パーソナルデータ問題に見る、企業サービスの新たな局面

ビッグデータが経営のトレンドとして取り上げられるなかで、パーソナルデータの取り扱いに注目が集まるようになっています。

パーソナルデータとは、個人にかかわる情報ではありながら、それだけでは個人の特定はできないので「個人識別情報」とは呼べない類の情報のことです。例えば、店舗での販売履歴、位置情報、ネットのアクセスログなどが該当します。

個人情報から個人の識別性をなくすこと(匿名化)で、その情報は「非個人情報」になり、個人情報保護の対象からは外れます。しかし、どこまで処理すれば匿名化したと言えるのかが定義しづらいことが、まず問題です。さらに問題なのは、個別のパーソナルデータのみで個人を識別できなくても、ほかのパーソナルデータなどと組み合わせることで、容易に個人を識別できてしまうという事実です。最近では、Suicaの利用履歴をJR東日本が日立製作所に販売したとして、その適切性について論議を呼んだのが記憶に新しいところです。

こうしたなか、国内でもパーソナルデータの取り扱いに関するルールづくりが進められています。データの入手如何が企業経営に大いに影響することが注目されているいま、その取り扱いに当たってルールが必要であることは衆目の一致するところです。

ルールに関する議論は、有識者や企業関係者を交えて、大いに行うべきだろうと思います。対立軸は「保護」か「活用」かであり、さまざまなユースケースを踏まえてグレーゾーンができるだけ残らないような線の引き方をすべきです。一部の知識人に、新しいことを試すのにグレーはつきものであるといったような発言をされている方を見かけますが、グレーに無頓着で決めるべきことを決めないから後で問題が発生するのです。世に問うことといい加減なこととは、質の違う話だと思います。

一方、どのようなかたちでルールが決まったとしても、顧客や利用者には一定のリスクが伴うことは、間違いありません。実際、有識者の間でも、汎用的にパーソナルデータを匿名化することは、技術的に不可能という結論が出されています。つまり、データを活用したい企業には顧客や利用者に対して一定の説明が必要になりますし、顧客や利用者はそれを承諾して情報提供をすることになるわけです。

その時点で顧客に「気持ち悪い」と思われたら、その企業のサービスは使われません。

最近、Google Glassは画期的な広告提供手段であるといわれるようになっています。Glassをかけているユーザーの趣味嗜好、位置情報、検索履歴などを参照することで、そのユーザーの現在地において顧客の嗜好に合致した広告主の商品やサービスがヒットするなら、そのタイミングでGlass上にレコメンドやクーポンを出せる仕組みが考えられるからです。

これを聞いて、「ジャストタイミングでお得な情報が得られるなんて便利だ」と思う人もいるでしょう。一方で、「なんだか監視されているようで気持ち悪いし、必要な情報なら自分で探しに行くから要らない」と思う人もいるでしょう。

企業がパーソナルデータを含めたビッグデータを活用するうえで大事なのは、「情報提供リスクをかぶっても余りある価値をもたらすサービスだ」と顧客に認めてもらえるかどうか。そう考える必要があると思います。企業視点でデータを使い倒し売上を上げることに傾倒せず、データを活用して顧客が喜ぶ価値提供の仕組みを考えられるかどうかが、企業に要求される課題なのです。

こうしたことが世間の話題に上れば上るほど、利用する側は賢くセンシティブになっていきます。ルールなんていい加減なレベルにしておいてほしい、自由度が高ければあとから何でもできる、などと考えている企業は、そのうち顧客に、利用リスクの高さを見抜かれて敬遠されてしまうでしょう。リスクを正しく理解してもらったうえで顧客に選ばれるサービスを提供する公明正大な企業なのかどうかが、今後問われるだろうと考えています。

2014年、いよいよ淘汰の時代か

今年最初のコラムは、特にクラウドを中心とした展望について私見を述べさせていただくことにします。

昨年末に発表された IDC によるトレンド予測では、国内のIT市場は成長分野と縮小分野がはっきりする傾向にあるとされています。

その中で成長分野と位置付けられているのが、「第3のプラットフォーム」と呼ばれる、クラウド、モバイル、ビッグデータ、ソーシャルの分野です。

確かに業界的にはそのとおりだろうと感じますが、システムユーザー企業の立場でこれらを見たときには、分野ごとに印象が分かれるのではないでしょうか。

たとえば、ビッグデータは必要性を感じる企業とそうでない企業の温度差がより顕著になるでしょう。またソーシャルは、マーケティング用途で工夫を凝らす企業はさらに取り組みを深めるでしょうが、そうした企業の数が急激に増加することはもうないように感じます。

一方で、企業の IT インフラに組み込まれてきた感があるのが、クラウドとモバイルです。

実は、クラウドを利用する企業が急激に増えているかというと、そうでもありません。それでも業界は活性化し、結果的にクラウド業界は大手・中堅・ベンチャーが入り乱れてサービスが乱発されている、いわゆる「安定成長期」の傾向を見せています。

ただし、統計データをよく見ると、市場の売上高の大半を占めているのは「プライベートクラウド」です。プライベートクラウドの定義は相変わらず微妙で、ユーザー企業が自社システムをベンダーのDCに預けるという、これまでも存在した形態も「プライベートクラウド」と呼ばれているケースが往々にしてあります。それに比べ、「パブリック」と「SaaS」を合わせた市場規模は「プライベート」の半分以下、市場全体の3割程度しかありません。

そんな中で、最大手のアマゾンウェブサービスなどは頻繁に値下げを繰り返していますが、一方で値上げをする業者も出始めました。

たとえば、サイボウズがkintoneの料金体系を変更、一部を値上げを発表しました。現行は1ユーザー当たり月額880円(税抜き)でフル機能を使える料金体系のみでしたが、2014年4月以降は1ユーザー当たり月額780円で機能制限がある「Light」プランと、月額1500円でフル機能を使える「Standard」プランの2つの料金体系に改めるとしています。廉価版と高機能版に分けたと説明していますが、使い慣れたユーザーが今後より高機能なものを要求することを見据えた、実質的な値上げに映ることは否定できません。

また、クラウドストレージのSugarSyncは、無料プランを廃止し、2月8日から完全有料制に移行すると発表しています。声明では「すでに底堅い財務ポジションがある」と主張していますが、それなら無料プランを継続できるはずです。企業向けでも使えるプランも用意していますが、フリーミアムでは成り立たなくなってきたのではないでしょうか。

こうした傾向を見ると、そろそろクラウド業界も、安定成長期の後半に入り、業者の淘汰の時代が始まったのではないかと感じてなりません。

そうなると、ユーザーにはこれまで以上に「見る目」が要求されることになります。実際、突然にサービス停止を発表する業者も出てきています。

「見る目」を鍛えるには、まずユーザー企業みずからが、システムやITをいかに使いこなすのか、どのようなシナリオでビジネスの加速化につなげるのか、ポリシーを明確に持たなければなりません。そのポリシーが、目利きの軸になるのです。2014年はますます、user-driven な企業とそうでない企業の実力差が拡大する年になるのではないかと、わたしは感じています。

「詳しいことはわからない」CEOは、正しいのか

先日読んだ、日経ビジネスオンライン(NBonline)のコラムのなかで、おもしろいものがありました。

デジタル化に乗り遅れたという架空の企業を題材に、立て直しに奮闘するCEO、CIO、CMOの姿を描いた連載なのですが、登場人物のやり取りがいわゆる「経営トップへのインタビュー」の特徴をよくとらえていて、思わず笑ってしまいます。わたしの経験上でも、本当にこんな感じになることが少なくありません(残念なことですが)。

このコラムで描かれているようなマインドセットを持つユーザー企業は、「弱いシステムユーザー」の典型例にも見えます。強いユーザー企業なら決して取らない態度が、このコラムでは3つほどあるのに気付きました。

ひとつ目は、システム導入のきっかけがベンダーで、ベンダーの言われるがままにシステムを導入する、という点です。そういう場合、たいていは結果としてまともに動かないか使いこなせず、「こんなはずではなかった」ということになります。しかしそれは、ベンダーが悪いのではありません。

強いユーザー企業では例外なく、経営者や責任者に、システムに対する強い当事者意識があります。そういう方々は、概してシステムを厳しく査定しようとします。NBonline のコラムでは、CEOがある意味失敗を放置していて、外部から招聘したCIOにまたしても、委任という名の丸投げをしようとしている意識を感じてしまいます。

ふたつ目は、システムをつくるのにもかかわらず、ビジネスの仕組みが極めてアバウトである点です。強いユーザー企業では、ビジネスの仕組みにかなりのこだわりがあります。それがアバウトであることはあり得ません。

例えば、自動車をつくろうと思ったら、ふつうはまず設計図を描くものだと思います。しかし、ことITとなると、ビジネスの仕組みを明らかにすることなくシステムを導入してしまうわけです。コラムでは「とりあえず売ってみようと思った」「できるだけ利用してもらおうと思った」といった、こだわりはかけらもないような言葉が出てきます。これらは、ビジネスの仕組みの意識の不在を象徴していると思います。

そして三つ目は、「詳しいことはわからない」ことにまったく平気でいられる点です。

新しいことだから広告代理店に頼んだ!?というのは千歩譲ってよしとしても、その広告代理店が検討する「ビジネスの仕組み」に首を突っ込まないどころかフォローも一切しないのは、その会社のビジネスを預かる経営者としてやはりまずいと思うのは、わたしだけでしょうか。

くどいようですが、強いユーザー企業は、ビジネスの仕組みと、そのアウトプットに強いこだわりを見せます。システムとは話が違うようでいて本質的には同じ例として、大手コンビニ各社のトップが、おにぎりなど新しく開発した商品を必ず試食して合否を出すことなどは、非常に端的ですがアウトプットへのこだわりの表れだと思います。「オレが納得していないものを、お客様に提供するな」ということです。

ITの細かい技術までは知らなくてもいいと思います。しかし、システムのあるべき姿のデザインについて、ビジネスの仕組みの構築について、他人に任せたそれらのことは本当にわからなくていいことなのか。このCEO殿にも、今後の連載のなかでぜひご理解いただきたいと念じてやみません。

 

(追記)
つい先日、元ソニーCEOとCIOの両氏による対談記事を読みました。

こんなCEOのもとで働けるCIOは幸せだろうなと、感銘を受けました。上記と合わせて参考にしていただきたい内容です。

 

知るだけで、終わっていないか

最近、技術の進化を背景にしたトピックに、事欠かないような気がします。

例えば、電子書籍。リーダーやスマホで読書する人は珍しくなくなり、本はもはや紙で読むのが当たり前でもなくなってきました。ビッグデータにまつわる喧騒は、単なるバズワードでもない様相も感じさせます。JR東日本がSuicaの利用履歴データを利用者に十分な説明をせずに販売し、パーソナルデータの取り扱いについて論議を呼びました。そういえば最近、自動車業界では自動運転技術が盛り上がっています。日本でも、複数の企業がデモンストレーションを公開して技術を競っています。

こうした動向をメディアなどで目にしたときに、自分は何を考えるか。ビジネスの仕組みやシステムを企画するうえでとても重要なことだと、常々ボヤッとしているアタマをたたき起こしてリマインドするようにしています。

ともすれば、「電子書籍もいいけれど、やっぱり紙で読んだほうがいいなぁ」であったり、「自動運転の車が買えるようになるのはもうちょっと先だろうから、まだあまり関係ないかなぁ」などと、個人の視点で捉えて終わってしまいがちです。個人の趣味趣向であればそれでよいのですが、ビジネスの世界において同じことをしていると、たとえいま一流の会社でも、いつのまにか事業がピンチに追い込まれてしまうかもしれません。

これは、そんなに極端な話でもありません。ビジネスの世界には「企てる人」がいます。「企てる人」はいつでも考えていて、考えている人と考えていない人とでは圧倒的な差がついてしまうのです。

考えている人はこうした情報に触れたとき、その先のシナリオを想像します。

「電子書籍は、学校の教科書にも適用できる。シンクライアントの技術と組み合わせれば、生徒や学生は荷物を持たずに学校に行くようになるかもしれない。そうなると、ランドセルや通学バッグ、もしかすると毎日通学さえしなくなって制服も売れなくなる。」
「自動運転が当たり前になると、トラックにも適用できる。経路のプログラミングができるのなら、例えばアマゾンのような大規模な流通業者は、みずから自動運転トラックを配備したくなる可能性が高い。そうなると、付加価値の高い物流技術を持たない運送業者はピンチになる。」

本当にそうなるかはわかりません。しかし、こうした想像を今からしているバッグ業者や運送業者と、電子書籍なんて自動運転なんてウチの事業に関係ないからと何も考えていない業者では、年を経るにつれて明らかに差がつくと思うのです。

もっと高度な人たちは、自分の考えるシナリオを世の中のトレンドやスタンダードにしてしまおうと企てます。そんな人はひと握りの特殊な人物かと思いきや、意外とサラリーマンだったりするのです。要はそれが、組織的な取組みなのか、その会社が本気でカタチにしようとする取組みなのかどうかの問題です。

そんな「考えたもの勝ち」のような人たちが世の中を動かしているのだとしたら、みなさんの会社で何もできないことはないかもしれません。ガンホーだって、LINEだって、数年前は知らなかった方、多いのではないでしょうか?

 

「事例」の見かた、使いかた

職業柄、「いい事例があったら教えてください」と頼まれることがあります。

当社ではすでに業界横断で2500を超えるシステム活用事例を調査分析し、エッセンスを蓄積しています。事例の数は、いまでも増えています。そのことを知っている方々から頼まれるわけです。

もちろん口頭で概要をお話しすることもありますが、場合によっては本格的なセミナー形式で紹介する提案をすることもあります。しかし時々、「教えるのは逆に、この会社にとって害になるかもしれないな」とちゅうちょしたくなる場面も、実はあるのです。

そう感じるかどうかの境目は、その人または企業の「事例に対する認識」にあります。

およそ「事例」というと、ある企業が「何をしたか」「どうやって実現したか」が説明されたものとイメージされるかたが多いと思います。そういう説明はそれで参考になりますが、本当に学ぶべきなのはそこではありません。

何でもそうだと思いますが、あることを実現し達成するに当たり、まずはそのことを計画しているはずです。そのときに、その人や企業が何を考えてどういう「発想」をしたのか。これが、まず大事な目のつけ所のひとつです。その「発想」が行動の起点になっているわけで、実現される解決策はほとんど、その発想からの自然な流れで出てきています。

さらに、その「発想」が出てくる大元の根源には、その人や企業の「マインドセット」、大仰に言えば信念のようなものがあります。これも、大事な目のつけ所です。

例えばビジネスインテリジェンスや事業継続など、表面的には同じ内容を実現しているように見えて、実は得られた効果や活用のされかたが意外にも異なる事例があります。なぜそんなことが起こるかといえば、そもそも根本的に目的意識やマインドセットが異なっていて、目指した方向が違っていたからです。しかし、違っているけれど、それらはどちらも正解に思えます。なぜかといえば、マインドセットがいずれの場合も明確で、それに沿った結果を実現しているからです。

つまり、事例から学ぶべきは、ひとことでいえば考え方なのです。

あることに対するマインドセットが固まっていない人や企業は、事例に含まれているWhatやHowにすぐに飛びつこうとします。それをそのままマネしようとし、なんとなく実現するけれど、結果としてはたいした効果を得られず、想像以上にコストがかかるなどして、「思っていたことと違う」などという感想を持つのです。

自らの「マインドセット」がなく、自ら「発想」もしないまま、いきなりITに飛びつくから、そんな結果になるのではないでしょうか。

「マインドセット」が整っている人や企業は、事例で紹介されているソリューションそのものよりも、そこから、考え方や発想といったエッセンスを抽出しようとします。だから彼らは常に、同業他社に限らず幅広く事例を知ろうとします。どんな業界のどんな会社の事例でも参考になりえるのです。

事例に対する認識は、こんなふうに態度や行動に現れます。同業他社が何をやっているか、何がやれているか、そんなことばかりが気になるケースは、推して知るべしです。まずは自らの(ITに対する)信念を固めるところから始めるべきでしょう。

 

Want to の目標と、Hope to の目標

システムの構築とはつまり、ビジネスを実行するうえで「実現したい」と思っていることを実際にカタチにすることだと思います。

これは、多くの人にとって容易なことではありません。例えば、他人から「あなたの考えを文章にしてください」と言われたり、「あなたの頭に思い浮かんでいることを絵にしてください」と言われたりすると面食らう人が多いと思いますが、それと本質は似ていると思います。

それほどに大きなエネルギーをもって推進する必要がある取組みなだけに、その実現を本気で追求する意思と環境が必要になります。このとき重要なカギを握るのが、経営トップの「本気度」です。

経営トップになれるような頭のいい人や経験値の高い人は、「目標は何か」「何がしたいか」と聞かれると、大変きれいな回答をします。ただし、皮肉を言うつもりはありませんが、それらの回答の「本気度」には、多くの場合温度差があるものです。

コーチングなどにも応用されている行動心理の世界では、人間が持つ目標には3種類あると言われているようです。

ひとつは、Hope to の目標。「~したいな」「できたらいいな」というレベルの目標です。この目標は、確かに本人の望みではあるものの、その本気度はあまり高くありません。「できたらいいな」は「できなくてもまあいいや」ということでもあるのです。ですので、困難に立ち向かってでも、少々痛い投資をしてでも、とにかく実現したいかというと、否というのがホンネです。

ふたつ目は、Have to の目標。これは、自ら望んでいるわけではなく、環境や制約の要因から「~しなければならない」という必要に迫られた目標です。つまり、単なる義務感で目指している目標なのであって、本心では気が進んでいません。コミットメントのレベルは実はあまり高くないのですが、しかたなく力を入れて実行します。そのため、終わってしまえばそれまで。それ以上の改善や発展は望めません。

最後が、Want to の目標。自分はこうなりたい、これを実現したい、と積極的に望んでいる、最も意識の高いレベルの目標です。この目標を持つ人は、それを実現するために日々考え、困難を乗り越えて実行しようとします。放っておいても勝手にコトを進めていきますし、実現した後は別の課題を見つけてさらに発展させようともします。

こうして見比べてみると一目瞭然だと思います。本気の目標なのは、Want to の目標だけなのです。

システム整備の推進、または情報セキュリティマネジメントの整備を推進していくうえで、経営トップがその課題に対して Want to の目標を見据えて部下に指示をしているのであれば、これほど推進しやすい環境はありません。部下のみなさんがきちんと力を発揮するのみです。

一方、経営トップがその課題の克服を Hope to の目標として捉えているとすれば、システムの具体化が進むにつれてどんどん熱が冷めていき、推進力が萎えていきます。もうすこし率直に言えば、丸投げ状態になっていきます。

ビジネスを発展させるシナリオを描き実行を指示するはずの経営トップがこのような状態でシステム化を推進しても、ビジネスに資するよいシステムにはおよそなりません。特に一旦トラブルに陥ると、「誰が決めるんだ」というような話になりやすく、抱えなくてもよい困難を抱えやすくもなるのです。

その意味でも、経営トップは、本気の目標は熱を持って、その実現に向けたストーリーを語らなければなりません。一方で CIO や情報システムの技術者には、経営側の「本気度」を見極める能力が要求されることになります。

本気かどうかがわからないときは、経営側のアクションや判断が必要になる話を、具体的に掘り下げてどんどんしてみることです。本気でない場合は考えが浅いですから、だんだんとその話をすることに気が向かない雰囲気になっていきます。「そんなのおまえが提案しろ」と言い出したら、アヤシイと思ってください。

 

業務変革・イノベーションを阻む最大のカベ

業務変革やイノベーションを組織的に実践していくうえで、一番のカベとなるものは何だと思いますか?

推進する人材、資金、ノウハウ、いろいろ要素はありますが、一番の障害になりやすいのは、その企業の社風や企業文化ではないかとわたしは思います。

以前、業務変革とシステム改善の相談を受けて、ある中堅企業に面会にうかがったことがあります。その企業はフランチャイズ形式で店舗を全国に展開している企業でした。

その席でわたしは、業務の見直しと改善を図るなら全社レベルで業務プロセスを一度整理するのがよいと、助言しました。そうすると、先方の役員はこのような趣旨のことを述べました。「店舗の業務に問題があることは把握している。調べる必要はない。それに本社には店舗サイドを管理できるほど人数がいないので、店舗のことは考えなくともよい。本社の業務だけを改善したい。」

本社の業務にすでにいろいろな課題が表面化している状態であったため、目の前の課題を解決したい気持ちはよくわかりました。しかしこの考え方のままで改善を進めても、本当の問題が現場(つまり店舗)にあると、問題は本当の意味で解決しません。

本社にしか目を向けなければ店舗の問題は見えず、本社だけを治すことで店舗側に別の支障が出る可能性もあります。そして店舗の業務に支障が出れば、ビジネスにマイナスの影響が出るわけです。

したがって、社内的な都合だけでフォーカスを絞るような考え方では、問題の核心を押さえてビジネスに好影響を与えるような業務改善は困難です。

問題がある場合、その問題は表面に見えているよりも、その奥に隠れていることのほうが多いものです。簡単に解決策が見出せない問題ほど、解決のカギは、その企業の常識や習慣に根差したところにある可能性が高くなります。そうした当たり前と思い込んでいる部分に目を向けて自らを変えられる意思が、特に経営層にない場合、業務変革やイノベーションはかなり困難になってしまうのです。

わたしのようなコンサルタントでも、こうした潜在意識を変えていただくように働きかけるのは、企業に入り込む前のご相談の段階ではほとんどファクトを握っていないために、大変困難なのが実情です。ただ、丁寧に説明することで、逆に「とても勉強になった」と感謝していただけるケースもありますので、ひとまずトライするようにはしています。

イノベーションのヒントになりそうな、2つのサービスの仕組み

今回は、最近見つけた2つの興味深いプラットフォーム・サービスのモデルをご紹介しながら、ビジネスに資する仕組みの発想を巡らせてみたいと思います。システム企画のヒントになれば幸いです。

まずは、NikeのFuelBandのお話から。

ご存知の方も多いかと思いますが、最近健康や栄養に関連するライフログをベースにしたサービスや商品が次々登場してきています。NikeのFuelBandもそのひとつ。腕に装着するリストバンドになっており、常時身に着けていることで日常生活や運動による消費カロリーや歩数などを記録してくれるというシステムです。日々の運動の記録や推移をチャートで確認することもできるので、エクササイズを続けるモチベーションにもつながり、人気商品になっています。

この商品の仕組みも興味深いところですが、もうひとつ興味深いところがあります。それは、FuelBandが取得するデータを活用した連携アプリを、一般の開発者が開発できるようにしている点です。

例えば、FuelBandが取得する運動データを利用して、個人の目標に合わせた日々のトレーニングの提案をするアプリや、バランスの良い肉体を維持する食事のメニューを提案するアプリの可能性が考えられます。つまり、FuelBandを単なる商品としての枠に留めず、サービスプラットフォーム化を目指しているというわけです。

これは、顧客データを持っている、もしくは顧客データが取得できることを強みにしたサービス基盤の発想という点で、ひとつのヒントになる事例ではないかと思います。ビジネスにおけるプラットフォーム・モデルは Google や Apple の事例ですでに著名ですが、彼らは圧倒的人気のサービスまたは商品をもとにプラットフォーム化を狙いました。一方、FuelBandの例のようにデータそのものをプラットフォームの基盤にしようとする例は、まだそれほど多く世の中に出てきていないのではないでしょうか。

ただしこのモデルを成功させるには、そもそもその商品が爆発的に売れて、顧客がデータをどんどん提供してくれなければ成立しません。新たに仕掛けるなら、それが大きなハードルになります。大手企業であればまだ可能性がありますが、中堅以下ですと簡単にヒットを飛ばせるものではないかもしれません。

そこで、もうひとつヒントになる事例を。IFTTTというものです。

IFTTTとは、”If this, then that.”の略なのだそうです。その実態はWebサービスであり、モーションセンサーなどを搭載したハード、またはアプリを、IFTTTのサービスに接続して連携することで、さまざまなオートメーションが実現する、というものです。

例えば、朝ベッドから起きると自動的に部屋の照明が点灯する。外からショートメッセージを送るとエアコンが作動する。机の蛍光灯の電気をつけると、隣にあるパソコンが自動的に作動する。そんな「AならばB」のような連携を登録しておけるというサービスなのです。

こうしたサービスは、これまでの常識では、家電メーカーのブランドを統一しないと無理そうなイメージがありました。IFTTTはその常識を打ち破って、家電のネット化が簡単にできてしまう可能性を秘めていると言えるでしょう。

その点も興味深いのですが、プラットフォームの仕組みの面でも、学べる点があると思います。

IFTTTとFuelBandは、生活環境を便利にするツールという観点では方向性が似ていますが、FuelBandは自らの強みを活用するプラットフォームである一方、IFTTTは単に「つなぐ」ことに徹したプラットフォームになっています。自ら何らかの商品を持つことなく、単に世の中の不特定多数なものをつなごうとしているだけです。

IFTTTのプラットフォーム・モデルでも、多くの人にインタフェースを揃えてもらい、使ってもらわなければ発展しないのは同様です。しかし、事前に圧倒的な強みを所有している必要はないわけです。こうしたモデルであれば、大手でなくてもチャンスがあるかもしれません。

世の中、いろんなところに発想のタネが隠れています。コンスタントな情報収集が大事であることを折に触れて申し上げているのは、そうした理由からです。企業であれば、それを社内の個人に頼るよりも、組織的に行う方がより確実で効果的です。

 

「高速でつくる」前に、やるべきこと

ビジネスの変化は速い。それなのに、情報システムがビジネスの変化のニーズに対応できないのでは困る。だから、情報システムもまた、速くつくれなければならない。

まったく、そのとおりだと思います。実際、情報システムが足かせになることで、新しいビジネスの取組みに支障をきたしたり、競合に比べて満足のいくものにならなかったりすることが起こっています。それに対して、その場しのぎの対応でお茶を濁している例も少なくありません。経営者の立場になれば、これだけカネ掛けて何のための IT か、という話になってきます。

こんな風潮のなか、システムやアプリケーションの高速開発を実現する手法がいろいろと提案されています。中でも代表的なのは「アジャイル開発」でしょう。

ご存じないかたのために端的に説明すれば、アジャイル開発とは、従来のように厳密にすべてを設計することなく、まずはプログラムをつくって動かすことを優先し、さらにそれを少しずつ改良していくことでシステムを仕上げていく開発手法のことです。ウォーターフォールと呼ばれる従来型の開発手法に比べ、システムに対する要件が後からでも取り込みやすく、設計のドキュメントをつくる工数を少なく済ませることが大きな特徴になっています。ちなみに、英単語である「アジャイル(agile)」には、「迅速な」「敏捷な」といった意味があります。

確かにこれは有力な開発手法で、広義に捉えれば、こうした「作っては直す」開発手法は以前からいくつか提案されてきてもいます。それほどに、柔軟性のある開発手法には以前からニーズがあるわけです。

一方、なかには近視眼な人がIT業界にもいて、「もうアジャイルじゃなきゃ無理でしょ?」とまで云う声も聞こえてきます。先日も、そんな発言をする人に出会いました。

現在使える「速くつくる手法」をうまく適用できれば、これまで何カ月、何年とかかると言われてきた情報システムが、数週間ないしは1~2か月でできてしまうことが実際に起こります。ただしそれは、「速くつくる基盤」があってのことです。これを忘れてはなりません。ドライバーが車をカローラから F1 カーに乗り換えるかように速くなるわけではないのです。

ここでいう「基盤」には、ふたつの意味があります。それは、システムを開発する技術環境の基盤という意味と、その基盤を活用できる組織のガバナンスや体制の基盤という意味です。これらをそろえて初めて、本当の意味で「速くつくる」ことができるようになります。

特に前者の「システムを開発する基盤」は、いったん整備されれば、その柔軟性がビジネスの柔軟性そのものになると言っても過言ではありません。そのため、ことこの基盤を整備しようと思えば、関係者間で共有されたビジネスの目的や今後の戦略などのもとに綿密に企画設計し、構築することが要求されるのです。

どうも先ほどのような近視眼な人たちは、この点をすっかり忘れてしまっているか、ここもアジャイル開発できると思っているか、どちらかのように思えてなりません。

またアジャイル開発では、ITの関係者も、そのシステムにかかる業務の関係者も、一堂に会したプロジェクトチームによって開発を推進していくことが特徴になっています。プロジェクト期間中は毎日同じ部屋で仕事をするようにすることもよくあります。なぜそうするのかといえば、チームとして一体となることで関係者間のカベをなくし、意思決定のスピードを上げるためです。開発は速くできるポテンシャルがあるのに決めるのが遅いのでは、何のためのアジャイルか、ということになるからです。

さらに言えば、そうしたチームづくりは規模が小さければハードルはあまり高くありませんが、全社レベルのシステムならどうでしょうか。グローバルなシステムならどうでしょうか。関係者が増えるほど、距離が離れるほど、意思の疎通は難しくなっていきます。それを克服するような組織体制ができていなければやはり、何のためのアジャイルか、ということになるのです。

情報システムにもっとスピードが欲しいと考えておられる経営者や経営幹部の方々には、自社の情報システムがこうした「速くつくる基盤」を実現できているのか、まず確認されることをお薦めします。もしできていないなら、「速くつくる」前に、そのための基盤整備に投資を行う必要があるということです。

システムは、技術者やベンダーに任せていればできるものではありません。

クラウドに冷静なユーザー、食わず嫌いなユーザー

日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が、「企業IT動向調査2013」を発表しました。これは、同協会の会員企業を中心にユーザー企業のIT動向を調査したものです。

結果の全容を知るにはレポートを購入しなければならないのですが、一部の主要な結果については同協会のホームページで閲覧することができます。中堅企業以上の、ITに関しては比較的積極的な企業が調査対象の主体になっていますが、どのような規模のシステムユーザー企業にとっても参考になる結果です。一度ご覧になることをお薦めします。

わたしが見たうちで興味深い結果のひとつは、ユーザー企業のクラウドに対する見かたです。

クラウドの導入状況を聞いた結果によれば、基幹系をクラウド化した割合は調査企業のうちの 2~3%、情報系はメールシステムを中心に 20%程度になっています。基幹系と情報系の採用割合の差が顕著です。

情報系システムのクラウド化は、特に人材の乏しい中堅以下の企業には向いています。調査結果においても、売上高が 100億未満の中堅中小企業では比較的割合が高くなっているようです。

一方、IaaS および PaaS の導入に関しては、確かに導入は増加しているものの、調査が行われた 2012年時点では導入企業がいずれのサービスも 1割程度。ひとまず検討くらいは行う企業の割合は 4割強で、すでに頭打ちになっていることがうかがえます。

つまり、全般的にユーザー企業はクラウドを非常に冷静にとらえて判断していると見えます。マスコミやベンダーのなかには、「クラウドファースト」であるとか「これからのシステムはクラウドが当然」のような、“クラウド万歳”な論調を採り、これでもかというほどにクラウドを採用した企業を取り上げるケース(よく見ると、だいたいはメールやグループウェアの類を使っているのですが)もしばしば見受けられますが、当のユーザー側は、全般的にはそれに流されていないようです。

ただし、一般的な傾向がそうだからといって自社も同じ歩調を取ればよい、ということでは、もちろんありません。

こうした企業調査に対しておよそ言えることですが、これはあくまで「トレンド」を示しているだけのことであり、実際に採用する方針は、その企業の経営環境や今後の方向性によって、個別に判断すべきことです。極論すれば、クラウドをベースにしたシステムを考えたほうがよい企業ならば、仮に他の 99%の企業がその傾向でなくても、クラウドを採用すべきなのです。

むしろ、他が採用していない中で自社がいち早く採用すればチャンス、かもしれません。このあたりは、自社が置かれた環境に対する読みと論理的な状況判断、つまり「目利き」が要求されます。

このとき、正確な読みや判断をしていくためには、正しい情報を把握することがまず必要です。その意味で、わたしがよく申し上げることですが、「小さく試す」ことが重要になります。

「試す」ことを面倒がってやらないユーザー企業が大多数なのが現状ですが、どこかの大企業にならって「ビッグバン導入」などすれば、大金をはたいたうえに失敗する可能性は高くなります。ちょっと「試す」だけで、かなりの情報を獲得でき、目利き力が上がるのですから、やらない手などあるでしょうか?自分たちが納得のいくシステムを使いたいと思っている企業なら、どこでもやっていることです。要は、その習慣があるかどうかの問題です。

そんなことを考えると、先ほどの調査結果に対してうがった見方をすることもできます。

どういうことかといえば、データとして「流されていないユーザー」に見える中には、単に食わず嫌いで「試す」ことなど考えてもいないユーザーも、含まれているのかもしれないということです。結果を疑いなく、額面通りに受け止めてはいけない、こうした調査を見るうえでのひとつの側面です。

そういうユーザー企業の後を追わないほうがよいのは、言うまでもありません。