先月のコラムから、AI(人工知能)の採用・導入について述べています。今回はその後編です。
先月は、AIには「使えるデータ」が必要である、そして、AIによるアウトプットの精度を高めるのは案外大変なことである、ということをお話ししました。つまり、AIには「モデル」と呼ばれる分析のシナリオが必要で、その構築にはおよそ試行錯誤を伴う、つまり時間がかかり、それほど簡単ではありません。
例をひとつ挙げてみます。Googleの音声AIであるGoogleアシスタントには、日英翻訳の機能が付いています。「英語の通訳して」などと命令して、日本語でAIに話しかけると英語にしてくれる、というものです(逆もできます)。
ある記者氏が、翻訳を実際に試した内容を記事にしていました。それによれば、こんな結果だったそうです。
(原文のまま引用)
日)シティーハンターの新作映画はコラボするキャッツアイの長女のを誰が演じるのかと思ったら戸田恵子が次女とのダブルキャストでびっくり
英)City Hunter’s new movie collaborates When thinking who will play the eldest daughter of Cat’s Eye Toda Keiko is surprised at double cast with the second daughter
この記者氏は「意味はおよそ通じる」などと評価していますが、とんでもありません。元の日本語はFacebookの投稿らしいのですが、日本語のむちゃくちゃさ加減を飛び越えて英語はぐちゃぐちゃです。戸田恵子さんがびっくりしたことになってしまっています。
当のGoogleアシスタントは、米国の調査会社によるAIアシスタント比較調査で、Siri、Alexa、Cortanaという有名どころの競合を押さえてトップのIQだと評価されています。それでも、複雑な口語体の文章になるとこのくらいのレベル感だということです。精度を高めることがどのくらい大変か、想像していただけるでしょうか。
この問題もまた脇において、仮に、業務で使えるほどに精度の高いモデルが構築できたとしましょう。しかしそれでも、精度100%(つまり、間違いがゼロ)というのは至難の業です。100%ではないということは、AIが想定外の挙動を示すこともあり得ることになります。そうなると、絶対に間違ってはいけない業務システムにAIを適用するのは、普通の感覚なら怖いと感じるはずです。
そこにも折り合いをつけてシステム化し、運用するとしたらどうでしょう。問題は終わりません。先に申し上げたように、AIはデータを食べて動いています。運用中に異常なデータが入り込もうものなら、一発でアウトです。異常なデータが投入されないように日常的にケアすることが必要です。
それを人力や自動でうまく仕組み化できたとしても、実はAIは、正常運用しているうちにモデルの精度が劣化していくことがあります。精度の劣化を検知してモデルを改修する、という活動も必要になるのです。
ひどい話ばかりで、やりたくなくなってしまったでしょうか?しかし、考えてみてください。
ここまで説明したことを理解したうえでAIに取り組み、時間をかけてモデルの精度を向上させ、その成果として盤石なシステムを作り上げたとしたら、どうでしょう。それは、相当レベルの高いノウハウです。出来ないからといって取り組んでいなかった他社は、もうその企業に追随不可能でしょう。覆すことができないアドバンテージになる可能性が高いと思われます。
それに気付いている会社が、成果はそこそこでも今のうちからコツコツ積み上げようとしている。それが実際の姿なのです。
AIの採用や導入には経営者の「胆力」が必要である、と申し上げているのは、これが理由です。
取り組むとしたら、マスコミによるセンセーショナルな見出しに惑わされて飛びつかず、成果を長い目で見られるか自問してください。限定された用途範囲で軽い責任しか負わないようなものから始めてみて、徐々にレベルを高めていくようなシナリオが描けるなら、取り組み方としては理想的かもしれません。