わたしはよく、ビジネスのしくみをデザインすることの意義を強調するのですが、時として、仕組み化することとマニュアル化することを同一のものと捉えている方を見かけることがあります。
これらはまったく異質のものであるばかりか、危険な誤解とさえ感じます。
ビジネスのしくみは、単純化すると、「インプット」「プロセス」「アウトプット」のまとまりが、連鎖してつながっている構造をしています。
ビジネスのしくみをデザインすることとは、つまり、その事業を実行する一連の流れを要素に分解し、要素ごとにどのような「インプット」をもって「プロセス」を実行し、どのような「アウトプット」を出して終了するかを決め、その要素の連続をどのように組み合わせて、最終的な価値を創出するのか、を考えることです。
そのデザインを司るのは、その事業を全体俯瞰する立場にある経営者や事業責任者です。デザインにあたっては、要素を分解し、要素に対して「インプット」「アウトプット」を決めながら、「プロセス」にはその実行の目的を定義します。こうして決めた一連の要素の連鎖を、全体俯瞰しながら管理していくことで、出したい事業価値を生み出すしくみを確実にするのです。
全体俯瞰して事業をリードすることが重要なのは言うまでもありませんが、そうするには、事業の全体が見えるようにデザインしなければなりません。それもせずに、全体が見えている気になって采配を振るうリーダーの下では、危険な失敗を犯しかねません。
一方、現場の実務のうえでは、誰でも正確にまたは迅速に「プロセス」を実施するために、「プロセス」を手順化して整理しておくことがあります。これが、いわゆる「マニュアル化する」ということです。
このように、仕組み化することとマニュアル化することは、次元が異なる行為です。
マニュアル化が求められるケースは、現実には大いにあるでしょう。ただし、マニュアル化に関して留意すべきことがあります。例えば、マニュアルがあることによって従業員が思考停止しやすくなること、また、マニュアルから外れた行動をしたときの危険性を従業員が考えなくなること、などが挙げられます。
認識しておかなければならないのは、「プロセス」の目的に適う行動であって「アウトプット」を確かに出せるならば、「プロセス」のやり方は一つではない、ということです。技術の進化で変わるかもしれないし、時代の変化で替える必要が出るかもしれません。もっと良いやり方があるなら進化させなければならない、という発想を、常に現場が持っていることが重要です。そうでなければマニュアルは「考えない現場」を生むリスクがあります。
一方で、いくらその意識を持っていたとしても、一般に事業全体が見えていない現場の従業員によって、局所にしか適していない方向で進化させようとしてしまう問題が起こります。また別の問題として、マニュアルに従業員が慣れてしまうと、今度は「少しくらいは大丈夫だろう」と手間を省いたり手を抜いたりするケースが出てきます。始めは些細なことであっても、そのうちに、慣れがいつしか怠慢に変わり、失敗や事故につながるわけです。
事業に責任を持つ者が「プロセス」に目的を設定するのは、それらを抑止するためでもあります。
「プロセス」に目的が設定してあれば、もし従業員がマニュアルから外れた行動をしようとした時、目的に照らして自分の行動が正しいのか顧みる材料にもなります。これは逆に、「プロセス」を現場で変更したくなった場合にも言えることです。
「プロセス」に目的が設定されていないと、時間が経つにつれて、その作業を実施している意義が意識されなくなっていきます。信じがたいかもしれませんが、自分のビジネスであるにもかかわらず、「なんでこれ、やってるんだっけ?」と忘れるのです。
そこに例えばコスト削減のニーズが発生した場合、削ってはいけない領域まで削減対象として、事業責任者でさえそれに気づかないということが起こります。結果、現場にミス回避のしわ寄せが行き、人によるケアが余計に増え、それがクオリティの低下や事故につながる、というわけです。
このコラムでは「さわり」の話しかできませんが、ここではぜひ、全体俯瞰でデザインして価値創出を担保する「ビジネスのしくみ」と、現場レベルで仕事の実効性を担保すべく作る「マニュアル」は、まったく質が異なるものである、ということをご理解いただきたいと思います。