ゴルフトーナメントに見た、技術イノベーションの一例

先日に目にして、大変すばらしいと感じた記事を紹介しておきたいと思います。

日経BP社の情報サイト「ITpro」に掲載された、スポーツとIT技術の融合によるイノベーションを取材した記事です(全文閲覧には会員登録が必要)。

紹介されているのは、女子ゴルフトーナメント「富士通レディース」にて実験的に提供されたネットサービスで、

  • 特定のいくつかのホールや練習場の様子をリアルタイムでネット中継
  • 試合翌日以降、指定条件にヒットするプレーシーンだけを一気見できるショット検索
  • アーカイブ映像中の選手のウエアやギアをクリックすると当該商品の詳細がすぐ見られる、インタラクションVOD

を提供したというものです。

わたしの拙いことばだけではイマイチ良さが伝わらないと思いますが、記事を参照いただくと写真付きで説明されていますのでご覧いただければと思います。ゴルフファンには大変好評だったそうなのですが、実はわたしはゴルフをしませんので、その興奮度はいまいちわかりません。それよりもわたしが感心したのは、このサービスの開発経緯です。

実は上記の3つのサービスのうち、「ショット検索」サービスの原型は、プロ野球パ・リーグで提供されている「対戦検索サービス」だとのこと。パ・リーグ6球団の各種権利をとりまとめるパシフィックリーグマーケティングが、新しいサービスのヒントを求めて富士通を訪問し、さまざまな技術を紹介してもらう中で、ある技術を見てピンときたのだそうです。

その技術とは、「河川監視システム」。

一体なんのことやらと思いますが、河川監視システムに活用されている、映像認識と関連データのタグ付け技術を見学して、野球の試合映像で誰の打席かを認識させることを思いついたのだということです。

この話を聞いて、これこそまさに、技術を活用したイノベーションのお手本だと感じました。

ビジネスリーダーは多くの場合、技術をよく知りません。そういうビジネスリーダーが、よく知らなくても技術に対する可能性に関心を持ち、自ら情報収集しに行っていることが、まず素晴らしいと思います。

こうした情報収集や調査活動は、結果としては空振りに終わることがほとんどだろうと思います。しかし、新しい芽を見つける活動とはそんなものです。そう理解したうえで、知見の蓄積は当然行うものの半ば楽しんでこうした活動を続けていると、このケースのように「ピンとくる」瞬間が訪れるのではないでしょうか。

一方、技術者も多くの場合、ビジネスで要求されている事項をよく知りません。業種が異なればなおさらです。そういう技術者が、技術を開発するだけで満足しそうなところを抑えて、ビジネスに何とか使えないかと常々模索する姿勢もまた、素晴らしいと思います。特に、上記の3つ目のサービス「インタラクションVOD」では、富士通は社内で相当に議論して、技術活用とマネタイズの両立のアイデアを練ったそうです。

こういう取り組みも、一般的には多くの場合、空振りに終わります。しかし、そういうものなのです。それを前提として、組織として継続的に追求できるかどうかが問われるのです。

技術活用に限らないでしょうが、世の中にインパクトを与えられるアイデアを獲得できる確率はそれほど高くはありません。取り組んでいるわりに成果の出ない日々が続くものです。しかし、アイデアを獲得しようと努力することがない組織にアイデアが降りてくることは決してないのも、また事実だと思います。他社のおもしろいアイデアを後から真似すれば楽ですが、それで得られる充実感はないでしょう。

このような取り組みは、基本的に好奇心にあふれた環境で行われるべきだろうと思います。この事例のように、互いに努力を重ねるビジネスサイドの関係者と技術サイドの関係者が交流の機会を持ち、それぞれのアイデアや構想を披露し合い、そのなかから興味深いアイデアが浮かぶ。こうした環境を持てると大きな強みになるだろうと感じました。

やりすぎない農業ITのススメ

最近、農業へのIT活用が草の根的に広がっている事例を取り上げたニュースを、よく見かけるようになりました。

センサーネットワークを構築して運用したり、小型ロボットを活用して作業を効率化したり、天気予測データを取り込んだ作業適正化の仕組みをつくったりなど、興味深い取り組みが多く見られます。

特筆すべきは、こうした工夫を農家の方々が自身で行い、さらには機器を調達するなどしたうえで、自作をして取り組んでいる例があることです。そしてそれを、互助会やコンソーシアムといったグループを組みながら運営を推進しているとのこと。まさに user-driven な発想であり、自らであるべき姿を構想してデザインし、それにフィットした仕組みや情報システムを実装していくという、成功率が高まる取り組みのしかたです。

この分野では、大手ベンダーが農業ITソリューションをサービス化してクラウド展開する試みが、盛んに進められてきました。これはもちろん、農家をサービスで囲い込むのが最終的な目標なわけですが、ぜひそれに負けない強いシステムを実現していただいて、クラウドを使うよりも独自性のある、より良い成果を挙げていただきたいと思います。

ただし、注意が必要だと感じるのは、こうした user-driven な発想で自ら構築したシステムを、対外的に販売しようとする動きです。

互助会またはコンソーシアムとして運営するにあたり「運営費」もしくは「会費」を取るというのなら、特に問題には感じません。一方、これが「販売」ということになると、位置づけはかなり変わります。

つまり、その農家の団体は、自分のサービスを売り出したその瞬間に「ベンダー」になるわけです。

ベンダーであるということはつまり、サービスを購入してくれた農家は「顧客」ということになり、システム品質に小さくない責任を負うことになります。片手間ではなくきちんと顧客専用窓口を設けて、問い合わせに対するサポートをする必要が出てきます。その顧客がサービスに依存すればするほど、システムを止めた場合に大きな損害を「顧客」に及ぼすことになります。当然、システムが止まらない保証はどこにもありません。顧客が増えてきた場合、その対応にどのくらいの人員を割けるでしょうか。

システムを止めることがなかったとしても、例えばシステム変更や更新を実施したくなった場合でも、「顧客」への説明や措置が必要になります。互助会であれば、会員のみなさんに集まってもらって方針決定、といった程度で十分ですが、「顧客」となれば安易にはいきません。

そうしたことを、本業である農業に加えて、責任をもって実行する覚悟が、「販売」には必要なのです。

しかも、この分野の技術発展は、しばらくは相当なスピードで進むだろうと思われます。一度システムを構築しただけで安心していると、数年後には技術的に陳腐化している可能性が高いわけです。「ベンダー」ならば、顧客によりよいサービスを提供すべく、それをキャッチアップし続けることも要求されます。

うまく構築できて、マスコミに取材してもらった程度で満足せず、じっくりと農業ITの運営ノウハウ改善を進め、よい技術は積極的に取り込みながら、自らの仕組みの最適化に注力するのが得策でしょう。システム運営とサービス提供のレベルの違いを、甘く見てはいけません。

知るだけで、終わっていないか

最近、技術の進化を背景にしたトピックに、事欠かないような気がします。

例えば、電子書籍。リーダーやスマホで読書する人は珍しくなくなり、本はもはや紙で読むのが当たり前でもなくなってきました。ビッグデータにまつわる喧騒は、単なるバズワードでもない様相も感じさせます。JR東日本がSuicaの利用履歴データを利用者に十分な説明をせずに販売し、パーソナルデータの取り扱いについて論議を呼びました。そういえば最近、自動車業界では自動運転技術が盛り上がっています。日本でも、複数の企業がデモンストレーションを公開して技術を競っています。

こうした動向をメディアなどで目にしたときに、自分は何を考えるか。ビジネスの仕組みやシステムを企画するうえでとても重要なことだと、常々ボヤッとしているアタマをたたき起こしてリマインドするようにしています。

ともすれば、「電子書籍もいいけれど、やっぱり紙で読んだほうがいいなぁ」であったり、「自動運転の車が買えるようになるのはもうちょっと先だろうから、まだあまり関係ないかなぁ」などと、個人の視点で捉えて終わってしまいがちです。個人の趣味趣向であればそれでよいのですが、ビジネスの世界において同じことをしていると、たとえいま一流の会社でも、いつのまにか事業がピンチに追い込まれてしまうかもしれません。

これは、そんなに極端な話でもありません。ビジネスの世界には「企てる人」がいます。「企てる人」はいつでも考えていて、考えている人と考えていない人とでは圧倒的な差がついてしまうのです。

考えている人はこうした情報に触れたとき、その先のシナリオを想像します。

「電子書籍は、学校の教科書にも適用できる。シンクライアントの技術と組み合わせれば、生徒や学生は荷物を持たずに学校に行くようになるかもしれない。そうなると、ランドセルや通学バッグ、もしかすると毎日通学さえしなくなって制服も売れなくなる。」
「自動運転が当たり前になると、トラックにも適用できる。経路のプログラミングができるのなら、例えばアマゾンのような大規模な流通業者は、みずから自動運転トラックを配備したくなる可能性が高い。そうなると、付加価値の高い物流技術を持たない運送業者はピンチになる。」

本当にそうなるかはわかりません。しかし、こうした想像を今からしているバッグ業者や運送業者と、電子書籍なんて自動運転なんてウチの事業に関係ないからと何も考えていない業者では、年を経るにつれて明らかに差がつくと思うのです。

もっと高度な人たちは、自分の考えるシナリオを世の中のトレンドやスタンダードにしてしまおうと企てます。そんな人はひと握りの特殊な人物かと思いきや、意外とサラリーマンだったりするのです。要はそれが、組織的な取組みなのか、その会社が本気でカタチにしようとする取組みなのかどうかの問題です。

そんな「考えたもの勝ち」のような人たちが世の中を動かしているのだとしたら、みなさんの会社で何もできないことはないかもしれません。ガンホーだって、LINEだって、数年前は知らなかった方、多いのではないでしょうか?

 

企業が新しい IT を乗りこなすための 3 つの視点

ご承知の通り、IT の世界は進化が早く、次から次へと新しい技術や新しい概念が登場してきます。

最近では、コンシューマー系の技術やサービスが大きな影響を与える傾向がありますね。スマホ、タブレット、ソーシャルメディア、BYOD、無料通話アプリ、等々。

こうした進化に対して、企業とそのリーダーはどのように向き合えばよいでしょうか。私見を 3 つのポイントにして、以下にまとめてみます。

まずやりたいことは、「そのトレンドが、IT 業者のマーケティングの域を出ているか否かの判別」です。

どんな新技術・新サービスも、最初は多かれ少なかれ、IT 業者のマーケティングによって世間に出てきます。これは、別に非難されるものではなく、ビジネスとして当然のことです。

問題は、それが業者の売り込みを越えて、世の中に浸透し、確実に根付きつつあると見るかどうかという、ユーザー側の目利きだと思います。

その判断には、積極的かつ多面的な情報収集が欠かせません。中立的な専門家の見極め、ポジティブな人の意見、ネガティブな人の意見、偏りなく集めて考察すべきでしょう。そのうえで、「マーケティングの域を出た本物のトレンドだ、またはそうなりそうだ」と感じたら、次のステップに進みます。

次に考えることは、「自社に役立つか、役立たないか」です。

その新しい技術やサービスが、自社のビジネスを加速する可能性を持つものなら、積極的に取り入れればよいですし、その可能性を感じないものなら静観すればよい。こんな判断になるでしょう。

そんなこと当たり前じゃないか、と思われるかもしれません。しかし、実践できているかというと、多くの企業で意外とそうでもありません。

どういうことかというと、「役立つか、役立たないか」と考えずに、「それをどう使うか」と考えてしまっている向きも結構あるのです。

前者で考える人には、常に最初に大局的な「目的」や「ゴール」があります。目的やゴールに照らして「役立つか、役立たないか」と考えるわけです。一方、後者で考える人にある目的やゴールは、「その新しい技術やサービスをうまく使うこと」になっているのです。つまり、いわゆる「IT ありき」の発想です。

トレンドなのだから自分も使わなければならない、とは必ずしもなりません。きっと後者の発想の人は「乗り遅れたくない」と思っているのでしょうが、乗り遅れることによる差別化のリスクの大小と、導入したために出てくる労力やコストの大小については、一度考察してみる価値があるでしょう。

安易に流れに乗っかって、成熟していないものにムダな投資と労力を費やし、振り回された上に最後に成果は得られないリスクは高いということも、よく念頭に置くべきです。

たびたびこのコラムでも指摘していますが、IT ありきの発想は大きな間違いにつながります。ぜひ、改めて意識しておきたいものです。

そういえば先日、ガートナーの小西氏によるコラムを拝読しましたが、同氏は顧客からしばしば、「テクノロジーが進化するのに応じて IT 戦略を変化させたいので、中期的なテクノロジ・トレンドを教えてほしい」と聞かれるのだそうです。

ガートナーと言えば大企業の CIO へのコンサルティングで知られていますが、大企業の CIO でもまだそんなふうに考える人がいるのかと、ちょっと驚きました。

さて、本論に戻します。次が、3 つ目に考えることです。

ひとしきり考えた結果、その新しい技術やサービスが「役立つ」と判断したなら、本気で適用の仕方を考えていきます。しかしながら、新しいだけに、すぐに使えるとはなかなかならないことが多くあります。

そんな時に大事になるであろうことが、「時期尚早なものはそのように判断して熟成させる」姿勢です。

本物のトレンドである場合、その技術やサービスは、一度下火になったように見えても必ず進化を続けていきます。現時点で「なんだかしっくりこないな」と感じる部分は、のちにすっきり解消される可能性が、かなり高いです。

ですから、ピンとこないなら躊躇なく「時期尚早」と判断する。ただし、そう判断して捨ててしまうのではなく、ウォッチは続けて「熟成」させる。そのうち進化が問題を解決し、リーズナブルなコストになるのを待って、晴れて採用する。こんなスタンスなら、うまく行くのではないでしょうか。

もちろん、その分野で自社が技術を先導し、他社にノウハウで先んじようと志すのなら、時期尚早なことを承知で採用し、試行錯誤してノウハウを獲得する。その技術が使いやすいものになった暁には、自社が他社に差をつけている。そんなシナリオを目指すこともあり得ます。そのあたりは、やはり「目的」や「ゴール」の持ちかたに帰結するでしょう。

いま起こっているトレンドにも、こんな視点で対応してみてはいかがでしょうか。