東芝の不正会計問題に見る、「まともな目標設定」

世界にも名が知れ渡り、過去に経団連会長を何名も輩出してきた名門ともいえる東芝で発覚した不正会計問題は、世間に大きな衝撃を与えました。

企業ガバナンスや証券業界などの有識者の間では、同社の経営に対して相当に手厳しい批判が出ているようです。同社の体制の立て直しには、今後相当なコミットメント、労力、時間がかかるでしょう。

専門的な意見は他に譲るとして、今回はわたしが気になった同社の「チャレンジ」について述べたいと思います。

同社では「チャレンジ」と称する目標設定制度があったと報じられています。これが、利益目標必達の職場環境形成のきっかけとなり、結果として現場での会計数値の操作につながったとの指摘があります。

この制度に関して(当時の)社長は会見で、「目標を立てること自体に問題があるとは思わない、むしろ良いことだ」という趣旨の発言をしていました。

わたしには、この発言が大変気になりました。

目標を設定する意味は、到達点を明確にし、そこを見据えて適切な行動を進めることにある、というのがわたしの考えです。つまり、ゴール設定するだけでなく、そこに至るルートもまた、デザインする必要があります。この2つのことは、目標設定という活動の中ではセットで考えるべきことです。

簡単にクリアできる目標なら、ルート設定は不要でしょう。プレイヤーの感覚か感性のようなものだけで到達できてしまうだろうと思います。しかし通常、目標はそう簡単には達成できません。クリアすることが難しい目標ほど、その途中のルートをデザインし、中間指標を設けてモニタを行い、行動しながらルートのデザインが正しかったのか検証を行い、間違っていれば修正する。こうした取り組みを繰り返すことが要求されます。

論理的な視点、時には科学的な視点までも取り入れてこのような活動をするから、困難な目標をクリアできるのです。目標に到達できない人に向かって「根性が足りない」「気合を入れろ」「もっとがんばれ」などと言ったところで、達成は覚束ないのです。

つまり、単に目標だけを設定し、それをどのような行動によって実行するかは考えないとしたら、目標設定の意味はほとんどありません。

もし同社が、まともな目標設定を行う環境を整えて「チャレンジ」と称していたのなら、目標に到達するのが困難と分かった時点で、プロセスのどこが問題なのかを謙虚に検証するはずです。言うまでもありませんが、担当者個人の責任論に終始することなどありえません。

そうした組織風土があるのなら、「目標を設定することに何の問題があるのか」といったような、制度設計に対する反省の色のない発言は出ないのではないか。わたしはそのように考えました。

たびたび申し上げることですが、「経営者のシゴトはしくみづくりである」とわたしは考えています。目標だけを下達し、その方法には一切関心を示さず、達成できなければ一方的に批判するようなリーダーは、無責任であるとさえ思います。

もし今回の件で、利益だけを目標として部下に投げかけ、そのためのプロセスをどうするかは関知せず、それは部下の仕事であるから自分で考えろとしていたのであれば、この問題は起こるべくして起こってしまったのかもしれません。

年金情報漏えい事件で、経営が考えるべき2つのこと

6月の初めに日本年金機構による年金情報漏えい事件が明らかにされて以降、公共団体、自治体、教育機関など多数から、堰を切ったように標的型攻撃被害の公表がありました。

企業にとっても、ひとごとではない事態です。マイナンバーの施行を控え、同様の事態が自社に発生した場合の影響をよく想像しておくべきだと思います。

標的型攻撃の特徴、情報が漏えいする仕組み、各種の対策などは、さまざまな方面から識者が十分な情報をすでに紹介しています。詳しいノウハウはそちらを参照いただくとして、このコラムでは、幸いにも被害が及んでいない企業の経営者に向けて2つの点をリマインドしたいと思います。

ひとつは、攻撃を受けたことが自社で検知できるようにしくみを整備しておくべきである、ということです。

具体的には、検知に必要なログを取得し、問題に対しては警告が挙がるように設定し、かつそうした機能の稼働状況を普段から監視することです。普段から様子を見ていなければ、普段と違うことに気付くはずがありません。

言ってしまえば当たり前のことですが、おそらく多くの企業・団体で、こうした「運用」をまともに行っていないと思われます。

そのせいか、ここまで多くの攻撃被害の公表で、その発見のきっかけは「外部からの指摘」になっています。最近では、情報の漏えいを外部から指摘されるまで半年以上気づかなかった、という事例もありました。

こうした例があまりに多すぎて「社外から指摘されるのがフツウ」という風潮になりはしないかと、大変危惧しています。本来は、自ら気づくべき問題です。結果的に外部の指摘が早かったとしても、少なくとも自ら検知できるようにする努力と、必要な投資はすべきです。

もうひとつは、こうした攻撃が発覚した場合の行動原則を明確に定め、組織内で共有しておくべきである、ということです。

メールや個人情報の取扱いについて厳格化するなどセキュリティ保護のルールを固めることも必要ですが、一定レベルを超えて厳しくすると現実的ではなくなります。ルールの厳格化と業務の効率性は、トレードオフの関係です。顧客に提供するサービスの質を考慮して、両者の適切なバランスを取ることが、セキュリティ対策の前提条件であり現実といえます。

ただしそうなると、外部からの攻撃リスクは無視できるほどに軽減されることはありません。まして、攻撃手法は日々、巧妙さの度合いを増しています。企業側が現実的な対策を維持したとしても、リスクはおそらく今後も上がっていく傾向になるでしょう。

このことを踏まえて、保護対策を継続して取りつつ、万一攻撃が発覚した場合に自社内ではどうふるまうのか、平時のうちに決めておくことが重要になります。

「自社では対応しきれないから外部の専門家に依頼する」でもよいですが、それでも自らで行うべきことや留意すべきことはたくさんあります。下手な動きをすると、攻撃を防いだつもりが拡大させてしまったり、そのつもりがないうちに攻撃された痕跡を消してしまい証拠がなくなってしまうこともあるのです。

専門的な知識が無ければないほど、平時のうちに正しい行動とは何かをきちんと精査し、行動原則を決めておいて、有事に迷わず、対応を間違えないようにしておくべきです。

また、日本年金機構の公表の遅さが批判された結果、後続の被害案件では、被害状況が不明なうちに即座に公表する組織が続出していましたが、即時公表が必ずしも正しいとは限りません。

社会的影響が大きい漏えい問題ほど、公表すれば外部からの問い合わせが殺到します。そのときにスタッフがそれをさばける体制が予め整っていなければ、社内が火を噴き、対応が後手に回ることで、余計に信頼を失うことになりかねません。日本年金機構の場合は事実確認から公表までが1か月とあまりに遅すぎたのが批判されていることに、留意すべきでしょう。

経営者の方々には、情報セキュリティ関連の事件のときはいつでもそうなのですが、一連の事件を他山の石として、自社の対策に活かすべく具体的行動をとることをお勧めします。少なくとも上記のような検討をきちんと済ませていれば、今回の件に対して「そんなメールを開くとは注意が足りない」などという、聞く人が聞けば底の浅さがわかってしまう発言をすることもなくなるでしょう。

「クラウド移行で業務改革」に見るカンちがい

各種の調査を見ていると、企業のクラウド利用はそれほど大きく進んでいるようには見えません。グループウェアなどのSaaSは活発に使われるようになっている反面、開発基盤を提供するPaaSやシステムインフラを提供するIaaSはまだ下火、という結果になっていることが多いようです。

一方でここ最近よく目に留まる気がするのは、比較的規模が大きい企業が自社のシステムをクラウドへ移すというケースです。

ちなみにですが、わたしがここでお話しする「クラウド」には、いわゆるプライベートクラウドは含みませんので、あらかじめお断りしておきます。

企業のシステムをクラウドへ移すべきなのか、移すとしてそれを一部にしておくべきか全部にするのか。このトピックについてはさまざまな論点があります。

判断は各社各様でしょうし、ひとつひとつに対してとやかく申し上げるつもりはありませんが、事例を拝見していると、成功したとする企業が掲げる「クラウド移行の効果」のなかに「業務改革の達成」というものが含まれているのを、時々見かけては気になっています。

例えば、「クラウドにすべてシステムを移行することで、システム導入や開発の柔軟性がオンプレ(自社運用)とは比べものにならないほどに増す。IT部門はシステムの『お守り』から解放され、より企業の戦略や企画へ業務をシフトできる。」 これをもって「業務改革の達成」としているような話です。

それは、「IT部門の業務改革」であって「企業やビジネスの業務改革」ではありません。

IT部門が思い描いたように経営を説得してクラウドへ移行を行えたとしたら、そこから真価が問われることになります。本当にビジネスに資する戦略立案に一役買えるのか。業務部門と連携してデジタルの面からリーダーシップを取るべく企画アイデアを出せるのか。業務部門が「これを実現したい」という要望を持ったときに本当にそれを迅速に実現させられるのか。

それができて初めて「業務改革が達成された」と呼べるのではないかと思いますし、逆にできなければ「クラウド移行でトクしたのはIT部門だけではないか」という話になるかもしれません。

気になることは、ほかにもあります。

クラウドというと、とかく移行のリスクをどう考えるかが話題になります。成功したとする企業の担当者はそれに対して、クラウド事業者が数々の国際認証や国際標準に準拠していることを根拠に「自社でやるより任せるほうがよほどマシ」と結論付ける傾向があるようです。

そうかもしれませんが、重要なのは、任せるクラウド事業者がISOに準拠しているかどうかではありません。

委託することで自社は「何のコントロールができなくなるのか」または「コントロールしにくくなるのか」を見極めることであり、それについて経営層と認識を共有することです。

一例を挙げれば、自社の基幹システムをクラウドに全面移行することに決めた企業のトップならば、ひとたびクラウド側で障害が発生した場合、自社は復旧にあたって何の手も下せずにクラウド事業者にすべてを委ねるしかないこと、それでも顧客に対しては自らの責任として状況説明を行う必要があることを、十分了解しているか、というようなことです。

ほかにも、セキュリティ、責任分界、採用技術など、さまざまな論点がありますが、「移行のリスクを考える」とはつまりこういうことではないでしょうか。

まだ気になることはあります。クラウド化によって「システムの運用から解放される」というメリットを述べる向きもときどき見かけますが、これは大きな勘違いです。

クラウド化することにより、従来型の運用から解放される代わりに、「クラウド対応の運用」に変えていく必要が出てくるからです。

クラウドは「サービス」であり、これに移行するということは、自社の情報システム運用はクラウド事業者の「サービス」に合わせる形で提供されることになります。クラウド事業者のサービスが変更されたり、別のサービスの利用を自ら追加したり、事業者側がサービスを停止したりすれば、そのたびに運用は何らかのアクションが必要になるのです。そのアクションは、自社のシステムユーザーの利用動向や、自社が提供すべきサービスのポートフォリオを考えながら、調整を行わなければなりません。

また、クラウドサービスは通常は従量課金制です。使えば使うほど料金は増加します。利用開始当初から利用状況が変われば、それに気づいて利用のしかたを見直さないと想定以上にコストがかかってしまうリスクが否定できません。しかも、事業者側は頻繁に料金改定を行います。その情報をしっかりキャッチアップし、使い方を見直していかないと、いつの間にか損している状況に陥りかねません。

つまり、クラウド対応のシステム運用では、「クラウド事業者のサービス提供の都合」という、従来型の運用にはなかったパラメーターを踏まえた運用を要求されるようになるということです。解放感に浸っていては、この「パズル」を適切にコントロールすることはできないでしょう。

クラウドは、うまく使えば企業の大きなパワーになりえます。いまクラウド利用を検討している企業の経営層の方々には、上記のような点を念頭にきちんと理論武装したうえで検討をいただきたいと思いますし、社内説明でうまく説得された経営層の方々には、上記のような目で今後の成り行きをウォッチいただければよろしいのではないかと思います。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(後)

前々回、および前回のコラムで、企業がデータ分析活用を成功させたケースやうまく行っていないケースを概観し、そのパターンやポイントの考察を簡単に紹介してきました。今回は、まとめとして、結局企業は、データ分析に対してどのように対応していくべきかについて、わたしの現時点での見解を述べたいと思います。

実はこのことは、いま企業に要求されているITへの関わりかたが、大いに関係していると見ています。

一般にデータ分析というと、社内外のデータをいわば「拾ってきて、集めて、よく見てみる」という感覚で捉えられている雰囲気を、個人的には感じています。しかし、成功している企業には、そういう態度はありません。

実際に少しでもデータ分析を試してみるとわかることですが、社内外にデータはそこそこあるかもしれないものの、「有用なデータ」となると、思ったほど存在しないものなのです。

では、成功している企業は「有用なデータ」をどう調達しているかというと、「自分でつくって」います。

アンケート調査を自ら実施する、現場に行って測定する、持っているデータに2次属性を付けたり簡易計算したりして加工する、など、さまざまなテクニックや工夫をして、専門的知見を取り入れながら自分たちでデータを考えだし、生み出しているのです。

データ分析活用において、かなりアートな感覚も要求されるこうした創意工夫の態度、そしてその取り組みを長い目で支援する組織の存在は、非常に重要と言えます。

前々回に紹介した統計調査結果を見て推察できるように、「ビッグデータは自分たちには関係ない」と思っている企業は、少なくないようです。ビッグなデータを持っているとも思わないし、持っていてもコストをかけて分析する価値を感じない、と考えているように見受けられます。

しかし実際のところ、データを分析する価値は、自然にわいてくるものではありません。自らアクションを起こして、ビジネスの視点で活用シナリオを描かなければ、価値は見えません。

また、データがビッグかスモールかは、あまり問題ではありません。最新版の Excel で実行可能な範囲の分析で、要求が十分満たせることも少なくないのです。

消極的な企業の中には、そのうち誰かが方法論をまとめてくれたら真似してみようと思っているところもあるのかもしれません。しかし、成功企業はいずれも、自ら試行錯誤したうえで、自らにとって有効な方法を独自に見出しています。これは自らの努力で勝ち取るノウハウです。誰でも成功できるような便利な方法論は、いつまでも出てくることはないでしょう。

そして重要なのは、「過去とは違って、いまは簡単にデータを取り扱うことができるようになった」ということです。過去においては相当に高価で手が出なかったBIツールが安価に手に入るようになり、なかにはフリーのものまであります。バイト当たりのハードディスク単価は劇的に低下し、分散処理技術も充実、大規模でデータを扱いたいならクラウドも使えます。その気になれば、特殊能力がない一般企業でも相当なレベルまでできてしまう手軽さに落ちてきているのです。

世の中でバズワード化した「ビッグデータ」の本質とは、実はこれであると、わたしは考えています。だからこそ、データを操れる企業とそうでない企業との間では「突出した差ができつつある」のです。結果として、本気でやって成功した企業には、将来も継続して強みとなり得る能力が身につくことになります。

データ分析活用におけるITは、従来にあったような「導入するかどうかのIT」ではありません。いまの時代に企業に要求されているのと同じく、「どう使うかを考えるIT」と見るべきでしょう。データ分析活用もまた、「IT活用はあらゆる面ですでにそういうフェーズになっている」ことを示す、ひとつの例なのです。

もちろん、本気で取り組むかどうかを検討した結果として、企業によっては「やらない、必要ない」という選択もありえるだろうと思います。いずれの選択をするにしても「確信をもって」判断する必要があるでしょう。「やらない」判断をして誤った場合の代償は、大変大きなものになると想像できます。

一方で、「やる」という判断をしたとしても、「判断したから、あとはよろしく」とは行きません。

データ分析のビジネスへの活用レベルは、経営層が持つビジネスの視点と、経営層による具体的行動、データ分析能力へのリソースの投下と、それが創り出す体制や仕組みに大きく左右されます。データ分析のチカラを企業が取り込もうと思うなら、現場が成果を挙げるのを経営層が『黙って待っている』のでは成功確率がかなり低いことは、事例が示しているところです。やるのなら片手間ではなく、本気で、息長くやる覚悟が求められるものと理解したいところです。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(中)

前回のコラムで、ほとんどの企業は、ビジネスをドライブするうえでデータ分析をそれほど重要とは見ていない、または少なくとも過去においては重要と見ていなかった企業であり、その中でデータ分析に取り組んで成功したと言える企業にはパターンが2つある、と述べました。今回は引き続いて、その2つのパターンのお話から始めます。

成功例といえるパターンのうちのひとつは、ビジネスが停滞または危機に瀕するような状態に陥った結果、改革の活路として徹底した品質管理・事業管理を目指すことになり、その原動力としてデータを活用したケース。もうひとつは、現場で始めたデータ分析の具体的な効果を経営層が高く評価する結果となって組織に定着したケースです。

前者のケースの場合は、結果としてトップダウンになり、組織を横断した取り組みとなるので、英知をうまく結集できれば成功に至ります。経営層に危機感が強い、またはデータを適用しようとする分野に経営層がもともと明るい、といった場合は、成功率が高まるように見受けられます。

後者のケースの場合ですが、実際にこのカタチで成功する企業は、なかなか数は多くありません。たいていの場合、データ活用をやってみようとしつつも、ボトムアップになるため社内でなかなか盛り上がらずに苦労しています。

ボトムアップで成功している企業で特徴的なのは、データ活用を試そうとするチームが、IT部門に近いところにあることだと見ています。IT部門が全社横断でデータを閲覧できるという強みをうまく生かし、業務部門をうまく巻き込んで、分析のみならずその成果を使ってもらえる仕組みをつくり上げられると、成功につながっているようです。

一方で、データ活用を試そうとするチームがマーケティング部門に近いところにあると、Web や EC 以外では顕著な成功例がなかなかありません。マーケティング部門が孤軍奮闘するも、他部門はあまり乗ってこないか受け身である様子が見受けられます。

データ分析は、分析力が重要であることは言うまでもありませんが、むしろ、その分析結果を踏まえて業務に埋め込み仕組み化する能力が、さらに重要になります。この能力の確立には、業務を横断してデータ活用の意義を共有し協力しあう体制が不可欠で、取り組みに対して相互に責任を持つ意識も重要です。

それができていない組織ではデータ分析をドライブする力に欠けてしまい、投下できる組織リソースにも欠けるため、まずは小さく始めて小さく成功しようとアプローチするのはいいけれどなかなか大きく広がらない、という印象です。スモールスタートが、スモールなままで成長しないのです。Web や EC でうまくいくのは、取り組みがITの領域でほぼ閉じるからと言えるでしょう。

興味深いのは、同じ業種で似たようなものを売っている企業間で比較しても、データ重視とそうでない企業があり、社内でのデータ分析に対する取り組みかたが見事なまでに異なることがある点です。例えば、同じ業種の企業のマスマーケティングにおいて、かたや華々しい成果を挙げてマスコミに大々的に取り上げられる一方、かたや「小さく始めて広げていくしかない」と頑張ってトライするけれど盛り上がらず、街に出て話題をつくろうと思っても理解してもらえず、顧客データの獲得どころか逆に街の人に「何やっているんですか?」と聞かれてしまう、といった具合です。

くり返しになりますが、ビジネスにおけるデータ活用は、統計的スキルや分析ツールの運用能力があることが必要十分なのではなく、分析した結果を現場が活用できる仕組みに昇華させる取り組みがさらに重要です。つまり、組織横断で行動できるかどうかがカギになっているわけです。関心のある人材のみで推進するボトムアップでは、データ分析活用の場合、すぐに限界が来ます。

このようなことが、データ分析活用の成功ケース・停滞ケースを総合的に概観してみると分かってきました。情報システム活用も同様なところがありますが、データ分析活用はその傾向がよりセンシティブであると思われます。

では、結局のところ、データ分析を企業にとって有用な施策とするにはどう対応すべきのか、次回のコラムでまとめてみたいと思います。

データ活用「やる、やらない」の経営判断を誤ると、どうなるか(前)

最近、集中的に、データ分析のビジネスへの活用について事例研究を行っています。今回と次回のコラムでは、現段階での理解から少しだけ紹介してみようと思います。

データ分析というテーマは、昨今の「ビッグデータ」ブームに乗ってホットなトピックになっています。しかし、現時点では大多数の企業がこれに取り組んでいるという状況でもないことが、各種の統計調査から見えています。例えば、日本情報システムユーザー会(JUAS)が昨年発表した調査結果によれば、ビッグデータ活用を「導入済み」とした企業は、割合にして 4.8% しかいません。一方で、ニーズなしとした企業は 52.9% となっています。

JUASのアンケート調査に回答する企業は、およそIT活用にそれなりの意識を持つ大企業と中堅企業です。それでこの結果ですから、この件に関する日本企業全体のトレンドは推して測れるでしょう。

しかしながら、データ分析活用の事例を探っていくと、相当先進的なものが出てきます。成果はもちろんですが、それを導く分析能力の秀逸さがずば抜けているのです。つまり、データを操れる企業とそうでない企業との間では 「突出した差ができつつある」 ということになります。

データ分析に先進的な企業の特徴は、そもそもデータというものを、ビジネスを発展させるうえでトップ・プライオリティと認識している業種業態であるということです。ほぼこれに尽きる、と考えています。そしてそのほとんどのケースは、金融取引系か、マーケティング重視の企業です。

少々補足しておきますが、もちろん、在庫評価・財務分析などの分野で、従来からデータ分析手法は利用されてきました。しかしながら、この分野で使われる手法はすでにパターンが固まっており、どの企業でも同じことを行っているため、「やっていて当然」のデータ分析です。分析に試行錯誤の必要がない分野での活用は、今回の事例研究の対象から除いて考えています。

マーケティングを重視する企業は、経営層がそれを重視しており、マーケティングをうまくドライブできるような組織を形成しようとしています。結果としてそれが、データを活かしデータを重視する企業文化につながっているようです。結果として、分析に長けた人材が集まり、マーケターと組んで試行錯誤を繰り返す取り組みが、日常の業務として当たり前に行われています。そしてそこに、リソースの投資が行われているということです。

ただし、こういう企業の絶対数は、とても少ないのが現状です。

一方、ほとんどの企業は、データ分析をビジネスをドライブするうえでそれほど重要とは見ていない、または少なくとも過去においては重要と見ていなかった企業です。

その中で成功例と言える企業には、パターンが2つあります。(後篇に続く)

 

格安SIMの百花繚乱にみる「企業の自前MVNO」

最近、携帯電話のMVNOによる格安SIMサービス事業に進出する企業が次々と現れています。

MVNOとは、大手キャリアが運営する携帯電話網を間借りする形で、携帯通信(Mobile)の仮想的な(Virtual)回線事業者(Network Operator)として、通信サービスを運営する事業者のことを指します。

インターネットプロバイダーを営む事業者が自社のサービスの拡大のために進出するケースが典型的ですが、小売業や機器製造メーカーなどまったく異業種の企業が進出するケースも目立っています。

大手キャリアと比べた場合に通信品質やサポートが劣ることや、初心者には端末設定が難しいなどの指摘もされていますが、なにより大手キャリアの通信プランに比べて段違いの安さで利用でき、契約も月単位、解約しても違約金などを取られることがないので乗換が容易です。この使い勝手の良さで、ここ最近人気を獲得し始めています。

MVNOにより、どんな企業でも通信サービスの事業化を目指すことができます。これまで、通信事業を自ら手掛けるという発想は、ネットワークを構築運用するための莫大なインフラコスト、通信事業にかかる法的な規制、大手キャリアによる参入障壁などを考えれば、ほとんどありえないことでした。ところが、MVNOは大手キャリアが整備する既設の回線を借りるだけでよく、通信ネットワークを維持管理する手間もノウハウも不要で、うまくいかなければ撤退も容易です。

MVNOは日本だけでなく、米国や欧州など海外にもMVNO事業が可能な国があります。そうした国でも同じ発想で、通信サービスを手掛けることが可能になるわけです。

このことで、企業のビジネス環境が変わりました。企業は、「自前の製品やサービスにモバイル通信を組み込む施策」を、容易に構想できるようになります。もちろん、単に通信ビジネスを始めようということではありません。つまり、いま提供している自前の事業に、通信を組み込んだら、顧客にもっと高い利便性を提供できないか、という発想ができるようになるということです。

これまででも、このようなかたちで通信を組み込んだサービスは、キャリアの力を借りて無理やり実現しようと思えば可能でした。しかし、コストや手間に見合った利便性や魅力を提供するものにはなりにくく、現実的ではありませんでした。この状況が変わったということです。BtoCなら特に、容易に利益ロジックを立てられる状況が生まれています。

企業には、発想の転換が必要になるでしょう。ITの進化がもたらすパラダイムシフトとパワーの一端が、ここにも見えるように感じています。

「攻めのIT投資」は、カンタンに認定できない

経済産業省と東京証券取引所は、2015年5月に「攻めのIT経営銘柄」を選定すると発表しました。情報システムやデータを駆使して好業績を上げている企業を業種業態別に選定し、経営陣や株主の関心を呼ぶことで、「攻めのIT投資」を企業に促す狙いです。

この取り組みを企画した経産省の担当者は、「株価を左右する可能性のある指標をつくれば、社長の関心度は高まる」と述べています。

なんとか日本の経営層にITの重要性を認知させたい、行動させたい、という思いが伝わってくる取り組みです。ぜひ、よい影響を日本の企業に及ぼしてほしいものだと期待したいのですが、記事を読んでいる限りのしくみで本当に適切な選定ができるのかどうか、心配になります。

当社では職業柄、お客さまに初めて関わる段階で必ず内部調査を行います。状況によってはお客さま自身が現状のレベルを把握したいとご希望になることもあり、組織行動の詳細まで網羅した調査を行うために診断パッケージも用意しています。その立案・設計をした経験から申し上げて、「攻めのIT投資」を的確に判断するのは間違いなく単純なことではないと断言できます。

記事によれば、選定対象はアンケート調査を基とするとされています。IT利活用の取り組みをさまざまな角度から質問するとのことですが、わたしの経験で申し上げれば、その回答と実態はかなり異なることが多いです。「やっていると言っているが実はやれてない」「やれてないと言っているが実は結構やれている」どちらもあります。これが、アンケート調査の限界です。

また、財務状況を加味するとされていますが、財務指標に反映される要因は必ずしもIT投資によるものではない点が厄介です。財務の領域だけを見ていると確実に判断を誤ります。極端な話をすれば、「IT投資はたいへん頑張ったのに、できたシステムはいまいちで、社員が人力でパフォーマンスを巻き返した結果、業績が上がった」というケースは、財務状況とIT投資状況だけを見ていると「攻めのIT投資」として高評価されることになります。

そもそもIT投資というのは、投資額が大きければ「攻めている」ことになるわけではありません。本来称賛されるべきなのは、最小限の投資でパフォーマンス向上を目論見どおりかそれ以上に果たし、成果を挙げるケースのはずです。高評価に値するIT投資の根源となるポイントは、「成果のありかたを自らデザインし、成果を自ら出しに行って、それに成功しているかどうか」だとわたしは考えます。これは、システム設計のみならず、組織体制、人材育成、インフラ整備、セキュリティ管理、すべてを通じて言えることです。

実際に自らビジネスのしくみをデザインし、そこに組み込む適切な情報システムを企画して、主体的に開発導入し、うまく運用して、結果としてパフォーマンスが向上したというストーリーを的確に見極めようとしたら、実際に現場をあたらなければ客観的には判断できないのが実態なのです。当社の診断パッケージでは、もちろんアンケート調査も行いますが、かならず現場に入って観察し、関係者から直接話をうかがい、あわせて物証を集めることも行ったうえで、診断を行っています。

経産省が想定する具体的な調査分析手法はくわしく存じませんが、「真に攻めている」企業を、うまく民間のパワーも使いながら的確に選定していただきたいものです。信頼できるホンモノの指標づくりを期待します。

また経営者の方々には、このような客観評価を、「ビジネスのパフォーマンス向上のための純粋な機会」としてとらえていただきたいと願っています。「IT活用を積極的に行うのは重要だ、なぜならウチの株価に影響するから」と言う社長は、見たくありません。

 

「日本の経営者は IT に無関心」に異議あり

日本の企業経営者はITに弱い、ITを理解しようとしない、とよく言われます。

この意見、外れているとは思いませんが、ズバリ当たってもいないと、わたしは考えています。

たしかにITには関心が低い傾向が強いだろうと思いますが、それよりもむしろ、ビジョンやアイデアを描いて試す必要性への関心のほうが低いように思えてなりません。

経営者は経営の仕事で多忙であり、現場レベルのことにかまっている暇はない、という認識が典型的にあります。経営の仕事は、その判断や指示が会社の行く末を左右するタフな仕事であることは確かです。しかしそうだとしても、現場が自社のビジネスをどのように動かしてくれているか、さらにそのパフォーマンスを高める余地はないか、ということに、かなり無頓着な経営者や経営幹部が多いように感じています。ある意味、売上や他社しか見ていないところがないでしょうか。

経営者が自らビジネスを構想し、「こういうものを世の中に提供したい」「顧客にこういう体験をしてほしい」と強く思っているのなら、実務を社員という他人に委任する以上、思い描いたものを実際に提供できているか、もっとよくできないか、ということが、気になって仕方がないはずです。そういう経営者は、思い描いたビジネスが実際に可能になる業務のしくみを整備しようとし、そのうえでKPIなどの指標を用意しながらモニタリングして課題の発見と解決を素早く図ることができるしくみを整備しようとするものです。

しかし、そのような「しくみ」の意識が高い企業は多くないのが現実です。無頓着であるとすれば、それはつまり、推進したいビジネスを自ら構想し具体化するというプロセスをそもそも経ていないことを意味するのではないでしょうか。

世の中をリードする企業はおよそ、アイデアをカタチにして世の中に提示しつづける企業です。

最近の自動車業界では「自動運転」の技術がさかんに取りざたされるようになりましたが、話題の先鞭をつけたのは自動車会社ではないグーグルです。彼らは自動車業界に参入したくてそうしているのではありません。これを使って効率的に人とつながるビジネスを加速したいわけです。自動運転する車ができるなら、配送業者に頼らず自らで配送を手掛けることが可能になります。顧客と直接つながるきっかけを増やすことができれば、彼らが最も欲しい「情報」をつかむきっかけもまた、増えることになるのです。

アマゾンは最近、顧客の家庭や生活の中にまで潜りこもうとする傾向が顕著です。Kindleは有名ですが、それ以外にも、口頭で音声入力したりバーコードを読み込ませたりするだけで注文できるDashという端末を発売したり、家庭用ロボットのようなechoという商品の販売も始めました。彼らは「必要なものは何でもアマゾンで買ってほしい」ということだけを考えているように見えます。その目的につながることをどんどん発想するから、結果的に小売業とは見紛うような分野にまで足を踏み入れるし、それをためらわないのだと感じます。

もちろん、こうした発想は、グーグルやアマゾンの経営者がすべて自分で発想したものではないでしょう。しかし少なくとも、しくみの新たなアイデアの発想を奨励し、それが自然にできる環境を整え、アイデアは実際に試すことをとおしてよりレベルの高いビジネスを実現しようという強い意欲が、経営者にあることは間違いありません。わたしは経営者の最大のシゴトは「しくみづくり」だと考えています。経営者にその意欲なくして、勝手に社員がすばらしいモノゴトを生み出してくれることはないのです。

そして実は、経営者がITに強いと、こうした発想がいろいろと出てきやすいのもまた、事実なのです。IT技術の進化は、これまで不可能だったことを可能にしてくれます。それが、アイデア発想の源泉になるのです。「アイデアを描くこと」と「IT」は、ここでつながります。

ITに関心のない経営者がいたとしたら、それはもっと深刻な問題かもしれない。これが、わたしの仮説です。

やりすぎない農業ITのススメ

最近、農業へのIT活用が草の根的に広がっている事例を取り上げたニュースを、よく見かけるようになりました。

センサーネットワークを構築して運用したり、小型ロボットを活用して作業を効率化したり、天気予測データを取り込んだ作業適正化の仕組みをつくったりなど、興味深い取り組みが多く見られます。

特筆すべきは、こうした工夫を農家の方々が自身で行い、さらには機器を調達するなどしたうえで、自作をして取り組んでいる例があることです。そしてそれを、互助会やコンソーシアムといったグループを組みながら運営を推進しているとのこと。まさに user-driven な発想であり、自らであるべき姿を構想してデザインし、それにフィットした仕組みや情報システムを実装していくという、成功率が高まる取り組みのしかたです。

この分野では、大手ベンダーが農業ITソリューションをサービス化してクラウド展開する試みが、盛んに進められてきました。これはもちろん、農家をサービスで囲い込むのが最終的な目標なわけですが、ぜひそれに負けない強いシステムを実現していただいて、クラウドを使うよりも独自性のある、より良い成果を挙げていただきたいと思います。

ただし、注意が必要だと感じるのは、こうした user-driven な発想で自ら構築したシステムを、対外的に販売しようとする動きです。

互助会またはコンソーシアムとして運営するにあたり「運営費」もしくは「会費」を取るというのなら、特に問題には感じません。一方、これが「販売」ということになると、位置づけはかなり変わります。

つまり、その農家の団体は、自分のサービスを売り出したその瞬間に「ベンダー」になるわけです。

ベンダーであるということはつまり、サービスを購入してくれた農家は「顧客」ということになり、システム品質に小さくない責任を負うことになります。片手間ではなくきちんと顧客専用窓口を設けて、問い合わせに対するサポートをする必要が出てきます。その顧客がサービスに依存すればするほど、システムを止めた場合に大きな損害を「顧客」に及ぼすことになります。当然、システムが止まらない保証はどこにもありません。顧客が増えてきた場合、その対応にどのくらいの人員を割けるでしょうか。

システムを止めることがなかったとしても、例えばシステム変更や更新を実施したくなった場合でも、「顧客」への説明や措置が必要になります。互助会であれば、会員のみなさんに集まってもらって方針決定、といった程度で十分ですが、「顧客」となれば安易にはいきません。

そうしたことを、本業である農業に加えて、責任をもって実行する覚悟が、「販売」には必要なのです。

しかも、この分野の技術発展は、しばらくは相当なスピードで進むだろうと思われます。一度システムを構築しただけで安心していると、数年後には技術的に陳腐化している可能性が高いわけです。「ベンダー」ならば、顧客によりよいサービスを提供すべく、それをキャッチアップし続けることも要求されます。

うまく構築できて、マスコミに取材してもらった程度で満足せず、じっくりと農業ITの運営ノウハウ改善を進め、よい技術は積極的に取り込みながら、自らの仕組みの最適化に注力するのが得策でしょう。システム運営とサービス提供のレベルの違いを、甘く見てはいけません。