「ベンダー丸投げ」と「経営丸投げ」

情報システム開発のお作法で忌み嫌われるもののひとつに、「ベンダー丸投げ」というものがあります。

これは端的に言えば、発注側がIT業者にシステム開発を委託するにあたって、自らは主体的に関与せず、開発方針や要求もあいまいな状態で、自身が本来すべき仕事でさえもIT業者に「丸投げ」してやらせることを意味します。その結果として出来上がる情報システムは、言わずもがなですが、発注側にとって満足のいかないものになります。質の悪い発注者ですと、その原因は自らにあるにもかかわらず、IT業者側の能力不足にしたがります。

わたしは今の仕事を始めるまでは、これはIT業界特有の話かと思っていました。しかし、多くの事例を見るにつけ、経営の分野でも似たようなことがあると知りました。

企業において、経営者は人を雇います。企業が成長し、組織力が必要になれば、人材が必要になることは必然です。経営者が人に任せるというのは、当前に行われる行為です。

ただし、人に任せる際に、任せようとする側に要求されることがあります。それは、任せる側が何を実現したいのかというポリシーの立案能力と、それを周囲が理解できるように伝える伝達力です。冒頭の「ベンダー丸投げ」においても、発注側に欠けている能力は、大きく分けてこの二つです。

経営者にも、丸投げするタイプがいます。自分では能力的に難しい分野のことを、自分の仕事ではないとして、担える人材を採用し、担当させます。もちろん、優秀な人材を採用して任せることに何の問題もありません。積極的にそうすべきです。ただし、自分はわからないからと言って何のポリシーも示さず、結果やプロセスのモニタリングもまともにしないとすれば、それは冒頭の「ベンダー丸投げ」と同質です。

ポリシーを打ち立て、それをうまく表現して伝える力は、経営者やリーダーにとって死活的に必要な能力だとわたしは考えます。これを疎かにしたまま、人を雇って担当させることを続けるとどうなるか。任された人は従うべき指針が曖昧なので、自分の考えを主体に物事を推進しますが、その人は大抵、ビジネスの全体を俯瞰して見られません。従って、組織は部分最適の道へ進んでいきます。

実は、部分最適な組織でも、優秀な人材を抱えられたなら、売上はそこそこ上がります。そのため、何の問題も感じない経営者も多いようです。ただしそういう企業は、経営者の潜在意識にあった売上目標に達したり、マスコミに取り上げられてチヤホヤされるにようなったあたりから、あまり伸びなくなります。そして、伸びていない理由が思い当りません。

一方、目標の基準を、自分が実現したい理想が顧客や社会に認められたのか、というようなことに置いている経営者は、そこそこ売り上げが上がったくらいでは満足しません。そういう経営者は、自分が実現したい商品やサービスが本当に提供できているかにこだわっているからです。どこまで行っても、改善の糸口を思いつきます。

またそういう経営者ほど、任せた他人がやっている仕事を、全体俯瞰の視点で厳しく見極めます。ただし、ブレない軸を持っているので、任されている側は、何をすれば高く評価され、何をしたら怒られるのか、わかりやすいのです。

そういう企業が築き上げるビジネスシステムは、他にはないものになります。

能力のある人材に頼るのはもっともなことです。ただし、際立つ企業のリーダーを見ていると、設けた柵の中で「放牧」はすれども「放任」はしていません。全体のうちのどの部分を切り離し、そこにどのような成果を求めるのか、任せる側がこれを意図的にデザインしないとすれば、やはりそれは、スジのとおった意志のない「丸投げ」なのです。