最近売れているスマートフォン(スマホ)やタブレットを、企業でも利用すべきだという論調やマーケティングが盛んです。
iPhone と iPad の登場により、スマホやタブレットは社会を席巻し続けています。その利便性と使用感の良さを企業利用でも活かせるだろう、活かしたい、というのは、自然な発想です。
スマホやタブレットが特に威力を発揮する領域は、ひとことで言えば「見る用事」の領域だと思います。
例えば、レストランなどでのメニュー選択やオーダー、衣料品店での商品閲覧や選択など、顧客対応のある場所での活用は、非常にわかりやすい例だと思います。おしゃれなお店で iPad が出てくると、ちょっと格好がよいですね。
それ以外でも、工場内で生産状況や業務手順の確認をしたい場合などでは、モバイル PC は入力操作がしづらく使いにくいところです。こんな時にも、持ち運びが便利で起動が素早く、状況確認はもちろんちょっとした入力も立ったまま簡単にできるスマホやタブレットは、大変重宝するはずです。
巷でのスマホやタブレットの大人気ぶり、そして続々出てくる企業での活用事例。いろいろよい話を聞いていると、自分の会社でも使ってみたくなるでしょう。こういう話に、経営者の方は弱いところがあります。
スマホやタブレットに心を動かされている(または、動かされかけている)経営者、または経営幹部の方に、「自分はこうした話に素直に反応してもよい体質なのか」をテストできる質問があります。よろしければ、ちょっと試してみてください。
次のフレーズを聞いて、どう感じますか?
「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高めることができる」
部下からこの提案が上がってきたら、同感ですか?
同感する方、その同感の度合いが高いほど(膝をたたいて同感する、など)、ご自分の体質を疑ってください。逆に、多少なりとも違和感を感じる方は、正常です。ご自分の直感を信じて行動してください。
なにが問題なのでしょうか?
例えば、社長のツルの一声でタブレットを導入した会社が、けっこうたくさんあるようです。役員会議は基本的にタブレット持参、紙配布はなしにしてペーパーレス化、生産性も高いうえに環境にも配慮している、といった具合です。
これで生産性が上がっている会社も、確かにあるでしょう。しかし、どんな会社でも上がるのでしょうか。端末の特性から言って、少々疑問を感じます。
タブレットにしてもモバイル PC にしても、電子ファイルベースでの閲覧性や視認性は最近ずいぶん向上しました。しかし、まだ苦手なことはあります。
例えば、こんな場面はどうでしょうか。ある資料の 8 ページと 14 ページを見比べたいという場合、電子ファイルの閲覧ではどうしてもやりにくいという問題があります。紙なら、まったく問題ありません。
またプレゼンテーションでは、プレゼンターが「見せる設計」を行ってプレゼンを進行することで、理解を深める演出を行うことがありますが(レベルの高いプレゼンターなら、たいていそうしたことをします)、全員が前方のスクリーンではなくタブレットを見てしまうと、その設計も水泡と化します。プレゼン専用ツールでも使って制御しない限り、参加者が好き勝手に自分が見たいスライドを見られるからです。
また、会議中に画面を眺めることの弊害もよく指摘されています。米国の企業では会議でのコンピューターの使用を禁止するケースがあるそうで、それを意味する “topless meeting” という言葉は、なんと IT 企業が集積するシリコンバレー発祥と言われています。また大学などでは、授業中のコンピューター利用を禁止しているケースが多数あります。
企業と大学では事情は異なるでしょうが、根本的な課題意識は両者とも同じで、コミュニケーションに弊害があることが大きな理由です。アイコンタクトを重視する文化であるからこそと思われます。
そして、こうした「モバイル環境」を一旦つくると、人間どうしても慣れてくるものです。スマホもタブレットも、資料閲覧以外のことがなんでもできます。仕事中にゲームをやる人間はいないとしても、メールチェックや気になるニュースの閲覧など、会議と関係ないことに精を出す参加者が出てくることは防げないでしょう。それでは、生産性は逆に下がっていくかもしれません。
大抵の場合、なんらかの技術が先に立って事業や業務にメリットをもたらす、ということはあまりありません。そうではなく、事業や業務にメリットをもたらす「仕組み」がまず描かれ、そこに使える技術を、使う側が見出して取り込むものなのです。
ですから、先に挙げた「スマホ・タブレットを使って、わが社は社内の生産性を高められる」というフレーズは主客転倒になっていて、本来は「社内の生産性を高めるに当たり、スマホ・タブレットはオプションになり得るか」と考えるのが正解です。
生産性を高めるシナリオをまず立てて、そこにスマホやタブレットがぴったり当てはまるなら、ぜひフル活用してください。使える新技術は、早く取り込んだほうが間違いなく有利です。逆に当てはまらないなら、導入は控えることをお勧めします。ムダ遣いに終わる可能性が高いです。どうしても社員にプレゼントしたいとおっしゃるなら、その限りではありませんが…