「クラウド移行で業務改革」に見るカンちがい

各種の調査を見ていると、企業のクラウド利用はそれほど大きく進んでいるようには見えません。グループウェアなどのSaaSは活発に使われるようになっている反面、開発基盤を提供するPaaSやシステムインフラを提供するIaaSはまだ下火、という結果になっていることが多いようです。

一方でここ最近よく目に留まる気がするのは、比較的規模が大きい企業が自社のシステムをクラウドへ移すというケースです。

ちなみにですが、わたしがここでお話しする「クラウド」には、いわゆるプライベートクラウドは含みませんので、あらかじめお断りしておきます。

企業のシステムをクラウドへ移すべきなのか、移すとしてそれを一部にしておくべきか全部にするのか。このトピックについてはさまざまな論点があります。

判断は各社各様でしょうし、ひとつひとつに対してとやかく申し上げるつもりはありませんが、事例を拝見していると、成功したとする企業が掲げる「クラウド移行の効果」のなかに「業務改革の達成」というものが含まれているのを、時々見かけては気になっています。

例えば、「クラウドにすべてシステムを移行することで、システム導入や開発の柔軟性がオンプレ(自社運用)とは比べものにならないほどに増す。IT部門はシステムの『お守り』から解放され、より企業の戦略や企画へ業務をシフトできる。」 これをもって「業務改革の達成」としているような話です。

それは、「IT部門の業務改革」であって「企業やビジネスの業務改革」ではありません。

IT部門が思い描いたように経営を説得してクラウドへ移行を行えたとしたら、そこから真価が問われることになります。本当にビジネスに資する戦略立案に一役買えるのか。業務部門と連携してデジタルの面からリーダーシップを取るべく企画アイデアを出せるのか。業務部門が「これを実現したい」という要望を持ったときに本当にそれを迅速に実現させられるのか。

それができて初めて「業務改革が達成された」と呼べるのではないかと思いますし、逆にできなければ「クラウド移行でトクしたのはIT部門だけではないか」という話になるかもしれません。

気になることは、ほかにもあります。

クラウドというと、とかく移行のリスクをどう考えるかが話題になります。成功したとする企業の担当者はそれに対して、クラウド事業者が数々の国際認証や国際標準に準拠していることを根拠に「自社でやるより任せるほうがよほどマシ」と結論付ける傾向があるようです。

そうかもしれませんが、重要なのは、任せるクラウド事業者がISOに準拠しているかどうかではありません。

委託することで自社は「何のコントロールができなくなるのか」または「コントロールしにくくなるのか」を見極めることであり、それについて経営層と認識を共有することです。

一例を挙げれば、自社の基幹システムをクラウドに全面移行することに決めた企業のトップならば、ひとたびクラウド側で障害が発生した場合、自社は復旧にあたって何の手も下せずにクラウド事業者にすべてを委ねるしかないこと、それでも顧客に対しては自らの責任として状況説明を行う必要があることを、十分了解しているか、というようなことです。

ほかにも、セキュリティ、責任分界、採用技術など、さまざまな論点がありますが、「移行のリスクを考える」とはつまりこういうことではないでしょうか。

まだ気になることはあります。クラウド化によって「システムの運用から解放される」というメリットを述べる向きもときどき見かけますが、これは大きな勘違いです。

クラウド化することにより、従来型の運用から解放される代わりに、「クラウド対応の運用」に変えていく必要が出てくるからです。

クラウドは「サービス」であり、これに移行するということは、自社の情報システム運用はクラウド事業者の「サービス」に合わせる形で提供されることになります。クラウド事業者のサービスが変更されたり、別のサービスの利用を自ら追加したり、事業者側がサービスを停止したりすれば、そのたびに運用は何らかのアクションが必要になるのです。そのアクションは、自社のシステムユーザーの利用動向や、自社が提供すべきサービスのポートフォリオを考えながら、調整を行わなければなりません。

また、クラウドサービスは通常は従量課金制です。使えば使うほど料金は増加します。利用開始当初から利用状況が変われば、それに気づいて利用のしかたを見直さないと想定以上にコストがかかってしまうリスクが否定できません。しかも、事業者側は頻繁に料金改定を行います。その情報をしっかりキャッチアップし、使い方を見直していかないと、いつの間にか損している状況に陥りかねません。

つまり、クラウド対応のシステム運用では、「クラウド事業者のサービス提供の都合」という、従来型の運用にはなかったパラメーターを踏まえた運用を要求されるようになるということです。解放感に浸っていては、この「パズル」を適切にコントロールすることはできないでしょう。

クラウドは、うまく使えば企業の大きなパワーになりえます。いまクラウド利用を検討している企業の経営層の方々には、上記のような点を念頭にきちんと理論武装したうえで検討をいただきたいと思いますし、社内説明でうまく説得された経営層の方々には、上記のような目で今後の成り行きをウォッチいただければよろしいのではないかと思います。