格安SIMの百花繚乱にみる「企業の自前MVNO」

最近、携帯電話のMVNOによる格安SIMサービス事業に進出する企業が次々と現れています。

MVNOとは、大手キャリアが運営する携帯電話網を間借りする形で、携帯通信(Mobile)の仮想的な(Virtual)回線事業者(Network Operator)として、通信サービスを運営する事業者のことを指します。

インターネットプロバイダーを営む事業者が自社のサービスの拡大のために進出するケースが典型的ですが、小売業や機器製造メーカーなどまったく異業種の企業が進出するケースも目立っています。

大手キャリアと比べた場合に通信品質やサポートが劣ることや、初心者には端末設定が難しいなどの指摘もされていますが、なにより大手キャリアの通信プランに比べて段違いの安さで利用でき、契約も月単位、解約しても違約金などを取られることがないので乗換が容易です。この使い勝手の良さで、ここ最近人気を獲得し始めています。

MVNOにより、どんな企業でも通信サービスの事業化を目指すことができます。これまで、通信事業を自ら手掛けるという発想は、ネットワークを構築運用するための莫大なインフラコスト、通信事業にかかる法的な規制、大手キャリアによる参入障壁などを考えれば、ほとんどありえないことでした。ところが、MVNOは大手キャリアが整備する既設の回線を借りるだけでよく、通信ネットワークを維持管理する手間もノウハウも不要で、うまくいかなければ撤退も容易です。

MVNOは日本だけでなく、米国や欧州など海外にもMVNO事業が可能な国があります。そうした国でも同じ発想で、通信サービスを手掛けることが可能になるわけです。

このことで、企業のビジネス環境が変わりました。企業は、「自前の製品やサービスにモバイル通信を組み込む施策」を、容易に構想できるようになります。もちろん、単に通信ビジネスを始めようということではありません。つまり、いま提供している自前の事業に、通信を組み込んだら、顧客にもっと高い利便性を提供できないか、という発想ができるようになるということです。

これまででも、このようなかたちで通信を組み込んだサービスは、キャリアの力を借りて無理やり実現しようと思えば可能でした。しかし、コストや手間に見合った利便性や魅力を提供するものにはなりにくく、現実的ではありませんでした。この状況が変わったということです。BtoCなら特に、容易に利益ロジックを立てられる状況が生まれています。

企業には、発想の転換が必要になるでしょう。ITの進化がもたらすパラダイムシフトとパワーの一端が、ここにも見えるように感じています。

「攻めのIT投資」は、カンタンに認定できない

経済産業省と東京証券取引所は、2015年5月に「攻めのIT経営銘柄」を選定すると発表しました。情報システムやデータを駆使して好業績を上げている企業を業種業態別に選定し、経営陣や株主の関心を呼ぶことで、「攻めのIT投資」を企業に促す狙いです。

この取り組みを企画した経産省の担当者は、「株価を左右する可能性のある指標をつくれば、社長の関心度は高まる」と述べています。

なんとか日本の経営層にITの重要性を認知させたい、行動させたい、という思いが伝わってくる取り組みです。ぜひ、よい影響を日本の企業に及ぼしてほしいものだと期待したいのですが、記事を読んでいる限りのしくみで本当に適切な選定ができるのかどうか、心配になります。

当社では職業柄、お客さまに初めて関わる段階で必ず内部調査を行います。状況によってはお客さま自身が現状のレベルを把握したいとご希望になることもあり、組織行動の詳細まで網羅した調査を行うために診断パッケージも用意しています。その立案・設計をした経験から申し上げて、「攻めのIT投資」を的確に判断するのは間違いなく単純なことではないと断言できます。

記事によれば、選定対象はアンケート調査を基とするとされています。IT利活用の取り組みをさまざまな角度から質問するとのことですが、わたしの経験で申し上げれば、その回答と実態はかなり異なることが多いです。「やっていると言っているが実はやれてない」「やれてないと言っているが実は結構やれている」どちらもあります。これが、アンケート調査の限界です。

また、財務状況を加味するとされていますが、財務指標に反映される要因は必ずしもIT投資によるものではない点が厄介です。財務の領域だけを見ていると確実に判断を誤ります。極端な話をすれば、「IT投資はたいへん頑張ったのに、できたシステムはいまいちで、社員が人力でパフォーマンスを巻き返した結果、業績が上がった」というケースは、財務状況とIT投資状況だけを見ていると「攻めのIT投資」として高評価されることになります。

そもそもIT投資というのは、投資額が大きければ「攻めている」ことになるわけではありません。本来称賛されるべきなのは、最小限の投資でパフォーマンス向上を目論見どおりかそれ以上に果たし、成果を挙げるケースのはずです。高評価に値するIT投資の根源となるポイントは、「成果のありかたを自らデザインし、成果を自ら出しに行って、それに成功しているかどうか」だとわたしは考えます。これは、システム設計のみならず、組織体制、人材育成、インフラ整備、セキュリティ管理、すべてを通じて言えることです。

実際に自らビジネスのしくみをデザインし、そこに組み込む適切な情報システムを企画して、主体的に開発導入し、うまく運用して、結果としてパフォーマンスが向上したというストーリーを的確に見極めようとしたら、実際に現場をあたらなければ客観的には判断できないのが実態なのです。当社の診断パッケージでは、もちろんアンケート調査も行いますが、かならず現場に入って観察し、関係者から直接話をうかがい、あわせて物証を集めることも行ったうえで、診断を行っています。

経産省が想定する具体的な調査分析手法はくわしく存じませんが、「真に攻めている」企業を、うまく民間のパワーも使いながら的確に選定していただきたいものです。信頼できるホンモノの指標づくりを期待します。

また経営者の方々には、このような客観評価を、「ビジネスのパフォーマンス向上のための純粋な機会」としてとらえていただきたいと願っています。「IT活用を積極的に行うのは重要だ、なぜならウチの株価に影響するから」と言う社長は、見たくありません。