低限の必要条件です。

アイデアには「打率」のような側面があり、構想段階でどれだけすばらしいと感じていても、ヒットになるとは限りません。一方で、「こんなもの売れないよ」と社内で評価されたものが、出してみたら大ヒットということも実際に起こっています。KING JIMの「ポメラ」などは、その有名な事例のひとつです。

またアイデアには、「一度ヒットにならなければ永久にボツ、というわけでもない」という特質があります。アイデアのヒットは、TPOのすべてが条件として揃ったときに生まれるものです。つまり、たまたまそのアイデアを出す時期が誤っていただけであった場合、時期を改めるとヒットになることがあります。その意味で、アイデアは「寝かせておく」ことも有効なのです。

ポストイットで有名な3Mという会社では、社内にアイデアのデータベースを用意して、一度ボツになったアイデアにも管理番号を振って保存していますが、こうしたことが理解できているからこその取組みです。

アイデアが持つこうした特質を理解していれば、最初に思いついたアイデアでホームランを飛ばすなど、かなり確率の低いことだと容易に気付くはずです。ただし、最初のアイデアをどんどん発展させていくことで、高く支持されるものになる可能性は十分あります。企業がそれを、組織的なバックアップなしに実現するなど、到底ありえません。

「アイデアがあるヤツは上げてこい」といいながら、明確な判断スキームがなく「声の大きな人の気分」で採否を決めている組織や、「アイデアを考えろ」と言いながら仮説を検証する予算はつけない組織では、新しいアイデアの成功確率はかなり低いでしょう。

知る人ぞ知る話ですが、実はKOMTRAXはもともと、販売した建機の盗難を防止するためのシステムとしてサービスを始めたのだそうです。ところが一旦サービスを始めてみると、顧客にさまざまな価値を提供する発想が浮かんできました。建機は世界の工事現場で使われるモノであり、その利用場所は地図で示せないようなケースもあります。「修理をしたい」「実際に仕事しているのか知りたい」、GPSでわかる位置情報を使ったさまざまな顧客ニーズが浮かんできたわけです。

これを見逃すことなく、発想を新サービスとして形にし、いくつも試していったことによって、現在のKOMTRAXがあるのだと思います。話を聞くだけでは当たり前に聞こえてきますが、実際こうしたことは、ニーズが吸上げられ、アイデアが発想され、仕組みが形式化され、実施判断され、実装されるという、一連の組織的な取り組みになっていなければ、まず実現しません。

もしマネをするのであれば、表面的なサービススペックよりも、それを生み出した組織のしくみに、ぜひ目を向けてほしいと思います。