先日、同業のある知人から、こんな話を聞きました。
ある中小企業の社長から、DX推進に関してどうしたらよいか支援してほしいと打診を受けて、事情をヒアリングしに行ったのだそうです。会社を訪問すると、社長からその場で経営計画からDX推進の体制案まで、いろいろな文書を見せてもらったと言います。すでにその計画は社内に展開され、社長自ら社員向けに説明も行っているということでした。
訪問先の社長はかなり勉強熱心な方だったようで、計画は自分で立案したがコンサルタントを入れたことはこれまで一度もない、と言っていたそうです。
随分と完璧に見えますが、提示された文書を知人がつぶさに見通すと、その計画は相当に未熟なものに映ったと言います。ミッション、ビジョン、行動指針といった企業理念の3点セットは高らかに謳われているのはいいけれど、それを実現するロジックがまるで考えられていない。
現場の社員たちには、社長が掲げる経営計画に従って自部門の目標をブレークダウンさせたそうですが、その内容を見ると、部門視点の発想から生まれるようなお決まりの目標しかない。それは無理もないことで、スローガンだけ掲げられて経営シナリオが提示されないから、社員から見ると全体の構図がなにもイメージできないわけです。そのため結果的に、過去の経緯と自部門の課題意識の範疇でしか発想ができない。
ヒアリングの席では、進め方に対する社員からの反発はすごいという話だったそうです。それは当然そうなるだろうと、わたしは思います。
それを受けてこの知人はどういう提案を考えたか。結局、その社長の経営計画に沿ってDXを推進する支援企画を考えたのだそうです。
本来ならば、経営計画のレベルからやり直すのが正論です。経営計画が納得感をもって現場まで降りていないそもそもの要因は、社長が立案した経営計画が未熟だからです。漠然としたビジョンを具体的なシナリオにしない限り、起こっている問題は根本的には解決しません。しかし、そうはしない。なぜかといえば、すでにその計画は社内に展開され、社長が自ら説明してしまっているからです。
もし正論を通せば、その経営計画を全否定するように聞こえる。社長自身のモチベーションも低下するし、プライドも傷つくかもしれない。社内も、突如として方針転換がなされたように見えて混乱する可能性もある。支援を推進して成功裏に完了させるには、未熟な計画なことは承知で、それとなく促して良い方向になるように仕向ける支援をし、うまく立ち回ることを選択する。こういう判断です。
この判断は、まったく妥当だと思います。しかし一方で、この社長は損をしたなと、わたしは思います。勉強熱心なのはよいことですが、社長業をしていれば専門家ほどに究めることはほぼ無理です。勉強不足により我流に陥りすぎる結果に嵌るが、自身はそれに気づかない。そのまま他人に相談せずに、計画を実行してしまいました。計画を展開する前に識者に相談していれば、おそらく適切な助言がもらえ、実効性の高い計画立案ができ、それを良い形で社内に展開して円滑に浸透させられていたのではないでしょうか。
専門家であっても外部の人間がアドバイスしにくい状態になっている場合がある。それによって、本来なら得られていた助言が得られなくなる。そういうことがありえると、経営者のみなさんには頭の片隅に置いておいていただきたいと思います。