経営が立ちいかなくなった企業の話を記事などで読んでいると、「○○というかつての強みが、時代の変化(または新興勢力の台頭など)で通用しなくなった」などと評しているのをよく見かけます。わたし個人は、こうした表現を見るたび違和感を覚えます。
企業の特色や得意領域を考える際に、わたしは「強み」という言葉を使うことはありません。必ず「こだわり」と言うようにしています。理由は2つあります。
ひとつは、「強み」は誰もが持ち得るものではなく、また「強み」がないことは事業の失敗要因では必ずしもないからです。
少し考えてみればわかることですが、中堅以下の企業がどれだけ頑張っても、大企業にも必ず勝てる「強み」はほぼ持てません。顧客基盤、営業能力、高度な技術、優秀な人材… なにに絞ったとしても、「ウチは大企業を含めてどの企業にも負けません」と確信を持って言えるというのは、中堅以下の企業にはほとんど無理です。しかし、だからといって、中堅以下の企業の事業がうまく行っていないわけではありません。
これを説明しようとするなら、その企業には「強み」があるのではなく「こだわり」があると位置づけたほうが妥当だ、というのがわたしの考えです。「こだわり」を持っている領域というのは、たいていはその会社にとってプライドを感じている領域です。「こだわり」であれば、どんな零細企業でも持つことができます。
一方で、たいした「こだわり」もないのに「強み」はある、ということはほぼありえません。そのような「強み」は、維持のしかたはわからない偶然の産物か、およそたいした強みではないでしょう。
もうひとつの理由は、「強み」という言葉を使うと、間違った方向の「強み」でもしっくり当てはまってしまう感覚になることが多いからです。
事業の成功につながっているとして誇れるものを企業が持つとしたら、それは顧客に対する提供価値に直結するものでなければなりません。顧客が価値を感じて買ってくれるから、収益が上がり、事業はうまく行く。当然のことです。
ただし、「強み」という言葉を使うと、顧客に対する提供価値に直結しないものも「強み」として表現ができてしまい、しかもそれに違和感を覚えない、ということが往々にしてあります。
例えば最近聞いた事業再生の話では、その企業の(かつての)強みは「都市郊外に中規模の店舗を多数展開する」と謳われていました。これは、顧客に対する提供価値と直結するものでしょうか?ネット通販がまだ一般的でなかった頃、近所に大きめの店ができれば嬉しかったかもしれません。しかしそれは、ネット通販でなくても、別の「大きめの店」が近所にできれば失われてしまうような程度の価値です。
よく「強み」に取り上げられるものとして、店舗数、店舗の立地、顧客規模、売上高No.1などを見かけることがありますが、そうした「強み」には、顧客はたいした価値を感じていないことが多いものです。しかしそうした要素であっても、「強み」と表現してしまうとしっくり来てしまうのです。
だからわたしは「強み」ではなく「こだわり」と表現します。「強み」という言葉にはポジティブなニュアンスしかありません。一方で、「こだわり」という言葉は、ポジティブとネガティブ両方のニュアンスで使われます。「変なこだわり」という言葉は自然に使われますが、「変な強み」という言い方はあまりしません。
つまり、おかしな方向に「こだわり」を持つと気づきやすい一方、おかしな方向に「強み」を持ってもあまり気づかない、ということです。ある要素について、「それってウチの強みなのか?」と自問すると問題がないと思ってしまいやすいですが、「それってウチのこだわりなのか?」と自問すると、おかしなものには引っ掛かりを覚えます。「それにこだわるのって、意味あるの?」と。
そして、顧客に対する提供価値に根差した「こだわり」であれば、いったん顧客の支持を得たのに時代の変化で通用しなくなるということは、実はほとんどありません。
「強み」という言葉自体を否定はしません。ただし「強み」と言うのなら、それは顧客に対する提供価値に直結するものでなければなりません。その「強み」は、事業のあり方に大きく関わります。トップレベルでの少しの方向の狂いが、現場レベルでは方向の大きな間違いにつながります。だからわたしは、こだわって「こだわり」という言葉を使っています。