「全体」は「イケてる部分の集まり」に非ず

昨年中もさまざまな企業の現場に関わらせていただき、さまざまな場面に出合って支援を試みてきました。良いことも、良くないことも、いろいろあったように振り返ることができます。その中で感じたこととして一番に思い浮かぶのは、「グランドデザインができる人って、やはり少ないんだな」ということでした。

実は、優秀な人材が集まっていそうな大きな会社ほどグランドデザインができる人材が少ないのではないかと、いまでは確信に近い認識になっています。考えてみれば自然なことかもしれません。プロパーで入社して職責が上がる中で、会社を全体俯瞰で眺めて仕事をする機会は、会社が大きいほど、ほとんどないでしょう。グランドデザインを描く経験を深めないままに経営幹部になっていくのは、とても不幸なことだと思います。

グランドデザインが描けないなら、事業戦略は稚拙なものになります。戦略立案能力が低いリーダーが率いる組織では、方針や数値目標くらいは示されても、それに向かうシナリオがありません。耳障りのよいスローガンは唱えるが「どうやるか」がない、どこかの国の政治家と同じです。

方針だけがあってシナリオがなければ、部下やスタッフは方針だけ理解して、しかし日常業務で何にどのように取り組めばいいのか、ピンときません。そして、その後も一向に具体的なアクションについては指示がない。「どう実行するかは自分たちで考えろ」というリーダーもいますが、自身が描けないシナリオを部下が描けるはずもありません。よって、現場はこれまでどおり業務を遂行するだけで、目標は達成されないか、期末に数字合わせしてお茶を濁すか、いずれかになります。

会社での計画策定とは、「部長が鉛筆をなめながら目標数値を書き込み、本部長がそれをきれいにまとめ、担当役員はそれを承認する」ものだと信じてやまない大企業の人は、いまだに少なくないのではないでしょうか。それが当然の企業文化においては、戦略シナリオが整うことは想像できません。

シナリオがない会社では案外、「流行りもの」に手を出すのが先端的で素晴らしいと思っているふしもあります。人事制度なら、1on1、OKR、ジョブ型採用、等々。営業施策なら、MA、カスタマーサクセス、等々。流行りのベストプラクティスと聞けばすぐに採り入れようとします。そうして、社内にはいろいろな新ルールや新制度が出来上がります。

なかなか時代の先端を行っているようでいて、よく内情を観察すると、1on1ではほとんど世間話に終始し、OKRのつもりが目標を因数分解できずに意味をなさず形骸化しています。MAソリューションを営業部門で導入するも、単なるメルマガ発行マシンとしてしか機能していません。そんなことが起こっていたりします。

本来なら、どの施策も「全体」の中の重要な「部分」を成すはずです。しかし、戦略遂行のなかで果たすべき機能的な役割は何ら定義されないので、当然ながら効果も限定的にしかならないわけです。こうした会社に、「~(流行りモノの施策)やっていますか?」と尋ねると「やっています!」と威勢よく答えることでしょうが、実際にやっていることは「部分の集合体」に過ぎず、全体最適には程遠いのです。

部分をどれだけかき集めても、部分をたくさん作り込んだとしても、それは「全体」にはなりません。ガラスの破片を集めて組合せても鏡にはならないのと、同じことです。

まず「全体」、すなわちグランドデザインが設計できて始めて、どの「部分」が必要なのか、または不必要なのか、必要だとしたらどういう役割や機能を果たす必要があるのか、判断できます。逆にそうしなければ、「全体」に対して無頓着になります。古代の中東の逸話に、こんなものがあるそうです - 3人の盲人が1頭のゾウに出くわした。一人目の盲人はゾウの片耳をつかんで「これは大きくて、ザラザラしていて、絨毯のように幅広なものだ」、二人目の盲人は鼻をつかんで「これはまっすぐで、中が空洞のパイプだ」、三人目の盲人は前足をつかんで「これは大きくてしっかりとした、柱のようなものだ」と口々に叫んだ。彼らの「知る」方法では、その生き物がゾウであるという理解に決してたどり着くことはないだろう ー

また、グランドデザインのもとで成長や発展のシナリオが描けている組織やチームでは、仕組みが整っています。その仕組みに沿う形で、多くの場合、やさしさと厳しさが両立しています。最近ではパワハラに対する対応を要求されていることもあるのか、上司は部下をほめることの必要性が強調されているようですが、シナリオが描けていない組織ほど、上司は部下をほめること ”しか” していないように、個人的には感じています。優しいばかりでは、単なる「ゆるい組織」になっていきます。想像するに、上司はどこで厳しくするべきか、どの程度厳しくするべきか、さじ加減が分からないから恐ろしいのでしょう。リーダーがシナリオを持たないのですから、さじ加減の想像がつかないのも説明がつきます。

大企業では文化がない限り難しいグランドデザイン設計も、中小規模の企業ならまだ描きやすいといえますが、中小規模の組織でグランドデザインを描くとしたら、できるのは現実的には経営者しかいません。経営者の設計力にすべてが委ねられることになりますが、自分がグランドデザインしなければならないという意識を持つ経営者もまた、少ないのが現状ではないかと感じます。実際、全体俯瞰で事業シナリオが的確に描けていると思える中小企業は、わたしから見ると少ないです。できているつもりの経営者は、よく見かけますが。

もちろん、そもそも全体設計するには難易度が高い業種業態は存在します。例えば、プロセス型の製造業などはそうでしょう。ただそれ以前の問題として、限定された業務領域でのシナリオ構築さえもうまくできていないケースを、個人的には多く目の当たりにしてきました。「因数分解」の重要性がなかなか通じないケースも、いまだ少なくありません。

そうした課題に対応できる方法論を持つところに、当社としての価値の出しどころがあるということになります。本年も、グランドデザインの設計により強い課題意識を持つ企業様を中心に改めて注力して、少しでも多くの支援ができれば嬉しい限りです。