いま企業では、DX人材育成がブームなようです。「リスキリング」というバズワードも流行し、その文脈でも拍車がかかっているように見受けられます。
先日本屋で立ち読みをしていたら、それにまつわる講演イベントがあるということで店内に案内放送が流れたのですが、アナウンスの方が最初から最後まで「リスキング」と連呼していました。横文字ってみんな慣れないのに、マスコミが流行らせようとするのはなぜ横文字ばかりなのでしょうか。
それはさておき、デジタルを業務で取り扱うのが当たり前の時代になり、すべての社員にITリテラシーを高めてもらおうという取り組みは正しい方向だろうと思います。ただ、ITという分野の特性をどれほど認識してカリキュラムを考えているのか、疑わしい例も少なからずあるように思います。
言ってしまえば当たり前に聞こえるかもしれませんが、ITは常に進化を続けています。しかもその速度は、他の分野に比べて相当急速です。去年まで言っていたことが今年になったら変わってしまった、新しい方向になった、という話があっても、まったく不思議ではありません。ブームになったある技術やバズワードが、5年したらすっかり聞かなくなる、ということも珍しくありません。
ということは、一度学んだ知識がすぐに古くなり、場合によっては知っていても意味がなくなる、という状況が大いにありえるということです。そうだとすれば、一度決めた研修をひととおり済ませて合格すれば免許皆伝、というわけには行きません。
つまり、「全社員対象にDX教育をやるのだ」というのなら、全社員に対して常に知識のアップデートをかけていくという仕組みを作らないと、その効果は相当な速度で低くなっていくわけですが、そこまで考えて教育の仕組みを構築しているか、ということなのです。
これは、技術だけの話ではありません。
例えば AI(人工知能)の分野は、煎じ詰めればデータリテラシーの話に帰結します。いかにデータを取り扱うのか、どのようなデータなら問題がなくどのようにデータを扱うとリスクがあるのか、を知ることが重要になります。取り扱うデータによっては、法律が絡みます。もし外国相手の事業をしている企業なら、外国の法律まで考慮に入れる必要が出てきます。法律ですから、不意に変わったり追加されたりします。そうした動向や規制も、知識のアップデートの対象になるのです。
DXに関しては、学びのアップデートの領域、その頻度、というのは、大きくなる(増える)か、変わるか、その両方か、という方向しかありません。
そうなると、DX教育をするのであれば、結局のところ組織にとって最も重要になるのは、DX教育の「仕組み」を構築する人材の目利き力、俯瞰してトレンドを把握する能力、流行から本質を読み取り重要度を分類できる能力、ということです。
そうした能力を持つ人材がいないと、世間やマスコミが流す雰囲気にすぐに振り回されることになるだろうと思います。
DXの文脈で言えば、例えば「先端知識」ということばに惑わされるケースです。
あるITについて「先端」が謳われることが多くあります。「先端」と言われると、知らないと乗り遅れてしまいそうな重要なことに聞こえてきます。ただし、どの分野でもそうですが、「先端」と呼ばれる技術はおよそ、ピンポイントの領域に特化しています。ITの分野で言えば、データサイエンス、プログラミングの新言語、パブリッククラウドの新サービス、セキュリティ技術、ロボティクス、等々いろいろありますが、どれもピンポイントの領域の話です。そこだけを見つめて重要視してしまえば、他の領域は疎かになり、全体から見ればバランスを欠きます。
ある特定のITによって自社のDXが完全に達成できるということは、あり得ません。自社において重要なDXの全体像、自社の事業にとって必要な人材のスキルセットや人材構成のポートフォリオ、を描けていない状態で、「先端」という言葉に惑わされれれば、自社にとっては混乱しか招かないような「先端」ITに注力しようとしてしまう無駄を犯しかねないでしょう。
DX教育を通して社員のリスキリングを推進したいと思うなら、必要なのは、膨大に広がるDX分野から自社にとって必要な領域を抽出して全体像を構築できる人材をまず持つこと、そして、常にIT分野をウオッチしつづけて自社のポートフォリオをアップデートできる能力を組織に維持すること、をまず考えてほしいと思います。全社員に本格的な教育を施すなら、それからです。教育だから研修プログラムを作ろう、というのは、少なくともDXの領域では短絡的な発想です。
「そんな人材、社内にいない」のなら、全社員の教育の前に、おカネをかけてそういう人材をまず育成してください。一人や二人を特殊訓練するのであれば、相当に密度の濃いものであっても投資としては大きくならないでしょう。特殊訓練のしかたがわかりませんか?手っ取り早い方法としては、DXの分野を「俯瞰的かつ深く」理解している人を外部で見つけて、経営者がその人と仲良くなって、多角多面に助けてもらえるようにするのもいいかもしれません。