「高速でつくる」前に、やるべきこと

ビジネスの変化は速い。それなのに、情報システムがビジネスの変化のニーズに対応できないのでは困る。だから、情報システムもまた、速くつくれなければならない。

まったく、そのとおりだと思います。実際、情報システムが足かせになることで、新しいビジネスの取組みに支障をきたしたり、競合に比べて満足のいくものにならなかったりすることが起こっています。それに対して、その場しのぎの対応でお茶を濁している例も少なくありません。経営者の立場になれば、これだけカネ掛けて何のための IT か、という話になってきます。

こんな風潮のなか、システムやアプリケーションの高速開発を実現する手法がいろいろと提案されています。中でも代表的なのは「アジャイル開発」でしょう。

ご存じないかたのために端的に説明すれば、アジャイル開発とは、従来のように厳密にすべてを設計することなく、まずはプログラムをつくって動かすことを優先し、さらにそれを少しずつ改良していくことでシステムを仕上げていく開発手法のことです。ウォーターフォールと呼ばれる従来型の開発手法に比べ、システムに対する要件が後からでも取り込みやすく、設計のドキュメントをつくる工数を少なく済ませることが大きな特徴になっています。ちなみに、英単語である「アジャイル(agile)」には、「迅速な」「敏捷な」といった意味があります。

確かにこれは有力な開発手法で、広義に捉えれば、こうした「作っては直す」開発手法は以前からいくつか提案されてきてもいます。それほどに、柔軟性のある開発手法には以前からニーズがあるわけです。

一方、なかには近視眼な人がIT業界にもいて、「もうアジャイルじゃなきゃ無理でしょ?」とまで云う声も聞こえてきます。先日も、そんな発言をする人に出会いました。

現在使える「速くつくる手法」をうまく適用できれば、これまで何カ月、何年とかかると言われてきた情報システムが、数週間ないしは1~2か月でできてしまうことが実際に起こります。ただしそれは、「速くつくる基盤」があってのことです。これを忘れてはなりません。ドライバーが車をカローラから F1 カーに乗り換えるかように速くなるわけではないのです。

ここでいう「基盤」には、ふたつの意味があります。それは、システムを開発する技術環境の基盤という意味と、その基盤を活用できる組織のガバナンスや体制の基盤という意味です。これらをそろえて初めて、本当の意味で「速くつくる」ことができるようになります。

特に前者の「システムを開発する基盤」は、いったん整備されれば、その柔軟性がビジネスの柔軟性そのものになると言っても過言ではありません。そのため、ことこの基盤を整備しようと思えば、関係者間で共有されたビジネスの目的や今後の戦略などのもとに綿密に企画設計し、構築することが要求されるのです。

どうも先ほどのような近視眼な人たちは、この点をすっかり忘れてしまっているか、ここもアジャイル開発できると思っているか、どちらかのように思えてなりません。

またアジャイル開発では、ITの関係者も、そのシステムにかかる業務の関係者も、一堂に会したプロジェクトチームによって開発を推進していくことが特徴になっています。プロジェクト期間中は毎日同じ部屋で仕事をするようにすることもよくあります。なぜそうするのかといえば、チームとして一体となることで関係者間のカベをなくし、意思決定のスピードを上げるためです。開発は速くできるポテンシャルがあるのに決めるのが遅いのでは、何のためのアジャイルか、ということになるからです。

さらに言えば、そうしたチームづくりは規模が小さければハードルはあまり高くありませんが、全社レベルのシステムならどうでしょうか。グローバルなシステムならどうでしょうか。関係者が増えるほど、距離が離れるほど、意思の疎通は難しくなっていきます。それを克服するような組織体制ができていなければやはり、何のためのアジャイルか、ということになるのです。

情報システムにもっとスピードが欲しいと考えておられる経営者や経営幹部の方々には、自社の情報システムがこうした「速くつくる基盤」を実現できているのか、まず確認されることをお薦めします。もしできていないなら、「速くつくる」前に、そのための基盤整備に投資を行う必要があるということです。

システムは、技術者やベンダーに任せていればできるものではありません。