IT導入を企画する際に、組織の中で必ずと言っていいほど取り沙汰されるのが、「ROIを明確にせよ」という話です。
投資を伴うのですから、それに見合う効果があるのかがはっきりしないといけない。見合わないなら投資するに値しないと判断しても致し方ない。まったく理にかなった考え方です。
しかし現実を見れば、IT投資のなかには投資効果を必ずしも容易に測定できないものがあります。
例えば、システム基盤やネットワークなどのインフラに対する投資、または情報セキュリティに対する投資などは典型です。こうしたものは、投資効果が測れないからと言って投資しないわけにはいかないことが、多くあります。
また、日本企業におけるIT投資の典型ともいえる業務効率化投資も、実はよく考えると、望むような投資効果を本当に獲得できるのか怪しい点があります。
投資効果の算定で典型的なものに、「時間の削減」があります。IT導入により削減を見込める業務時間に、時間当たり人件費を掛け合わせて削減コストを算出し、それが投資額より多ければ、投資効果があると判断する、というものです。
しかし実際は、担当者の業務時間を削減したところで実は人件費が減るわけではないという、よく言われる問題に直面します。そこで、余剰人員をほかの業務にシフトするなどと言ってみるのですが、本当にそうしているケースがどれだけあるのか、本当にシフトしたとして異動させられた担当者のモチベーションには影響がないのか、シフトすることによって発生する新たなコストがないのか等々、怪しいところがあります。
そして時間削減効果のように、ROIの評価では往々にして、リアルにキャッシュを生み出す効果ではなく、実際にはキャッシュを得られるわけではないバーチャルな効果が語られることが多くはないでしょうか。
場合によっては、実際にコスト削減や売り上げの増加が算定できるケースもあるかもしれません。例えば、利用しているITサービスのコストが単純に下がるのであれば、投資判断は容易です。しかし多くのケースでは、投資した直後には効果が見えるけれど継続するわけではないという、一時的な効果であることを見ていない場合があります。または、IT導入によって別の運用コストが上がる、会社として背負うリスク要素が増加するなど、新しく発生するコストには目をつぶっているということも、よくあります。
結局、ROIによる評価は、案件を通したい担当者による、辻褄合わせの数字遊びになりやすいのです。
おそらくほとんどの経営者はこのことが直観的に分かっていると思うのですが、ROIを問うのをやめたという話は、個人的には聞いたことがありません。おそらく、他にアイデアがないからではないかと推察します。
そこで提案なのですが、ROIの代わりに「改善効果の創出を約束してもらう」というのはどうでしょうか。
ITを導入することで、ITが適用された業務には何らかの「ゆとり」が生まれるはずです。ゆとりがあるのなら、そのゆとりを使って、ビジネスにかかる改善策を発案し、会社に貢献することができるはずです。
一般論として、仕事が忙しく目の前の業務をさばくのに精いっぱいの職場で、改善のアイデアは決して生まれません。アイデアの創出に不可欠なのが「ゆとり」なのです。そこで、ITの導入によって「ゆとり」を与える代わりに、そのゆとりによって創出できる改善とその効果を明確化せよ、と要求するわけです。このとき、企画する改善アイデアとIT投資は、必ずしも直接リンクしていなくても構わないとします。
創出できる改善効果を担保にしてIT投資が行われるとしたら、それを自ら謳った責任部門にしてみれば、相応なプレッシャーがかかるはずです。約束する効果を出すべく、企画段階から導入後の活用のシーンを必死に考えるだろうと見込めます。経営側としては、提案してくる改善アイデアがIT投資に比して獲得効果が高いと見るか否か、という判断をするわけです。
実は、ROIによる投資判断の問題として、事後評価が甘くなるというものもあります。投資の時点でしか議論されずに導入後に実証の測定を行っていない、または行ったとしてもやはり数合わせを行ってお茶を濁している、ということがよくあるのです。これに対し、具体的な改善を問うならば、その取り組みと効果を自然にキャッチアップすることが可能で、事後評価が甘くなる問題を解決しやすいのです。
改善を軸にした投資判断にすると、ROIでは投資判断がしにくかった案件であっても検討対象に挙げやすくなります。その分、稟議を通しやすい分野に偏ることなく適切でタイムリーな投資が可能になると期待できます。
経営レベルでは感じていないかもしれませんが、現場からしてみれば、稟議を通しにくい分野は案件化を敬遠しがちなのです。そのことで、例えば情報セキュリティ対策が後手に回りリスクが発現して被害に遭うとしたら、それは悲劇なわけです。
それにも増して、こうした方法によって組織に「継続して改善を試みる文化」が定着すれば、組織の強さにつながるのではないでしょうか。