スマホやタブレットに心動かされている経営者のみなさんへ(2012年2月)

最近売れているスマートフォン(スマホ)やタブレットを、企業でも利用すべきだという論調やマーケティングが盛んです。

iPhone と iPad の登場により、スマホやタブレットは社会を席巻し続けています。その利便性と使用感の良さを企業利用でも活かせるだろう、活かしたい、というのは、自然な発想です。

スマホやタブレットが特に威力を発揮する領域は、ひとことで言えば「見る用事」の領域だと思います。

例えば、レストランなどでのメニュー選択やオーダー、衣料品店での商品閲覧や選択など、顧客対応のある場所での活用は、非常にわかりやすい例だと思います。おしゃれなお店で iPad が出てくると、ちょっと格好がよいですね。

それ以外でも、工場内で生産状況や業務手順の確認をしたい場合などでは、モバイル PC は入力操作がしづらく使いにくいところです。こんな時にも、持ち運びが便利で起動が素早く、状況確認はもちろんちょっとした入力も立ったまま簡単にできるスマホやタブレットは、大変重宝するはずです。

巷でのスマホやタブレットの大人気ぶり、そして続々出てくる企業での活用事例。いろいろよい話を聞いていると、自分の会社でも使ってみたくなるでしょう。こういう話に、経営者の方は弱いところがあります。

スマホやタブレットに心を動かされている(または、動かされかけている)経営者、または経営幹部の方に、「自分はこうした話に素直に反応してもよい体質なのか」をテストできる質問があります。よろしければ、ちょっと試してみてください。

次のフレーズを聞いて、どう感じますか?

「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高めることができる」

部下からこの提案が上がってきたら、同感ですか?

同感する方、その同感の度合いが高いほど(膝をたたいて同感する、など)、ご自分の体質を疑ってください。逆に、多少なりとも違和感を感じる方は、正常です。ご自分の直感を信じて行動してください。

なにが問題なのでしょうか?

例えば、社長のツルの一声でタブレットを導入した会社が、けっこうたくさんあるようです。役員会議は基本的にタブレット持参、紙配布はなしにしてペーパーレス化、生産性も高いうえに環境にも配慮している、といった具合です。

これで生産性が上がっている会社も、確かにあるでしょう。しかし、どんな会社でも上がるのでしょうか。端末の特性から言って、少々疑問を感じます。

タブレットにしてもモバイル PC にしても、電子ファイルベースでの閲覧性や視認性は最近ずいぶん向上しました。しかし、まだ苦手なことはあります。

例えば、こんな場面はどうでしょうか。ある資料の 8 ページと 14 ページを見比べたいという場合、電子ファイルの閲覧ではどうしてもやりにくいという問題があります。紙なら、まったく問題ありません。

またプレゼンテーションでは、プレゼンターが「見せる設計」を行ってプレゼンを進行することで、理解を深める演出を行うことがありますが(レベルの高いプレゼンターなら、たいていそうしたことをします)、全員が前方のスクリーンではなくタブレットを見てしまうと、その設計も水泡と化します。プレゼン専用ツールでも使って制御しない限り、参加者が好き勝手に自分が見たいスライドを見られるからです。

また、会議中に画面を眺めることの弊害もよく指摘されています。米国の企業では会議でのコンピューターの使用を禁止するケースがあるそうで、それを意味する “topless meeting” という言葉は、なんと IT 企業が集積するシリコンバレー発祥と言われています。また大学などでは、授業中のコンピューター利用を禁止しているケースが多数あります。

企業と大学では事情は異なるでしょうが、根本的な課題意識は両者とも同じで、コミュニケーションに弊害があることが大きな理由です。アイコンタクトを重視する文化であるからこそと思われます。

そして、こうした「モバイル環境」を一旦つくると、人間どうしても慣れてくるものです。スマホもタブレットも、資料閲覧以外のことがなんでもできます。仕事中にゲームをやる人間はいないとしても、メールチェックや気になるニュースの閲覧など、会議と関係ないことに精を出す参加者が出てくることは防げないでしょう。それでは、生産性は逆に下がっていくかもしれません。

大抵の場合、なんらかの技術が先に立って事業や業務にメリットをもたらす、ということはあまりありません。そうではなく、事業や業務にメリットをもたらす「仕組み」がまず描かれ、そこに使える技術を、使う側が見出して取り込むものなのです。

ですから、先に挙げた「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高められる」というフレーズは主客転倒になっていて、本来は「社内の生産性を高めるに当たり、スマホ・タブレットはオプションになり得るか」と考えるのが正解です。

生産性を高めるシナリオをまず立てて、そこにスマホやタブレットがぴったり当てはまるなら、ぜひフル活用してください。使える新技術は、早く取り込んだほうが間違いなく有利です。逆に当てはまらないなら、導入は控えることをお勧めします。ムダ遣いに終わる可能性が高いです。どうしても社員にプレゼントしたいとおっしゃるなら、その限りではありませんが…

「自動車クラウド」が残念な理由(2012年1月)

最近、自動車のビッグメーカーが競って、「テレマティクス」と呼ばれる分野で自動車と通信の連携を加速させようとしています。

日本のメーカーで言えば、まずトヨタ自動車は「トヨタスマートセンター」と呼ぶシステムを構築し、次世代自動車向けの情報配信やバッテリー状態監視などをサービスとして提供しようとしています。合わせて、ソーシャルメディアと連携してドライバーのコミュニティ・サービスを構築し若者にアピールする取組み「トヨタフレンド」も、近頃発表しました。

日産自動車の場合は、電気自動車「リーフ」に対する走行支援システムを整備しています。このシステムにより、リーフを iPhone アプリで遠隔操作することができるようにしました。それに関連して、自動車に搭載する車載機と機能連携するための XML 仕様を公開しています。外部のプロバイダーや開発業者との連携を容易にし、自社のサービスに取り込む狙いです。

ホンダでは、2011 年 3 月、カーナビ向けの情報配信システムの通信料金を無料化しました。これには、システム装着車からの情報収集の頻度を上げ、最適ルート計算の精度を高め、情報配信の付加価値を向上させる狙いがあります。この取組みで、2011 年末の情報収集回数を 2010 年末の 10 倍に伸ばし、さらに会員数と対応カーナビ台数を増やそうとしています。

取組みの具体策は異なりますが、どの企業も考えていることはほぼ同じで、車に搭載するカーナビを軸にした情報配信をキーに、顧客に対する付加価値を高めながら、各社の販売店への送客を促したり、純正カーナビ販売数の向上につなげようという目論見です。

しかしわたしは、今の取り組みは従来どおりの「自動車中心の発想」で、とてももったいないことだと感じています。この取組みを起爆剤にして自動車が売れることは、残念ながらおそらくないと考えています。

ご存じのように、最近は若者の自動車離れが指摘されています。各社はこれを食い止めようと策を繰り出しているようですが、ところで自動車から離れていっているのは本当に若者だけなのでしょうか。

先進国では、人口の都市部集中の傾向がすでに表れています。都市部に人が集まり、そこに商圏が展開されれば、移動手段が車である必要性は大きく減少します。必要な時だけ乗れればよい、という考えのもと、最近ではカーシェアリングがビジネスとして発展する兆しも見え始めています。高齢化が進んでいる国ではさらに、自ら運転するのは安全ではない人たちが増えていきます。

そんな状況では、百万円以上するようなぜいたく品である乗用車がわざわざ購入されなくなるのは、自然なことです。

つまり、いま見られている現象は、若者だけが自動車から離れていっているのではなく、趣味でもない限り一般の人々にとって自動車は必需品ではない社会にシフトして行っているということのではないでしょうか。そうだとすれば、自動車中心で発想していたのでは、将来は明るくありません。

今のうちから発想を転換し、「自動車会社」からは中長期的に脱皮していくことを考えたらいかがかと思います。その意味で、いま迎えている「自動車と通信との連携」の機運は、ひとつのチャンスに見えます。

わたしが提示したいひとつの考え方は、自動車会社は今後自動車を「端末」として扱い、ケータイなどの「端末」と同列化しながら、それらをつないでサービスを展開する「プラットフォーム事業者」を目指したらどうか、というものです。

例えば自動車を使っていない間は、電源プラグ経由で有線ネットワークと接続して「家庭内ルーター」として使用し、自動車を使っている間は 3G/WiFi/WiMAX など最適な無線回線を自動的につかんで通信する「モバイルルーター」として使用する。自動車自身が運行情報を得るだけでなく、同乗者に社内の WiFi 経由で通信させれば、利用者の通信コスト節約になると同時に通信事業者にとってはオフロード対策にもなります。

現在のカーナビは「ケータイ」にしてしまい、ケータイと自動車を一体として「端末販売」すれば、自動車を家に置いて出かける際にも顧客に同じ通信サービスを使わせることもできます。

こうして、自動車だけを売るのではなく、プラットフォーム事業者として通信サービスを基軸にモノを売れば、安定的に顧客と購買の接点が持てるわけです。現状では、顧客が車から離れてしまえば、接点はなくなります。

ビッグメーカーには長年の実績があり、世界で自社の自動車がすでに何千万台と走っています。この立場を活かしてうまく立ち回れば、全世界規模で顧客を囲い込むプラットフォーム・プロバイダーになれるリソースとポテンシャルがすでにあるわけです。

この立場を実現できているプレーヤーは、今のところ世界に存在しません。Google や Apple が、前者は検索エンジンを軸に、後者は斬新なモバイル端末を軸に、それを狙っているところですが、まだその領域には届いていません。中国の通信事業者は億単位の加入者を抱えていますが、これは一国内の利用者に留まります。

特にトヨタ自動車は、KDDI と資本関係にあります。日産やホンダ、または海外のビッグメーカーと比べても、その気になればどの企業よりも短期間に、通信サービス事業者としての基礎的リソースを獲得できる位置にあります。

にもかかわらず、サービス施策を見ている限り、プラットフォーム化の発想はまったくないように思えます。

前述の「トヨタスマートセンター」の基盤には KDDI のインフラではなく Windows Azure を採用しました。百歩譲って、迅速に世界展開を図りたい意図を理解するとしても、顧客向けのソーシャルメディア・サービスのほうには Salesforce.com の Chatter という、なんと SaaS を採用してしまいました。

SaaS での事業展開では、トヨタにはほぼコントロール権はありません。障害が発生しても、情報漏えいが発生しても、業者に「どうなっているんだ」と問合せする以外に何もできません。

このサービスはコアではない(つまり、いつ止めてもよい)と思っているのなら別ですが、そうでないなら非常に「軽いサービス」となってしまいます。もったいない話です。

自動車は先端技術の結晶であり、それを「端末」というのはいかがなものか、という向きもあるでしょう。しかし一方で、かつての衛星携帯電話「イリジウム」がそうであったように、技術の粋を尽くしても売れないときは売れません。この事実からは目をそらすことはできません。