「行政のデジタル化」、すぐできると思っていますか?

先月、新しい内閣が発足しました。急転直下のことで個人的には驚きをもって見ていましたが、まずは良いスタートを切ったように見受けられます。

もちろん、問題は山積、これからが大変です。新内閣が掲げる政策のうち、目玉のひとつとして「行政のデジタル化推進」が掲げられました。早速デジタル担当相を任命し、陣頭指揮を執る体制です。この動きは、個人的にはまったく意外な事でしたが、頼もしいことだと思っています。

行政のデジタル化に関しては、マスコミも識者も一様に、日本は世界に遅れていると指摘しています。新型コロナの対策にまつわる一連の行政の取り組みで、それが露呈したと述べている向きが多く見られます。

その指摘は、間違ってはいないと思います。確かにお世辞にも世界トップとは言えませんし、それを競うようなレベルでもないのは事実です。ただし、日本の行政システムは遅れている、などということを気軽に指摘しても差し支えないほどの大物は、日本には存在しないのではないのかとも、わたしは考えます。

それほどに、日本の行政システムは巨大なのです。このレベルのシステム構築をやりきった経験を持つ人物は、日本にはいないのではないかと思っています。この国の「デジタル化推進」は、誰がリーダーでも簡単に達成できることではありません。

くどいかもしれませんが、このコラムで何度も取り上げている「基礎知識」を押さえておきましょう。デジタル化するとは、その組織の仕事の仕組みを変えること、そのものです。お金をかけて開発者をたくさん雇ってソフトなりシステムなりを開発すればよいことではありません。

つまり行政のデジタル化を推進するとは、この国の行政の仕組みを根本的に変えることを意味します。これは、いち企業が仕事の仕組みを変えることとはまるで比較にならない、超難問です。本当は「超」を5つくらい付けたいくらいです。

日本の行政システムは、明治以降脈々と積み上げられてきたものであり、戦時中を経て現在まで、権力のありかは変われども、その根本的な枠組み自体は変わっていません。百数十年以上にわたり、中央官庁があり、地方自治体が各地域を統括するという体制は不変です。それを前提に、様々な業務プロセスや法的な制約が、長年にわたって積み重ねられ、または部分的な修正を繰り返してきています。

そして現在、中央官庁だけで約58万人が勤務し、そのシステムには約1億2千万の人間が何らかの形で関係を持ちます。これでもスリムになったほうで、いまから20年ほど前は中央官庁に100万人以上の職員がいたとされます。

これよりも歴史と規模を兼ね備える組織体は、日本にはありません(あるなら教えてください)。圧倒的なダントツで「日本最大のシステム」なのです。

新型コロナに対応する過程で日本のITが後進的であることが露呈したと、ほとんどのマスコミや識者は指摘していますが、本質的にはITが後進的なのではなく、業務のしかたが非効率であるという指摘のほうがより妥当でしょう。

ただしその非効率の根源は、慣例やセクショナリズム等を原因とするような、正すべき要因だけではありません。法律や規制の拘束によるもの、民間団体等との間の責任分掌によるもの、過去の裁判の判決によるもの等々、様々なことに端を発している実態があります。国民の個人情報の取り扱いなどは、その最たる例のひとつでしょう。過去の最高裁判決で、国民の個人情報をどこかの機関や主体が一元化して保有することは憲法違反とみなされるという解釈がなされています。

これほどにしがらみの多いシステムが、日本に他にあるでしょうか。

デジタル化担当相が、就任が決まった際にテレビの取材に答えていたのを拝見しました。その際に印象的だったのは、インタビュアーに「デジタル化、できますか?」と問われて、「やるしかない、できると思います」と答えたところです。

自信があって道筋が見えているのなら、「簡単です、すぐやります」とでも回答したでしょう。そう言わなかった(言えなかった)のは、いかに重い任務なのか、よくお分かりだからではないでしょうか。

これほど巨大なシステムを根本から見直すというのは、明らかに短時間では無理です。先日、政府は行政のデジタル化を5年で達成すると明言していましたが、目立つところだけならともかく、完遂となれば5年では無理だろうと、わたしは推察しています。

おそらく多くの国民は「デジタル化なんてすぐやれよ」と思っているに違いないでしょう。わたしは、効果を出しやすいところから「計画的に」手を付けて国民の関心を引き付けながら、全体は長い目で取り組むような流れにすべきだろうと考えています。それが現実です。

そしてこれは、政治による強力なトップダウンでなければ、決して進めることはできません。その意味で、解散風を吹かせる議員やマスコミなど目もくれず、新総理がおっしゃるとおり「仕事をする」ことをぜひ期待したいと思います。