AI と家電と桜の開花予想

AI を自社のビジネスや業務プロセスに取り込む試みを進める企業は、個人的な肌感覚としては増加の一途をたどっています。AI について統計調査をすると、認知度は高くても導入済みはあまり多くないという結果が出ているようですが、想像するに、リテラシーの高低によりかなり二極化が進んでいるのではないでしょうか。

積極的に AI を使い倒そうとしているのは概ね大手企業で、相当な数の事例がすでに出てきています。世間に公表するような事例ですから、どれも秀逸な内容で、それならウチもやりたいとインスパイアされる経営者も多いかもしれません。

以前から申し上げているように、IT は「試す」のが大変重要です。新しいものが出てきたらなるべく早く情報を捕まえ、まず「試す」。そのうえで、使えそうかどうか判断し、さらに「試す」を続けて、徐々にモノにしていく。そういう組織的態度の会社は、だいたい IT をうまく使いこなせる会社になっていきます。

ただし、「IT → 家電と同じ」と(無自覚に)勘違いしている会社は、特に AI に対しては注意が必要です。確実に頓挫します。

なぜかといえば、これもまた以前から申し上げている話ですが、家電と違って IT というのは導入すれば「運用」が発生するからです。家電は買ってきて備え付ければあとは使うだけですが、IT は違います。買ってきて導入したら、それを人間が運用し保守しなければ、当初に目論んでいたような機能を果たし続けないのです。これは、IT を自分たちに適した形でカスタマイズして使いたいと思えば思うほど、そうなります。

AI は、その最たる例といっても過言ではありません。その主な要因は、AI が「データを基に動作している」ことにあります。

AI が機能するエンジンとなっているのは、最近のケースで多いのは、機械学習によって形成された推論モデルです。機械学習は、何らかの過去のデータをインプットにして行われます。裏を返せば、データがなければ機械学習はできず、モデルは形成されず、AI は活用できないのです。

このとき問題は、糧にしているのが「過去のデータ」であることです。過去は過去であり、現在や未来とは異なる可能性が大いにあります。しかし、私たちが AI に求める成果は「いまからどうなるか」、つまり推論です。過去のデータに基づいた判断によっておよそ現在や未来を見通せるなら問題ありませんが、現在や未来ではもはや状況が変わってしまうとすれば、AI による推論は役に立ちません。

例えば、春は桜の季節ですが、桜の開花予想に「600℃の法則」というものがあるそうです。これは、2月1日以降の毎日の最高気温を積算し、その合計が約600℃に達すると桜が開花するという経験則(いわば、学習されたモデル)です。しかし近年、気温の変動が過去と変わってきてしまっていることから、この法則が外れやすくなっているといいます。これもまた、過去のデータでは現在が予測しづらくなることがあるという、ひとつのケースといえるでしょう。

そんな変異が往々にして発生するので、AI をビジネスに組み込んで使いたいのなら、機械学習による推論モデルを継続的にアップデートし続けなくてはならないわけです。データは、ほんの些細なことで変容します。例えば、Webサイトのデザインを更新しただけで、利用者の使い方が変わり、利用傾向は変化します。そのログデータを使ってモデルを作っていたとしたら、サイト更新の前後で挙動が予測できなくなる可能性があります。

また、過去のデータを学習しているので、過去にはなかったことが発生すると、当然推論はできません。極端な話で説明すれば、例えばある年の3月に開店したチョコレート店が、店の購買履歴を使って AI で販売予測モデルを作ったとしたら、2月のバレンタインデー前に売れ行きが急に上昇することをおそらく予測できません。人間からすれば当たり前のことでも、この店の場合は「過去にないこと」なので AI には予測不可能です。

さらに言えば、データは大抵、人間が入力しています。人間が入力を間違えたデータを、知らないうちに AI が学習するとなれば、間違った推論をするモデルが出来上がることになります。それに気づかずに予測を信じてしまう、ということも想定できるわけです。

ですから、AI を導入したなら、その瞬間から「運用」が始まり「保守」しなければなりません。新しいデータを次々と投入してモデルを更新し、最新を保つとともに、出力は常にモニターして、おかしな挙動があればすぐに対応し、場合によっては AI の利用を停止して人間による業務に切り戻すことまで考えておく必要があるのです。そうしなければ、AI が吐き出す間違った予測を信じて間違った判断や対応をし、結果としてビジネスに損失を与えることになります。

こうして見ていけば、「IT → 家電と同じ」と考えることがいかに危険極まりないか、ご理解いただけるのではと思うのですが、いかがでしょうか。

面倒だと思いますか?そう思うのなら、AI には手を出さないのが身のためです。そのような面倒や手間を超えたところに存在する目的を持っている企業が、AI の活用に成功するのです。そうした目的もなく流行りの IT に手を出す企業は、かけた投資に見合う効果がほとんど見えずそのうち取り組む意味を見失って頓挫するか、他人がつくった AI モデルに手持ちのデータを食べつくされて気づいたときには自分には何も残っていない、などということになるでしょう。

もしかすると大手企業にも勘違い企業がいるかもしれませんが、そういう企業はこれから頓挫していくはずです。大々的にアピールされている「秀逸な事例」を妄信せずに、その後はどうなったかまでよく観察してみましょう。