「ITで業務効率化を実現するだけでは足りない。これからは、ITで新たな価値を生み出すイノベーションの取組みが必要だ。」
最近、このようなことがよく言われるようになっています。個人的には、ITを考えるうえで業務効率化とビジネス価値向上を分けて考える必要はないと感じていますが、上記のようにおっしゃる方の趣旨には同意します。わたしは、「ITの前に、顧客に価値を生み出すビジネスの仕組みをまず考えよう」と、何年も前から訴えてきました。
冒頭のスローガンは正しいかもしれませんが、実態はというと、あまり優れた事例を最近耳にしていません。例えば、建機メーカーのコマツがKOMTRAXという優れたビジネスモデルを成功させ、一時マスコミが盛んにこれを取り上げました。すると、同業のみならず異業種の企業までもがKOMTRAXのビジネスモデルを模倣したサービスを始め、これをまたマスコミが「イノベーション事例」として取り上げたりしています。
ビジネスの世界において、マネをすることは法律や倫理に則る限り許容されることですし、モノによっては歓迎されることでもあります。ですから否定はしませんが、ただし、組み合わせの工夫もない単なるマネは「イノベーション」ではありません。
成功した実績のあるものをマネすれば成功確率は高い、と考えてマネするのだろうと思いますが、残念ながらそういう発想の組織では、いわゆる「イノベーション」の果実を得ることはできないと思います。
なぜなら、イノベーションの取組みでは試行錯誤は必要不可欠で、それを組織が許容し、果実が得られるまである程度の時間がかかっても取組みを継続する必要があるからです。
イノベーションを実現する組織が必ずやっていることがいくつかあります。そのうちで一番重要なことは「試す環境をつくる」ことでしょう。
組織の中に「試すチーム」をつくり、彼らに情報収集をさせ、アイデア発想の環境を整備し、発想したアイデアの実現性を積極的に試す。試して可能性がありそうならスモールスタートで適用し、徐々に範囲を拡大、または新たな発想を付加して改善を図る。もちろんダメと分れば途中でもやめるが、小さいうちにやめるので傷口は小さい。やめることのダメージは小さいし、ダメだったからといって誰かが責められることはなく、それよりも傷口の小さい失敗の経験は有益と捉えられる。
こうしたことが実行できるようなリソースを経営側が用意し、属人的ではなく組織として実際に繰り返し「試す」ことが、イノベーションを生むうえで最低限の必要条件です。
アイデアには「打率」のような側面があり、構想段階でどれだけすばらしいと感じていても、ヒットになるとは限りません。一方で、「こんなもの売れないよ」と社内で評価されたものが、出してみたら大ヒットということも実際に起こっています。KING JIMの「ポメラ」などは、その有名な事例のひとつです。
またアイデアには、「一度ヒットにならなければ永久にボツ、というわけでもない」という特質があります。アイデアのヒットは、TPOのすべてが条件として揃ったときに生まれるものです。つまり、たまたまそのアイデアを出す時期が誤っていただけであった場合、時期を改めるとヒットになることがあります。その意味で、アイデアは「寝かせておく」ことも有効なのです。
ポストイットで有名な3Mという会社では、社内にアイデアのデータベースを用意して、一度ボツになったアイデアにも管理番号を振って保存していますが、こうしたことが理解できているからこその取組みです。
アイデアが持つこうした特質を理解していれば、最初に思いついたアイデアでホームランを飛ばすなど、かなり確率の低いことだと容易に気付くはずです。ただし、最初のアイデアをどんどん発展させていくことで、高く支持されるものになる可能性は十分あります。企業がそれを、組織的なバックアップなしに実現するなど、到底ありえません。
「アイデアがあるヤツは上げてこい」といいながら、明確な判断スキームがなく「声の大きな人の気分」で採否を決めている組織や、「アイデアを考えろ」と言いながら仮説を検証する予算はつけない組織では、新しいアイデアの成功確率はかなり低いでしょう。
知る人ぞ知る話ですが、実はKOMTRAXはもともと、販売した建機の盗難を防止するためのシステムとしてサービスを始めたのだそうです。ところが一旦サービスを始めてみると、顧客にさまざまな価値を提供する発想が浮かんできました。建機は世界の工事現場で使われるモノであり、その利用場所は地図で示せないようなケースもあります。「修理をしたい」「実際に仕事しているのか知りたい」、GPSでわかる位置情報を使ったさまざまな顧客ニーズが浮かんできたわけです。
これを見逃すことなく、発想を新サービスとして形にし、いくつも試していったことによって、現在のKOMTRAXがあるのだと思います。話を聞くだけでは当たり前に聞こえてきますが、実際こうしたことは、ニーズが吸上げられ、アイデアが発想され、仕組みが形式化され、実施判断され、実装されるという、一連の組織的な取り組みになっていなければ、まず実現しません。
もしマネをするのであれば、表面的なサービススペックよりも、それを生み出した組織のしくみに、ぜひ目を向けてほしいと思います。